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蘇える金毛 最終話

 約束は守られた。
 タマモは総務から秘書課へ転属し、社長秘書となった。あの朝の凶暴さは欠片も見せずに、仕事をこなしていた。真友としては、まさに狐に化かされたような話であった。
 金と仕事を与えていれば、この女は役に立つ。そう思わせるような、仕事ぶりであった。しかし、真友にはどうしても拭いされない不安があった。
 迷惑料として支払われた株である。何かアクションを起こしたわけでないが、紅藤で一番の大株主である。タマモの一言で、会社は転覆してしまうのある。
 真友は一計を案じ、行動に出た。

 会食という名目で、タマモを高級レストランに誘った。都内の閑静な住宅地にあるそれは、洋館を改造したかなり年代物の店であった。
 二人は個室へと案内された。個室が近づくと、料理の匂いに混じり、懐かしい匂いを感じた。タマモは目を閉じ、逸り気持ちを抑えた。
 ドアが開けられる。個室というには、かなり広い部屋であった。舶来のアンティークな家具が並んでいる。先に来ていた若い男と中年の女がこちらを向いた。

「待たせたかな」
「いえ、私たちもさっき来たところよ。そちらのお嬢様は、仰ってた方?」
「あぁ、そうだ。紹介しよう、私の秘書をしている大塚広子君だ」

 そういわれると、タマモは丁寧に頭を下げた。

「大塚です」

 ゆっくりと顔をあげると、若い男は眉を歪め頭を捻った。

「大塚君、家内の……いや元家内の絵里に、息子の康則だ。康則は今、大学生でね、生意気にもベンチャービジネスなんてものを立ち上げてる」
「瀬尾絵里です。お美しいお嬢様ね、伺っていた通りの方だわ」

 絵里はにっこりと笑いかけた。

「息子の康則です。初めまして」
「こちらこそ初めまして……」

 タマモはそういって首を傾げる康則にだけ分かるように、しゃべらないように合図を送った。康則はそれだけで理解できたのか、笑いを噛み殺すように咳払いをした。




 真友が株の流出を防ぐために考えた事、それはタマモを身内にしてしまえば流出することはないという手であった。嫌っていた人外を懐柔するために、真友は息子さえ利用したのである。
 食事が終ると、後は若い者同士でとお決まりの台詞を言われると二人は外で出掛けた。
 店の近くに大きな公園があり、二人はそこを歩いた。

「びっくりしたよ、まさかタマモちゃんがくるなんて」
「驚いた?」
「驚くに決まってるよ」

 どちらでもなく笑った。

「ほんと久しぶりだね、何年ぶりかな?」
「10年は経つわね。私が高校行きだして以来だから」
「もうそんなに経つんだ……」

 康則は思い出すように遠くを眺めた。タマモは康則の顔を見上げた。あの頃小学生だった康則は、今は見上げる背丈になっていた。

「背、伸びたわね」
「中学に入ってからね。少しは大人になったかな?」
「なったなった」
「少しはイイ男になったかな?」
「少しだけね」

 辛い採点に康則は、口を歪めスネてみせた。

「そういうところが、まだ子供なのよ」

 手を伸ばすと、頭を軽く叩いた。康則は少しだけ笑うと、足を止めた。

「タマモちゃん……」
「ん、なに?」

 タマモも足を止めた。

「なんで、なんで親父の会社なの? あの会社が何やってるか知ってるの?」
「うん。知ってる」

 俯いていた康則は顔を上げた。

「全部知ってるわ。あの会社がどうやって大きくなったのも、社長たちがなにをやっているのも。それに、康則君が今なにをやっているのも」
「全部知ってて、なんで?」
「知ってるからよ……康則君、お父さんのこと好き?」

 黙って首を振った。初めて会ったときに見せた、偽りを演じているのとは違っていた。

「嫌いだ。子供の頃はよく分かんなかったけど、知れば知るほど親父の事が嫌いになった。今ではもう憎んでさえいるよ」
「だからベンチャービジネスを始めたの?」
「あぁ。離婚の条件で大学までの養育費は貰うことになっていたからね。あいつの金なんて使いたくかった……今まで貰ってきた養育費、利子つけて叩き返すためにね」

 タマモは康則に背を向けると、ゆっくりと歩き出した。

「全部分かってるから、あの会社に入った……それが理由よ。今日会えたのも、脅威となった人外の私を、身内に入れて懐柔するために康則君を利用してるのよ」

 康則は唇を噛み締め、拳を固く握った。

「でも、まぁ……そのおかげで堂々と会えたんだけどね」

 振り向き、康則のもとへと戻る。

「それが、もう一つの理由よ。何も言わないで別れちゃったから……」

 康則が顔を上げると、にっこりと笑った。あの頃と同じ笑顔だった。























 ドアを開けた。イグニッションを回すと、V12気筒に火が入る。しばらくすると、水温計が動き出した。F1パドルを手前に引きギアを1速に入れ、アクセルを軽く踏んだ。
 陽が昇る前に早朝のオフィス街を、真っ赤なのエンツォフェラーリが走り抜ける。
 数ヶ月前の現場を通り過ぎるが、気にする素振りなどみせはしなかった。
 2速、3速。ギアを繋ぐと狂ったような加速をみせた。昨夜、厄珍から買ったばかりの車であったが、かまわずにアクセルを開けた。ハンドルを操りながら、タマモの口元は綻んでいた。

「ハハ……やったわ…アハハハハ」

 ハンドルから手を離すと、何もないはずの手になにかを掴んだような気がした。
 笑い声は次第に大きくなっていく。この10年の鬱憤を晴らすかのように、声にだして笑い続けた。





 タマモは、いつものように秘書の仕事を続けていた。手帳を開き、社長の予定を確認すると一礼して秘書課を出て行った。人目につきにくい非常階段に行くと、平出が周りを気にしながら立っていた。

「なんの用だね。私は忙しいんだ」

 タマモは壁に凭れると、カルチェのライターを取り出し火をつけ、そして消した。

「常務……タバコの薬、切れてませんか?」
「な、なんのことだ?」

 タマモはライターの火をつけ、同じことを繰り返した。金属音が響いた。

「恍けなくてもいいですよ、桃源郷です。混じり物する前の物が手に入りましてね」
「ほ、本当か? 本当にあるのか?」
「100グラムあります。グラム250万で2億5千万、用意できますか?」
「用意する、用意するとも! ありがとう、大塚君、ありがとう」

 平出はタマモの肩を掴むと頭を何度も下げるが、ライターを見たままの顔は上がることはなかった。








 数日後、平出はタマモに桃源郷を渡されると喜び勇んでシロのマンションを訪れた。
 駆け込むようにリビングに入ると、ポケットに入れていた瓶を取り出しシロの目の前で小躍りしてみせた。

「ほら、シロ。薬だよ、大塚君が譲ってくれたんだ。やったぞぉこれだけあれば、一生困ることはない」

 平出は狂ったように笑い出した。この男は完全に潰れた。また野良に戻るのはいい。だが事務所はどうなるのだ? シロは不安に押し潰されそうになり、一歩も動けないでいた。
 平出の手を見た。瓶に入った薬だが、かなりの量だった。桃源郷だとすると、あの量ではかなりの額になることは想像に容易かった。

「お金は……その薬を買ったお金は、どうされたのですか?」

 胸の前で、手をぎゅっと握ると声が出せた。聞くのが怖かった。だが聞かずにはいられなかった。

「金? あ、金か、不動産を売った。現金で足りなかったからな」

 胸の前で握っていた手が、だらりと落ちた。自然と笑いが込み上げてきた。どうする事も出来ない時、人は笑うしかないと誰かがいった。誰が言ったか思い出せなかったが、その言葉だけが、頭の中を過った。

「そうか、シロ。お前も嬉しいか! そうだよな、嬉しいよな」

 シロに抱きつくと、二人は笑い続けた。

「ねぇ、ご主人様」
「うん、なんだ?」

 頬を摺り寄せていた平出は顔を離し、シロの顔を見た。
 そこには、今まで見たことの無い美しい光に照らされた見惚れるような笑顔があった。
 











 手紙をポストに入れ、地下室へと戻る。途中、宅配便に合い荷物を渡された。大株主になっても、タマモは以前の地下に住んでいた。
 京都からの荷物であった。封を開け、中の物を取り出す。京都有名豆腐店の油揚げであった。かなりの量であったが、すべて油抜きをして調理した。2枚だけ別味にすると、後の残りはすべていなり寿司を作った。5つほど皿の上に置き、あとはタッパに詰める。残りの準備を済ますとシャワーを浴びた。
 シャワーからあがると、ジバンシーの黒のスーツに着替えた。エプロンをすると、別味にしたお揚げできつねうどんを作った。
 テーブルの上にきつねうどんといなり寿司を並べると、エプロンを外し食事を始めた。
 電気はキッチンの灯りがついているだけで、部屋の中はかなり暗かった。
 無表情で食事をしていた。材料はすべて一流のものを使用しているにも関わらず、何の感動もみせずに食事を続けた。
 ドアが開き、足音が聞こえた。ヒールの音。女である。

「こんなところに住んでいたのでござるか」

 シロが部屋に入ってきた。振り返らなかった。

「大塚広子……紅藤でのお前の名前。拙者に対する皮肉でござるか?」

 タマモは鼻を少しだけ動かした。僅かに口の端が綻んだ。

「あ、そうそう。あの男から聞いてるでござるよ。初恋の康則君、社長の息子でござったな。社長夫人の座はもう目の前でござるな、お祝い言っておくでござるよ」

 シロが来る前と同じように、無表情のままで食事を続けている。

「お前の言う事に耳かさないで、裏切るようにして里に戻った……そのあげくがこのざま。お前の目的のために、利用されても仕方がないでござるよ」

 どんぶりを持ち上げ、うどんの汁を最後まで啜った。どんぶりを置くと、息をついた。立ち上がり、スーツの上着を手に階段を上がり始めた。

「着いてきなさい。出掛けるわよ」

 シロの横を通り過ぎる時、ようやく口を開いた。






 助手席にシロを乗せ、タマモはエンツォフェラーリを走らせた。
 首都高速にしばらくのると、エンツォフェラーリは懐かしい風景に差し掛かった。テナントや看板などは変わっていたが、雰囲気は昔のままだった。
 角を曲がると、目の前に壊れかけた古い建物があった。元美神除霊事務所である。
 向かいのオカルトGメンが入っていたビルはすでに壊されて、更地になっていた。車をそこに停めると、二人は事務所の入口へと歩いた。

「何年ぶりかしら」

 ドアノブを捻ると、鍵は掛かっていなかった。かなり埃が溜まっている。人工幽霊の気配は無かった。二人のヒールの音が響いた。

「シロ、あんたここ来てないでしょ」
「5年ぶりくらいでござるよ」

 部屋を一つ一つ見て回る。おキヌの部屋、台所、風呂、そして自分たちの屋根裏部屋。ベッドだけは、埃を被り残っていた。

「人工幽霊いなくなちゃってるわね」
「霊力を供給してくれる人がいなくなったでござるからな……里から東京に戻ってきて、すぐでござったよ」
「そう……」

 打ち付けられている窓をこじ開け、軒を見上げた。鈴女の家が朽ち果てていた。窓を閉めて、階段を降りた。
 最後にリビングともいえるオフィスのドアを開けた。打ち付けてある板の隙間から、光が僅かに入ってきていた。歩を進めると埃が舞い、光りがスポットライトのようであった。
 令子の私物は公彦により処分されており、旧渋鯖男爵邸時代からあった家具だけが埃にまみれて存在していた。

「懐かしいわね」
「そうでござるな」

 中央のデスク、ここに令子が座っていた。そしてその周りを囲むように、横島が、おキヌが、美智恵が、ひのめが、そして自分たちがいた。
 目を閉じれば昨日のことのようにはっきりと思い出せた。

「懐かしい……けど、ここには誰もいない」
「そうでござるな」
「思い出っていうのは、心の中にあるだけでいいのよ」

 机の後ろの本棚だったところに歩くと、積もった埃を指先ですくった。

「物という形で残ったままだと、いつかは朽ち果てる。それが人でもね。心以外はすべて朽ちてい」

 言葉が詰まった。シロの体がぶつかっていた。シロの顔に両手を添えると、その顔をこちらに向けさせた。何かに驚いたように、タマモは大きく目を見開き唇が震えた。
 シロは両目に涙をため歯を食いしばり、タマモを見ていた。食いしばった歯には、牙が生えていた。熱をもった自分の腹をみると、シロの手が白く光って添えられていた。

「あ、あんた。なにやってんのよ!」

 霊力を失ったはずのシロの霊波刀。それは生命を霊力に変えて作られた霊波刀で、霊力で直接攻撃を行う者の、最後の手段であった。
 瞳から涙が零れ落ち霊波刀に触れると、音さえ立てずに蒸発した。悲しい目をしていたシロの顔が苦しさで歪んでいく。
 シロの膝が揺れた。倒れないように、それを抱きとめる。背中に回していた手に力を入れた。霊波刀が消え、部屋の中が隙間からの光りだけになると、シロの体から力抜けた。
 ゆっくりと床に横たわらせると、タマモはシロから離れた。シロの血が爪から滴り、その手を汚した。膝が大きく揺れた。後ろに下がると壁に背中をつき、倒れることを拒否した。

「こんのぉ……バカ犬! やっぱあんたはバカ犬よ!!」

 髪を振り乱し、叫び声を上げた。

「私殺したいんなら、普通に殺せばいいじゃない! なんで自分の命捨ててまで霊波刀なのよ! 心中のつもり? バッカじゃないの! そんなことして誰が喜ぶっていうのよ」

 震える膝を押さえつけ、歯を食いしばった。

「忠義かなんか知らないけど、建物守ってどうすんのよ! ここ守るために命捨てるなんて、美神さんも、おキヌちゃんも、横島だって、誰も、誰も喜ぶわけないじゃない。悲しませてどうすんのよ!!!」

 呼吸を荒げ、両手を膝にあて肩を大きく揺らせた。激しく咳き込むと、鉄錆の味がした。

「思い出に殉じるなんて、今どき流行んないのよ。なに自分で自分の運命決めちゃってんのよ」

 シガレットケースを取り出し、タバコを咥え狐火で火をつけた。

「私は違う……記憶ないけど、昔の私は男を頼った。そして最後には裏切られ殺された……そして転生して、仲間できて、仲間できて……」

 力が抜けるように、壁からずり落ちるていき座り込んだ。口元からタバコを取ると、そのまま頭を抱えた。

「仲間できたのに、みんな私の目の前から急にいなくなっちゃって……ズルいわよね、これって裏切りよね。人を信用させといて急にいなくなるんだもん……だから一人で、一人で全部やった。全部やれた」

 下を見ると、床の埃が濡れていた。歯を食いしばり、紫煙を吸い込んだ。

「失敗と裏切りの運命に、私は勝った……運命の傀儡から逃れたのよ」

 口元からタバコが床に落ちた。タバコは血とルージュで、赤く染まっていた。

「あんたは、運命に傀儡にされたんじゃない。自分から思い出の傀儡になったのよ」

 立ち上がりシロの側に行くと、シロを抱えた。すでに牙は抜けていたが、まだ体は暖かかった。 
 
「だからあの時、私と一緒に逃げるべきだったのよ」

 揺れる膝を無理に押さえながら、屋根裏部屋に運んだ。
 ベッドに寝かせ、ハンカチを取り出し、顔の汚れを取ってやった。自分の手と顔もそれで拭くと、ポケットから2枚航空チケットを取り出し1枚をシロの胸の上に置いた。
 
「じゃあね……相棒」

 指先に狐火を灯した。シロに背中を向けると、壁に向け狐火を放つ。屋根裏部屋が火に包まれた。
 階段を降り、外に向かいながら狐火を放つ。触媒などは使わなかった。自分の妖力だけですべての火をつけた。
 おそらく現代では、この火を消せる術はないであろう。消せるものがいない限り、ここはこのまま永遠に火に包まれる。最後の人狼とともに、誰にも触れられることなく。
















 成田空港の北ウィングにタマモの姿があった。
 今となっては、かなり時代遅れのボディコンシャスのワンピースに白のジャケットという姿であった。トートバックを肩から提げ、真っ直ぐに闊歩している。
 膝が揺れる。かまわず歩いた。足を取られるように転んだ。
 倒れたまま動かなかった。周りにいた人たちがざわつきだすと、ようやく手が動いた。

「痛ぁ〜、もぉなんでコケるのよ! カッコ悪いったりゃありゃしない」

 手をつき立ち上がると、ハンカチを取り出し服についた埃を払うような仕草をした。ふと足をみると、ストッキングが伝線していた。

「あ〜もぉ!伝線してるし。ツイてないわ……そういえば美神さん、あれだけコケてても滅多に伝線しなかったわね。どこのメーカーか聞いとけばよかったわ」

 落ちたバックを拾い上げる。バックの膨らみと重さがいなり寿司の入ったタッパだと思い出した。思わず口元を緩めた。

「あ〜あ……あのバカ犬の分まで作ってくるんじゃなかった。荷物になっちゃったわよ」

 文句を言いながらも顔は綻んだままであった。
 バックの中身をきちんと直すと、タマモはしっかりとした足取りで歩き出した。



 タマモを乗せた飛行機が離陸していく。
 スモッグで汚れた東京の空を突き抜けた先は、どこまでも蒼い空が続いていた。

































 唐巣和弘様

 いろいろお世話をおかけしました。
 日本はきな臭くなりそうなので、外国に逃亡します。
 旅に出ます、探さないでください……






 ウソです。
 びっくりした? シロと二人でしばらく向こうでゆっくりしてきます。
 日本ではいろいろありすぎたんで、離れたらあいつも少しは元気になれると思います。
 落ち着いたら連絡しますね。たぶんエミさんか魔鈴さんのところに行くことになると思うけど・・・
 それから、紅藤の大株主は私だから仕事するんだったら譲渡証貸しますよ……といちで。
 では、次に会える日を楽しみに♪
 





















 瀬尾康則様

 急な手紙驚かれていることでしょう。
 あなたがこの手紙を読まれているときには、私はすでに日本にはいません。
 せっかく会えたのに、ごめんなさい。
 シロって覚えてますか? 銀髪の髪の長い、不良みたいに赤いメッシュみたいなの入れてたヤツ。
 この前、数年ぶりに会ったんだけど、人が変ってました。
 康則君のことは好きだけど、シロがシロらしくないのは相棒として見てられません。
 シロが自分を取り戻すまで、私はあいつの側にいてやろうと思っています。
 こっちから勝手に会いにきて、そして勝手に去っていく……ずいぶん身勝手な女ですよね。
 でもどうしても会いたかった。初めて会ったときのように、誰にも気兼ねすることなく街を歩きたかった。
 今度日本に帰るときは、私はこの顔ではないかもしれません。
 楽しい思い出をありがとう。
 さようなら



 PS……今度恋をするときは、私みたいな女狐に捕まっちゃダメよ♪

























 受取人が手紙の封を切る頃、タマモは太平洋上の雲海の上にいた。
 2つ並んだファーストクラスの窓側の席は空いていた。シートの上にはタッパに入ったいなり寿司が置かれいた。
 通路側の席で、項垂れたままぴくりとも動かないタマモの様子をおかしく思ったキャビンアテンダントが肩に触れ、声をかけた。

「お客様、どこかご気分でもお悪いんですか?」

 ゆっくりと顔をあげた。透きとおるような白。あの能面のような白さだった。人形のようなその造形の美しさにCAは息を詰まらせた。
 タマモがゆっくりと首を横に振ると、CAは軽く息をつけた。

「なにかお飲み物でもお持ちいたしましょうか?」
「……ワインを……」
「なにがよろしいですか?」
「……ジュヴレ・シャンベルタン……1129年物……私のイイ人の鳥羽上皇が愛用してたやつ……」
「はぁ?」

 聞き間違いだと思ったのか、CAが思わず聞き返した。

「ねぇ……事務所には何時に着くの? 早く着かないと皆待ってるのよ……」

 まっすぐに正面を見据えた目はどこか遠くを見ているように見えた。

「美神さんや……おキヌちゃん、横島が待ってるのよ……」

 CAはタマモの側から後ずさり、同僚の側へと駆け寄った。

「遅刻しちゃうと……と……バカ犬に……嫌味いわれちゃうから……はや……く……」

 9本の束が解け金毛が糸のように流れると、タマモは崩れ落ちた。その姿は、あの日の文楽人形のようであった。
 運命という人形遣いが去った今、タマモは運命の傀儡から解放されたのだ。






  ―――終―――
































最終話、終了しました。
まぁ……かろうじて、日曜です。私の中ではw

とてつもなく暗い終わり方です。まぁ原作がそうですから仕方ないといえば仕方ありませんw
当初、ただタマモに優作兄貴をやらせようというだけで書いたのですが、設定をGSで破綻しないようにとしていくうちに、金狼とはまったく別物ができてしまいました。

終了したので解説でも……と思ったのですが、自画自賛になったり、自分で補足をするといった姑息な手段をやりかねないのでやめときますw

拙い話にお付き合い頂き、皆様まことにありがとうございました。

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