「なぁ、皆本はんのこと、どう思う?」
事の始まりは、葵のその一言だった。
何気ない風にそう言ったが、目は真剣そのものだ。
皆本が彼女たちチルドレンの担当についてから4年、中学生になった彼女たちは、中学校入学当初、今まで通り皆本との同居を希望した。
しかし、「そろそろ自立心を」という至極大人的な意見と、「年頃の娘が男と同居はそろそろまずい」という(一部の意見)により、今は皆本と別居していた。
とは言っても、3人で皆本と同じマンションの隣に部屋を借り、ご飯時は皆本の家に集合するという形なので、いわゆる個人部屋ができただけで、いままでとあまり状況は変わっていなかった。
休日の今日も、いつものように皆本の家のリビングでくつろぐ3人だったが、葵が唐突にそんなことを言いだしたので、何のことかと、薫と紫穂は葵の方に顔を向けた。
「どうって?」
まるでわからないといった表情で薫は聞き返した。一体葵は何を言いたいのか。
「だから、2人はどう思ってるんかって言うことや。皆本はんを!」
多少ムキになって返す葵。それに対して、ますますわからないと首を傾げる薫。
「どうもなにも・・・皆本は皆本だろ?あたしたちの主任で、家族みたいなもんで・・・大事な人で」
最後の方はちょっと照れながら言った。とにかく自分の気持ちは嘘偽りなく、それが当然だと話す薫。
言い出しっぺの葵はというと、少しうつむき加減で、表情がよく見えない。まさか皆本と何かあったのだろうか。
「どうした?皆本に何か言われたのか?」
薫は率直に聞いた。何かあったらそれはそれで困るだろうに。
「いや、そういうわけやないんやけど、2人とも今もヤッパリ“そう”なんかな〜と思ってな」
「“そう”って・・・・・・・すっ・・・好きって・・・こと?」
「う、うん、そうや」
互いにどもって答える。2人ともちょっと顔が赤い。
しかし、薫はヤッパリわからなかった。
自分達3人が皆本の事を好きなのは、当たり前のこと。太陽が東から登って西に沈むように、誰しもがわかりきっている周知の事実。今更確認する事じゃない。
そう思っていた。いままでも、そしてこれからも。だが、葵は違うと言いたいのか?
「葵ちゃん、クラスの子に告白とかされたの?」
いままで事態を静観していた紫穂が葵に聞いた。そして、おそらくそんなところではないのかと、あたりをつけた。
「いや、そういうことでもないんや。うん。」
しかし、葵はそれを否定した。
「「????」」
2人の頭にハテナマークが浮かぶ。
「えー・・・・と」
なんとなく話しにくそうな葵。さっきから顔が赤い。
(なんだなんだ?あたしたちに隠し事は無しだろ?何を言おうとしてるんだ?そういえばさっきから顔が赤いし、何かを恥ずかしがってるみたいだし・・・・・・・・・・まっ・・・まさかっ!!!)
薫の脳内では瞬時にその結論に達していた。その間、約0.05秒。
「葵・・・・・もしかして・・・・・」
薫はおそるおそる聞いてみた
「・・・皆本と・・・・・・“シた”?」
薫が爆弾を投下した瞬間、誰が見てもわかるほど葵の顔は真っ赤に燃え上がった。
「しっ!!シてへん!!なんもシてへんて!!だから、そういうことやないんや!!」
よく見ると耳まで赤い。いったい何を想像したのやら。
「だったらなんだよ〜。もー、さっきから勿体つけるようにさぁ」
元来我慢のきかない薫のこと。以前よりは物事を我慢することを覚えたが、気の置けない親友同士の場合は、外で抑えてる分、本来の自分をさらけ出す。だから、先ほどからモジモジとする葵に対して少し・・・・いや、大分イライラしていた。
「いや・・・・あのな・・・」
葵はボソボソと話し出した。
「ウチ・・・・・皆本はんのこと・・・・・・・・好きやねん。」
「言ってしまった!」という顔で恥ずかしがる葵。「好き」と言った瞬間の、女の子らしい表情に、普段の薫なら萌えているところだったが、言っている内容が奇妙だった。「何をいまさら」という顔で葵を見ている。
「・・・・・葵ちゃん、いまさらどうしたの?」
薫の心の声を代弁するように紫穂が聞いた。2人にとっては本当にいまさらなことだ。
「いやっ、あの、だからな・・・」
どもりながら葵はまたしゃべり出した。
「あの、小学生のときはな、確かに好きやってん。でも、多分、主任として尊敬できるとか、甘えられるとか、なんていうか、いつも一緒にいたいお兄ちゃんみたいな、そんな感じやったんや。」
「うん。それで?」
紫穂が続きを促す。なんとなく先を予想しながら、彼女は葵の話に耳を傾けた。
「でもな、最近な、なんていうか、いつも・・・・いつも考えてる。皆本はんのこと。」
先ほど収まった顔の火照りが、また復活してきた。顔が赤くなるのを感じる。
「授業中のふとした合間とか、ご飯食べてるときとか、あんたらと一緒にいるときとか、任務中とか、とにかくいっつも考えてるねん。皆本はん、何をしてるんやろか、ちゃんとご飯食べてるやろか、今日は早く帰ってきてくれるやろか・・・・そんなこと、いっつも考えてるんや。」
自分の心の中をどんどん吐き出していく葵。まるで愛の告白をするように、話に熱を帯びてきた。
「でな、こんなに四六時中考えてると、自分がおかしいのかなて、思えてくるんや。何かストーカーみたいな、なんていうかウザい女になってるんやないかって。前よりももっと、皆本はんとご飯を食べたり、お出かけしたり・・・・・一緒にいたいって思ってる。」
ようやく話が見えてきた。要するに、完全に恋に落ちてしまったのだ。
以前のように、ただ甘えたい、家族の延長のような存在ではなく、一人の男性として、皆本に恋焦がれてしまったのだ。だが、生来の真面目さが、男女のそういうことを心のどこかで否定しているので、恋している反面、「自分はおかしいのではないか」と不安な気持ちにさせてしまっているのだ。
葵のそういった気持ちをようやく理解した紫穂は、「まったくもう」と、半ば呆れてしまったが、そんなことで不安な気持ちになる葵がとてもかわいいと思った。
薫は、葵のそういった思いがわかったような、わからなかったような、なんともいえない気持ちだった。なぜなら、薫にとってそれは“あたりまえ”のことだから。
「なに言ってんだよ葵? いっつも考えてるなんて、そんなの当然だろ!?」
「えっ?」
「あたしなんて風呂入ってるときも、トイレいってるときも、寝る瞬間まで皆本のこと考えてるぜ」
えっへん!といわんばかりに胸を張る薫。彼のことを考えているのが誇らしいようだ。
「そうね、わたしも。・・・・・・どんな女と飲んできたのか、後できちんと白状させなくちゃ、って、いつも考えてるわ」
背筋が寒くなるようなニヤリ顔で紫穂はつぶやいた。いったいどこまで本気なのか。
「でっ・・・でも! 皆本はんは1人やし、うちらは3人やし、いずれはだれかが選ばれて・・・・」
「そんなのカンケーないよ。 あたしは皆本のこと好きだし、葵も紫穂も好きだよ。どっちかなんて選べない。だってどっちも好きなんだもん。」
とても単純明快な薫の答え。「好きなものは好き。」それが薫の生き方だし、彼女の気持ちよさだし、みんなが惹かれる理由なのだろう。
「そうね・・・・。葵ちゃんは考えすぎ。もうちょっとシンプルに考えなくちゃ。私もみんなのこと好きよ。でも、今からどちらかを選ぶために悶々と悩むこともないんじゃない? それに、誰かを好きになるなんて、全然おかしくないじゃない。」
2人の答えを聞いた瞬間、葵は電撃に打たれたように衝撃を受けた。
紫穂の言うとおりだ。自分は何を考えていたんだろう。
皆本のことが好きなのは事実だ。人を好きになるのに何を悩んでいたのか。薫と紫穂を好きなのは当然。彼女らは親友だ。彼女らと皆本を奪い合いなんてしたくないけど、でも好きなものは好き。だったらそれはそれでいいではないか。大事なのは自分の気持ちだ。
そう考えると、葵はだんだん悩んでいる自分が馬鹿らしくなってきた。
「・・・・そやな。何を色々悩んでたんやろな、ウチ」
先ほどとはうって変わって、心のモヤモヤが晴れていくのを感じる。気持ちがだんだんとサッパリしてきた。
「好きは好き。しょうがないやんな。」
「そうだよ! あたしは皆本のことが好き! 大好き!!」
「ウチだって好きや。大好きや! 絶対渡さへん!!」
「あ、わたしだって好きよ。 必ず虜にしてやるんだから。」
だんだんとテンションが上がってくる3人。自分たちがどれだけ自爆しているか、わからなくなっていた。他人には絶対聞かれたくない大告白大会である。
「・・・・・・・・・・・」
いた。先ほどから続いている告白を聞いている男が1人。
「・・・・・・・・もう一杯飲んでこよう・・・」
彼はそう言って、今入って来た玄関から、またそっと外にでていった。
皆本光一 24歳。この家の主人である。
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「は〜〜・・・・・」
先ほど注文した、ウイスキーの水割りを飲みながら、皆本は深いため息を吐いた。
メインストリートから少し脇道にそれた場所にある、静かなバー。
盛況なわけでもなく、閑古鳥が鳴いてるわけでもなく、適度な客数で、静かに自分の世界を過ごせる、大人の空間である。店の場所は皆本本人しか知らないので、誰に干渉される心配もなかった。
「あいつらが・・・・そうか、まだ・・・」
先ほどの告白を聞いた時、まず「失敗した」と思った。本来、彼女たちの年代ならば、同い年か年齢の近い男の子と付き合うのが普通である。にもかかわらず、自分が傍にいたために、そういった男の子に目をやる時間がなかったんじゃないだろうか。
そう、思った。
だが、一方で嬉しさを感じたのも事実だ。自分を好きになってくれることを悪く思う人間はいない。
あれだけあからさまに告白を聞けば、嬉しくないわけがない。小学生の頃から彼女たちの気持ちは聞かされてきたが、皆本本人は半分冗談だろうと、聞き流していた。だが、そこに先ほどの葵の告白。とても冗談とは思えない。彼女も、そして薫も紫穂も本気だ。女心に鈍い皆本でも、それは理解できた。
「今はまだ・・・・・でも、将来は、どうなるのかな・・・」
考えたのは、沖縄のある島での出来事。成長した3人に姿形だけでも会ったあの時。女としての彼女たちの魅力にグラグラと男心が揺れたのは紛れもない事実であった。
「・・・・好きなものは、好き・・・か」
それは薫の言葉。彼女は時々、本質をついた答えを言う。皆本もそれにはいつもドキッとさせられているのだ。
「誰かを選べなんて、できないよな」
少しアルコールが回ってきたのか、だんだんと彼女らの将来像が頭の中を占めてきた。
「いっそのこと、あの王子のいる国に移住して・・・・そして4人で一緒に・・・・・」
・・・・いや、訂正しよう。大分アルコールが回ってきているようだ。
普段は考えもしないことを考え出した。一夫多妻の国でハーレム状態など、いつもの皆本なら即、全否定だ。
しかし、なんだかんだ言って、彼女らのことを、皆本は好きだし、大切にしたいし、大事に思っているのは誤魔化しようがない事実だ。だが、この“好き”が、どういった種類の“好き”か、
「・・・・・答えは・・・もうちょっと先だな」
本人にもわかりかねていた。
●PM8:30 皆本家
「・・・・・・皆本、遅い!」
「皆本はん・・・・・何しとんのや」
「・・・・これは女のところね。おしおきだわ・・・」
そのころ皆本家では、3人の恋する乙女・・・・もとい、鬼嫁と化した彼女たちが、彼女らの獲物を、今や遅しと待ちわびていた。
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