「う〜〜〜〜〜、む〜〜〜〜〜、う〜〜〜〜〜」
同僚も保護者も皆寝静まった午前2時…
野上葵は一枚のチラシとにらめっこしていた。
学校に通い始めて、同い年の友達が出来た。学年が一つ上の男の子に告白もされた。
将来がどうなるか、夢は何かと問われたら、いつか書いた作文と同じく「特になし」と言ってしまうだろう。
でも、任務しかなかった以前より、朝がくるのが楽しみになった。学校に行って朝の挨拶をして、勉強して、友達と他愛ないおしゃべりをして・・・・そんな毎日が楽しかった。
だが、同い年の人間が集まると、今まで気にもしてなかったことが、急に気になってきた。いや、同い年だからこそ成長の個人差というものをいやがおうにも感じてしまうのだ。
自分の色気の無さはわかっている。胸の成長も他の2人に負けてるし、きついツリ目と丸メガネがさらに女の子としての魅力を削いでいる・・・・ように思う。
美人の母親の遺伝を色濃く受け継いだその容姿は決して悪くない。というより、それは世間一般で言うところの「クールビューティー」という美しさの形の一つだ。
だが、そこは年頃の女の子。一度気になりだすと、もう止まらない。“なんとかしなければ”という思いにとらわれてしまうのだ。
だから、普段は即座に燃えるゴミに直行するはずのチラシが、葵の現状を打開する材料として、今目の前にあるのである。
「やっぱり、思い切ってバッサリいこかなあ・・・・。でもここまで伸ばしたのを切るのももったいないしなぁ。第一あいつらとかぶったら意味無いし」
葵が見ていたのは美容院のチラシだった。
幼い頃からのばしていたストレートの黒髪。烏の濡れ羽のような深い黒色。それも葵の持つ美しさの一つなのだが、今の葵にはそれが鬱陶しくて仕方がなかった。
それはいわゆる変身願望。
葵のもつそれは、イメージチェンジ程度のものであるが、11年という時を共に生きてきたスタイルと一瞬でも決別することになるのだ。神経質になるのは当然だった。
「……………よし、決めた!これでいこ!」
ようやく決心がついたころ、ベランダの向こうは既に白々と夜が明けてきていた。
で、当然のごとく寝坊した
「へ〜、それで別々に帰ったんだ、葵のやつ」
「そ。楽しみにしてて、だって」
学校から帰ってきてソファでくつろぐ薫と紫穂。なんとなく様子がおかしかった葵に、紫穂がちょっと探りを入れたら、あっさりと吐いた。
葵本人は、2人に内緒にしておいて後で驚かすつもりでいたらしいが、紫穂に隠しごとはできないことはわかっているので、無駄な抵抗はしなかった。というかできなかったのだ。
ソファに横たわって、見るとはなしにTVを視界に入れながら薫はポテトチップをほおばっていた。
「葵は胸と尻がな〜・・・もうちっとあれば、あたし好みなのに」
「でも、葵ちゃんは元がいいから、いじりようではガラッと変わると思うわよ」
「うーん、でも色気のある葵なんて葵じゃない気がするし」
2人とも、本人がいないのを良いことに結構言いたいことを言っている。悲しいかな、どうやらプロポーションについては異論はないらしい。
と、そこへ
「ただいま」
京訛りの独特のイントネーションが聞こえてきた。
テレポートでなく、玄関から入ってくるあたり、もったいつけてビックリさせたいと思う心理の表れだろう。
そして、リビングのドアがガチャリと開いた。ふっとそこに目がいく薫と紫穂。
・・・・・そこには知らない女の子がいた。
薄くブラウンがかった色に肩口まで切られたセミロングヘア。さらに、毛先を遊ばせるようにかけられた緩いパーマ。メガネをかけていなので、恐らくコンタクトレンズをつけているのだろう。若干黒目が大きく見えるのも、レンズのせいらしい。
いつも紫穂がみているファッション雑誌から抜け出てきたような女の子がそこにいた。
「・・・・どうやろ? 似合ってる・・・かな? なんか帰ってくるときも、めっちゃ恥ずかしかってんけど」
頬をほんのり赤くしながら、2人に感想を求める葵。
「・・・・・・・・・・・・はっ! いっ・・・いやぁ、びっくりした〜! だれかと思った。見違えたよ、葵!」
いち早くフリーズから復帰した薫がそう答えた。
「そ・・・そうか? だったら嬉しいけど。ようわからへんけど、変に緊張しちゃって、恥ずかしいっちゅうか、なんちゅうか・・・・・・え〜と・・・・紫穂?」
「そんな・・・・まさか・・・ありえない、こんなの・・・・予想より3倍も・・・」
紫穂はなにやらぶつぶつと口元でつぶやいていた。
「え〜と、紫穂さ〜ん?」
「え!?・・・・・あっ!・・・えーと、すっごく似合ってるわよ、葵ちゃん!」
どうやら先入観を強く持っていたのは薫より紫穂の方だった。「どうせこの程度だろう」とタカをくくって予想していたビジュアルよりも数倍かわいくなって登場した葵に、紫穂は軽く思考停止になるほどのショックを受けていた。
ともあれ、自分の親友がきれいになって嬉しそうに笑っている姿を見ると、やはりこちらも嬉しくなる。紫穂の口元に次第に笑みがこぼれてきた。
「本当にかわいい。びっくりしちゃった。」
「そ・・・・そう? そういってくれると心強いわ。いや〜、こんなパーマあてたのとか初めてやし。店の人は似合うとると言うけど、ホントのところはどうかわからへんかったし、不安やったんや。」
「おっし!これであたしたちのチームも、1つレベルアップだな!」
「何のレベルアップなのよ、薫ちゃん・・・」
「いやぁ、何となく。 [チルドレン]から[プリティガールズ]とか。
あ、なんか自分で言ってて、良いと思った。これよくね?」
「はいはい、そやな」
「あー、なんだよその投げやりな言い方ぁ」
などと、緊張から一変、いつものにぎやかさに戻ったところに、
「ただいま〜」
この家の主人が帰ってきた。
特務課勤務になってから残業の多い彼にとって、珍しく早い帰宅だ。3人ともおしゃべりに夢中で玄関が開く音に気づいていなかった。葵の心の準備ができぬ間にリビングのドアが開いた。
「あ・・・・」
葵の時間が止まった。
皆本の視線を感じる。
果たして彼はなんといってくれるだろうか。
彼は優しいから、けなすようなことは絶対言わないと知りつつも、「前の方が良かった」とか言われたらどうしようか。
それよりも、一目見て自分だとわかるだろうか。
「え・・・あ・・・・あれ? えーと葵か? びっくりしたよ。一瞬誰かと思った。」
あっさり見破られた。
どんなに変わっても、彼の目にはわかるらしい。少しさびしく感じる反面、自分を良く見てくれていることに嬉しさを感じた。乙女心はややこしいのだ。
「いや、あのな、どうっていうことはないんやけど、ちょっとイメチェンしたらどないかなと思ってな。別になんでもないねん、ホントに」
なにやら言い訳めいたことをしどろもどろに話し出す葵。
「そっか、ヘアスタイルを変えたのか。あとメガネも。帰るときにコンタクトレンズがどうとか賢木が言ってたから何のことかと思ってたけど、そういうことか。」
何かに納得したように皆本は言った。
「や・・・・あの、だからな・・・」
なおもしどろもどろな葵。わけもわからず顔が赤い。頭の中は真っ白だ。皆本との会話は帰るときにさんざんシミュレーションした。が、いざ目の前になると全然そんなことは言ってられなくなっていた。
皆本は内心嬉しかった。自分が着任するまでは、まるで実験動物のような扱いを受けていた彼女たち。10歳にして既に達観したような、世の中を信じられない、世界は自分たちだけといわんばかりの目をしていた彼女たちが、同年代の友達を作り、年相応におしゃれをして、嬉しそうにはしゃいでいる。
自分のやり方が間違っていなかったという実感と、彼女たちの子供らしい変わりように二重の喜びを感じ、
ついポロっと
「似合ってるよ。すごくかわいくなったじゃないか。」
「「「 !!!!! 」」」
言ってしまった。やさしそうな瞳で見つめながら。
どこぞの国に行ったときにそっけない態度をとってしまい、壁にめりこむ羽目になったことが心のどこかにあったのだろう。素直に褒めなければ命が危ないことが本能に刷り込まれていたため、自然に言葉にでていた。
・・・それが新たな火種になるとも知らずに
(・・・かわいい・・・・かわいい・・・・かわいい・・・・・かわ・・・)
葵の頭の中に、皆本の言葉がリフレインしていた。そこまで言ってくれるとは思ってなかった。完全に不意打ちの状態だった。
今や葵の顔は真っ赤だ。見る者が見たら頭から湯気が立ち上ってみえるだろう。恥ずかしいのと嬉しいのがごちゃまぜになって、葵は沈黙した。
いや、嬉しい気持ちがほとんど全部だ。
「あ・・・・・ありがと・・・・・」
そう言うのが精一杯だった。
そんな葵と皆本を半目で睨む瞳が4つ。
「ふーん、なんか面白くないなコレ」
「そうね。もう少し私たちもいたわってくれてもいいんじゃないかしら。」
ジト目で睨む薫と紫穂。
「皆本さんはああいう感じが好きなんだ。へぇー、そぉー」
「男ってのは、ちょっとイメージ変わっただけですぐにコロっといっちゃうんだよなぁー あーあ」
さっきまで親友のかわいさを喜んでいたのに、一転して不機嫌な態度。ホント、乙女心は難しい。
「えっ!?・・・あ、いや、何言ってるんだ。君らだってちゃんと大事に思ってるって」
「ふーん、そう」
「そういうのは日頃の態度で示してくれないとなぁ」
ますます目が険しい。
「・・・・あたし達も行くよ」
「へっ?」
「だからぁ、あたし達もイメチェンするの!」
「あっ・・・あぁ、そうか。うん・・・別にいいんじゃないか?」
てっきり八つ当たりが来ると思ってしっかりと身構えていた皆本は、意外な答えにひどく拍子抜けした。
「そうだな〜、まずエステに行って全身つるっつるにしてー、男に見せても大丈夫なきれいな体にするだろ〜」
「カリスマ美容師にヘアカラー、カット、ヘアメイクまでばっちり決めてもらうわよ。」
「あとは超高級レストランで豪華ディナーだ」
「で、最後に二人はいっしょの部屋に・・・・キャーもう!皆本さんったら!」
最後の方はなにやら妖しくなってきた薫と紫穂の要求。当然、皆本にとっては飲めるハズもなく
「ちょっ・・・、まてまてまて! そこまでいらんだろ! なんだよエステとかディナーとかって!」
当然、そんなことをしたら彼の懐がさびしくなるのは明白だ。
それ以前に、小学生である彼女らの成長途中の体のどこにエステなど必要なのか。
超高級ディナーなど、彼女らが(特に紫穂が)要求すると、給料の前借りをしなけらばならない羽目になりそうだ。
「そんなの無理に決まってるだろがぁ!」
「じゃあ、あたしたちのことが大事って、きちんと証明してみなよ!」
手のひらを皆本に向けて、半分脅し文句を言う薫。
(何ムチャクチャ言ってんだよコイツらはぁぁぁぁ!)
皆本は天に祈る気持ちで目をつぶった、いつものサイキックお仕置きプレスに対して覚悟完了しているところだ。
「なにゆうてんの。困らせたらあかんて。あんたら2人かて大切な仲間なんやし、皆本はんは大事に思てくれてるて。」
天に祈りが通じたのか、いつの間にか再起動した葵が皆本のそばに寄る。
・・・・・ちゃっかり腕を絡めたりして。
益々不機嫌になる薫と紫穂。頬を赤らめながら皆本との未来を妄想する葵。ドタバタは寝るまで続き、最終的には薫にボロ雑巾にされる皆本。
いつもの見慣れた光景になった。
(やっぱりこうなったか・・・・・・・ガクッ)
皆本は力尽きた
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「昨日からメッチャドキドキしてたけど、イメチェンて意外と簡単やん。それで皆本はんがカワイイとか言ってくれるんやったら・・・・クセになりそやなこれ。」
既に白目をむいている皆本をみながら葵はクスっと笑った。
「でもな皆本はん、男の言葉一つで女は変わるんや。あないな優しい言葉、ウチら以外に振りまかんように今から教育せなアカンな。」
どうやら彼の未来は既に握られてしまったようだ。
葵は心底嬉しそうに笑って
「いつかかならずモノにしたるさかい、待っとき!」
心の中で高らかに宣言した。
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