3580

五番街のマリーへ

今回は作風がガラリと変わり「ダーク」の救えないお話です。
もしギャグを御期待いただいているのであれば、今回のお話は御期待に沿うことができません。
拙い文章故、破壊力は今ひとつかと思いますが、これより先はお気をつけてお読みください 。
































あの夜もこんな雨が降っていた―――――




「GS(ゴーストスイーパー)横島キヌが極楽に逝かせてあげるわっ!」


弱体化しているとはいえ、霊団の核となっていた悪霊がおキヌに迫る。
悪霊が最後の力を込めた突撃―――おキヌは取り出した神通棍で冷静に攻撃を受け流す。
悪霊が体勢を建て直して再びおキヌに対峙したとき、おキヌの右手に添えられた破魔札が悪霊に炸裂した。
悪霊は力を失い、その姿をこの世に留めている事ができない。

そしておキヌは懐から取り出した笛の音色で、悪霊を本来あるべき世界へと導いた―――




「すまねぇおキヌ。怪我はないか?」

「おキヌさん、ごめんなさい私が隙を見せたばかりに……」


おキヌの元に駆け寄って来たのは、今回の仕事を共同で行った弓夫婦。
おキヌ横島との結婚そして独立―――これは度々こなしてきた共同での仕事であった。
普段は横島と雪之丞の2人で赴く事が多いのだが、今回は霊団が相手という事もあり、ネクロマンサーであるおキヌの出番となった。
そして独立後いつまでも丁稚根性が抜けない横島は美神の助っ人に駆り出された為、今回の仕事は横島が弓家の闘竜寺に助っ人を依頼して行われた。

近接戦闘に長けた2人の助っ人と共に―――おキヌのネクロマンサーの笛で霊団を成仏へと導き、霊団の核をオフェンスの雪之丞が、そしてディフェンスをかおりが担当した。通常の霊団ならば核は一体であるのだが、今回は中ボス的な存在が複数いた為に、やや苦戦を強いられた。

「わたしは大丈夫だから、かおりさんも行ってあげて―――」

おキヌの言葉に後押しされる形でかおりも前線に参戦し、2人の息の合ったコンビネーションで次々に中ボスを殲滅していった。
間断なく続く攻防の最中、一瞬の隙を付かれた弓に霊団の攻撃が集中する。それを庇うように雪之丞が立ちはだかる。一瞬の攻撃の中断。
先ほどキヌを襲った攻撃はその時に起こった。



「大丈夫ですよ。私だって成長してるんですから!これくらいのハプニングどうって事ないですよ!なんたって美神さん直伝なんだから!それより2人の息の合った除霊……なんだか妬けちゃうなぁ」

「妬けって……ただの仕事だ!当然の仕事をしたまでだ。それよりおキヌ……腕を上げたな。流石美神の旦那直伝ってとこか。まぁマネするのは仕事だけにしておけよ」

「私もまだまだ未熟でした。お姉さまの事、まだまだ見習うべき事がたくさんありますわね。」



降り続く雨の中で行われた除霊であったため、3人の体は濡れて冷え切っていた。


「ここからなら私達のマンションが近いですから、寄ってお風呂入っていってください」

「おう。そいつは助かる。ついでにおキヌのメシも付けてくれ!あれは癖になるんだ。」

「ちょっと雪之丞!あなた最近横島さんの所でばっかりご飯食べて……そんなに私の食事に不満がお有りなのですか?」

「いや!そっ……そんなことはないぞかおり……その、まぁなんだ、アイツの家に行くとおキヌのメシが凄げぇしっくりくるんだよ……」

「はいはい。かおりさんも怒らないでね。いつもの事ですからお気遣いなく。予定よりも随分早くお仕事も終わりましたし何か作りますよ。かおりさんも食べていってくださいね!」



都心から遠くない駅近4LDKのマンション。こいつらの今の稼ぎから考えたら慎ましいもんだ。
あいつはいつまでも貧乏性が抜けないのか……慎ましくも幸せな家庭。一匹狼を気取ってた俺が今こうして家庭を持つことができたのもあいつの影響であることは間違いない。

予定よりも早い時間にマンションに着いた。おキヌが鍵を開けると玄関には―――――

明らかにおキヌの趣味のものとは思われないハイヒール。


3人の思考が考えられる一つの可能性に行き着いたとき、部屋の中からは淫靡に狂う男女の声―――

そう……玄関のドアが開放されている事に気がつかない程に。



目頭を押さえ、おキヌが俺たちの静止を振り切って走り去る。

俺たちが知っているおキヌを見た最後だった。







―――――五番街のマリーへ―――――







あの夜もこんな雨が降っていたっけなぁ―――――


「俺もヤキがまわったもんだぜ……」


コンクリートで固められた川岸の中を、限りなくゆっくりと静かに水が流れていく。
水は澱んで停滞し、月明かりの無い深夜であるにもかかわらず、その色を黒ずんだ緑に染める。
そして降り注ぐ雨が水面にあたり、無数の波紋となって一面を覆っている。

川岸を覆うフェンス越しに、雪之丞は暗い川面を見つめる。

「こいつらか……」

そこには澱んだ川面から必死にもがき出ようとする男―――そして男に必死にしがみ付いて離さない女の自縛霊であった。

それは愛憎劇のひとつの結末。不倫の末、女を道づれに飛び込んだ情けない男と馬鹿な女。

もがく男をその女は決して離そうとはしない―――


可能な限り威力を小さく収束した霊波砲を男に向けて放つ。
男であったそれは、幾つかに千切れて宙に舞った。
女は飛び上がり、さっきまで男であったその欠片を必死に集める―――

「惚れられた男の弱みってやつだ……せめて一緒に括ってやるよ」

懐から吸引札を取り出し御霊を封じた。


いつの間にか強めた雨が全ての音を消し去り、誰に気付かれる事もなく―――







「ちっ!タクシーの一台も通りやしねぇ……」

現場に程近い小さな商店街を、雨に打たれて歩きながらそっと呟いた。
始発まではまだ時間がある。ならば何処か時間を潰す所は……

商店街の外れまで来たとき、古びたスナックの長屋があった。
昭和の時代から取り残されたようなその長屋には、無数のドアと小さな窓が据え付けられている。
深夜である為か、小窓の明かりはほとんど消えていた。

そのうちの一軒だけ、入り口の前に小さなネオン看板を出したままの店があった。
既にネオンは消えてはいるが、店の小窓からは明かりが漏れている。

雪之丞はドアノブを掴むとそっとドアを開けた。

 カランコロン

店の静寂を打ち破るように、ドアに据え付けられたベルが鳴る―――


「今日はもう店じまい、看板の電気は消えてたでしょ。それに他の娘はみんな出払ったわよ……」

その女は店の奥に置かれた14インチの画面を喰い入るように見つめながら、こちらを振り向きもせず背を向けたまま言い放った。

長細いせいぜい四畳半程の店内には古びたカウンターと詰めて置かれた椅子が5つ。
カウンターの向こうには、一口コンロと小さな冷蔵庫。
扉の無い棚には無数の焼酎のボトル―――首にプレートをぶら下げて乱雑に並べられていた。
そして、この店には大きすぎるカラオケセット。
カウンターにはマイクと共にマラカス、タンバリン、カスタネットが散乱している。

肩口から背中に大きく開いたドレスを纏い、艶のないショートの茶髪―――
自分よりも10歳程年上だろうか?

「あぁ。悪かったな……」

雪之丞が店を出ようとした時、その女はカウンター中央に置かれたテレビのリモコンを取ろうとこちらに身を向けた―――




「雪之丞さん? 」

遠くの街の場末のスナック―――声を掛けられた雪之丞は狼狽した。

「も……もしかして、おキヌなのか?」

カウンターの隙間からおキヌは飛び出した。
すると雪之丞には目もくれず、まっすぐに店の外へ―――


「ねえ?ねえ?忠夫さんいるんでしょ?ねえ?探しに来てくれたんでしょ?ねえ?……」


おキヌは店の前で雨に打たれながら必死に探し続ける―――

大きく開いた背中に雫が落ちる。
雪之丞はおキヌの濡れた肩にそっと手を乗せて言った。

「悪いな……残念ながら今日は仕事で来たんだ。俺一人で……」

「そう……」

おキヌは小さく呟くとそのまま足元に溜まった水面を見つめ続けた。




「すっかり濡れちゃった。良ければ寄っていって」

2人は再び店内に入った。
おキヌはカウンター下のコンテナから無造作に数本のおしぼりを取り出してを雪之丞に渡した。
そして自らも、濡れた髪と肌を拭った。


「適当に座って、何か飲む? 」

「ターキーを……いや、バーボンなら何でもいい……」

考え込むおキヌを見て、雪之丞は自分の放った言葉を少し後悔しつつ一番手近な席に着いた。

ポンっと手を打つとおキヌは並べられた焼酎のボトルを漁りはじめる。
すると、奥の方から25年物ターキーのボトルが現れた。
埃にまみれたボトルは既に開栓されているが、内容物は8割程残っていた。

「ロックでいいかしら? 」


雪之丞が無言でうなずくと、おキヌは新しいおしぼりでボトルの埃を拭う。
くすんだグラスを2つ取り出すと1つには氷を入れて―――
2つのグラスをカウンターに置いた。

「私もお相伴させてね……」

グラスにバーボンを注ぐと今度は冷蔵庫から何かを取り出した。

「雪之丞さん。これ好きでしたよね?私の手作りなんですよ」

アイツとつるんで仕事をしてた時に良く食べた―――ひじきの煮つけ。

懐かしさに駆られてひと口……

―――そして、注がれたターキーで濯ぐように一気に飲み干した。

おキヌはちびりと口付けしたグラスを置いて、再び雪之丞のグラスを液体で満たす。




「ねぇ?ホントは違うんでしょ?あの人に言われて探しに来たんでしょ?ねぇ?」

「あいつとは殆んど連絡なんか取ってねぇよ。今頃何処で何してんだか……」

「ほんとに?でも仕事っていうのは嘘ね!だって私がいるんだから、ここいらに自縛霊なんて居やしないわよ」

そう言うとおキヌは立ち上がり、プラスチックのマドラーを構えて言い放った。


「元GSのおキヌちゃんが極楽に逝かせてあげるわっ!」


昔の決め台詞―――

そしておキヌはケラケラと笑い出す。雪之丞はコイツが口を開けて笑う様をはじめて見た。


「まさか、客前でそんな啖呵切ってるんじゃ無いだろうな? 」


笑いが止み、おしぼりを目頭にそっと当てる。

「やだ。マスカラ落ちちゃうじゃない……」

「相変わらず不器用な女だな………」

「お互い様でしょ………」





雨はまだ止む気配を見せない。

無言のまま杯を重ねる2人。そしてボトルが空になった頃―――

「ねぇ。何か歌ってよ……」


殆んど歌など歌ったことのなど無い雪之丞だが、今夜は歌いたかった。

「………好きな番号入れな」


おキヌは手馴れた様子で直接機械に数字を入力した。





―――――五番街のマリーへ―――――

        完

最後まで読んでいただきありがとうございました。

彼女達の未来が明るいものであることを祈りつつ。

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]