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七題噺・夏の日のいやし?

―――― 七題噺・夏の日のいやし? ――――



「「あぅうう〜暑いぃぃ〜」」

へばった顔と声で美神事務所に入ってきたのは横島とキヌの学生組2人。
最近は蒸し暑い日々が続いているため、学校から直接事務所へやって来た2人もご多分にもれず汗びっしょりだ。
あいにく所長の美神はどこかに出かけているらしい。

「横島さん、今のうちにシャワーで汗流しておきませんか?」

「そーだね、そうしておくか…。今日ほど事務所に着替え常備してあることに感謝したことはないよ」

そう、美神事務所には横島のために着替えが常備してあるのだ。
と言うのも、この事務所で寝泊りしている美神・シロ・タマモ・キヌと違って、
自宅から通っている横島は、午前中に除霊してその後午後から学校に行くと言う場合や、深夜から朝方にかけての除霊をする場合などはいちいち自宅に戻って支度していると時間をロスしてしまう。
そのため事務所には横島の着替えや身の回りのものがある程度常備されているのだ。


「じゃあ、横島さんお先にどうぞ」

「いやいや、おキヌちゃんの方こそお先に」

「いいんですよ。横島さんの着替えは脱衣場においてあるでしょう?
 横島さんが浴びてる間に私は部屋から着替えとってきますから」

「そうかい?じゃあ悪いけど先に使わせてもらうよ」
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キヌが自室から着替えを持って来て一息ついていると、
不意に窓が コンコン と叩かれた。
何事かと窓を開けてみると、そこには魔界軍に入隊したはずのベスパが浮いていた。
思わぬ来客に驚いていると、ベスパはこう切り出した。


「美神令子はいるかい?ちょいと大尉殿からの頼まれごとがあるんだけど…」

「ワルキューレさんからですか?美神さんは今ちょっと出かけていて、いつ戻るか分からないんですよ」

「弱ったな、わざわざ魔界に戻るわけにも…。しょうがない、その辺で時間潰してまた来るよ」

そう言い残して飛び去っていこうとするベスパ。
そのまま見送ろうとしたキヌだったが、そこであることに気づく。
学校から事務所まで来ただけの自分と横島でさえ、こんなに汗でビショビショなのだ。
魔界からここまで、日陰のほとんどない空中を飛んできたベスパはなおさらなのでは?と。

「あの、ベスパさんよかったら汗を流して休んでいきませんか?着替えもありますし」

「ありがたいけど…いいのかい?」

「ええ、私も汗かいちゃったんでこの後シャワー浴びるつもりだったんですよ。
 今は横島さんが使ってるんでその後になっちゃいますけど」

「それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな。…本音言うと汗で服が肌に張り付いて気持ち悪くてね」





しばらくするとシャワーの音がやみ、未だ湯気の立ち上る横島が出てきた。
脱衣所で着替えも済ませてきたようだ。

「おキヌちゃんお待たせ〜…っとベスパか。珍しいな、事務所に直接来るなんて」

「あ、出たんですか。じゃあ私…も…」
「しばらくぶりだな、ヨコシ…マ…」

実に見事に真っ赤っ赤。
誰のどこが、などと野暮な事は言うまい。

「どしたんだ?2人して固まっちゃって」

突如動きの止まった2人に怪訝そうな顔で横島が訊ねる。

「な、ななな何でもないです!じ、じゃあ私いきますね。
 あ、ベスパさんも一緒にシャワー浴びてく事になりましたから!」
「いや、うん、えっと、これは…何でもない!」

焦りながらそういい残すと、2人揃ってそそくさと脱衣所に消えてしまった。

「何だったんだ一体?…変なの」

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「あっ!これじゃ…、う〜ん、どうしましょう」
「流石にこれは無理があるね…」

しばらく横島がおとなしく待っていると、脱衣所からそんな声が聞こえてきた。
何かあったのか脱衣所に近づき、声をかけて見る。

「おキヌちゃん、ベスパ、何かあった?」

すぐに返事は返ってきた。どうやら特に危険な状態にあると言うわけではなさそうだ。

「ええと、ベスパさんに着替えとして私の服を渡したんですけど…サイズが合わなくて」

「下は大丈夫なんだけど上は…。無理に着たら破けちまいそうなんだよ。だからどうしたもんかと…」

なるほど、と納得した。
2人は背丈も全然違うし、スマートな体型のキヌとグラマーな体型のベスパではサイズもそりゃ合わないだろう。
そういうことなら、と横島は一つの案を出す。

「確か脱衣所の棚の中に、俺の予備のYシャツが入ってたはずだけど、それ着れないか?」

「棚の中ですか?ええと…あ、ありました。ベスパさん、コレ着てみてください」

棚の中を探っていたキヌの手には男物のYシャツが握られていた。
横島にあわせたサイズだけあって大きく、ベスパでも余裕を持って着れそうだ。

「わかった。…っとこれでっと…着れたよ。ありがとうヨコシマ」

「どーいたしましてー」

どうやら問題は無事解決したようだ。
上気した顔のキヌとベスパが出てきた。
先ほどの言葉通り、ベスパは上に横島のYシャツを羽織っている。
2人ともほどよいシャンプーの残り香や上気した顔と相まって中々に色っぽい。

…訂正しよう。先ほどは特に危険な状態にあると言うわけではないとしたが…
ある意味危険な状態になっていた。横島の一部が。





かけっぱなしのテレビからは断続的に音が流れてくる。
テーブルの上には誰かが置きっぱなしにした漫画の単行本。

気まずい。実に気まずい。
今事務所内のソファーに腰掛けている3人は一様にそう感じていた。

横島とキヌの2人はともかく、ベスパとはどんな話題があるのか。
横島とキヌ、ベスパは核ジャック事件時には最後まで敵・味方に別れて戦った。
ベスパにとって横島は、「姉を誑かした張本人」であり、しかしそれだけでなく「横島の恋人でもあった姉を間接的とはいえ自らの手で殺してしまったも同然」という複雑な感情を持っている。
横島もそんな彼女の思いを知っているからこそ迂闊に話しかけられない。
一方キヌとはほぼ初対面であり、キヌの方も一時期寝食を共にしていたルシオラ・パピリオとは違ってベスパ相手では勝手が分からない。
先ほどは珍しい訪問者に対する驚き、風呂上りの横島を見たときのなんとも言えない気恥ずかしさ、想定外の衣服のトラブル、と思わぬ事態が続きうやむやのままいつの間にか会話していたが、改めて話を切り出すとなると何から話せばいいのかわからなくなってしまった。

そんなこんなで三人とも会話の糸口を見つけ出せぬまま、しばし時が流れた。
そんな雰囲気をどうにかしようと知恵を絞っていた横島の目に、ふとかけっぱなしのテレビと放りっ放しの漫画の単行本が留まった。
テレビからは妙な仮面をつけた筋骨隆々の大男が女性主人公に奉仕すると言うコメディアニメが流れている。
放り出してある漫画本は横島も読んだ事があるものであった。
最初は様々なゲームを使って悪人を懲らしめるが、途中からは完全にカードゲーム一直線になるというストーリーだったはずだ。
その2つが脳内で繋がった時、横島にひらめきがはしった。擬音で表すなら「キュピィィン!」といったところだろうか。

「おキヌちゃん、ベスパ。せっかく3人が集まったんだし、ちょっとしたゲームでもやらないか?」

「ゲーム…ですか?」

「なにをやろうってんだい?」

この横島の提案に2人とも思いのほか好意的な反応を見せた。
2人は2人でこの空気をどうにかしたいと思っていたのだろう。

「簡単に言えば3人が順番にくじを引いて、くじに書かれた内容に沿って引いた人に残りの2人がご奉仕する、って感じかな。くじの内容は癒し系統のもので統一するとして、三人で順番に引いていけば誰か1人が損をするってこともないだろうし」

「ご奉仕…えっちなのはダメですよ?」

「へぇ、面白そうだね」

キヌは笑みをこぼしながらもすかさず釘を刺し、ベスパも乗り気なようで笑顔を見せる。

「だろ?で、くじはこうして、っと…」

そう言いながら横島は、右手に握った文珠に【くじ】の文字を込め、おみくじへと変化させた。

「美神さんにはナイショな?」

もちろん2人にしっかり口止めしておくことも忘れない。

「さて、それじゃ誰からにする?特に順番によって有利不利ってのもないと思うけど」

「やっぱり発案者が一番最初じゃないですか?」

「だね。と言うわけでヨコシマ引きなよ」

2人揃って横島にトップバッターを勧めてきた。
実際は横島に最初に引かせて、このくじの内容がどんなものか把握しようとする思惑もあったろう。
意図したものかどうかはわからないが。

「では俺から、っと…」

横島はおみくじの入った箱の中に手を突っ込み、よくかき混ぜた後に一枚の紙をつかんで抜き出した。

「さて、俺が引いたのは……」






「あう、横島さんとってもカタイです…」

「ヨコシマ…随分溜まってたんだねぇ」

「自分でするわけにもいかなかったからな…痛ててて、デリケートなんだからもう少し加減してくれよベスパ」

「わ、悪い。まだ上手く感覚がつかめなくて…」

「ベスパさん、こうやってやさしくやってあげるんですよ」

「やっぱ他人ひとの手でやってもらうと違うな…」

「気持ちいいですか?横島さん…?」

「ああ、気持ちいい…。最高だよおキヌちゃん、ベスパ…」

「ふふっ、良かった…」

「こ、こんな感じで良いのかな…?」






「あ〜、やっぱり人にやってもらうと気持ちいいなぁ」

「でも安心しました。ホントにえっちなのは入ってなさそうですね」

そう、横島が引いたおみくじの内容とは……

「いや〜、誰かに【肩叩きと肩揉み】してもらうなんてホントに久しぶりだったからね」

「横島さん、いつも重い荷物背負ってるせいか凄く凝ってましたよ。あまり無理しないでくださいね?」

「随分疲労が溜まってるみたいだったぞ、ヨコシマ。」

そう、【肩叩きと肩揉み】だった。
確かにこれは“ご奉仕”の一種と呼べるだろう。世の中には“肩叩き券”なる回数券も存在すると言う。

「私はあまり上手くないみたいだな…。しかし、この肩揉みと肩叩きというのは随分と気持ち良いものらしいな。魔界軍に戻ったら大尉殿にもやって差し上げよう」

「力任せにしないのがコツですよ。大丈夫、やってるうちに上手くなっていきますから」

初めて経験する“肩叩き&肩揉み”なるものに戸惑い、最初の内は慣れなかったベスパも、それを受けている横島の表情を見るうちにその気持ちよさを悟ったらしく、ワルキューレにやってあげようと言い出すまでになった。
キヌのアドバイスを受けて、ここにまた1人肩揉みの虜が誕生した。
ともあれ、横島の番は終わったので次にくじを引くのは2人のどちらかである。

「じゃ、俺の番は終わったから次は……」




「ほう、それじゃ3人して“癒し合ってた”と?」

時は既に夕暮れを過ぎ、夜に差し掛かる頃。
応接間の机で手を組んで、剣呑な表情で3人を見つめている…いや、睨みつけているのは美神令子その人であった。

「そ、そうなんです!」

「スケベな意図があったわけじゃないっスよ!」

「2人は私に気を使ってくれて…」

3人は口々に釈明の言葉を口にする。
だが…

「だとしても…、窓全開であんな嬌声まがいの声出してたら変な目で見られるに決まってんでしょうがーー!!」

「「「すいませんでしたー!」」」

美神の怒りの正論の前ではなすすべも無かった。
ベスパが入ってきた窓を閉め忘れたのが今回の敗因であったと言えよう。


「ところでベスパ、アンタなにか用事があって来たんじゃないの?」

「え、あっ!? …どうしよう忘れてた。大尉殿に怒られる…」




訪れた先で人間関係を円滑にする事に囚われ、本来の任務を忘れる…
人それを“本末転倒”という!



   ―――― 完 ――――




土曜深夜にまりチャ内で発生した突発七題噺です
お題は akiさんから「事務所」「おキヌ」「文珠」、TYACさんから「Yシャツ」「シャンプーの残り香」、B-1から「おみくじ」「ご奉仕」の計7つ。それらをチャンポンにしました。

自分でもお題を出しているのは、元々この○題噺がすがたけさんの「今書く気が溢れているから、何かお題を!」という発言に対して、私も含めて参加者が次々にお題を挙げていったからです。

ベスパはお題の中には入ってなかったのですが、TYACさんが「Yシャツ」「シャンプーの残り香」のお題を出した時に「Yシャツ着たベスパってイイですよね!」と力説していらっしゃったので出演決定と相成りました。
にしても、この三人の会話って難しいです…。

7つのお題が出揃った時点で、まりチャ参加者から年齢指定な内容しか想像できないと言う意見も出てましたが…なにやら18禁な出来事が!?と思わせておいて実は肩揉みだったり耳かきだったりするのは少年誌の王道ですよね。

少し加筆・修正してありますが、修正前のものは「ボツ以上、投稿未満」スレに投稿してあります。
よろしかったらそちらもどうぞ。
即興で書いたはずなのに、何故か私が書いた作品の中で最長の長さに…

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