家につくと、現金をカバンに入れる。普通のカバンには入りきれない量なので、旅行用のキャスター付きボストンバックに詰め込んだ。
Czの手入れを済ませ、予備弾も準備する。
油紙に包まれたモノを取り出す。油紙を剥ぎ取ると、ボーガンが姿を見せた。コッキングを繰り返しを行い、作動を確認して余分な油を缶入りのエアーで飛ばした。
オマケ程度に自分の息を吹きつけながら、地図に目を向けた。東京湾沖の島。一応都内であるが、警察の目は届きにくい場所だ。だがタマモ本来の能力をフルに発揮してしまうと、自衛隊に発見されてしまう。
こちらの力は使わせないで、自分たちの力は使いやすくする。なるほど、うってつけの場所だ。タマモは関心すると同時に鼻で笑ってみせた。
「よくあんなんで六道を蹴落とせたわね。まぁ……時代が味方したってヤツかな」
苦笑して和紙をとりだすと、筆に墨をつけると草書で文字を書いた。そして右手をこらし、妖力を少しだけ詰め込んだ。それを何枚か繰り返した。
「さぁて、少しは楽しませてくれるのかな? チョビヒゲのおっさんは」
口元を緩め妖しく笑うと、犬歯が鈍い光を放った。
まだ夜が明けきれない午前4時前に、目的の島に上陸した。
もちろん通常の上陸の仕方ではない。島から沖合い5キロの地点に漁船を停泊させた。この地点に漁船だと、漁をしているようにしか見えない。東京湾から泳いでいってもいいのだが、湾内を変化して泳ぐと、警察のレーダーに捕まる可能性がある。湾外からだと管轄が海上保安庁に移るため、軽微な妖気は頻繁でない限り見逃していた。もちろん最大の理由は、疲れるから嫌だったというのはいうまでもない。
人魚の姿から人間の姿になると、咥えていた魚を吐き出した。
「生臭いのって苦手なのよね……」
触媒に鮮魚を使ったのはいいが、かなり臭かったらしい。舌を出して、顔を歪ませている。そのまま変化を使ってもよかったのだが、なるべく妖力を使いたくない、リスクは避けたいという理由があった。タマモ、いや現代の金毛九尾もかなり狡猾であった。
辺りを見回し鼻を動かすと、裸のまま荷物を持って移動した。
大きなキャスター付ボストンバックは防水処置を完璧に行いテープで巻かれていた。太股に装着していたナイフを手にすると、テープを切り裂きバックを開けた。
レザースーツにブーツ、銃に御札を取り出す。その下には現金が敷き詰められていた。
「すっ裸で太股にナイフだけ……横島がいたら、襲われてたわね」
顔を綻ばしながら、レザースーツを着込んだ。装備を身につけると、ボストンバックを茂みに隠す。そしてまた海の方に戻った。
海に指をつけ目を閉じると、9本に髪の束が浮き上がりだすとそれは金色の光を帯びた。
「30分ってとこかな」
ポケットからタッパーを取り出し、お揚げを咥え妖力を補給した。
島は朝靄に包まれていた。
朝靄に紛れ、鬼道の部下たちの配置を確認しながら、途中御札を張っていった。
夜明けが近くなってくると、朝靄が薄くなってきた。
左手の時計に目をやった。4時半を回っていた。
「時間通りね……あとはチョビヒゲのおっさん次第ってとこか」
定期連絡を受けている男に目を付けていた。どうやらここでのリーダーはコイツらしい。耳を澄ませ、この男の言葉を聞き取っていた。
携帯電話が音を立てた。思わず顔が歪んだ。かなり耳を澄ませていたため、携帯の呼び出し音は五月蠅かったようだ。
『今から家をでる、時間通りにそちらに着くぞ。あの小娘を見つけたら分かっておるな』
「はい。発見次第始末します」
『小娘が時間通りにきた場合は、予定通り囲んでおれよ』
「分かっております。先生の合図で……ですね。盗聴の危険がありますので、そろそろ」
『うむ。では頼むぞ』
男が電話を切った。
鬼道は政敵の盗聴を恐れているようだ。必要以上の連絡は無い。地形は地図で確認し、たった今その目で微調整を行った。人員の配置を思い出し、作戦をたてながら行動を起こした。
鬼道が現れるまで焼く1時間。十分過ぎる時間だ。
最初にリーダーは狙わなかった。リーダーが最初にいなくなると異変に気づき、一気に戦闘になるからだ。危険を楽しみたい気持ちもあったが、リスクはなるべく押さえたかった。
出来るだけ人員を減らしてから、戦闘に持ち込む。そのためのボーガンであった。
霧の幻術は使わなかった。陽も昇り始め、雲も少ない今日の天候では、1度使った朝靄が再びでると怪しさこのうえない。いかにも今から仕掛けますといっているようなものであるからだ。
辺りを警戒しながら歩哨している男。狙いをつけ、引き金を絞った。金属の弓がしなると、男は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。
「こいつの50m後ろにもう一人いたわね」
移動して自分の射程の距離を保ったまま位置につくと、哨戒している男が倒れている男に気づく前に狙撃した。
「あと5人はこの手でいきたいんだけど……」
時計に目をやり、時間を合わせた。10分間だ。10分に一度定時連絡が行われている。その間に何人倒せるか? そして10分丁度にリーダーを倒せるか?
そして狩りは、始まった。
転生してすぐに行われた狩りは自分が狩られる側であったが、もう何度目の狩りであろうか。狩る側に回ったのは。
悪霊狩り、人外狩り、そして人間狩り。
どの狩りであろうと、心が躍る。妖怪、いや獣としての狩猟本能が刺激される瞬間である。
狐の狩りは狡猾だ。身体能力に頼ることはせずに、罠を仕掛け、待ち伏せする。
タマモは気配を殺したまま、一人ずつ遠距離から狙撃していった。相手同士がカチ合わない場所を狙い、倒れた場所さえも考慮している。
時計に目をやると間もなく10分が経過しようとしていた。ボーガンを背中に回すと、リーダーのいる中央は目の前であった。
近場にいた者たちが、顔を合わせ定期連絡の代わりにしている。再び哨戒のために移動する。
リーダーが携帯電話に目を向けた。背後より近づくと、背中をポンと叩いた。男が振り向いた。背後には誰もいない。向き直ると、胸に痛みを感じた。
「あ、ヤバ」
この男、想像以上に脂肪が厚かったようだ。タマモの妖気で伸びた爪は男の心臓には届いていたが、即死させるには十分ではなかったようだ。
男は持っていた銃の引き金に力を込めた。銃口を向ける力までは残っていなかったようだが、フルオートだったらしく連続した発射音が響いた。
男のポケットから携帯電話を奪うとCzを抜き、タマモは走り出した。先ほど別れたばかりの奴が笛を吹いている。近くの仲間が集まってきていた。
全力で走り抜ければ包囲を突破できるのだが、あえてそれはやらなかった。
これは狩りなのだ。自分が狩る側であり、狩られる側ではないのだ。
元消防庁の訓練用の機材の跡地に引きつける。5人ばかり追ってきた。機材の角を曲がると、ポケットからリモコンを取り出した。顔をわざと覗かせ位置を確認させると、リモコンのスイッチを押した。
機材の壁から狐火が真横に噴きだす。狐火を封じた札に発火装置を仕込んだものだ。発火装置を触媒にしているために、妖力はほとんど残らない。遠隔操作の火炎放射器のようなものだった。
かろうじて直撃を避けた男には、容赦なく鉛弾を浴びせる。これで残りは湾側の砲台跡に陣取る連中だけだ。
丘に顔を覗かせると、いきなり発砲してきた。身を隠していた岩が、チーズのように崩れていく。
「ラ、ライフルならまだ可愛げがあるけど、いきなり重機で発砲するってどうなのよ? ここ日本よ。 紛争地帯じゃないのよ!」
文句を叫びながら、銃撃より早い速度で駆け抜けていく。
「私は、戦車や装甲車じゃないっつーのよ。あんなもの一発でも当たればバラバラになっちゃうわよ」
銃座の向けない方向まで行くと、呼吸を整えた。。もう一度、銃座の前を駆け抜ける。不意をつかれたのか、銃座の反応が一瞬遅れた。タマモの姿が消えた。銃座の男は銃口を左右に振りながら、タマモの行方を捜した。
金の雨。いや金色の房が目の前を覆う。9mmパラが頭蓋に大穴を空けた。
タマモは消えたワケではなかった。狭く暗い場所からタマモを追っていたために、獣の反射速度についていけなかったのだ。目だけで追ったのならば、影くらいは捕らえられたかもしれないが、サイト越しに見ていたのでは消えたと錯覚してしまったのだ。そして重火器では逆に狙いのつけられない超近距離から仕留められてしまったというワケである。
屋根にへばりついて逆さになっていたタマモを、今度は小銃が狙った。リモコンのスイッチが押される。狐火の火炎放射。一瞬にしてローストチキンの出来上がりだ。
トンボを切り着地すると、再び走り出した。口をへの字に曲げていた。だんだんと飽きてきたようである。
残るは三人。退屈な狩りになってしまった。弱い者を甚振る趣味は持ち合わせていなかった。三人の位置を確認すると、わざと取り囲ませると、自分が低い位置に下り、相手の方が見下ろすポジションを取った。狙撃では下から上を狙うのはその逆よりはるかに難しかった。つまり、ワザと不利なポジションを取ったワケである。
隠れることもせずに、相手から分かりやすい場所に移動した。左手に妖気を集める。
背中に殺気を感じた。振り向き銃を向け引き金を絞る。左。視線を向けないままに左手を向け、狐火を発火させた。
「あ、もう一枚あったんだった」
銃を向けるのをやめ、リモコンのスイッチを入れた。火炎ではなく、爆発が起こる。
「あんな大げさなの仕込んでくるんじゃなかった」
周りを見渡し、狐火が燻って煙を上げている空を眺めるとため息をつきがっくりと首を項垂れた。
島に完全に人の気配がなくなると、海へと向かう。
タッパーを取り出し、残りの揚げの枚数を確認した。
「ぎりぎりじゃないのよ。まったく、無駄な労力だわ」
お揚げを一枚口に運び、髪の毛を2本抜いた。
口の中のお揚げを平らげると、髪の毛に息を吹きかけ自分の分身を作った。分身は顔を見合わせ頷くと、別の方向に散っていった。
シガレットケースからタバコを取り出し、咥えると狐火で火をつけた。
分身の意思が伝わってくると、ブーツを脱ぎ海に入る。大きく紫煙を吸い込み、吐き出す。紫煙が全身を覆っていく。目を瞑り集中して妖力を高める、金色の髪の毛が浮き上がっていくと、全身が金色に輝きだし水面ぎりぎりに浮き上がる。爪先を伝って水滴が海に落ちると、波紋が何重にも広がり円を描き出す。波紋はタマモの足元を回り始めると、竜巻状に包み込みながら上空に昇り始めた。
空が急に曇り始めると、島にだけ雨が降り始めた。スコールのような激しさであった。
術を終えると、タマモは雨を防げる場所へと移動した。
「これやりたくないのよね……疲れるから」
タッパーを開け、残っていたお揚げを全部たいらげた。
分身を使い3点同時での術で、天候をも変えてしまうものだが、それ以上に気を使ったのは妖力を細く強く使った点であった。
妖力を感知されるワケにはいかず、妖力を強く使わなければいけないのにも関わらず漏れないようにするには細くするしかない。例えるなら、人の背丈もあるような筆で米に文字を書くようなものである。
だが疲れようとスコールを降らせなくてはいけない理由があった。
自分が仕掛けた狐火による火災である。狐火は通常の水では消えない。妖力で起こった火は、妖力を含んだものでないと消えないのだ。
せっかく罠を回避したのはいいが、火の手を上げたままだと感づかれてしまう。そのため、疲れようともやらなくてはいけなかったのだ。
「まぁ、自業自得よね……何年経っても事務所のクセ抜けないなぁ〜」
そう呟きながら自分に呆れるように笑ってみせた。雨はもうしばらく降り続きそうだった。
携帯電話が鳴った。すぐに通話ボタンを押した。
『わしだ、今から船ででる。異常はないか?』
「異常ありません、女の姿はまだ見当たりません」
『うむ。では手筈通りに頼むぞ』
「了解しました」
電話を切ると、そのまま海に投げ捨てた。雨はすでに止み、朝日が昇り始めていた。
この島唯一の桟橋に、不似合いなクルーザーが停まったのは6時少し前であった。
「濡れてるな……雨でも降ったか」
秘書に手を添えられるようにしてクルーザーから下りた鬼道は、桟橋に残った水滴を見て呟いた。
秘書とボディガードに脇を固められながら歩を進めると、キャスター付きのボストンバックを転がしながらタマモがこちらに向かい歩いてきた。
「昨夜と別人のように違うが……それが正体か」
「まぁこれが正体といえば正体かもね、現代の日本ではね。それともこの姿だと取引きしてくれないワケ?」
レザースーツの胸元はヘソが見えるほどに開いており、左右の小高い丘はスーツから零れ落ちそうなほどであった。鬼道と秘書は動じていないが、ボディガードは唾を飲み込んでいるようだ。喉仏が大きく動いた。
「ふん、えらく早いな。時間前のようだが」
「デートならワザと遅れて焦らすんだけど、取引きだとそうもいってられないでしょ。もったいつける相手でもないしね」
「御託はいい。まだ時間には早いが取引きといこうじゃないか。金は?」
「せっかちだと嫌われるわよ。早くても嫌われるし」
鬼道の顔が歪んだ。
「ひょっとして図星?」
口を押さえて笑って見せると、鬼道の顔が紅潮した。
「取引きはやらんのか! 金を見せろ」
「冗談の通じない人ねぇ、ここにあるわよ」
バックを足元に置くと、ぽんと叩いてみせた。
秘書が駆け寄ろうとすると、タマモはバックを足で踏みつけた。
「そっちのブツは」
目が鋭く光り、威圧感が増した。秘書の動きが止まり、鬼道は思わず後ずさった。
「ここに」
ダンヒル製の黒いセカンドバックを開くと、ビニール袋に包まれた白いモノが確認できた。
「そのアデラ……じゃなかった、ロマンスグレーに持たせなさい」
そう言って、バックから数歩離れた。タマモと鬼道の丁度中間くらいにバックが置かれている形になると、秘書がバックの元へゆっくりと近づく。バックまでいくと、セカンドバックを開けたまま地面に置き、バックを開け中の札束を確認した。
「本物です」
振り向きそう告げると、バックを閉め鬼道の元へと戻った。今度はタマモが近づき、地面に置いてあるバックを手にとった。
「それだけの量の桃源郷、どうするつもりだ? 商売でもするつもりか?」
後ろに下がりながら、葉巻を咥えると自分でオイルライターで火をつける。火花を何度も散らせるだけで、いっこうに火はつかない。
タマモはそれを見て、セカンドバックを左手で弾きながら鬼道の方を向いた。
「合図だったら、もうちょっとマシなの思いつかないの? まぁ女にプレゼントするバックがダンヒルじゃあしょうがないか」
左手にセカンドバックを抱えると同時に、右手にはCzが握られていた。
「女の人気ブランドくらい調べておきなさいよ……部下は睡眠中よ、お年寄りのあんたに合わせたおかげでね。だいたいさ、私がタダで珠の肌拝ませるワケないじゃない。抜きやすいようにだって把握しなさいよ、股間膨らませてるそこのデカブツ」
鬼道に銃口を向けたまま歩を進める。
「ロマンスグレー、ちょっとこれ船に貼ってきなさい」
セカンドバックを口に咥えると、胸ポケットから御札をだし投げつけた。秘書がそれを拾い上げ鬼道の様子を伺うと、小刻みに頷いたので秘書は船へと駆け出した。
「鬼道先生、あなたタヌキよねぇ〜。私、タヌキ嫌いなのよ♪」
「撃つな〜、撃たんでくれ」
秘書は御札を船に貼り付けると、その場から動こうとしなかった。
「船から離れた方がいいわよ。そこに隠れてる奴、あんたらもそうよ」
そう言われると、秘書は慌てて鬼道の側に戻ってきた。クルーザーからは誰も降りてはこなかった。タマモは狙いを御札に定めると、引き金を引いた。
御札に9mmの穴が開くと同時に、それは爆発しクルーザーが炎に包まれた。隠れていた二人は、一人は海に飛び込み、一人は炎に包まれた。
「ほらぁ、ちゃんということ聞かないから」
嗜めるようにそういうと、銃口を再び鬼道に向けた。
「後ろ向きなさい」
目の前の惨事を見たせいもあり、三人は素直に言葉に従った。セカンドバックを懐に入れ、ファスナーを少し閉めると秘書の首筋に左手を当てた。
妖力を脊髄に流し込むと、秘書の体が痙攣を起こしそのまま地面に倒れた。続いてボディーガード。ボディーガードの倒れる音は、その体躯のせいもあり鬼道により一層の恐怖を起こさせた。
「ブツは、純度の高い本物だ。撃たんでくれ……わしはまだ死にたくない」
「その点は信用しているわよ、先生♪」
銃を向けたまま少しずつ後ろに下がる。
「長生きしたかったら、あんまりアコギなマネはやめることね」
銃声が響いた。鬼道はその場に跪き頭を抱え震える慄いた。どれくらいそうしていただろう。どこも痛む場所がないのに気づくと、頭から手を離し周りを見渡した。タマモの姿はすでに消えていたが、狐火により燃えているクルーザーだけはその火が衰えることはなかった。
「あ……どうやって帰ろう」
島の反対側にきたタマモは、遥か沖にある漁船を見ながら途方に暮れていた。
「ぶぇ〜〜〜〜〜〜〜っくしょん!!!!」
紅藤総務部の広いオフィスに、大塚広子の豪快なクシャミが響いた。
「広子、あんた休んだ方がよかったんじゃないの?」
「休みたいのは山々ですが、休んじゃうとリストラ対象に入れられちゃうと困るんで」
いいながら鼻をかんだ。結局あの後タマモは触媒になる魚を捕まえることができず妖力も補充できなかったため、自力で泳いで船までたどり着いた。銃や桃源郷が濡れるのを恐れ、レザージャケットで包んだ上に行きがけに使った防水用のビニールで纏め上げ頭の上に乗せて縛りつけ、犬かきならる狐かきで泳ぐ姿はとても人前にさらされた姿ではなかった。
「恥だわ……」
朝の自分の姿を思い出し、口から零れてしまう。
「ん? なにかいった?」
「いえ、別になにも」
両手を振って、慌てて否定をした。
「そういえば、この前銀座で常務見かけたんだけどさ」
「また会社経費で豪遊ですか?」
興味無さそうに鼻をかむと、ティッシュをひろげて中を確認する。
「違う違う。女の人と一緒だったわ」
「高級クラブのホステスでしょ? 玉の輿って遥か遠くに霞んでいきますね」
先ほどのティッシュを屑入れに放った。
「うーん……なんていうのかな、クラブのホステスとかそういう感じじゃないのよね。なんというか、この世のものじゃないって感じ?」
「鑑札つけてました?」
「ないない。あるんだったら気づいてるし、だいたい常務が人外を連れて歩くと思う?」
「先輩……オカルトバブルが弾けてだいぶ経つんですよ。んなワケないじゃないですか」
「そうなのよ。だからおかしいのよ」
タマモは鼻をひくひく動かすと、机の上のお茶を啜った。
「でもまぁ……私たちには関係のない話ですね。話のネタにはなりますけど」
「まぁね、給湯室のサボリタイムくらいには役に立つけどね」
先輩社員がそういって笑うと、タマモもつられるように笑った。
「ネタとしては確かに美味しいわね」
就業後、タマモはタクシーで常務の平出の車を憑けていた。狙った獲物は逃がさない。まさしく憑けているのだ。
平出の車がマンションの前で停まった。タマモを乗せたタクシーはそれを追い抜き、数十メートル先で停めた。平出がマンションの中に入ったのを確認すると、タマモはタクシーから降りた。降りたのはいいが、タマモは平出の姿を追わずに鼻を動かしだした。
「風邪で鼻がおかしくなったワケじゃないわよね」
眉間に皺を寄せ、何度も嗅ぎなおす。頬が引きつり、奥歯を噛み締めた。目を開け、マンションの前に行くと正面からエレベーターの回数を覗き見た。止まった階を確認すると辺りを見渡し、マンションが見渡せる場所を探した。
蓮向かいに雑居ビルが建っている。タマモは雑居ビルに入ると、非常階段から屋上へと向かった。
「8階、8階……と」
止まった階の部屋を順番に覗き見る。
「なんか横島みたいで嫌だなぁ……」
ぼやきながら見ているが、指を自分の口に持っていき思わず噛み締めた。
「やっぱりあんただったのね」
タマモの目に入ったものは、銀髪に赤いアクセントが入った長髪の女性が平出を部屋に招きいれている姿であった。尻尾は生えてないが、タマモが見間違えるはずはなかった。
8年ぶりに見る相棒、犬塚シロの姿であった。
―――つづく―――
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