「一緒にクリスマスパーティをしませんか?」
私のその一言に、振り向きざま、映画のように鋭い視線を向ける横島さん。
「私のお友達の女の子たちも連れてくるんで………」
そんな私の言葉に対する横島さんの反応は想像以上……いいえ、想像の範疇にはあったけど忘れていたというか、うっかりしていたというか、油断していたというか……。
両手の親指を天井高く突き立て、「おキヌちゃん、ぐっじょ〜〜〜ぶっ!!!」と涙を流しながら私を褒め称えるその姿。………さっきの鋭い視線はどこに行ったんだろう?
「あ……、あの……?」
「合コンや! 合コンっ!! 生まれて初めての合コン!!! ああ、生まれてきてよかった〜〜〜!!! これで俺もクリスマスの夜に彼女をゲットじゃ〜〜〜!!!」
………え? 違う。
ただ頼まれただけで、私は横島さんと一緒に―――――
「おキヌちゃんは女神やぁぁぁっ!! いいや、サンタクロース! うん、居たんや、ホンマにサンタクロースは実在したんや〜〜〜っ!!! おキヌちゃん、こんな素敵なプレゼント、どうもありがとう!!!」
私の両肩をボンボンと両手で2回ずつ叩くと、何か強く納得したかのようにウンウンとうなずく。
誤解を解こうにも取り付くしまもなくて。
「……横島さん?」
「しかも、相手はあの『六道女学院』やぞ! この間行った時、見たか、俺!? あのレベルの高さをっ!! これで俺も人生の勝ち組の一員になれるんや〜〜〜っ!!!」
「……………」
「そうと決まったら作戦タ〜イム! まずはスタメンだ、スタメン! ピートのやつは呼ぶべきだろうか……? う〜ん、やはりここは呼ぶべきだろう! 一旦はやつに顔を出させて、上手く引き込む! それとタイガーだ! やつは絶対モテへんから、俺の引き立て役にする! そう、ピートとタイガーのツートップに、俺がトップ下ってやつだな! うわははは! これでワールドカップ出場も夢じゃないぞっ!!!」
「………バカ」
狂喜乱舞の真っ最中の横島さん。私がすぐそこに居ることももう忘れてしまったかのように、一人妄想の世界に浸る彼の背中に聞こえるか聞こえないかくらいにそう声を掛ける。
「もう目指しちゃうぞ、ハットトリック! 得点王も猫もまっしぐらじゃ〜〜〜っ!!!」
「……………………バカ」
今度は小さくつぶやいてみる。
―――――横島さんに聞こえないように。私だけに聞こえるように。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『やっと気がついてくれたんですか!?』
原作:Maria's Crisis 執筆:カシュエイ
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
弓さんたちに呼び出されたのは、またあの校舎の屋上。灰色の寒空の下。切り裂くような冷たい風。この殺伐とした雰囲気は一体何でなんだろう?
それはともかく、その隅っこで私を笑顔で迎えてくれている二人の前に急いだ。
「で、どうだった、おキヌちゃん?」
一文字さんの問いに笑顔を向ける。
「ええ、横島さん、ものすごく快諾してくれましたよ。本当に……異常なくらいに……」
横島さんのあの時の姿が思い浮かび、言葉の最後が小さくなる。笑顔の方も尻つぼみになっていたのが自覚できた。
「あの横島っていう方のことはどうでもいいんですのよ。それよりこの間ちらっとおっしゃっていた『ハンサムな人』という方は? え、いえ、別に来ないなら来ないで私は一向に構いませんけども」
弓さんのいつもの意地っ張りな問いに、再度笑顔を作り直す。
「はい、来てくれると思いますよ。横島さんが『つーとっぷ』がどうのって言ってましたから」
横島さんが何を企んでいるのか。まだ私には美神さんのように上手く想像することはできない。
「『つーとっぷ』? 何のことだかさっぱり分かりませんが、一安心ですわ。え、いえ、別に来ないなら来ないで私は一向に構いませんけども」
その言葉通りに興味なしとばかりに屋上の安全網に手を掛け、下にある運動場を見下ろす弓さんのしぐさ。でも、その横顔からは満面の笑顔を見て取れた。
「サッカーでもやるっていうのかな……?」
相変わらず、足を大きく開いて背中を丸めるようにする一文字さんの独特の座り方。いつもいつも、「そうやって座るのって楽なんですか?」と聞いてみたいとは思っているのだけども、今回もまたその質問を繰り出す機会を逸してしまった。
「サッカー? いえ、私は横島さんにちゃんとクリスマスパーティだって言ったつもりですけど」
あの時の横島さんとの会話をまた回想しようと思ったけど、思い直してすぐに止める。
「とにかく、しっかりとお願いしますわ。嫌がる私に氷室さんが無理矢理おせっかい焼いたんですから」
「おい、弓! それはおめーが無理矢理頼んでた設定じゃねえか?」
「は? 全く私にそんな記憶はございませんわ」
普段から仲が悪く見える弓さんと一文字さん。でも、本当はすごく仲が良くて。
言い争いもすぐに終わって、ほら、今は当日着ていくお洋服のお話をしている。
そんな二人を見ていると、私の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
大事な二人のお友達にお願いされて、その役目を果たせて、二人も喜んでくれている。だから嬉しいに決まってる。
それなのに心の中に渦巻く、変な焦燥感。
もう一度、弓さんと一文字さんの方を見る。普段買いに行ってるお気に入りのお洋服屋さんのことで熱心に話し合っている。
次に、昨日の嬉しそうに舞い上がっていた横島さんを思い出す。
「………………みんな、喜んでくれてるじゃない」
灰色の寒空の下。屋上の安全網の向こう。広がる景色の中に、なぜか横島さんの姿を探していた。
☆
駅前のハンバーガー屋さんの前。
夜空を見上げてみた。そこにあるのは完全な黒ではなく、駅前のにぎやかなネオンに混ざった少し青っぽい空の色だった。
せっかくのクリスマスの日。雪は降りそうに無い。
以前、横島さんに教わった「ホワイトクリスマス」という言葉。クリスマスには二種類ある。「普通のクリスマス」と「ホワイトクリスマス」。クリスマスの日に雪が降るか降らないかがその二種類の違い。ただ漠然とそういう風に認識していた。
「横島さんは、ホワイトクリスマスを見たこと……、え〜と、経験したこと……、え〜と、何って言えばいいんでしょう……?」
横島さんは表現方法にしどろもどろな私を見て、困ったように笑う。
「うん、大丈夫。おキヌちゃんが言いたい事は分かるよ。でも、都内とかだとめったに見れない現象だって聞くね。俺も昔は大阪に住んでたけど……。う〜ん、どうだったかなぁ……。記憶に無いね」
それはまだ秋口だった時の話。あまり深くは想像の根を張り巡らすことはなかった。
腕時計を見ると、約束の午後6時まであと10分。
もう一度空を見上げてみた。
雪の降る気配は全く無い。
この空から。この特別な日の空から、白い粉雪が舞い降りてきたらすごく素敵だろうなぁ。
あの時はなんとも思えなかったけど、今、この時になってやっとその「ホワイトクリスマス」という言葉の意味に気づけたと思う。
ホワイトクリスマスは来年までのお楽しみに取っておいてもいいかな……。
ホワイトクリスマス、来年こそは横島さんと二人で―――――
その時、急にポンと肩を叩かれ、びくっと体を震わせてしまった。これは確実に相手に動揺が伝わってるはず。ただ、相手が誰なのかはすでに分かっているから。私は動揺を誤魔化す為に、大げさに困った顔をしてみせた。
「もう、急に驚かさないでくださいよ」
「ごめんごめん、おキヌちゃんがぽか〜んと空を見上げてるから、雪でも降ってるのかと思っちゃったよ」
黒いコートに両手を入れたまま、一文字さんが笑う。いつか見せてもらった「とっこーふく」という服装でなくて、少し安心した。
「ホワイトクリスマスも悪くはありませんわ」
弓さんは普段からこうなのでしょう。誰かが言ってた「お嬢様らしい」という服装だった。
「じゃあ、行きましょうか。魔鈴さんのお店はすぐそこにあるんですよ」
私も今日はちゃんとお洋服を選んできた。これは私にとって、とても大事なお洋服。
そして、きっと、横島さんにとっても………。
「素敵なお店ね」
魔法料理「魔鈴」の前に到着すると弓さんが笑顔を私に向ける。一文字さんも物珍しそうに装飾されたボードに書かれているメニューを見入っている。
「美神さんのお友……………達の魔鈴めぐみさんのお店なの。魔鈴さんは魔法使いで研究の傍ら、このレストランも経営してるんです」
「魔法料理かぁ。どんなんだろう?」
ボードのメニューをひとしきり見終えた一文字さん。
「すごく美味しいですよ。ただ、食べ過ぎないように注意してください」
「食べ過ぎちゃうくらい美味しいの?」
「え〜と、そうじゃなくて………」
そう言いながらドアを開けてお店の中に入ったところで魔鈴さんを見つけた。
「こんばんはー!」
「あら、いらっしゃい!」
持っていたトレイを手前に寄せて、魔鈴さんが振り向く。
「男の子たちは先に来てますよ」
魔鈴さんに笑顔で向かい入れられ、お店の奥にあるパーティルームと書かれている部屋に案内してもらった。こういうところでのお食事って、普通ならお金をいっぱい払わないとできないのでしょうけど、恐らく今日は魔鈴さんが特別に安く用意してくれたことは彼女の人柄から想像することはできた。
ドアを開けたところで、横島さんが手に持っていた何かをポ〜ンと鳴らした。そして、「メリークリスマース!」の声。
こうして、私と横島さん主催のクリスマスパーティが始まった。
みんなのそれぞれの自己紹介が終わると、横島さんと雪之丞さんとタイガーさんでなにやら内緒話をしているのが見えた。何をしているんだろう?………と弓さんと一文字さんの方を見ると、その二人も同じように内緒話をしていた。私が加われる雰囲気ではなかったので、遠目に窺ってみる。
しばらくすると、弓さんと一文字さんの間で揉め事が始まり、それが飛び火したかのように横島さんたちの方でも何か緊迫した雰囲気になっていた。困った私は同じように輪に入れなかったピートさんの方を見る。ピートさんも私と同意見なのか、肩をすくめ、困ったような顔してみせた。
「た、立ってないで座りましょうよ」
「そうそう。パーティ始めましょう」
部屋の隅にコートを掛け、お洋服に付いたマフラーの毛を軽く指で払うと、横島さんの姿を探す。
今日の為の、今日のお洋服。
きっと見てくれたら、すぐに思い出してくれるはず。
あの時は、横島さん、放心状態だったから、この気持ちを伝えられきれてなかったと思うの。
だから、改めてちゃんと言わないと。この機会に。ありがとう、って。
でも………、横島さんは弓さんの隣の席を巡って、雪之丞さんとタイガーさんと争っていた。
二人が共倒れになり、横島さんがその席に座ろうとしたその瞬間………。
つい………。
耳を引っ張ってしまった………。
「ご、ごめんなさい!」
鏡を見なくても分かる。自分の顔が真っ赤になっていることを。
私の隣の席で横島さんは笑いながら「ごめんごめん。いや、ついまたいつもの癖がね」と逆に私に謝る。
どうしてだろ? どうしてそういう風に謝るんですか、横島さん?
更に私の顔が真っ赤になる。
それから私はいつもよりいっぱい横島さんとお話した。我ながら口数はそんなに多い方だとは思っていないけど、何か堰を切ったかのように私の口から言葉がすべるように、踊るように、飛び出していく。
今日事務所の玄関に飾ってあったお花が枯れてしまったので、新しいお花を活けておいたんですよ、とか。
二学期の成績で数学だけは上がったんですけど、他の科目は変わらなかったんです、とか。
同じクラスの女の子が、隣の高校の男の子に告白されちゃって、とか。
この間のお仕事でぶつけたところがまだ痛いんですよねえ、とか。
今日ここに来る途中に、新しい雑貨屋さんを見つけたので、今度一緒に行きましょうよ、とか。
今日はホワイトクリスマスになりませんでしたね、とか。
内容なんて大したものじゃない。でも、横島さんもうんうんとうなずきながら、笑顔で私のお話を聞いてくれる。
弓さんと一文字さんの方を見る。二人ともピートさんと楽しそうにお話をしている。
「……………よかった」
ほっと出た言葉は単純で率直なものだった。
色々と思うことがあって、このクリスマスパーティには不安を感じていた。でも、弓さんも一文字さんも楽しそうに喜んでくれている。
そして、私も横島さんと………。
「ところでおキヌちゃんさあ?」
「はい?」
「弓さんって、めちゃくちゃ美人だよね? なんとかデートとかできひんかなぁ?」
「………」
「ちょっと今度さあ、あの横島っていう人、どう?………とかって探ってきてくれないかなぁ?」
「………」
「あと好きな男のタイプとか知らない? そういう話とかよくしてるっしょ? 女の子たちって」
「……………バカ」
「え………?」
「横島さんの………バカ」
じっと押し黙る私。
それを見て、横島さん、さっき自分で言ってた「いつもの癖」に気づいたのでしょう。小さく、「………あ」と言葉を発した。
「ご、ごめんね、おキヌちゃん」
「何で謝るんですか?」
細く小声で言う私。ここで大きな声なんて出したらいけない。せっかくのパーティの雰囲気が台無しになるから。
私は下を向いて、ぐっと目を閉じる。
妬いてるんだ、きっと私………。
この間から、ずっと。
胸の中がきゅうっと苦しくなる。
最初は弓さんと一文字さんの為と思って、このパーティのことを横島さんに相談するつもりだった。でも、横島さんが勘違いして大はしゃぎして………。
そして、弓さんと一文字さんもすごく喜んでくれて、あんなに楽しそうにしてて………。
何なんだろう………。私。
みんな喜んでくれてるのに、私だけつらくて。
何で謝るんですか?………なんて質問。答えなんか簡単。横島さんは私の気持ちを知ってるから。
だから、バカ。
横島さんのバカ。
それなのに他の女の子のことばかり考えて。
それなのに私のこと、すごく優しくしてくれて。
私。そんな横島さんのことが大好きで。
バカ。………私のバカ。
「おキヌちゃん?」
横島さんのその言葉に顔を上げ、彼の方を見る。
ワインに似せたグレープジュースの入ったワイングラスを、口元からテーブルに置いているところだった。
何か言いたそうにしている横島さん。
一秒ほど間を開けて私が先に言った。
「そう言えば、美神さんも今頃お食事中ですかね?」
突然の素っ頓狂な質問。それに少し驚いた表情の横島さんも、一秒ほど間を開けて答える。
「私はクリスチャンじゃないから、誰かさんの誕生日とかそういうの興味ないのよね!………とか言って、何か事務所で良いモンでも食ってるんじゃないかな?」
「え? 横島さん、ご存知ないんですか? 今日は西条さんに誘われて、どこか映画でも見に行くって言ってましたよ?」
「ぬわにいいいいっ!!!」
そう叫ぶと、右手の霊波刀をかざしながらいきり立つ。弓さんや一文字さんたちから何事かと、こちらに驚きの視線が集まった。
「西条のやつめ! 抜け駆けとは許さん! それが公務員のやることかぁっっっ!!!」
はあ、と私は大きくため息。それを見て、はっと我に返って席に座る横島さん。
そして、「ご、ごめんね、おキヌちゃん」と。
「いいえ………」私は笑顔を作り、舌を出して横島さんに言ってあげた。「今の冗談ですから」
一瞬顔を苦しそうにしかめた横島さん。でも、すぐに頭をかきながら大声で笑う。
私もそれにつられて、笑う。
「今までのお返しですよっ」
もうさっきまでの不安とか辛いとかそんな気持ちは全く無くなっていて………。
もう、ただ、横島さんのことが大好きで………。
横島さんの笑顔をじっと見つめる。横島さんも見つめてくれていたけど、すぐに恥ずかしそうな顔して、視線を下へ落とす。
そして―――――
「あれっ、おキヌちゃん?」と………。
再び横島さんの視線が私に向けられる。
「その服、いつかのクリスマスの………」
「もう………!」
私はお洋服の袖口を指でつまんで、腕を左右に軽く開いてみせる。
「やっと気がついてくれたんですか!?」
我ながら会心の演出だと思ってた。
初めて横島さんからもらったプレゼント。クリスマスの日に。それも命がけで手に入れてきてくれたもの。
いつ、どの機会に横島さんの前で身にまとって、見せてあげようかと散々迷ってた。
自分の部屋でこっそり着たりして、一人で鏡の前でにこにこしたりはしてたけど。
こうやって袖を通すのは初めて。
それをこの思い出のクリスマスの日に。
横島さんに見てもらいたくて。
―――――でも。
じっと見つめてくれる横島さんの視線。思わず今度は私の方が恥ずかしくなって、うつむいてしまう。
恥ずかしい。
あざとかったかも。
幽霊用なのに変だったかも。
本当は全然似合ってないのかも。
真っ赤になってうつむく私。
目からじわっとあふれる涙。
やがて。
「似合ってるよ、おキヌちゃん。すごくかわいいよ」
―――――胸に響く横島さんの声。
こんなに期待させておいて。
すごく簡単な褒め言葉。
真っ赤になってうつむく私。
目からじわっとあふれる涙。
恥ずかしいのか、情けないのか、悔しいのか、うれしいのか。
分からない。
だけど、答えは私のすぐ目の前にある、横島さんの笑顔。
真っ赤になってうつむく私。
目からもっとあふれる涙。
完
Please don't use this texts&images without permission of カシュエイ&Maria'sCrisis.