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蘇える金毛 第5話

 窓を叩く音が聞こえる。
 雨にしてはおかしな音だ。シロは立ち上がり、窓の方に行った。

「はろ〜」
「タマモぉ〜、なにやってんのよ!」

 黒のライダースに同色のタイトミニを着たタマモが、窓をノックしていた。ベランダの窓を開けると、ヒールを脱いで部屋の中に入った。

「びっくりした?」
「びっくりしたに決まってるでござる!」

 よほど驚いたのか、酒を飲んでいないのに昔の言葉に戻っている。タマモはそれを指摘するかのようにニヤリと笑った。

「あぁもぉいいでござるよ。お前としゃべるとどうしても昔に戻ってしまうのは仕方ないでござるよ」

 呆れたように笑うと、キッチンに向かった。

「ところで……なんて格好でござるか。もう若くないんだから、少しは落ち着いたらどうでござる?」
「いいでしょ、こっちの方が動きやすいんだから。昔の美神さんやあんただってこんな感じだったじゃない」

 コーヒーメーカーのスイッチを入れると、リビングに戻ってきた。

「まさかこういう事をいう日がくるとは夢にも思わなかったでござるよ。昔とは、拙者とおぬしと完全に正反対になったでござるな」
「タバコいい?」

 タマモの言葉に、灰皿をだしてこたえた。

「人生……私らが人生っていっていいか分からないけど、人生なんてそんなものよ。先のことは分からないし、思い通りにならないことがほとんどだしね。運命なんて信じちゃいないけど、もしそういうのがあるならば、足掻くか受け入れるか、どちらかよ」

 狐火で火をつけると、紫煙を吐き出した。

「おぬしは足掻いているのでござるか?」
「さぁね。自分の好きにやっている……これだとどっちになるんでしょうね。自分でやってるのか、それともそれ自体が運命に操られてるってことなのか」

 言葉を止め、失言だったといわんばかりに苦笑した。

「ごめんごめん、今日はそんな話しにきたんじゃないのよ。この前、あんた寝ちゃったから携帯聞きそびれてね」
「あ〜、すまんでござった。拙者としたことが、浮かれすぎて」
「そうね……重かったわよ、あんた」
「うっ……食べる量は減ったのでござるが、なにぶん以前のように運動しないもので」
「でも、触り心地は以前よりよくなったわよ」

 そういいながら、脇腹を擽った。

「この辺の肉がまた充実しているというか」
「や、やめるでござるよ。そこはかなり恥かしいって!くすぐったいってば!!」

 転がりながら抵抗する。そして反撃を試みた。

「な、なんでござるかこの乳肉は! スリムが取り得だったくせにいつの間にこんなに成長したでござるか!?」
「わっ!やめっ!!」
「拙者の余分な脂肪と取り替えるでござるよ」

 二人の攻防はしばらく続いた。体力が尽きたのか、二人は息も絶え絶えになりながらリビングでノビていた。

「む、無駄な体力を使ったでござる」
「はぁはぁ……シロ、あんた強姦された人みたいよ」
「そういうタマモだって、そうでござるよ」

 二人ともスカートは捲くれ、ブラはズレた状態であった。コーヒーメーカーが湯気を立てていた。

「あ、コーヒーできたみたい」
「う、動けないでござる。タマモぉ〜、お願いでござるよ」
「はいはい」

 立ち上がり、スカートとブラを直しながらキッチンへ向かった。

「ったく、私がお客様なんだからね」
「そう固いことをもうすな。友達ではござらぬか」

 サーバーがカップの縁に軽く触れるが、シロには聞こえていなかった。トレイに乗せると、リビングへと運んだ。
 カップを口に運ぶと、タバコを取り出した。

「それ、なんでござるか?」
「ん、これ? 精神安定剤みたいなものよ」

 ルージュほどのケースの中に、タバコの先をいれ白い粉をつけた。狐火で火をつけると紫煙を吐き出した。

「なにか危ないもののように見えるでござるな」
「んなワケないじゃない、前に付き合ってた大学教授からもらったのよ。コメリカではタバコ自体も敬遠されてるから、ニコチンとかはそのままで効率を上げて本数減らすものだってさ。なんか難しいこといってたから、よくは理解できなかったけど」

 言い終えると、再び紫煙を吐き出した。ため息とも吐息ともとれない声が漏れた。シロはタマモの指先を見ていた。

「吸ってみる?」

 目線だけを向けると、シロは目を見開いた。

「い、いや、拙者はタバコは」
「そ」

 目を細め吸い込むと、指先は口元にあてたまま紫煙を吐き出した。またあの声が漏れる。

「ちょ、ちょっとだけ……」
「なに?」
「ちょっとだけ、試してみようかな……」

 シロがそういうと、タマモは妖艶な視線を向けた。



「これ自体に常習性はないんだけど、タバコにはあるんだからその点は注意してね。それからあんたくらいの体型だったら、1日に2本。多くても3本にしておくこと」
「なぜでござるか?」
「さっきいったでしょ、効率を上げるものだって。西条さんみたいにタバコ臭くなりたいの?」

 タバコの先から上っていく紫煙に目を向けると、シロは頷いた。

「あんたさ……この生活、好きでやってるんじゃないでしょ。アレの後に試すといいわよ、かなり落ち着けるから」
「かたじけない」

 タバコの先に目を向けたまま、悲しそうに笑った。

「あんただけじゃなく、相手にも試してみれば? 扱いが少しはよくなるかもよ」
「どういう意味でござるか?」
「生まれる前から愛人稼業やってたのよ。あんたが今、どんな扱い受けてるか分かるわよ。男なんて顎で使ってやんなさい」

 紫煙をゆっくりと吸い込み、ため息をつくように吐き出した。

「やっぱり、おぬしには隠し事はできないでござるな……」
「当たり前よ、私を誰だと思ってるのよ」

 タマモの言葉に笑顔で返事をすると、温くなったコーヒーを口にした。
 インターホンが無粋な音を立てた。シロは慌てて立ち上がると、インターホンの前に駆けつけた。

「はい」
『私だ、開けてくれ』
「ちょっと待ってください」

 インターホンを切り、マンション入口のドアのロックを開けた。

「まずい、彼がきたわ」
「そのようね、私はここで退散するわね」

 コーヒーカップと灰皿を慌ててキッチンに持って行き、ベランダのドアを開けた。

「また連絡するわ」
「ええ、必ずね」

 ヒールを履くとベランダへとでた。ドアのチャイムが音を立てる。忙しなく押されているそれは、とても会社での平出を想像できるものではなかった。
 ベランダの窓を閉めると、シロは玄関へと向かった。チェーンを外し、鍵を開けると平出が顔色を変えて入ってきた。

「ど、どうなされたんですか?」

 勢いをつけたように部屋を次々に開ける。なにかを探しているようであった。

「いるのは分かっている、でてこい!」
「ご主人様?」

 シロがまとわりつくように止めるが、それを引き剥がすとベランダの窓を開けた。そこにはすでにタマモの姿はなかった。

「逃げやがったのか……シロ、お前男を連れ込んだだろ」
「え?」
「いつもと様子が違っていたぞ、男だ、男に決まっている」

 平出はキッチンに行くと、2客のカップと灰皿を手にした。

「なんだ、これは。誰がきたんだ」
「練習場で知り合った人よ。女の方」

 タマモとはいえなかった。友達とはいえないのだ。シロの友達……それは、昔の友達。霊能者もしくは人外の者となる。現在の社会には異能者は不要なのだ。
 平出はカップと灰皿の中に目を向けた。カップと吸殻にルージュの跡が残っている。

「両方ともお前のじゃないのか」
「よくごらんになってください。私のルージュとは違いますでしょ?」

 ピンクがかったルージュ。これはシロが今つけているものだ。そしてもう一つはかなり赤みが強い。シロのルージュでこれほどまでキツい赤は見たことがなかった。
 平出はカップと灰皿を流しに置いた。

「す、すまん……だが、お前のことが心配なんだよ。これからの人生、お前無しでは生きてはいけないんだ。分かってくれ、愛しているんだ」

 シロを抱きしめると、縋るように崩れていく。

「私もです。ご主人様が拾ってくださらなかったら、今ごろ生きているのかも……それだけでも感謝しているのに、私の願いを聞き入れてくれただけでなく、今のような生活もさせてくださっている」
「本当か、本当にそうか?」

 ……………………………
 …………………
 …………
 ………
 ……

「くっさ〜〜〜〜〜〜〜、家畜がなにほざいてんのよ。生きていけないなら死ねっていうのよ」

 上の階のベランダにへばりついてこの会話を聞いていたタマモは、吐き気をもよおすように舌をだすとベランダから隣のビルへと飛び移った。

「願い? それがシロの鎖か……」

 8階のシロの部屋に目を向けると、灯りが消えていた。シガレットケースを取り出すと、タバコは無くなっていた。舌打ちをして、ビルの下を見た。人通りが途切れているのを確認すると、ビルから飛び降りる。さすがのタイトでも、いくらかは翻ったようである。視線を感じてそちらに目をやると、猫がこちらをじっと見ていた。

「見たわね……あんたオスね、金取るわよ」

 スカートの裾を押さえながら、少しだけ顔を赤くするとそういって歯を剥いた。
 






 

 翌日、タマモはいつものように会社で仕事をしていた。そしていつものように平出が相原のところにやってきた。
 顔はパソコンのモニターに向けたまま、目線だけを平出の方に向け鼻をひくつかせた。口元を右手で隠すと、笑みが零れた。足音が聞こえる。タマモは机の上に置いてあった封筒を手にした。

「お使い行ってきます」

 先輩社員は目線だけでタマモを見送った。
 廊下にでて足音の方向をみると、やはり外松であった。お付きの人間をつけずに外へとでていく。タマモは散歩でもするかのような態度で、外松の後をつけた。
 近くの公園に入っていく。置くの人目につかないベンチに座った。タマモは噴水を挟んだ離れた場所に腰を下ろすと、携帯を取り出した。外松の隣に男が座った。

「元霊能者……力はまだあるみたいね」

 呟きながら、いつも以上に妖力を絞った。

「君が相原君の子飼いの探偵か」
「ご挨拶ですな。ただの日雇いですよ」
「仕事があるんだが、引き受けてくれるか」
「内容にもよるねぇ。もちろんギャラ次第だけど」
「野良犬に躾をしてもらいたい。場合によっては処分してもらっても構わん」
「クックックック……穏やかじゃないねぇ。高くつくぜ」
「外で待機しておいてくれ、のこのこと現れるはずだ」

 外松がベンチから立ち上がる。男も立ち上がった。男の方がこちらの方に向かってくる。タマモは携帯にヘッドホンを繋げると、音楽を聴いているふりをした。男が側を通る。怪しさを演出するために頭を振った。ヘッドバンキングというやつである。こちらの方を胡散臭げに見ると、タマモはさも今気がついたように男の方を見た。男は何事もなかったかのように、タマモの前を通り過ぎていった。
 ヘッドホンを外し、男の立ち去った後に目をやった。

「薄汚い白髪頭にスカーフェイスなんて、あんな目立つツラ二流以下じゃないの? まぁ力が無くなったとはいえ、暴力バカの敵じゃないわね」

 首を押さえながら、男の背中に嘲笑を浴びせた。





 その日の午後、雪之丞は再び紅藤本社に現れた。
 今回は、外松自身が相手をするらしい。今回は応接室に通されたため、タマモは盗み聞きすることができなかった。だが、相手がアレだと思い左程聞く気にもなれなかったというのが本音であった。
 外松の隣には平出が座り、相原はその後ろに立っていた。三人に囲まれる形の雪之丞ではあったが、気にする様子はなかった。

「私一人に対して、三人ですか……これはまた大げさですね」
「応対するのは私だけだ」

 憮然とした態度のまま外松が答えた。雪之丞は失笑すると、一度目を閉じそしておもむろに開くと外松を睨みつけると立ち上がった。外松は雪之丞の動きに大げさともとれる程にビクついた。

「これが間男のとる態度か? まったく失敬な連中だな。この話は無かったことにします。次の株主総会……いや週刊誌……いやいや明日あたりの唐巣先生からの電話をお楽しみにお待ちください」

 威圧するようにそういうとドアに向かい歩きだした。相原が慌てて止めに入り、平出も立ち上がりそれに続いた。

「ま、ま、ま、ここは落ち着いて」
「申し訳ない、非常に申し訳ない。ご気分を悪くなされたのなら謝りますから、そう事を急がずに」
「私としては急いでいるつもりはないのですが……いかんせん、当時者に反省の色が見受けらないのですが」
 
 相原が腰を低くして雪之丞を元いた場所に座らせた。

「専務、ここは一つ」

 平出が袖を掴み引っ張ると、外松は平出に向け顔を歪めた。

「専務」

 体を揺すり雪之丞の方を向くと、ゆっくりと頭を下げた。

「申し訳ない」

 すぐに頭をあげる。

「随分と誠意のない謝罪ですな。台本のある謝罪会見の方がよっぽどマシだ」

 ソファーからゆっくりと雪之丞の腰が浮くと、平出が床に膝まづいた。

「申し訳ございません。専務の外松が大それたマネをいたしまして」

 床に額をこすりつけると、相原も慌ててその後ろで土下座をした。それを頷きながらみていた雪之丞は外松に目を向けた。

「申し訳ございませんでした」

 土下座はしなかったが、外松は先ほどよりも深く頭をさげた。しばらくそのままにさせておいたが、雪之丞は浮かせていた腰をおろした。

「……頭を上げてください」

 三人は頭を上げると、相原は立ち上がり、平出はソファーに座り直した。

「とりあえず反省の意思は受け取りました。では具体的な話に入りましょうか」

 その言葉に三人は目を配らせ、襟元を正した。

「昨日と今日の私に対する無礼として1千万頂きましょうか」
「それで写真は破棄してくれるのかね」

 外松でなく平出が口を開いた。

「何をおっしゃっているのかよくわかりませんね。昨日と今日の無礼に対してと申しました」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ」

 今度は外松がいきりたった。

「なにか?」
「無礼に対しては謝罪したじゃないか」
「私は意志を受け取ったとはいいましたが、それに対しての返答は行っておりませんが?」

 口元は笑ってみせたが、目は笑っていなかった。鋭い眼光を外松に突きつけている。

「話はそれからですね……私は、長引けば長引くほど精神的苦痛が増す方でしてね」

 ソファーに背を凭らせると、足を組んだ。外松は唇を噛み締めると、顎をしゃくり合図を送った。相原が応接室を飛び出していく。

 相原が総務に飛び込んできた。タマモは帳簿から目を離し、相原の方を見た。電話を入れながら、机を開けなにやらとりだしている。生憎とタマモの角度からは手元までは見えなかった。
 電話を叩きつけるように切ると、部屋を飛び出していく。笑いを咳払いで誤魔化すと、タマモも部屋をでていった。

「我々夫婦に対する慰謝料は、1億5千万頂きましょうか」
「バ、バカな、1億5千万だと。あまりにも法外過ぎだ」

 雪之丞の要求に外松の声は裏返った。

「慰謝料というのは、財産や年収などと関係するものだと思いますよ。外松専務」

 紅藤Coが現在一部を行っている巨大プロジェクト「東京湾再開発」、雪之丞はこれに目をつけていた。
 国や都からでる予算、土地買収にかかる経費、企業の利益、計算が合わないと指摘しているのだ。普通、企業の利益などで辻褄の合わないところを賄うのであるが、指摘している点が違った。
 元GS協会関係者の土地。その関係者は雪之丞とは直接関係はなかったが、所有者が亡くなった後、遺言により養子の物となった。だがこの養子は、観察付きの人外だったのである。人外が安心して暮らせるようにと残されたものであったが、でたらめな法律を並べ立て売却を余儀なくさせた。その売却費用は42億とされているが、実際は鑑札付きということを武器に、僅かな立退き料と不便な代替地でこの土地を手にいれていた。
 国にも会社にも報告しない金、42億。雪之丞は、この中の1億5千万など微々たるものだといっていたのだ。
 

「では慰謝料の方は、DVDと交換ということで」

 法律と恫喝の狭間に立たされた外松は首を縦に振った。雪之丞は2千万の入ったアタッシュケースを手に立ち上がり、部屋を出ようとしたがふと立ち止まった。

「火遊びは程ほどにしないといけませんな。外松さん」

 嗜めるようにそういうと、応接室を後にした。
 紅藤ビルをでる。昼過ぎということもあり、人通りはそう多くはなかった。右手にアタッシュケースを持ち、タクシーを捕まえようと立ち止まった。
 立ち止まった雪之丞に、何かが当たった。

「す、すいません」

 人であった。OLらしいその女は持っていた封筒の中身を路上に撒き散らしていた。慌てて拾い集めるのを見て、雪之丞も腰を屈めそれを助けた。

「久しぶりね」

 聞き覚えのある声に雪之丞の動きが止まった。

「変なチンピラがつけてるわ。動きながら聞いて」

 言われた通りにゆっくりと書類を拾い集めた。

「タマモの嬢ちゃんかい。どうしたその格好は、堅気にでもなったのか?」
「まぁそんなとこよ。怪しまれるから要点だけ言うわ。話がしたいわ、この先に公園があるから、1時間後に変なのまいてから来て」
「OK分かった」

 書類を拾い立ち上がると、タマモに手渡した。

「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそすいません」

 お互いに頭を下げると、二人は別々な方向へと歩き出した。








 きっちりと1時間後に噴水近くのベンチに雪之丞は座っていた。

「時間には正確なようね。かおり先輩のおかげかな」

 いつの間にか、雪之丞の隣に狐のマスコットが置いてあった。

「正面」

 噴水の向かい側を見ると、黒髪のナインテールの女がベンチに座って携帯をかけていた。

「さっきとは違う格好だな」
「あの姿で同じ日に二度は会えないでしょ」
「確かにな」

 大塚広子のときは地味だった制服も、ベストを脱ぎ胸を強調させるだけでまったく別なものに変わっているように見える。

「随分とご無沙汰してたわね」
「あぁ、5年ぶりくらいか」
「かおり先輩元気?」
「あいかわらずさ」
「そりゃ夫婦円満でおよろしいことで」
「世間話でもしたいのか? 用件を言えよ」
「相変わらず短気ね……あんたあの会社でなにやってんのよ」
「めざといな、調べたんだろ」
「まぁね」
「たいしたヤマじゃねぇが、最後の小遣い稼ぎくらいにはなるんじゃねぇか」
「最後の? 隠居するにはまだ早いんじゃない?」
「唐巣のおっさんに、跡継いでくれって頼まれてな。どうせかおりの実家の方は潰れちまったし、それも悪くない」
「まぁいいんじゃない……総会屋なんてあんたの凶悪な人相には似合ってるわよ」
「ふん、いってろ」

 タマモは携帯を持ってしゃべっているから変に見られないが、雪之丞はたまにマスコットの方に語りかけている。目の前を通り過ぎるOLに首を傾げられていた。

「お前……これワザとだな」
「なんのことかしら?」

 霊力は失っても、視力はそのままである。タマモが恍けた顔で笑っているのが見えた。

「さっきのあの格好、紅藤の制服だな……お前もあの会社狙ってんのか?」
「さぁね」
「ふん……経営陣がアレだからな、長くはないぞ」
「でしょうね。家畜が身の程を知らないで調子にのってるみたいだから、獣の怖さ教えてあげるわ。豚に真珠は似合わないのよ」
「お〜お〜、女は怖いね」
「女じゃなくて、かおり先輩がでしょ」
「ケッ、言ってろ」
「言ってる。言ってるついでに言うけど、会社に雇われた探偵って、GS崩れよ。大丈夫だとは思うけど、いちおう気をつけてね」
「お前にしては、えらく親切だな。どういう風の吹き回しだ?」
「家畜ばっかり相手してると退屈なのよ。少しは獣には残っていてもらわないと、おもしろくないじゃない」
「強気な態度は変わってねぇな。そういうお前の方は大丈夫なのかよ」
「猫に鈴ならぬ、豚に鈴を付けたわ。どのタイミングで仕掛けるかチャンスを待ってるだけよ」
「なるほどね、順調というワケか。そういう事ならおっさんの跡継いだら仕掛けにいくからよ、覚悟しとけよ」
「期待しないで待ってるわ。じゃあ」

 タマモが耳から電話を離そうとすると、雪之丞がそれをとめた。

「あ、一つ聞き忘れてた」
「なに?」
「お前、まだあの文楽人形持ってるのか?」

 部屋の壁に立てかけられていたあの人形である。

「ええ、部屋に置いているわ」
「いいかげん捨てろよ」
「レプリカとはいえ、結構高かったのよ」
「荒稼ぎしている割りにはセコいな」
「五月蠅いわね。いいじゃない、私が好きで置いてるんだから」
「まぁそりゃ確かにお前の勝手だな」

 マスコットを手に雪之丞はこちらに向かって歩いてきている。

「そう、私の勝手」

 タマモの前を通り過ぎていく。

「これ貰っていいのか?」
「ええ、かおり先輩のお土産にしてちょうだい」
「おう。ありがたく頂戴していくぞ……あ、それからな」
「なによ、まだなにかあるの?」

 雪之丞の足が止まった。

「変装しなくちゃいけないからって、ノーブラはまずいんじゃねぇか?透けて見えるぞ」

 電話を耳にあてたまま、慌てて自分の胸に目をやった。自己主張の激しい丘の頂点が、ブラウスを破かんとばかりに尖っており、その先端は薄っすらとしたピンク色をしていた。慌てて左腕で胸を覆う。

「真昼間からなに発情してんだよ」
「見たわね……見物料請求するわ」
「勝手に見せてるんだろ? まぁ仕事が終わったらメシぐらいおごってやるよ」
「そっちの方は期待しているわよ。タダ見には絶対させないからね」
「そうなるように精々がんばらせてもらうぜ。じゃぁな」
「ええ」

 電話を切るふりをして、立ち上がると雪之丞と反対の方向に歩き出した。






    ―――つづく―――




金毛第5話です。
進んでいるようで進んでない第5話でしたw
おかげで6話の進行が強行突破wwwww
次回、いよいよなぜこのような世界になったのかが、ほとんど説明なセリフによって判明します。
自分の技量のせいでクドイです。今のうちに謝っておきます。

ごめんなさいm(__)m

そしてもともと明るくないドラマなのに、かなり暗いです……
明るいのは唐巣神父の頭くらいですw

では、また二日後に♪

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