「・・・・・どーしてもやらなくちゃダメなんですか?」
「そ。どーしてもダメ。」
「しかし、やっぱりどう頑張っても無理があるのでは・・・・」
「だーいじょうぶ!その点は保障するから!」
「他に適任者がバベルのスタッフにいるでしょう?」
「ダメよ〜? 実際の現場ではチームとしての動きが必要なんだから。 あなたもそれはよくわかってるでしょ?」
「それはわかりますけど・・・・・しかし、これは・・・・」
一組の男女が、とある会議室の一室で話し合っている。なにやらもめているようだ。
「〜〜〜〜!! えーーい! ウダウダ言ってんじゃない!! とっとと着なさいっ!!これは命令よっ!!」
女の方が絶えかねて叫び、「バンッ!」と、手近にある会議用テーブルを叩いた。
そこには・・・・・・一着のドレスがあった。
───────────────────────────────────
みっしょん いんぽっしぶる (前編)
───────────────────────────────────
「でも、皆本さんも任務とはいえ災難ですね」
「うん・・・任務だからしょうがないといえばしょうがないんだけどね。・・・・しかし、誰かさんの意図を感じずにはいられないですよ。」
ここはバベル内にあるパウダールーム。当然、利用するのは女性スタッフのみである。
しかし、なぜそこに男性である皆本がいるかというと、先ほど会議室で話していた内容のせいである。
先ほどの女性・・・・蕾見管理官から「潜入捜査」の命令を受けたのだ。プレコブ(予知能力)によると、あるパーティー会場で非合法薬物の取引が行われるという。そのガードにあたっている人間がレベル5以上の高レベルエスパーということで、チルドレンに白羽の矢が立った。
当然、そこには現場運用主任である皆本が同行するのだが・・・・
「女性限定なんて、いったいどういうパーティーなんですか?」
「うん。なんでも20代から40代くらいまでの女性達に人気のある女流作家が開くパーティーらしいですよ。“鈴木その美”って知ってます?」
「えぇ、聞いたことあります。私はあまり本は読まないですけど、友達がすっごいハマってます。人物の描写力とか、恋愛の機微とか、共感できるところが多いって言いますよ。」
「僕も読んだけど、たしかに、なんとなく女性の気持ちがわかるような気がしましたよ。・・・・でもだからってこんな・・」
そう、その女性限定のパーティーに潜入するため、皆本は女装をしているのだ。チルドレンも、たしかに女性ではあるが、読者層としては若すぎて怪しまれるため、皆本が主任として内部を偵察、現場を特定したら、チルドレンが内部にテレポートし、解決に踏み切る。 といった計画である。
「うーん、でも皆本さんって、肌きれいですね〜。お化粧のノリがすごくいいわ〜」
「かっ・・・からかわないでくださいよ!」
先ほどから皆本と話している女性は、バベルのオペレーター。本当は非番だったのだが、緊急の呼び出しにより出勤させられてきた。
最初は、せっかくの休みにどんな用事だと内心ふてくされていたが、内容を聞いてがぜんやる気が出た。あの皆本光一の“女装”を手伝ってほしいという蕾見管理官からの直々の要請だった。
皆本光一といえば、バベルの女性スタッフ全員が狙っている、高学歴、高身長、高収入、若干幼さが残るが知的で整った顔、現場では的確に判断を下す有能さ。でも普段はとても優しい。まさに超優良物件である。
それを、短時間とはいえ独り占めできて、かつ女装させるなんて、興奮するなという方が無理である。
(あぁ、神様・・・ありがとう・・・・)
指令を聞いたとき、彼女は本気で神に祈った。
「化粧が終わったら、次はドレスを着せなくちゃ。パットもすっごいの用意しましたから!」
「え゛?そこまでやるんですか?」
「当然です!やるからには徹底的にしないと!」
彼女の目は萌え・・・いや燃えていた。皆本も、そのただならぬ雰囲気に押され、それ以上口をはさむことができなかった。
・
・
・
・
そして、2時間が経過した
「えぇ〜!また待機〜!? せっかくのパーティーなのに〜」
ここはバベル所有の特殊装甲車の中。内部はキャンピングカー程の容積があり、十分に生活できる広さが確保されている。
そこで、桐壺局長がチルドレンたちに作戦の説明をしたところ、開口一番、薫が不満を漏らした。
前にも、パーティーと聞いて、わくわくしたことがあったが、そのときは要人警護の任務だったので、実際には外でカップラーメンを食べるという結果だったのだ。
「ま、まあまあ。先に潜入した者が、現場を特定できたら、そこにテレポートして、現場を抑えるって計画なんだから、我慢してくれたまえよ。」
桐壺局長が額に汗をたらしながら説明している。彼女らの機嫌を損ねると全てが台無しだ。
「でも今回は警護じゃなくて、潜入捜査なんでしょ? 私達が待機なら、誰が現場に行くの?」
紫穂は当然の疑問を口にした。最終的には自分達が現場に行くのだが、それまでにつかまってしまっては意味がない。それなりに有能な人物でないと潜入捜査など勤まらないのだ。
特に今回は、女性だけのパーティーと聞いている。バベルにそのような訓練を受けた女性スタッフがいるなど、少なくとも紫穂は聞いたことがない。
「それは、決まっているだろう。君達の主任だよ。」
「え?皆本はん?」
葵がそう声を発したと同時に、葵の背中側のドアがガチャリと開いた。
薫、葵、紫穂の3人は、いっせいに開いたドアの方に顔を向ける。
桐壺局長はしてやったりといった表情でニヤリと笑っている。
同席している柏木朧一尉はニコニコ微笑んでいるが、なぜか、若干顔が紅潮している。
そこにはファッションモデルのような長身の美女がいた。
肌にピッタリとフィットした黒色のワンピースドレス。ワンポイントとして、袖口や首周りなどにフリルがあしらわれ、スカートは正面中央から左右の足下に向けてプリーツ状に広がったロングスカート。華やかさには欠けるが、おしとやかな中に、女性としての美を秘めた、現代の日本人的美人である。
「「「・・・・・・・・・」」」
数秒間の沈黙。3人とも事態が把握できずにいた。
「え、あ・・・えーと、もしかして・・・・」
薫がいち早く声を発した。
「みっ・・・・皆本・・・か?」
「あっ・・・・ああ・・・そうだけど」
黒髪の美女は男の声で答えた
「「「っっっっえ江エゑヱェェェェーーーーーーーーーー!!!!!!」」」
3人はあまりの驚きに声をはりあげた。あの皆本が、予想もしない姿に変貌したため、うっかり思考停止になるほどビックリしたのだ。
なるほど、よく見ると皆本の面影が残っている。表面に出ている良いところを生かしつつ、男性的な部分だけをうまく消している、非常に上手いメイクだ。ヒュプノ(催眠能力)が使えればそんな必要はないのだが、ノーマルである皆本は実際に女装するしかないのである。
「ほほっ、ホンマに皆本はんか!?」
「・・・・信じられないけど・・・どうやら・・・本物みたいね」
葵と紫穂は混乱しながらも、状況を把握することに努めた。若干興奮気味に、皆本を見ている。もとい、見つめている。息遣いが荒いのは気のせいだろうか。
「みっ・・・・皆本が・・・・」
「・・・か、薫?」
薫の様子がおかしい。11歳の子供にはやはりショックだったかもしれない。男である自分が、任務とはいえ女の格好をしているのだ。自分でも、バベルの主任がいったい何をやっているんだと情けない気持ちになっていたところだ。
・・・・・・・ブチッ
「え?」
皆本には、なにかが切れる音が聞こえた気がした。
「んんん、みっ・・・・・皆本おおおぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!」
とたんに、薫が猛然と抱きついてきた。
「ううわっ! ななな・・・なんだ、薫!!」
「おおおお、おまえってやつわぁぁ!なんで!こんな!もうホントに!カワイくなりやがってぇぇぇ!なんだ!ホントに!おまえわぁぁーーー%&$=+*Φ!!!」
皆本に抱きついて、ほお擦りをしながら、なにやらわめいている薫。
言ってることが支離滅裂、瞳孔は開きっぱなし、手がぷるぷる震え、頭の中が真っ白だった。
・・・・・つまり、壊れた。
「ちょ、なんだ薫! どうした! き、君たち!薫を・・・・」
なんだかよくわからない事態になり、皆本は他の2人に助けを求めたが、
「(パシャ! パシャ!)はあぁぁぁぁ、皆本はん、なんていけないんやぁぁ〜。そないにごっつう綺麗になってぇぇ(パシャ! パシャ!)あかんんん、あかんてぇぇ・・・・(パシャ! パシャ!)」
葵は、ハアハアと荒い息遣いをしながら、爛々と目を見開き、携帯電話のカメラで皆本の姿をパシャパシャと撮りまくっている。
「あぁぁぁ、皆本さん、綺麗だわぁぁぁ。肌がスベスベで、髪もツヤツヤで・・・・んんんん、もうだめぇ・・・・」
紫穂は、皆本の手に何度も何度もほお擦りをしていた。あまりにも興奮しすぎて、サイコメトリーをすることすら忘れてしまっていた。
「・・・・・・君たちもか・・・・」
皆本のあまりの変貌ぶりに、チルドレンが3人とも壊れた。
それからしばらく、皆本はされるがままにじっと座っていた。
目的地のパーティー会場は、あと10分ほどで到着する。
こんな作戦で本当に大丈夫かどうか、皆本はとてつもない不安を感じていた。
(後編へ続く)
「柏木クン。他のスタッフの配置はどうなっているかネ? ・・・・・柏木クン? どうしたのかネ?」
「えっ!? あ・・・あぁ、はい! え、え〜とですね・・・・」
「どうしたのかネ? 少し疲れたかい?」
「いっ、いえ、そんなことないですよ」
「しかし、なんだか顔が赤いような・・・それに呼吸も荒くないかね?」
「そそそ、そんなことないですよ! 大丈夫です! えぇ、私は大丈夫です!!」
「?」
そう良いながら、柏木はしばらくの間、熱っぽい目で皆本を凝視していた・・・・・
Please don't use this texts&images without permission of てりやき.