マンションの側の電柱に自分の髪の毛を1本くくりつけた。電柱に触れ、ため息をつくとそのままその場を後にした。
タマモの頭の中を、過去の出来事がよぎる。
最初に会っていがみ合った事、初めて協力して仕事をした事、学校でバカやって冥子の暴走で殺されかけた事、事務所での楽しい事、悔しかった事、そして別れ……
珍しく感傷的になった自分に苛立つと、火をつけてないタバコを投げ捨てた。
家に帰り、盗み撮りした写真をプリントする。印刷している間に、着ていた服は下着まですべて脱着捨てると叩きつけるように放った。プリントアウトされた写真に目をやる。頬が引きつった。すべて見終わると、それをテーブルの上に放った。
蹴りを入れるように足を投げ出し、天井を眺め能面を被った。
かなり古い能面のようで、ところどころ皹が入っている。白を通り越し蒼白いその能面は、やけに唇の赤さが目立っていた。
小高い白い丘が大きく揺れている。糸のような汗が丘を伝わり流れていく。金毛が汗でしっとりと湿ってきた。
やがて糸が少なくなると、丘の揺れが小さくなり次第に止まっていった。
能面がゆっくりと外されると、首を起こした。金毛が首の動きに促され、ふわりと舞う。
壁に立てかけられている文楽人形を睨んだ。睨みつけるその目は、妖狐の妖しい目ではなく、獣そのものであった。
獲物を狩る一匹の獣は、一点を見つめていた。
3週間かけ、シロの行動を調べあげた。
月・水・金に平出はシロの部屋を訪れている。日曜はかなりアバウトで、気が向くとやってくるようだ。平出が来ない日は、家にいることが多かった。買い物以外で出掛けるのは、ゴルフの打ちっぱなしにたまにいくくらいであった。
タマモはホンダNSXで、シロの乗るタクシーの後をつけた。予想通り、ゴルフ練習場であった。
銀髪を纏め後ろで縛ると、軽くボールを打っている。なかなかの腕前のようだ。調べによると、平出が勧めたらしい。
大塚広子サングラスバージョンのタマモは、シロの隣のレーンに構えた。しかしゴルフには不似合いのミニスカートにハイヒール姿で、まるで水商売のようであった。
グラブをはめ、ニ、三度指を動かし、ゴルフというより必○仕事○のようである。
ドライバーを手に持つと、いきなりボールの後ろに座りラインを読む格好をとる。正面からは丸見えだろうが、生憎と正面に人はいない。立ち上がり、クラブを棒術のように振り回すと、アドレスに入る。
「うりゃあああああああああああああああああ!!!」
気合いの入った掛け声を上げると、視線が注がれた。白いミニスカートが翻り、中のレースの一部がチラリと覗いた。ボールがティーの上からポトリと落ちた。
タマモが周りを見渡すと、男たちは一斉に目を逸らす。
首を傾げ、もう一度アドレスに入る。気合い一閃、見事なスィング。今度は飛んだ。周りの男どもは、パンツを見ていた目をボールに向けていた。
ボールはティーの上に存在していた。そのかわり、タマモの手にはあるモノがなかった。
「あ……」
10mほど先に、見事な放物線を描き落下するドライバー。思わず両手と飛んでいったドライバーを交互に眺める。周りから笑いが漏れると、声をだしながらドライバーを拾いにいく。ドライバーを手にすると、練習の手を止めていた人たちに頭を下げた。綺麗な女性に頭を下げられるのだ、悪い気はしないであろう。
頭を掻きながら、元の位置に戻る。そして再びアドレスに入ると、皆練習の手を止めタマモのスィングに注目していた。
「どぉおおおりゃああああああああああああああああ!!!」
見事な放物線で飛んでいったのは、またもドライバーであった。一人が堪えきれずに笑うと、皆声をだして笑った。シロも口を押さえて笑っていた。
隣のレーンにいた男が、タマモのクラブを拾ってくると数人の男が集まってきた。皆、ゴルフを教えてくれるという。
タマモはにっこりと笑い、後ろを振り返った。
「ありがとうございます。けど……私、後ろの女性の方に教えてもらおうかと」
タマモの後ろの清楚な女性、シロに男たちの目が注がれた。指名を受けたシロは、一瞬自分のことだと分からずに驚いていた。
「すいません、お願いできますか?」
シロに近づき、手を合わせる。
「私で宜しければ、いいですよ」
シロがにっこりと微笑むと、タマモはほっとした表情を浮かべた。
男たちが自分たちの練習に戻ると、タマモはシロの横に座った。
「ここへはよくいらっしゃるんですか?」
「ええ、やることないもので……」
シロの表情が僅かに曇った。
「そうなんですか。私は結構忙しくて、都会で女一匹生きていくのって大変で」
「東京の方ですか?」
江戸弁だと思ったらしい。タマモはため息をつくと自分のノドを押さえた。
「あんた、本当に私のことわからないの?」
「え?どこかでお会いしましたか?」
タマモは咳払いをすると、声を地声に戻した。
「霊能が消えたって噂は聞いてたけど、ほんっっとに消えちゃってるみたいね」
シロの眉が僅かに歪む。
「久しぶりね、私よ。ワ・タ・シ」
カツラとサングラスをずらしてみせた。
なにが起こっているのか把握できていなかった。首を傾げると、タマモの頬に触れ確認すると、今度は両手で顔に触れてみた。
「本当に、本物のタマモなの?」
「あんたに能力が残ってるならすぐにでも分かるわよ」
ずらしたカツラから金毛を取り出すと、シロの鼻に近づけた。
「ヤニ臭いなぁ……あんたタバコ吸うようになったんだ」
「西条さんほどじゃないけどね」
シロはタマモを引き寄せると、強く抱きしめた。
「よかった、本当にタマモだ」
タマモは暫くの間、シロの好きにさせていたがあることに気づくと背中を叩いた。
「シロ、ちょっと」
「なに?」
顎で、ある方向を示す。シロはその方向に目を向けた。
男たちの食い入るような視線が二人に集まっていた。滅多に見ない美女の2ショット、しかも抱擁シーンとなればそれも仕方のないことかもしれない。
「場所変えて話しましょう」
タマモがそういって立ち上がると、シロも顔を赤くしながらそれに従った。
車に乗った二人は、都内の中華料理屋へと移動した。個室へと入り、料理を注文する。
「ここは元GSが経営している店で、神父一派だったから気兼ねなく話せるわよ」
紹興酒を勧めながらそういった。
「8年ぶりの再会を祝って」
「乾杯」
お互いに、にっこりと笑いながらグラスを合わせた。
「唐巣神父か……噂はたまに聞くけど、元気なのかしら」
「私も噂でしか聞かないけど」
一気に半分ほどグラスを空けた。
「神に見切りをつけ、総会屋の元締めだなんて……毛髪の方の髪の見切りが神への見切りになったなんて洒落にもなんにもなってないわよ」
呆れたようにそういうと料理に箸をつける。
「責めることなんてできないわよ。いろいろあり過ぎたんだから」
「神父よりも、あんたの方がいろいろあったんじゃないの?」
「気づいてたの?」
「今日会ったのが偶然だと思う?」
シロは項垂れたまま首を横に振った。
「銀座の方で偶然あんた見かけたんだけど、男連れのようだったんで声かけなかったのよ」
「え、いつ?」
「先週かな」
平出と銀座に買い物に出掛けていた日を指摘した。
「悪いとは思ったんだけど尾けさせてもらったわ、連絡くらい取りたかったしね。んで、あんたのマンションの前の電柱に髪の毛置いてたんだけど、気づけなかったようね」
シロは両手でグラスを持ったまま、それを眺めていた。
「尻尾も牙も隠しているというより、無くなったんじゃないの?」
タマモの言葉を聞くと、グラスを置き背をのばすと自嘲気味に笑った。
「えぇ、そうよ。私、もう人狼族じゃなくなってしまったの」
「やっぱり、アレのせいなの?」
「そう。無理したツケのせいかな……」
グラスの中身を一気に飲み干した。
彼女らが語るアレ。はっきりと言葉にださないのは、忌わしい過去の出来事のせいである。
「禁術使ってまで抵抗したんだけど、結局誰も助けられなかった……里は全滅、唯一の生き残りの私は能力失っちゃって、人狼族はこの世から滅んだわ。あの時、先生や美神殿がいてくれたらって」
言葉を発するのをやめ、首を横に振った。
「やめましょう。恨み言をいうには遅すぎるし、思い出にするには早すぎるわ」
「そうね。せっかく久しぶりに会ったんだしね」
「ところで、あんた今なにやってるの?」
シロがタマモのグラスに紹興酒を注いだ。
「私? ま、なんていうか……テキトーかな。あの事務所にいたおかげで稼ぎ方ってのは勉強させてもらえたし、除霊無くなったってどうにか食っていってるわよ。あいかわらず危ない橋は渡っているんだけどね。そういうあんたは?」
微笑ながらグラスに口をつけた。
「私は……もう分かってると思うんだけど、パトロンに囲われてるお座敷犬ってとこかな。笑っちゃうわよね。昔、あんたがやりたがってたことをバカにしたのにさ、今それをやってるのが私だなんてね」
「笑わないわよ。能力失った人外が、この都会で生きていくなんて並大抵のことじゃない。私はまだ能力あるから、囲ってくれる人間なんかいない……それだけよ」
シガレットケースからタバコを取り出し咥えると、狐火で火をつけた。
女たちの宴は、暗い話で始まったがアルコールが進むと次第に昔の感覚が蘇えってきたようである。
「あんたさっきから、話すたびに自己嫌悪ばっかりしてるけどさ、牙とか尻尾とかなくなって得したことってないの?」
「ある……気にしないでスカートが履けるようになったわ」
「高校のときはスカートに穴開けてたもんね」
「そうそう。前はスカートの試着したらパンツ丸見えだったけど、今は気にしないでいいのよ。それで牙はね、アレするときに当たらなくてすむから気をつけなくていいのよ」
「いきなり露骨な話ねぇ。」
「拙者も大人になったってこと♪ 高校のときに無かったなら、もっと先生に」
いいかけて慌てて口を押さえた。
「はっは〜〜〜ん。あの時、横島が雄叫びあげて倒れてたのって」
ニヤリと笑い、いやらしい目つきでシロをみると、シロは顔を真っ赤にして顔を横に振った。
「しらばっくれなくてもいいわよ。確かに横島のは戦闘体型になると収まり」
今度はタマモが慌てて口を押さえた。シロが上目遣いに睨んでいる。
「なんでお前が、知っているでござるか?」
「いや、それは……そのぉ」
グラスを片手に目線を逸らしているが、シロは顔を近づけずっと睨んでいる。
「ウソでござるよ。みんな知っていたでござるよ」
「う、うそーーーーーー!」
「気づかなかったのは、当事者だけでござるよ」
そういわれるとタマモは頭を抱えた。
「そういえば、思い当たる節があるわ……2日に1度だったお揚げ料理が1週間に1度になったり、仕事のときはコキ使われたような気が……」
「公表しない方が悪いでござる。拙者なんて告白した当日に公表しまくったし♪」
「そのせいで横島は、三日間寝込んだけどね」
「あれはまいったでござるな〜。先生の回復力をもってしても、あれだけ寝込むとは……」
口を開けて笑った。
「悪いとは思っていないみたいね……結局横島の奴、最初に美神さんと付き合って」
「2ヶ月で別れて、おキヌ殿と半年付き合って」
「んでまた美神さんと付き合って」
「また別れて、拙者と付き合って」
「んでまた美神さん……」
「お主は巧みにその間にちょくちょく入っていたようでござるけどな」
「まぁね、私としては付き合ったって感覚はなかったなぁ。あいつどんなに喧嘩しても美神さんのことばっかみてたし、好きとか嫌いとかそんな感覚じゃなくて、あの二人の仲は特別だったからね」
「そうでござったな。付き合っているときはちゃんと拙者を見てくれていたでござるが、結局あの二人の関係には勝てそうもなかったござるからなぁ。だから拙者もおキヌ殿も、身を引いたんでござるよ」
タマモはグラスに少しだけ口をつけると、ゆっくりと置いた。
「早いなぁ〜、もう十年経つんだ」
「そうでござったな……あの事故からそんなに経ったんでござるよな」
十年前の事故、それは二人がまだ六道女学院の二年の時に起こった。
沖縄に修学旅行にいくことになりはしゃぐ二人に対し、横島が反発の声をあげたのが始まりだった。
自分の修学旅行は京都だ。おキヌちゃんも沖縄だったしそれはあんまりだ!と。あまりにもゴネるもので、二人が修学旅行の間、事務所のメンバーも温泉でもでかけようということになった。
その帰り道の出来事であった。令子、横島、おキヌ、美智恵、ひのめを乗せた車は、雨のためにスリップしガードレールを突き破り転落。そして炎上した。
パイロキネスのひのめが炎上の原因であり、運の悪いことに令子と横島は後部座席で寝ていたのだ。横島が持っていた文珠が被害を拡大させていた。あまりの突然な出来事に『熱い』と思ってしまったのだ。ひのめの炎は『熱』を高め、5人の遺体は骨さえ残っていなかった。
あの時にどちらかが起きていれば助かったのかもしれないが、結末しか知ることのできなかった二人にはどうすることもできなかった。
その後二人は、六道の女子寮や唐巣教会、人狼族の里などを転々とした後に袂を別った。
「もし、もしでござるよ。みんなが生きていたらどうなったいでござろうな」
「そうね……まず、バブルは弾けなかったでしょうね。あの美神さんが許すわけないもの」
思い出したように笑う。つられてシロも笑った。自分の今の立場を悔やむために言ったのではない。あのメンバーが生きていたら、もっと笑えただろう……そう考えていたかったのである。
「美神殿と先生、どうしてたでござろうな」
「そうね……子供も生まれて親になっても、美神さんはガメつくて、横島は女に気をとられてばかりで、二人とも喧嘩ばかりしていたでしょうね」
タマモがそういうとシロはイスから立ち上がった。
「ん?どうしたの?」
「ト・イ・レ」
シロが部屋をでていく。おそらく涙腺が緩んで化粧を直してくるのだろう。ドアが閉まった。
シガレットケースを取り出す。印をつけたタバコを取り出し、フィルターを外した。中に入っていた粉を紹興酒のボトルに入れ、残りをシロのグラスにも入れた。
シロがトイレから戻ってくると、グラスを渡した。
「はい。かけつけ一気」
「一気やるほどガキではござらんよ」
「ねぇ、あんた気づいてる? 言葉が戻ってるわよ」
タマモに指摘されて、誤魔化すように視線を逸らすとグラスを一気にあけた。
「おおおお、まだ若いわね」
「当然でござるよ」
「もう一杯いく?」
「当然でござる。出された杯は飲み干すのが侍でござるよ」
グラスに酒が注がれる。それを飲み干すシロをタマモは目を細めながら見つめていた。
「大丈夫? 飲ませておいてなんだけど、飲みすぎよあんた」
「これくらい平気でご・ざ・る・よ♪」
タマモはシロを抱えて、シロのマンションの部屋を開けた。
電気をつけ、部屋の中を見渡す。外から見て想像した通りの部屋であった。
「あんた、寝室どこなのよ。ちゃんと布団で寝ないと風邪引くわよ」
だるそうに右手をあげ、寝室の場所を指差す。それに従いシロを寝室へと運んだ。
キングサイズのダブルベッドにシロを寝かせると、すぐに寝息を立てていた。
寝室を見渡す。ハンドバッグから盗聴器を取り出し、ベッドの下に仕込んだ。寝室を出てリビングに戻ると、電話とリビングの真上に設置してある電灯にも仕込む。
シロのバックを漁り、携帯電話をとりだした。分解すると、スピーカー付近にも盗聴器を仕込んだ。
元に戻し、着信履歴を漁る。ほとんどが平出からであった。それ以外からはかかってきてはいなかった。メールを見るが、これも平出で埋め尽くされていた。
「ま、愛人としては当たり前か」
そう呟きながら、電話帳を開けた。自分の名前を検索してみると、『タマモ』とでてきた。もちろん今の携帯の番号ではない。以前の番号であった。グループ名を見ると『事務所』となっていた。グループで検索する。美神殿、美智恵殿、おキヌ殿、タマモとでてきた。今度は横島で検索してみる。『横島先生』とでてきた。グループは横島一人別扱いになっていた。
今となっては、どの番号も存在しない。シロは消さずにとっておいていたのだ。
携帯番号を確かめた。昔と違っていた。もちろん機種もメーカーも違う。おそらく以前のは、里を守るときに壊してしまっている。だが新しいのを買っても、データが残っていなくとも、かかることのない番号を登録していたのであろう。
タマモは、携帯を閉じると元の場所へと戻した。もう一度寝室に行き、寝ているシロを見下ろした。
「今のあんたを私は笑わないわよ……哀れんであげるわ、狼が豚に飼われるなんて。あんたには向いてないのよ、愛人稼業なんて」
そう呟き寝室をでるとドアを閉めた。寝室には月の光りが差し込み、シロの銀髪を濡れたように美しく照らしていた。
中年、いや初老の男が、黒髪の女と交わっている。
女が受け入れて、男が貪りつく。そんな至極当たり前の行為であるが、女の目はなにかを気にしているのか、妙に冷めていた。
情事を見つめる目があった。。ファインダー越しに見つめる目は、その目は鋭く、そして冷めていた。
月曜の昼下がり、タマモは眠い目を擦りつつ書類と睨めっこをしていた。
消耗品の伝票整理である。計画は滞りなく進んでいる。だが表の顔の事務は少しだけ滞っていた。
「せ、先輩。とてつもなく眠いです」
「私もよ……部長なんて堂々と寝てるし」
二人は恨みがましい目で相原を睨んだ。
そこに、常務の平出が駆け込んできた。相原を叩き起こすと、袖を引っ張り外へと連れ出した。
「なんなの?いったい?」
先輩社員は相原がでていったドアを呆然とみていた。
「関係ないです私には……あ、ダメだ。眠気覚ましに顔洗ってきます」
タマモは立ち上がり、ふらふらとした足取りで部屋を出て行った。
廊下に出ると、頭をニ、三度振り、スッキリさせると相原の足音を追った。
会議室に二人は入ったようだ。タマモは隣の資料室に誰もいないのを確認すると、ドアを開けた。適当な資料を手に取り広げると、耳を澄ませ隣の音を聞き取った。
「お待たせしました。私は常務の平出で、こっちは総務部長の相原です」
「ご本人はどうされましたか?」
聞き慣れた平出の声。もう一人、来客の声。だがこの声には聞き覚えがある。
「外松は生憎外出中でして、かわりに私どもが」
「そいつは残念だ……ご本人がいらっしゃる方が話は早かったんだが、不在とあれば仕方ない」
なにかを物をテーブルの上に放った。
「いかがなものでしょうな。幸せなご家庭もお持ちで、社会的地位もあるお方が人の女房に手をつけるというのは」
「いや、これは……しかし君ねぇ」
平出と相原がぶつぶつと呟いている。
「なんならDVDもございますし、次の株主総会の時に会場に流しましょうか?」
ダメ押しとなったようだ、平井に囁かれると相原は退出した。
「どうなさいましたか?」
「いや、暫くお待ちを……」
平出は落ち着きがないようだ。ガタガタと貧乏揺すりの音が聞こえる。相原の靴音が聞こえる。ドアが開いた。
「お待たせしました。これを」
「なんですか、これは?」
「これで御内密に」
なにかを開ける音。どうやら封筒のようだ。
「舐めてんじゃねぇぞ、チンピラ!」
怒鳴り声の後に放るというより、投げ捨てる音。まぁまぁの重さのようだ。暴力を生業にするものにとっては有触れた手ではあるが、温室育ちの家畜には効果があったようだ。ビクついてイスをガタつかせる音が聞こえた。
「失礼……あなた方なにか勘違いをなさっておられませんか? 私は唐巣先生のところでお世話になっているものですよ」
「か、唐巣先生の……」
「宜しい。唐巣先生に、この件は報告することにしましょう」
イスから立ち上がる音。どたばたと足音が聞こえる。どうやら引きとめようとしているようだ。
「少し時間を。もう少し時間をください」
音が止まる。
「いいでしょう。明日また連絡しますので、その時には外松さんと直接お話ができるようにしてもらいたいものですな」
「はい、必ず」
「何卒、唐巣先生には御内密に」
ドアを開ける音。
タマモはドアの側にいって、鼻を動かした。
「間違いない……あの暴力バカ、少しは頭使うようになったじゃないの」
平出と相原の足音が遠ざかると、資料室から出て廊下の窓から外を歩く人物に目を向けた。
「あんたのお手並み、拝見といこうじゃないの……雪之丞」
―――つづく―――
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