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蘇える金毛 第2話

 短めの赤いビスチェの上に黒いライダースを羽織り、同色のレザーミニに赤い網タイツというコールガールのような服装で、タマモは街に出掛けた。
 薄い色のサングラスをかけ、ガムを噛みながら歩く姿に、擦れ違う男どもは視線を奪われてしまう。だが声をかける男は皆無であった。匂い立つような色香が、逆に男どもを遠ざけているのだ。
 昼間のような街灯やネオンが煌めく通りから外れ、夜の蛾が群れるような裏通りに足を向ける。
 大きく胸の開いたドレスに咽かえるような厚化粧で武装した外国人娼婦が街灯が作り出す影に立っていた。僅かに頬を引きつらせ匂いを追うと、人間の臭いではなかった。外国人の出稼ぎと同等に人外も闇に紛れて街灯に立ち客を取る。そんな時代であった。
 タマモは足を止め、ある外国人に目をつけた。鼻が高く彫りが深いその顔は、浅黒い色をしていた。
 きょろきょろと落ち着き無く辺りを見回し、客とみられる男に声をかけている。一見するとポン引きのようであるが、携帯電話を取り出し連絡する様子も見られない。
 日本人であるが目の下が大きく窪んだ男が声をかける。指を3本だしてみせると、男は金を渡しそれと引換にパケといわれるセロファン製の包みを受け取った。
 タマモは男たちの前を通り過ぎ、街娼のように街灯の下に立つと腕を組んだ。ライダースのポケットからゴールドのシガレットケースを取りだす。蓋を開けロングサイズのタバコを1本咥えると、右手の人差し指から狐火をだし、それに火をつけた。
 深く吸い込み細い指先でタバコを持つと、ゆっくりと紫煙を吐き出した。
 街灯に映えながら紫煙はゆっくりと辺りを白く包んでいく。紫煙に溶け込むように、タマモは姿を消していた。



 浅黒い肌の男が数人の客にパケを売ると、表通りの方向から一見して素人ではない男たちが現れた。
 そのうちのオールバックにして鼻ヒゲをたくわえた男が、売人に近づいていった。

「今日の売りは?」
「ボチボチデス」
「そうか、今日の分済ませたら店の方に寄れ。メシでも食いに行こう」

 どうやらこの中では位が上らしく、タバコを咥えると隣にいた男がすぐにライターで火をつけた。

「霧濃いなぁ、向こうはそうでもなかったんだけどな」

 男は辺りを見回すと舌打ちをして、裏通りの奥へと足を向けた。
 タマモの前を男たちが通り過ぎていく。タマモにはまったく気づいていないが、タマモはそれを目で追った。足元には5本ほど吸殻が落ちており、タマモは新しいタバコに火をつけた。
 男たちは数人の売人に声をかけ、売り上げを徴収していった。その額は、通常の売と比較にならないほどであった。

「ねぇお兄さん、薬売ってくれない?」

 暗闇から声をかけられ、男たちは思わず身構えてしまう。街灯の後ろからタマモが男たちの前に姿を見せた。

「なんだ、女か。薬なら売人にあたりな。そこら中にいるぞ」
「ゴミみたいなモノには用はないのよ。“桃源郷”が欲しいのよ」

 タマモの言葉に、男は目を見開いた。
 桃源郷とは、20××年に登場した新種の麻薬である。
 今までのヘロインやコカインなどと違い、純度を限りなく100%に近づけたヘロインに仙人界の甘露を合成した物で、人間はおろか人外の者、果ては魔界や神界のものにも効果がある。尤も人間が使用する際は、蒸留水やアルコール、他の麻薬で薄めたものを使わないとあまりの強さに死んでしまう代物であった。
 20××年、この地上では異界とのチャンネルは封鎖されていた。桃源郷により各々の世界の秩序が乱れきってしまったためである。そして人間界でも、桃源郷の生成は厳禁とされ、生産者、売人、使用者など関係なく、関わったもの全てにテロ活動と同等の刑罰が与えられていた。

「兄貴、こいつ人外ですぜ」

 先ほどタバコに火をつけた男が、兄貴に耳打ちをした。

「鑑札ついてねぇな……野良か」
「なにぶつぶつ言ってんのよ、あるの? ないの?」

 タマモがそういうと、兄貴が顎をしゃくる仕草をみせた。二人がタマモを押さえつけ、ビルの合間の路地へと連れて行く。

「ちょ、なによ!」
「黙れ、野良」

 ライダースの襟を掴み、路地の奥に放り投げた。乱れた服の隙間から、雪のように白い肌が露出した。

「こいつ、かなりのシャンだな。薬漬けにして売るか」
「その前に味見させてくださいよ」

 男が下卑た笑いを見せた。すでに股間は膨らんでいる。

「俺が先だ。おい、剥いてから押さえろ」

 兄貴がそういうと、男たちは倒れているタマモを押さえつけた。

「や、やめなさいよ。このビスチェ高かったんだからね!」

 タマモの言葉を兄貴は鼻で笑いながら聞くと、ズボンのベルトを緩めた。
 低い唸り声であった。兄貴が振り向くと、タマモを押さえつけていた男の一人が首に手を当てている。空気が漏れる音が耳に入った。

「あんたも邪魔」

 タマモの声のすぐ後に銃声が響いた。押さえつけていたもう一人の背中が揺れると、力なく地面にその身を横たわらせた。

「ぺっぺっ! まっずい血。あ、マニキュア剥げちゃった」

 ツバを吐くように血を吐き捨て、手についた水のように左手についた血を払った。そして兄貴に銃を向けたまま、マニキュアを乾かすように爪に息を吐きかけ、左手の中指で血のルージュをひきなおした。

「あーもぉ、化粧崩れちゃったし、服はドロだらけだし、どうしてくれんのよ!」

 チェコ製のCzを兄貴に向けて振ってみせた。女らしいセリフを吐いているのだが、兄貴としては色気などはすでに感じていなかった。無邪気な言葉と対照的な怖さだけが、兄貴を支配していた。

「と、桃源郷は今はないが、シャブならある。ほ、ほら、ただでやるから……な」

 ポケットに手を突っ込もうとすると、タマモは引き金を引いた。

「勝手に動かない」

 9mmの弾丸は、兄貴の足元のアスファルトを削っていた。
 タマモは、Czを軽く振り男を地べたに座らせた。

「まったく、人の話をろくに聞かないからこんなことになるのよ。弾だってタダじゃないのよ」

 意識は無くすでに反射的に呼吸をしている男の側に行く。蹴りを入れ向きを変えると、その背中に腰を下ろした。

「あんたみたいな下っ端の元締めに用はないのよ。用があったのは、あんたの仕入先。あんたが桃源郷グラム単位で用意できるワケないでしょ」
「あ、あぁ。俺たち下っ端にそんな権利はない」
「だから、仕入先を知りたかっただけなのよ。それをまぁ貧乏根性丸出しで……劣化版の横し」

 言葉を止め、咳払いをした。

「私が警察の類でないことは判るでしょ」

 今現在、人外のものは警察、いや世界各国の軍隊や情報機関にすらいない。昔とは違っているのだ。兄貴はゆっくりと頷いた。

「だったら仕入先の名前いいなさいよ。私はあんたの名前すら知らないんだから、あんたから聞いたなんて分かんないわよ」

 交渉のように聞こえるが、そうではない。向けられた銃口からは、明らかに殺気がでていた。

「鬼道だ、国会議員の鬼道。横浜に行けば誰でも知ってる」

 名前を聞いてタマモは、軽く頷いた。
 鬼道。タマモがまだ六道女学院に通っていたときの担任の名だ。尤も議員の方は親父の方で、本人は六道に婿養子に入っていた。落ちぶれた父親、逆タマだった息子も今となっては立場は逆転している。
 GSという存在そのものの必要性がなくなった現代では、六道はただの旧家として赤字の学校を援助を受けながら経営している。一方鬼道は、オカルトバブルが弾けた原因を糾弾し政界に進出していた。タマモが事務所にいた時とは違うのだ。

 あの男も元は式神使い、技術もあれば金も権力もある。確かにあの男だったら可能だわ

 今度は納得したかのように頷いた。

「なぁ、あんた何者なんだよ。教えてくれよ」
「なに、聞きたいの?」

 銃は向けたまま、首を傾げてみせる。殺意と色香の塊だった顔に少しだけ無邪気な光が射した。兄貴は、首を大きく縦に振った。

「聞きたい、聞きたい。なぁ、これ取引なんだろ。俺も仕入先教えたんだから、教えてくれよ」

 口元を開き、無理に笑って見せている。タマモは兄貴とは逆に口をヘの字に曲げるとため息をついた。

「取引って、あんたが一方的に破棄しちゃったんだけど……まぁいいか」

 銃は兄貴に向けたまま、シガレットケースを取り出しタバコを咥えた。ケースの中のタバコの残りは2本になっていた。

「まず基本的なことね。あんたをどうやって売人の元締めだって断定したか分かる?」
「情報屋か?」
「違うわ。この通りの入り口の近くで売人やってるイラ○人いるでしょ。あいつに目をつけて見張ってたのよ」
「ずっと監視してたのか?」
「いいえ、1時間ほどだったかしら。そうしたら、あんたがコイツら引き連れてやってきたから後をつけさせてもらったのよ」
「アンタみたいな、いい女が近くにいたらすぐに気がつくんだが」
「あら、ありがと♪」

 にっこりと微笑んで狐火でタバコに火をつけた。

「私はずっとあんたらの近くにいたわよ。ただ、あんたらが見えてないだけで」
「げ、幻術か? そんな馬鹿な、妖力や霊能力の類はワクチンで効かないはずだ」
「それはランクの低い相手の場合よ」

 目は兄貴に向けたまま、顔を横に向けると紫煙を吐き出した。紫煙が辺りに立ち込め、兄貴の視界からタマモの姿は消えた。慌てて立ち上がろうとするが、下がったままのズボンに蹴躓き尻餅をついてしまう。

「動かないの。私は目の前にいるわよ」

 霧が薄くなると、先ほどとまったく変らぬ姿をみせた。

「今日の霧、濃かったでしょ。地域限定だったけど」
「あの霧はあんたが……」
「そ♪ 触媒を使うと妖力の欠片も残さずに使えるのよ。必要以上に妖力溢れちゃうと、すぐに警察が特殊部隊率いてきちゃうからね」
「確かにそうだが……だからあんた拳銃持ってるのか」
「そうよ。か弱い女の子なんですから」

 悪戯っぽく笑ってみせる。とても数分前に二人を殺害した人物とは思えない愛嬌のある笑顔であった。兄貴はその笑顔に引きずられよう口元を綻ばせたが、思い出したかのように顔が硬直した。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。いくら妖力を使わなかったからといって、ワクチンが効かないってのは」
「そりゃあ、私がワクチン効力外の力を持ってるからよ」

 兄貴の顔が歪に引きつりだした。

「た、大妖ってやつか」
「まぁ、そうともいうわね」
「待ってくれよ、大妖は6年前に地上から姿を消したんだろ」
「正確には魔界や天界に行かなかったモノは、抹殺された……でしょ」

 今度の笑いには、妖しさがあった。艶かしいものに隠れ妖怪本来の殺意が溢れてきている。兄貴の下腹部を隠す薄い布切れに染みができると、それは見る間に広がっていった。

「実際に私はここにこうしているんだから、正しい情報だとは言い切れないわね」
「そ、そんな大妖様がなんで桃源郷なんて欲しがるんだ? すでに中毒なのか」
「中毒患者に見える?」

 微笑んでみせたその顔には、中毒患者独特の症状はでてきていない。血のリップを塗った唇以外は、雪のように白いままであった。

「み、見えない」
「そうでしょ♪ でさ、あんた今日、夕刊かニュースか見た?」
「見た、見た」

 壊れた人形のように首を縦に振った。

「今朝、東都銀行の運搬人が襲われた事件あったでしょ」
「何度もやってたし、ウチにもサツがやってきたよ……あ、ありゃあんたの仕事か?」
「そそ♪ 今朝は丁度小雨が降ってたから雨を触媒に幻術かけたんだけど、濡れちゃって鼻風邪ひいちゃったのよ。まさに水もしたたるいい女って感じ? 仕事自体は上手くいったんだけど、あのお金実はナンバー控えられてたのよ。お金はあるけど使えない、いわゆる汚れたお金ってやつ」

 恍けた口調でそういうが男の顔からは血の気が引き、体中から冷たくどろりとした汗が流れ出した。

「ちょ、ちょっと待て」
「だからとりあえず安全な麻薬に代えようかと思ったんだけど、普通のヘロインだと結構嵩張っちゃうし〜、でも桃源郷なら2億でも嵩張ることないでしょ♪」
「頼む、待って! 待ってくれよ」

 兄貴は泣き叫ぶが、タマモはそれをかき消すかのように叫んだ。

「そうよ、桃源郷なんてどうだっていいのよ。金よ金! 私はお金が欲しいの!」

 タマモの声が辺りに響くと、水をうったように静まり返った。その静寂は、兄貴にとって数時間にも感じたことだろうが実際には5秒と経っていなかった。何かに気づき、腰を抜かしたまま足と手を無様に動かすと後ずさった。

「あんた……まさか……まさかだよ、ここまでしゃべるってことは」
「そう。あんたには死んでもらうわ」
「い、嫌だ。死にたくねぇ、死にたくねぇよ」
「聞きたがったのは、あんたでしょ? おかしな人ねぇ」

 兄貴は下がるのを止め、頭をアスファルトに擦りつけ土下座をした。額はすぐに切れ、血が薄っすらと染み出している。

「頼む、助けてくれ」
「だ〜め♪」
「頼む、誰にもいわないから。この通りだ」

 ゴツゴツと骨がアスファルトに響いている。

「あんた、嫁とか子供いるの?」
「い、いる。いっぱいいる」
「いっぱいって、子供はともかく嫁はダメじゃん。あんた女の敵だわっ! やっぱり世のため人のため、死んだ方がいいわよ。うん、その方が皆幸せになれる」
「そんな……後生だから、頼む」

 兄貴はタマモに向かい土下座を続けた。いいかげんうんざりきたのか、大きなため息をついた。

「あんた、ちょっと万歳してみて」
「万歳? やれば助けてくれるのか」
「いいから。早く」
「ば、万歳」

 正座したまま両手を上にあげた。

「ありがと♪ おかげで的が大きくなったわ」

 そういって2度引き金を引いた。胸に2箇所の穴を開け、兄貴はゆっくりと崩れていく。その頭部に狙い、もう一度引き金を引いた。
 Czをジャケットに仕舞い立ち上がると、自分の洋服の汚れを確認する。転ばされたときに汚れた箇所を叩き汚れを落とすが、網タイツのほつれだけはどうしようもなかった。

「ヤだ、破れてる。カッコ悪っ」

 ここにきて一番情けない顔をして破れた箇所を見つめた。がっくりと項垂れ、しばらくするとその目は今まで踏みつけていた男に向けられた。すでに男の息は耐えており、男の周りの血溜まりは薄い膜が張っていた。
 タマモは死んでいる男に歯を向けると、ヒールの踵で男の頭に蹴りを入れた。死後硬直が始まっていたのであろう。男の頭はあまり揺れることはなかった。

「あ〜、もぉ! ついてないわ」

 シガレットケースを取り出しタバコを咥えた。狐火で火をつけると、辺りに霧が立ち込めた。腐臭を嗅ぎつけたのか、足元をネズミが通り過ぎていく。ネズミに追従するように、一回り大きなものが足元を通り過ぎた。

「餓鬼か……平安の時代と変らず……か」

 この霧が晴れる頃には、男たちの死体は骨さえも残っていないだろう。記憶が無い前世に思いを馳せながら、タマモは空を仰いだ。

「そういえば……さっき私、お金、お金、っていってたわね。ヤだなぁ〜、変なところ美神さんに似てきちゃったのかな」

 そういいながら苦笑すると、表通りに向かい歩き出した。


















 翌日、タマモは大塚広子となっていつもと同じように出社していた。
 ヤクザたちのことは何も伝ってこなかった。やはり死体すら出なかったようである。
 昼休みになると、タマモは真剣な顔で机に向かっていた。その視線の先には赤いものがサラサラと重力にしたがって落ちている。すべての赤いものが落ちるとタマモはカっと目を見開き手を合わせた。その手の先には箸が握られている。黄色、いや金色の紙を手にとると、それを丁寧に剥がしていく。
 金のきつね―――期間限定のインスタントうどんで、ここ最近のタマモの昼飯であった。
 別に金欠なワケではない。ただ……ただこれだけは、大人になろうと、裏では絶世の美女で大妖になろうと、やめられない代物であった。

「広子、ほんとそれ好きね」
「ええ、これだけはほんとやめられません」
「飽きないの?」
「飽きというものは、DNAに入ってません」

 カップうどんを啜りながら、力説している。

「あんたそれだけきつねうどんが好きなのに、いなり寿司は食べないのね」

 タマモの箸が一瞬止まった。そして再び動き出し、一息すると先輩社員の方に目を向けた。

「実家の姉が作るいなり寿司が美味し過ぎて、あれ食べちゃうと他のはちょっと」
「そんなに美味しいの?」
「お揚げ評論家のワタクシ大塚広子が断言します。あれは最高です」
「いいなぁ〜、そんなに美味しいなら私も食べてみたいな」
「今度、ぜひ」
「お願いね♪」

 タマモは作り笑いを浮かべた。今度という日は、先輩には一生くることはないのだ。もちろんタマモにとっても一生くることはない。彼女の姉が作るいなり寿司は、もう二度と口にすることはないのだ。
 金のきつねを完食すると、手を合わせごちそうさまでしたと呟いた。
 ふと前を見ると、相原のところに痩せた男が近づいている。

「また部長のところに、平出常務きてますね」

 先輩社員に話しかけると、眉を歪めた。

「どうせまた悪巧みよ。今回奪われたお金だって、札束で横っ面ひっぱたくために用意したんだろうし……この二人に社長と専務の四人で荒稼ぎしてるのはいいんだけど、結局会社を食い物にしているのはこの四人だしね」
「しょうがないといえばしょうがないですよ」
「広子……あんた腹たたないの?」
「腹立たないっていえば嘘になるますけど、でもまぁ荒稼ぎしてもらわないと私らの給料でませんもん」
「そりゃそうね」
「でも、もうちょっとこっちに回してくれてもいいんじゃないかって思いますけどね」

 タマモが冗談っぽく笑うと、頷いてみせた。






 会社が終わると、いつもと違う電車に乗った。
 通勤快速で横浜へと向かう。駅のトイレでセミロングの髪を後ろで縛り、メイクは会社よりも少し派手に仕上げた。
 駅を出るとタクシーに乗り、運転手に目的地を告げた。鬼道の苗字だけを告げると、運転手は車を走らせた。
 15分ほど走ると車は、閑静な住宅地に入る。住宅地に入るとすぐに白い壁が続いていた。
 1ブロックほどをしめているその壁が途切れると、車は停まった。
 料金を払いタクシーから降りると、大きな門が聳え立っている。門の大きさに不似合いなインターホンを押すとすぐに声が聞こえた。

「お電話しておりました将学新聞社会部の椎名です」

 インターホンに向かいそういうと、門柱上部に設置してあるカメラのレンズが動いた。

『どうぞ』

 インターホンから声が聞こえると、門が自動で開いた。




 
 
 鬼道との対面は、応接室が使われていた。家の広さから考えるとそう大きくない部屋だった。
 ドアの場所、部屋に入ってからの大きさ、自分が座っているソファーの場所、すべてを考慮するとタマモはハンドバックの中を漁った。
 鬼道が現れ、インタビューが開始された。名刺を渡し挨拶を交すと、ICレコーダーのスイッチを入れた。
 次の政局を占うといった内容でインタビューをしたのだが、鬼道の話す内容は嘘と偽善の固まりで、あまりのわざとらしさにあくびを噛み殺すのにかなり苦労をした。

「ところで、椎名さん。わしから一つ質問があるのだが、いいかな」
「はい。なんでございましょうか」
「あんた、どこのチンピラだ? 将学新聞の社会部に椎名なんて人間はおらんぞ」

 鬼道が睨みを効かせるが、タマモはにっこりと笑った。

「東北支社からこの度異動になりましたんですよ、先生」
「小芝居は結構だ。わしの親派で将学新聞の株主がおってな、社会部の人事異動は今月どころか今期は行われておらんわ」

 はっきりとそういいのけると、タマモは息を吐きポケットに手を入れた。壁が上がり、三人の男がタマモに向かって銃を構えていた。

「変な動きは見せるなよ。ゆっくりとポケットから手をだせ」

 いわれるままにゆっくりとポケットから手をだした。手にはシガレットケースが握られていた。

「バレてるなら最初からそう言ってよ。あくび堪えるの大変だったんだから」

 シガレットケースを開き、タバコを取り出す。

「動くなといっておるんだ」

 鬼道がそう怒鳴るが、タマモは一瞥するだけで右手で狐火を起こすとタバコに火をつけた。

「撃てば? 撃ちたいんだったら撃てばいいじゃない」
「ふん。どうやら鑑札がついておらんモノノケのようだが、あの銃の中には精霊石弾も入っておるぞ」

 鬼道の警告をタマモはまさに紫煙で吹き飛ばしている。

「鬼道先生、あなた政治はプロのようだけど、銃に関しては素人ね。この距離であんな大口径のライフルでしかも精霊石弾なんて撃ったんじゃあんたに当たるわよ」
「はったりもいいかげんにしろ」
「あのさ、新聞記者はハッタリだけど、普段は私OLなんてやってるのよ。健康診断も小細工無しで通ってるのよね」

 鬼道が葉巻を咥えると、秘書らしき男がそれに火をつけた。

「元の姿に戻らない限り、人間と同じ構造なわけ。この意味分かる?」
「ふん。要点を話せ」
「人間に精霊石弾なんて撃ってみなさいよ。弾はそのまま私を貫通してあんたに当たるのよ」

 鬼道の動きが止まった。

「ただの鉛玉にしても、あの口径じゃ私を貫通するわね。もちろん貫通した後は、あんたに当たるわ」
「はったりをいうな」
「はったりだと思うなら、試してみたら?」

 両手を広げると、後ろを振り向いた。

「体を少し捻るだけで、あんたの心臓も狙えるわよ。さぁやってみなさいよ」

 鬼道の咥えていた葉巻が小刻みに震えている。涎が葉巻を伝い、火に触れると音を立てた。

「銃を下ろせ」
「先生がそうおっしゃってるのよ、銃を下ろしなさい。ショットガン、弾丸抜いてこっちに放りなさい。AK、弾装外して薬室の弾だして。レミントン、弾抜いてボルトをこっちに放りなさい」

 男たちは躊躇したままであったが、鬼道が首を振ると、タマモにいわれたように動いた。レミントンの男が放ったボルトがタマモの頭に当たった。タマモは思わず、頭を押さえて振り返った。

「痛いわね〜、あんた燃やすわよ」

 軽く歯を剥いてみせるが、殺気はなかった。ソファーに放られたショットガンに弾を込めると、膝の上に置いた。

「そこのロマンスグレーの秘書。この五月蠅いオーケストラ止めて他のにして。そうね……ショパンのピアノソロがいいわ」

 急かすように言われ、初老の秘書がレコードを代えた。スピーカーからゆっくりとしたピアノの音が流れる。タマモはそれに合わせるように、右手をあげ指揮を執るマネをした。

「後ろのメンズ…5歩下がりなさい」

 男たちは、今度は素直に言う事を聞いた。

「私、こう見えてもモノノケですから武器なくても首はねるくらいは簡単だからね。変なマネしちゃダ・メ・よ」

 振り向いて片目を瞑ってみせると、ゆっくりと鬼道の方へと向き直った。

「さて先生、つまらない政治の話はこれまで。ビジネスの話をしましょう」
「ビジネスだと?」
「そう。先生がお持ちの桃源郷、売ってくれないかしら」

 鬼道は鼻で笑うと、ソファーに深く座りなおした。

「桃源郷だと?なぜわしがそんなものを」

 政治家としての建て前上、いやオカルトバブルを崩壊させた中心人物の一人として彼にとっては桃源郷はタブーとされるものだ。

「そう、しらばっくれるの……いいわよ、調べはついているんだし」
「ふん、警察にでも密告するか? 野良のお前が」
「そんなことしないわよ。そうね……あなたの息子さんの養子先に流すってのはどうかしら。政樹先生は元気にしてるかしら」

 絶縁した息子の名前が出ると、途端に顔色が変った。

「き、貴様、六道の」
「そ♪ 一応、OGになるかな。知らない仲じゃないし、鑑札無しの野良でも私の言ったことは信じてもらえるかもね」

 紫煙を吐き出しながら楽しそうに笑ってみせた。確かに、現在六道はただの女子校である。しかし過去は霊能科を持つGS養成のエリート校であった。モノノケの類がOGであるといわれても否定できる根拠がない。まして、六道を没落させ息子である政樹を絶縁にまでした鬼道にそれを確かめる術はなかった。

「情報は漏らさないだろうな……」
「当たり前よ。私は自分の得になる事以外がやらないわ」

 鬼道は葉巻を灰皿に置くと、タマモの方に身を乗り出した。

「金はどうした」
「ここにはないわ」
「話にならんな、帰ってもらおうか」
「2億の現金よ。持ち歩けるワケないじゃない」

 軽く頷き、再びソファーに凭れかかる。

「グラム250万でどうだ」
「高いわ、130万でどう?」
「甘露0.01%の高濃度だぞ。230万」
「150万」
「210万」
「170万」
「200万」
「180万」
「他の売り手を捜したらどうだ」
「190万……これ以上はだせないわ」

 タマモはタバコを灰皿に押し付けた。

「よかろう。グラム190万で手を打とう。だが2億となると100グラムを超える量だ、ヘロインだとキロを超える結晶になる。準備する時間が欲しいのだが」
「いいわよ、私も金の準備があるし……二時間後に電話するわ」
「うむ。その時に時間と場所を伝える」

 鬼道の言葉にタマモはにっこりと微笑んだ。

「良い取引になるといいですわね、鬼道先生」
「そうなることを願うよ」

 鬼道は灰皿に置いてあった葉巻に手を伸ばした。葉巻の火はすでに消えている。タマモが右手の指を葉巻の方に向けると、葉巻の先が赤く光りだした。

「サービスですわ、先生。では二時間後に」

 ソファーから立ち上がると、そのまま部屋を後にした。鬼道はそれを見送ることもせずに頬を引きつらせると、葉巻を灰皿に押し付けた。葉巻は折れ、火は燻ったままであった。















 きっちり二時間後に、鬼道宅の電話が鳴った。 

『ア・タ・シ♪』
「ふざけるのはよせ」
『なによ、ノリが悪いわね。若い娘にモテないわよ』
「結構だ。あまり時間がない、用件をいうぞ」
『淡白な人ね……いいわよ』
「東京湾の沖に元消防庁が使っていた無人島がある。そこで明日の朝6時でどうだ」
『6時? まったく年寄りは朝が早くて困るわね』
「いいのか悪いのか、どっちだ!」
『いいわよ。遅れちゃ嫌よ、ダーリン』
「誰がダーリンだ!」

 電話を叩きつけるように切ると、葉巻を咥えた。

「手筈通りにやれ」





 一方タマモは、まだ鬼道の家の近くにいた。鬼道邸が見える公衆電話からかけていたのだ。
 鬼道邸の門が見える場所に移動すると、車が数台でていくのが見えた。

「罠はる気満々ですね〜♪」

 予定通りといわんばかりに口元を緩めると、その場を後にした。













      ―――つづく―――



前回予告の題名は改題させていただきました。
当初予定はこっちだったのですが、金毛にするとなぜか自分の頭に神父がカツラを被った絵が……w
んで金狐にしようと思い前回そう書いていたのですが、ウィキで調べたところ金狐ってキンコと読んで、神の使いに例えられるそうです。
まぁ話上、見た目そのまんまでもイメージ的に違い過ぎるので金毛九尾からとりました。
なにとぞご了承のほどお願いいたします。

すでに現段階で3話を書き終えております。
さて……ちゃんと終わりますよう、タマモンにお祈りしませうw

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