「部長のヤツ、またヤラシイ目で嘗め回すように見てたわ。もうサイアク!死ねばいいのに」
「あの姉ちゃんイイ身体してんな〜 ヤらせてくんないかなぁ」
「あー、また5万スッた・・・もう死のうかな」
「あの学生・・・30点、電柱の女・・・40点、携帯いじってる女・・・問題外・・・」
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他人の思考が読めるようになったのはいつからだろう。
いや、それが人の心の言葉だとわかるようになったのはいつからだろう。
三宮紫穂は、時々そんなことを思い返す。
昨日の台風が過ぎ去って、今夜はすごく星がきれいだった。夜中に目が覚めてしまった紫穂は、せっかく起きたのにすぐ寝ては何となくもったいないと思い、ベランダに出て星空を眺めていた。
物心ついたときから、人の心の声が聞こえていた彼女。
面白がっていろいろと触って、その内容を口に出し、怒られたり、無視されたりしていた。
最初はなぜ皆が一様に自分を避けるのかわからなかった。そのときはまだ、実際に声にだした言葉と、心の中の本音の区別がついていなかったのだ。
それに気づいたきっかけは、自分の身内に触れたときだった。
「いくつになったの? え?4歳か〜。大きくなったわねぇ〜」
親戚一同が集まるお正月の顔合わせ。比較的仲が良かった親戚のお姉さんが笑顔で話しかけてきた。しかし、先ほどから自分に触ろうとしない。
(なぜだろう・・・・いつも仲良くおしゃべりしてたお姉さんなのに)
些細な疑問だった。心の奥の、ほんの些細な引っかかり。疑問と呼べるほどのことでもなかった。
だから、お姉さんが他の人と話に夢中になっているときに、気づかれないようにそっと触ってみた。
(・・・・まったくあの子、人の心が読めるなんて、ほんっと気持ち悪い!
父親がアレだから、仲良くしておけば後々役に立つかと思ってたけど、
いろいろ見透かされても困るし、ここら辺が潮時かしらね。
あんな能力持ってたって、辛いだけなのにね。もう死んじゃえばいいのに)
それ以来、紫穂は心を閉ざした。
ずっと家にこもり、絵本を読んでは、それを書いた作者の想いを探る。
童話作家の心は、ただただ「面白い作品を書きたい。子供たちを楽しませたい。」という想いにあふれていた。だから、人の心の醜さから逃げるように、絵本ばかり読んでいた。
唯一触れるのは自分の父親。
父は比較的無口なタイプだったが、心の中では娘の幸せを常に考えていたため、紫穂は父に触れているのが好きだった。
父に触れていると心が休まる。余計なことを考えずにすむ。紫穂の世界は、自分と父の2人だけで閉じてしまっていた。
「・・・・・ホント、変わったな、私も。」
1度目の転機は葵と薫に会ったこと。
特に薫には、人とどう触れていいかわからなかった時分に、サイコキネシスで無理矢理引き寄せられ、抱きつかれて、「すっごい!カッコイイ!友達になろ!」と言われた。
小さい子供だからこそ、裏表の無い、真っ直ぐな言葉。自分に無い能力を持ち、でも自分と同じような境遇の彼女達を、紫穂はすんなりと受け入れた。そしてその時に、人を信じること、好きになることを知った。
「そして2度目は・・・・・」
”その時”を回想しようとしたとき、玄関が開く音が、紫穂の意識を現実へ引き戻した。
「ふ〜・・・・・ちょっと飲みすぎたかなぁ・・・」
時間は午前1時。普通に残業したにしては遅すぎる時間だったが、どうやらそういうことらしい。
紫穂は気づいていないフリをした。
「キュッ、キュッ、ザー、・・・・ゴクゴクゴク・・・ハァー」
台所で水を飲んでいるようだ。紫穂の顔は外に向いていたが、意識は背中に集中していた。
「さて、もう寝るか。シャワーは朝浴びよう。さすがに今日は・・・・・・・ん?」
もうほとんど意識はベッドに向いていた彼、皆本光一は、振り向いた視界の中のベランダにたたずむ小さい影に気づいた。
「なんだ紫穂、まだ起きてたのか?」
ちょっとあきれ顔で言う皆本。
「うん・・・・なんだか目が覚めちゃって」
顔を半分向けて答える紫穂。少し機嫌が悪いように感じるのは気のせいか。
「早いとこ寝ないと風邪引くぞ」
「うん、わかってるわ」
といいつつ、ベランダから動こうとしない紫穂。皆本は、やれやれと思いながらベランダに近づいた。
そして、皆本が紫穂の横にきた時、
「・・・で、今日はどこの女と飲んできたの?」
ちょっとジト目で睨む紫穂。どうやら気のせいではないらしい。
仕事の付き合いなのはわかってる。大人にはそういった付き合いが必要なことも知っている。でも、頭でわかっていることと、感情は別物なのもまた事実なのだ。
「ん〜?今日は開発の人達とだよ。」
「でも女もいたでしょ」
「・・・まあ、2、3人はね」
「ふぅん・・・皆本さんの帰りを今か今かと待ってる私たちがいるのに、当の本人は女とお食事してるの」
イジワルなことを言って皆本を困らせる紫穂。
「おいおい、勘弁してくれよ。今日のだって、君たちの新型リミッターの完成祝いなんだから。」
「うん、ありがとう。こんなに可愛いの、感謝してるわ。・・・・・でもそれとこれとは話が別。」
「はぁ〜…」
皆本は大層疲れたようなため息をはいた。
それからしばらく、皆本と志穂の雑談が続いた。
皆本を独占することに成功した紫穂。先ほどの不機嫌さはどこへやら、終始嬉しそうに話している。
どうやら、不機嫌な態度すら演技だったようだ。
皆本も当然それに気づいている。でも、彼女の子供らしい「かまってほしい」と思う心がほほえましくて、ついつい笑ってしまうのだ。
まさにそれが紫穂の好きな”モノ”だった。触れていると心地よくて、自分よりもまず彼女たちのことを考えてくれる、絶対的に信頼できる心。
サイコメトリーという能力ゆえに、バーチャルな経験だけ豊富で、変に大人ぶってしまう自分。
でもそれすらもわかった上でなお変わらない優しさをくれる彼。
父親とはまた違った安心感が彼女をつつんでくれる。
だから彼といると楽しくて、嬉しくて、かまって欲しくて、ずっと一緒にいたくて・・・
「さあ、もう遅いし、寝ようか」
「うん、そうね」
紫穂はそう言って先にベランダからリビングへ戻る皆本を目で追う。
(あなたにあって全てが変わったわ。友達ができたとか、デートしたとか、
そういうことじゃなくて・・・
私の心を救ってくれてる。キレイなものも汚いものも全部ごちゃ混ぜに
なってる私でも、あなたといると、自分が好きになれる。
だから、あなたは私たちの・・・・)
「・・・私の全てなのよね」
「え? 何か言ったか?」
「ううん、何にも。もう寝ましょ」
そう言って紫穂は皆本の後に続いて部屋に入った。
彼を独り占めできた嬉しさと、彼の暖かさで、またひとつ彼と自分のことが好きになった。
そんな、なんでもない日の夜だった。
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