7017

横島忠夫の超常事件簿シリーズ・美神令子の葬送 『一話』


【一話】


横島忠夫が指定された目的地、喫茶店『蜘蛛の巣』にたどり着いたのは、電車を二回タクシーを三回、バスを四回乗り換え、たっぷり三十分歩いた末のことだった。


「ちっと、遅れましたかね?」


店の奥・・・・・・店内外からの死角にである席に座っていた美智恵を見つけ、横島は頭を軽く下げた。
彼女が直前まで飲んでいたのであろうグラスの中身はもうほとんど残っていなかった。
グラスに僅かに残る解けた氷がその名残り。

横島が美智恵から受けた指示は、指定した場所まで人目をさけ、ある程度時間をかけながら来るようにというものだった。
指示を守り『蜘蛛の巣』に辿り着いたのだが、思った以上に人目を捲くのが困難だったため、指定された時刻より十分ばかり遅れてしまっていた。

向かい合うようにして横島は席に着く。
元気そうに見えるが、横島の呼吸は荒れていた。
着古したジャケットも少し擦り切れて、汚れている・・・・・・もとからボロいのでよっぽど横島と近しい人ではないと分からない。

「いえ、呼び出したのは私からだし、すまないわね横島君」

美智恵は申し訳なさそうに頭を下げた。
その拍子に彼女に抱きかかえられていたひのめは横島の姿に気づき、一生懸命だぁだぁと声を張り上げる。
嬉しそうに笑っているのは大好きなおにいちゃんに遊んでもらえると思ったのだろう。
次女の様子に美智恵は困ったような微笑を浮かべ、

「こらひのめ。おにいちゃんとママは大事なお話があるのよ。少しだけ静かにしなさい」

「だぁ?」

赤ん坊にしか浮かべられない純粋無垢な表情。
にぱっと擬音がつくぐらいの嬉しさで溢れていた。

「ごめんな〜おにいちゃんちょっと今忙しいんだ。今度遊んであげるからな。また後でな、ひのめちゃん」

「・・・・・・ヤーっ!!」

横島に構ってもらえないことを理解したのか不機嫌そうにぷいっと横を向くひのめ。
ちっちゃい頬を膨らませたやたらと不貞腐れた表情が様になっている。
その様子はいつぞやのちいさい『れーこちゃん』の姿によく似ていた。

ひのめがじたばたと美智恵の腕の中で暴れだす。
暴れながらも視線は横島をじっと見ている。
澄んだ瞳が少しずつ潤みだして・・・・・・

「あー隊長、俺がひのめちゃん抱いてましょうか?」

「・・・・・・だぁっ♪」

泣く娘に横島は勝てなかった。

追加注文の品が来るまで横島がひのめをあやし、短時間のうちにお昼寝させることに成功したのは日頃の成果(ベビーシッター)のおかげだった。



追加注文の品が運ばれたのを確認して、美智恵は四枚のお札を取り出した。
それを自分と横島を囲むように貼り付ける。
瞬間、札の外と内の間に霊的な壁、いうなれば空間のズレが生じる。
何をしたのか分からない横島はきょろきょろと首を動かした。

「安物の簡易結界札よ。これで外からの音は聞こえるけど、中からの会話は外に洩れないわ」

「盗み聞きの対策にわざわざ結界張るんですか!?」

幽霊や妖怪を閉じ込めたり、外部からの攻撃を防いだりするのが今のGSにとって結界の主な使い方だ。
見慣れない使い方に驚く横島。
そんな様子を見た美智恵がシミジミ語る。

「こういうのって最近の子はあんまりやんないのよね・・・・・・昔と違って、出回っている結界が封印や防御用のばっかりだし、仕方ないことかもしれないわ。結界をアグレッシブに使うのは陰陽術系GSくらいだもの」

意外とこういう小技が役にたつのよ、と美智恵。

「そーゆーもんですか・・・・・・まあ、それは置いといて本題に入りませんか?俺もこっち来るまでに外の方でいろいろあったんで何が起こってるのかけっこう気になっているんスよ」

口調こそ軽いものの、横島はしっかりと美智恵を見据えた。
実のところ、横島がアパートからこの喫茶店に来る間に幾人もの人間が尾行していた。
美智恵からの指示もありそれなりの対応をしていたが、かなり大変だった。
今朝から起きている事態は他人事なんていっていられるレベルを通り越し、渦中へ横島を誘っていた。

「・・・・・・ワケのわからんことに成り行きで関わるってのは、もうごめんですし」

真剣に身構えた横島は醒めた眼差しで美智恵と視線を交わす。
瞳には宿った輝きは蒼い炎のよう。
それには美智恵を責めるようなものはなかったが、ある種の不信は宿っていた。





『この女(ヒト)は俺に何をさせたいんだ?』



横島が美神美智恵に対する懸念はそれだった。
アシュタロスがらみで美智恵の指示に従ったが、なりゆきでスパイになり、相手の信頼を深めるためとはいえ『人類の敵の手先』に仕立て上げられ、最終的に戦艦ごと轟沈されそうになった。
確かにどの指示も的確で、成功すればほぼ被害は最小限の犠牲ですむようなものばかり。
ただ、その最小の犠牲のほぼ全てに横島忠夫が入っていた。
なんだかんだで横島が生き延びられたのは、本当にめぐり合わせが良かったからに過ぎない。

(・・・・・・今回も運悪く助かるとは限らない)

横島は心の中で呟き、美智恵の意図を探るべく、瞬きすらせず彼女を見詰めた。


横島に見詰められた美智恵は、精神の薄皮一枚のところまで踏み込まれて覗かれているように感じた。
夫である美神公彦とそばにいる時、時折、似た様なことを感じたことがある。
それはすぐ触れ合えるトコロから、見守るような優しさがあるものではあるが。
公彦は本当に無意識レベルで心を触れ合わせてるのだろうが、本当に心でつながっている相手ならともかく、大抵の人間にとって『自分の根っこ』に触られるのは恐怖でしかない。

(やろうと思えば横島君は相手を『模』することで思考をダイレクトに覗くことが出来るわ)

そのことに思い至った瞬間、美智恵はひどく喉が渇いていることに気づいた。
その視線から逃れるようにアイスティーを一口飲む。
ほんのり甘い液体が喉を湿し、思考が少しだけ落ち着いた。

(・・・・・・おそらく、覗かれてはいないだろうけど・・・・・・どこまで関わってもらうべきかしら)

『美神』は横島忠夫という少年に対して、返しようのない『恩』と『借り』がある。
今回の事件は横島にとっては本来『関わる義理』のないものだろう。
横島が動けば、表面的に静止状態の局面に対して一石が投じられる。
だが、それは彼をもっとも危険な場所へ送り出すことでもある。
それに見合ったものをどうやって支払えばいいのか美智恵は思案する。

(・・・・・・令子の一生、じゃだめかしらね?)

ある意味、まったく見合ってない報酬に行き着く。
いうなればもてあましたものを押し付けることに近い感じだ。
名声と悪名を轟かせ、いろいろ洒落にならない所業を繰り返した令子の将来を考え、軽く絶望しかかる。
むしろ、貰ってくれるなら熨斗をつけて差し出さねばならないだろう。
それならいっそ将来を見据えて次女を差し出すか?と、まで悩みだした。

しばし・・・・・・本筋とは関係ない(主に長女の教育と結果)ことで悩んだ美智恵は横島に告げた。
 


「端的に言うわよ・・・・・・令子が拉致されたわ」





喫茶店のBGMは静かに流れていた。


―――令子が拉致された―――


横島がその言葉を認識したのは、きっかり一分かけて、その意味を理解してからだった。

基本的に横島の知る美神令子という人物にとってあまりに似つかわしくない言葉だった。

「これは一体どういうことなんスか隊長?」

「ごめんなさい。でも私にだってまだ、正確な事態はつかめてないのよ」

そう前置きしてから、美智恵は語りだした。




「私に連絡が来たのは昨日の夜のことよ」

深夜、オカルトGメン経由で一報が届いた。

「飛行機に乗っていた令子が行方不明なのよ」

「・・・・・・ん? なんか文法がおかしくないですか隊長?」

「いいえ、これで正しいのよ」

ある意味どうでもいいことに突っ込んだ横島に美智恵は言う。

「令子は乗っていた飛行機の中から突如、消え去ったらしいの」


美神令子が香港から旅客機で出国したのは昨日の夕方だった。

「旅客機が日本に付いたのは昨日の十時過ぎ・・・・・・特にトラブルもなく天候も安定して快適な旅だったそうよ」

異変に気付いたのは乗客の入国手続きを行っていた係員だった。

『降りた乗客の数が足りない?』

預かったパスが余っている。
慌てて係員が乗客名簿を照らし合わせてみると、見知った名が記されてあった。

『美神令子』

成田空港の職員の間では令子に除霊を依頼したことやある呪いで体重が天文学的にまで増加した件で彼女の名が知れ渡っていた。
もちろん触らぬ神にたたりなし、超一級のブラックリストの一人として。
ちなみに余談だが成田空港のブラックリストの中には横島の両親の大樹や百合子の名もあったりする。 

社会的にも名の売れた『美神令子』の消失に愕然とした成田空港の管理者一同は慌ててオカルトGメンへと一報を送った。



その後、オカルトGメンの捜査員が確認すると、令子だけでなくその隣の席にいた少年も消えていることが分かった。

「・・・・・・乗っていたのは『水元光』(ミナモトヒカル)17〜18くらいの日本人」

美智恵は一枚の写真を取り出した。

「関係各所に当たっけど遺留品がほとんどなくてさっぱりなのよ。
とりあえず心霊犯罪者の向こう十年間で該当する人物はゼロだった。パスポートは勿論偽造、住所氏名は全部実在しない作り物だったわ。あと、これはパスポートについていたののコピーね」

横島はそれを見て一言。

「なんつーか、思わずわら人形にごっすんごっすんしたくなりそうなツラですね」

映っていたのは銀髪の少年だった。
歳は横島と同じくらいだろう。
切れ長の目元に日本人形めいたつくりの容貌、少しシニカルに笑った口元・・・・・・どことなく、他人を見下しているような傲慢さを感じる。
いるだけで女の子がキャーキャー騒ぎ立てそうな『美形』だった。
写真を嫌そうに見ていた横島は『ミナモト』のある一点に注目した。

「こいつが美神さんをさらったんですか? たしかに実物を見てないから分かりませんけど・・・・・・この写真を見た感じ、コイツどっかの犯

罪集団のボスとか言っても俺は納得しますよ」

特に、と横島は強調してから言う。

「こいつの眼、下手な悪霊妖怪よりよっぽど、ヤバい」

その眼光は霊的な感覚に優れたものに対してある種のプレッシャーをかけていた。


―――僕の邪魔をするな―――


シンプルだが極めて強い意志。
何とも表現しがたいねちっこい、嫉みにも似たものが籠っている。
憎悪と悔恨を永い時間をかけ、『力』にした怨霊のような、剣呑な光を持った眼。
写真でもこれほど感じ取ってしまうのだから、実物はもっとヤバいのだろう。

その言葉にこっくりと美智恵は頷き。 

「今のところ、令子をさらった唯一の容疑者よ」

「・・・・・・どうやって美神さん、拉致ったんスかね・・・・・・まさか、瞬間移動とか?」

「さあ、それは不明よ。どういう訳か日本に着くまで、二人が居なくなったこと誰も気づかなかったみたいだし・・・・・・実際、六道先生のインダラみたいな能力なら可能でしょう」

呟くように美智恵は言った。

「・・・・・・あるいは令子は自分から付いて行った可能性だってあるしね」

「はぁ?」

言い辛そうに美智恵は問いかける。

「横島君、令子がそうやすやすとさらわれたりすると思う? ・・・・・・まわりに被害を与えずに」

言われて横島は納得した。

「美神さんなら、自分のピンチなら周りのことうっちゃらかして暴れますもんね」

こめかみを押さえた美智恵に横島は相槌を打つ。
令子が本当にさらわれたのなら、今頃乗り合わせた乗客達は無事ではないだろう。
さらわれる際、令子が抵抗しないはずがないのだ。
乗り合わせた方々は盾にされるか囮にされるか、旅客機が墜落すらありえる。
それでちゃっかり令子だけ生きてる。
幼馴染の銀ちゃんの件でも似たようなことをしていた、と横島は思い出した。

「・・・・・・まあ、どういう理由があるにしろ、わざわざ連れて行ったのならすぐさまどうこうするような気はないでしょう。
今の所この件に関しては、西条君がオカルトGメンを指揮して情報収集に専念しているわ。正直なところ、まだ半日程度だから是といった成果はでてないけど」

「なら手詰まりじゃないんスか」

横島はため息をついた。

今の会話で分ったことは令子が『ミナモト』なる少年と共に空の上で『失踪』したということだけだ。
失踪に関してはミナモトと同意という可能生もあるし、状況的にまだ余裕があるだろう。

(・・・・・・余裕がある?)

横島はそれに気づいた。
令子がさらわれたことは確かに大事ではあるが、ここまでこそこそする必要はない。
横島をオカルトGメンのオフィスへ呼びつければいいだけの話。
あえて二人だけになる理由は別にあるのだ。

(隊長は何を警戒してるんだ?)

美智恵が横島を呼んだ真の理由はまだ語られていない。
今までの話でよくても半分程度でだろう。
これだけなら、電話での指示は必要なかった。
その指示で警戒する事柄と今の会話の事柄は直接ではつながっていないのだ。

「すみません隊長。俺を本当に呼んだ理由はなんですか? 俺にくれた指示は美神さんの失踪の件とは別の理由のものですよね。・・・・・・俺がここに来るまでに捲いた連中は、それとまったく別の理由で俺を尾行していたんじゃないですか?」

その時、美智恵が嬉しそうに哂った。
ルージュを塗った唇がニィっと吊上がって、にやりとした薄ら寒い笑み。
眼が爛々と輝いて、ほんのり頬が赤くなっていた。
身体からは鬼気と言ってもいいような底冷えする気配を放っている。
例えるなら、獲物を前にどう嬲ろうか算段する魔女の表情。


横島はこれと同じ類の哂いに心当たりがあった。

(うちのお袋が親父をシメるときと一緒の笑みや・・・・・・)

慣れてはいるが耐えられそうにないオーラに気圧され、横島は現実逃避がてらに美智恵に抱っこされていたひのめに視線を向けた。

幸せそう眠っている姿を見て、小声で。

「・・・・・・ひのめちゃん、無理かもしんないけど言っておくよ。お前は君のお母さんやお姉ちゃんのようにだけはなっちゃだめだよ」と囁く。

ただ、結界内に充満する鬼気をもろともせずに寝入っている時点で、それは望み薄だな、と横島は気づいてはいたのだが。



【続く】
ki様、いしゅたる様、あらすじキミヒコ様、殻之篭様、偽バルタン様、TYAC様、UG様投票ならびにコメントありがとうございます。
遅れましたが一話目の前半投下いたします。
本来のプロローグより長くなって、二つに分けることになりました。

わりと真っ当な思考の横島君と長女の所業に悩む美智恵の回でした。
シリアスとゆるさの格差が激しいのは筆者の腕の問題です。
今回、主要人物その一が偽名ですがでました。
彼は美神さんと並んでこの物語のカギの予定です。
もう一つ『GS美神に存在するけど全く違う人物』が主役のお話がクロスする予定です。

次回が出来るだけ早く投下できるよう頑張りますので、皆様方お付き合いのほどよろしくお願いします。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]