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砂の城


※注 前作「いじっぱり」の続きです。
     「いじっぱり」を先に読まれる事を強くお勧めします。






「ドチクショー!! 水着のネーチャンのいない海に何の用事があるっつーんじゃー!!」

真夏のリゾート地の悪霊退治を(主に美神が)ちょちょいのちょいで終わらせ、自由行動を許された横島の目論見は敢え無く潰えた。
よくよく考えればいくら観光地とは言え、つい昨日まで悪霊が好き放題暴れていた所に水着のオネーチャンがいる訳が無いのだが、
夏、海、リゾートのキーワードを与えられた横島には、イコール水着のオネーチャンという答えしか出てこなかったのだ。
クライアントであるリゾートホテルの最上階でくつろぐ美神には、当然最初から今の状況が見えていたようで、
馬鹿ねぇ、と溜息を吐かれているのを当然横島が知るわけも無く。

「先生、先生! ここにプリチーなオンナノコが二人もいるでござるよ!」

海の向こうにバカヤローとか叫んでいる横島に、手をパタパタ振りながらシロが必死に存在をアピールをする。
シロはスラリとした手足にスレンダーなボディを包むタンクトップ型の水着。対してタマモは透けるような肌が眩しいビキニスタイル。
見るものが見れば、それこそ人だかりができてもおかしくない二人組。

「あん? もうこうなったらお前らでも……」

「きゃん、先生ったらこんな所で、お日さまが見てるでござる!」

「とかなるかボケーーー! 10年早いわーっ!」

しかし悲しいかな横島の守備範囲外。結局いつも通りのやりとりをリゾート地でもしている面々であった。
因みにタマモはそんな二人の脇で、足元にいたカニにちょっかいを出し、指を挟まれていた。




一通りの恒例行事を終え、シロとタマモが波打ち際ではしゃいでいる傍らで横島は一人砂浜にしゃがみ込んでいた。
波が打ち寄せる僅か手前に陣取り、砂をかき集める。こんもりと小さな山になるまで集めると小まめに海水をふりかけながら山を固めていく。

「先生ぇ、一緒に遊ぼうでござるよぉ」

ペタペタと砂の山を築いているだけにしか見えない横島にシロが声をかける。
しかし横島は聞こえていないのか集中しているのか、ひたすらに山を固め続けていた。
やがてある程度の大きさと堅さを持った小山が出来上がり、今度はそれを四角く模っていく。
運良く落ちていた子供用のスコップを器用にヘラのように使い、形を整える。

「ふぅ、とりあえずこんなもんか。デカいバケツでもあればいいんだけどな」

一辺50センチ程はあろうか、砂の立方体が浜辺に異彩を放っていた。
真夏のサンサンと照りつける太陽を浴びつつの作業で、横島は全身汗だく砂まみれ。
海でもはずさないバンダナで軽く汗を拭い、ようやく一息と言ったところか。

「こんなもの造ってどうするの?」

いつの間にか傍らに来ていたタマモがツンツンと砂の塊を突付きながら横島に尋ねた。
片手にはどこで買ってきたのか棒アイスが握られている。

「ふっふっふ。こいつはこれからが本番。謂わば下ごしらえが終わった段階とでも言おうか。
 ……ところでうまそうだなそれ」

何やら大仰な素振りを見せる横島だったが、タマモの手のアイスに目が行く。
正直暑い。ものっすごく暑いのだ。

「一口あげよっか?」

「お、いいのか? すまんなぁ、催促したみたいで」

そんなつもりは無かった……かどうかはさておき、差し出されたアイスを一口齧る。
口の中に広がるスッとした甘みと冷たさが心地いい。
しかしそんな一時の小さな幸せに浸ったつかの間、

「あーーっ! ズルイでござるズルイでござるぅ!」

シロが物凄い剣幕で走りこんできた。

「何よ、アンタも食べたかったの? ホテルの売店で売ってたわよ」

ヤレヤレと食い意地の張った友人にホテルの方向を指差してやる。
何もアイスぐらいでそんなに必死にならなくても、と謂わんばかりのタマモにシロが噛み付く。

「違うでござる! アイスが羨ましかった訳ではござらん!」

「じゃ何よ?」

「貴様、先生と、その、か……」

なぜか言葉を詰まらせる。口をパクパクさせ必死に言葉を紡ぎ出そうとするがうまく舌が回らない。
頭に血が上ったのか顔が赤らみ、目尻に涙がうっすら浮かんでる。
横島とタマモは一先ず成行きを見守ろうと、微動だにしないでシロの言葉を待っている。
「か、か、」とまた何度か言葉を詰まらせた後、シロはゴクリと唾を飲み込み大きく息を吸いなおして叫んだ。

「拙者の先生と間接きっすは抜け駆けでござるぅぅ!」

シロの嫉妬大爆発を大音量で聞かされ……
横島は盛大にコケていた。
タマモは壮絶に引いていた。
一人シロだけが滝のように涙を流しながらズルイでござる、拙者だってしたいでござる、と地団駄を踏んでいた。

「間接きっす、ってアンタ横島の顔を嘗め回したりとかしてるじゃないの。それに抜け駆けって何よ」

「というか拙者のって何だ」

冷静にツッコミを入れるタマモに対し、シロが噛み付く。

「アレは違うでござる! 親愛の証と間接きっすでは全く別モノなのでござるぅ!
 女狐め、拙者が目を離した隙を狙って先生を誑かそうとしたのはお見通しでござる!」

「はぁ? なんでアイスを一口あげただけでそうなる訳?」

滅茶苦茶な事を言い出すシロにタマモも吊られて喧嘩腰になる。
売り言葉に買い言葉。真夏のリゾートビーチで繰り広げられる口喧嘩。
横島は自分の疑問には答えてくれそうも無いのを察し、口喧嘩が本当の喧嘩になる前に避難しようかと考えたが、
せっかく造った砂の塊を壊されたら敵わん、と解決の手段を講じる。
口喧嘩に夢中になり、溶けかかっているタマモのアイスに手を伸ばし、垂れてきている部分を舐めた後シロの口に突っ込んだ。

「ふごっ!?」

「あーっ、私のアイス!」

シロは咄嗟の事でアイスを咥えたまま目を白黒させている。
一瞬遅れてタマモがシロの口に刺さっているアイスが、さっきまで自分が持っていたモノだと気付き、非難の声を上げた。

「悪い、タマモ。アイスはまた俺が買ってやるからさ、今日のところは許してくれないか?
 ……シロも、これで満足か?」

横島は内心、正直なんで俺がこんな事やってんだろーなー、と思いつつも場を収めようとしていた。
タマモはむーっと頬を膨らませるが、やがてぷいっとそっぽを向き、呟いた。

「ハーゲンダッツ。……トリプルでね」

「ぐっ、……ちょ、タマモさん、それは値上がりしすぎじゃないデスカ?」

払えない金額では無いが、どう見ても安そうなアイスの代償に高級アイスの代名詞を要求されるとは予想外だった。
しかしタマモは譲らない。そっぽを向いたまま高圧的に言い放つ。

「何よ、私のアイスを奪っておいて、何か文句ある?」

後ろを向かれているので横島には分からなかったが、タマモはいたずらっ子の笑みで舌を出していた。
横島は、何かこいつうっすら美神さんに似てきたなーと思いつつも、もうこの面倒くさい状況から逃げる為には、要求を呑む方が賢明だと判断した。
こういうのを海老で鯛を釣るって言うのよね、と微妙に間違えた知識を頭に浮かべ、タマモがさも今機嫌を直しましたという顔で横島の方に向きかえる。

「く、くそおぉ、何で俺がこんな目に……!」

やはり納得が行かない横島は一人自分の不運を嘆く。
そこに一人蚊帳の外にいた、事件の元凶が口を開いた。

「まぁまぁ、二人とも喧嘩はやめるでござる」

「お前(あんた)が言うなぁ!」

自分だけすっかり満足し、口の周りをアイスでベタベタにしたシロへのツッコミは、ぴったりとハモっていた。




「よーこしーまさんっ」

色々アクシデントがあった後、土いじりを再開した横島に背後から声がかかる。
ん、と背中を反らして空を見上げる形の横島の視界に入ってきたのは、Tシャツ姿のおキヌだった。
水着はTシャツの下に隠れて見えないが、下はショートパレオからすらりと伸びる足が映える。
照りつける太陽の光と相まって、おキヌの笑顔が眩しい。

「あぁおキヌちゃん。美神さんは?」

「美神さんはホテルのお部屋にいますよ」

一瞬笑顔が曇る。
別に横島に他意があった訳のは分かっているが、自分の事より美神の方に意識が行っているような、そんな微妙な乙女心を目の前の少年は理解してくれないだろう。
今に始まった事では無いし、悪気が無いのは分かっているつもりなので、すぐに表情は元に戻る。横島にも気付かれてはいないだろう。

「それ、砂の城ですか?」

「お、さすがおキヌちゃん。まだ全然形になってないのによく分かったね」

「ふふっ、私てっきりいじけて「の」の字でも書いてるのかと思ったんですよ?」

また楽しそうに笑う。

「いくら俺でもそこまでは……」

「慣れてるからですか?」

おキヌの何気ない言葉がグサっと突き刺さる。
今までに失敗したナンパの数々が瞬時にフラッシュバックする。
「キモイ」、「うざい」、「やめて下さい」、「……(無視)」、「チッ(舌打ち)」その他諸々の玉砕シーンが脳裏によみがえる。

「うおおぉぉぉぉん! 女なんて女なんてぇぇぇぇっ!!」

気付けば横島は再び海の彼方に叫んでいた。

「あ、あはは、まぁまぁ横島さん」

ちょっと意地悪がすぎたかな、と居たたまれない気になってしまう。
しかし同時に自分のアピールが足り無すぎるのか、とも同時に思う。

「もう、ばか」

つい口に出た誰に向けたでもない呟きは、幸いにも横島の耳には入らなかった。




ひとしきり叫んですっきりしたのか、横島はふぅと一つ溜息を吐き、三度座り込んで土いじりを再開した。
おキヌもパレオが汚れないよう気をつけながら脇にしゃがみ込み、割と真剣な横島の横顔と徐々に形を成していく砂の城を眺めていた。
大まかに形を決め、砂塊をくり貫き、塔を建てる。
外壁も整え、外堀を掘る辺りまで形ができる頃にはシロとタマモも加え、四人掛りで砂の城を造っていた。
最後に木の枝と落ちていた布切れで作った旗を天辺に添え、完成となった頃には大分陽も傾いてきていた。

「よっし、こんなもんか」

額の汗を拭い、完成した城を眺める。

「さすが先生、立派な城でござるなぁ」

「あんた以外と器用よね」

シロとタマモも揃って感慨深げに城を囲んでいる。
と、ザーっと波が城まで流れ込んで来る。

「お、ギリギリだったか」

初めから分かっていたかのような口調で横島が呟く。

「あ、もしかして満潮になると流されちゃうんですか?」

「えーっ、折角造ったでござるのにぃ」

おキヌが潮の満ち引きに気付くとシロが残念そうな声を上げる。
そんなシロを見て横島は「はは」と短く笑い、シロ諭すように言った。

「いいんだよ、わざとそうしたんだから。
 砂の城ってのは造るのは難しいけど、壊すのは簡単。でも、こうやって波にすこしずつ削られるのを見るってのも、また粋ってもんだろ? それに―――」

一拍置いて、すっかり傾いた太陽を眩しそうに眺めてから言葉を続ける。

「思い出には残るだろ」

西日に照らされた横島の顔はどこか寂しそうな目をしていた。

「格好つけすぎ、横島らしくない」

それに気付いてかどうか、タマモがツッコミを入れる。

「何を、先生はやる時はやる格好いい人でござる!」

「俺にはこんなシーン似合わないってのかチクショーっ!」

「ぷっ、くすくす」

ヤイノヤイノと言い合いをしている横島達を見て、おキヌは自然と込みあがってきた笑いを抑える事ができなかった。

「あははははっ、はぁ、……横島さん、海、入りませんか?」

妙に晴れ晴れとしたおキヌがTシャツを脱ぎ去る。
胸元の結び目が少し大きめのビキニで、涼しげな水色がおキヌの白い肌と良く似合っている。
オレンジ色に染まっていく浪打際から、おキヌがパシャパシャと海水を飛ばしてくる。

「冷っ、……よーし」

負けじと横島もおキヌに海水をしかける。
つられてシロとタマモも海に入っていった。

「おりゃっ、これでどうだ」

水飛沫が、キラキラと光を反射していた。



おしまい
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。

実は前作「いじっぱり」ですが、最初こっちのような展開になるはずでした。
ですが何処をどう間違えたか、美神さんが全部持ってってしまいまして(笑
なので今回は美神さんの出番はありませんでした。
出したらまた持ってかれそうなので(笑

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