――街に闇が落ち、日付が変わってからしばらく経った頃。
「「「「「ただいま〜」」」」」
美神除霊事務所に疲れた声がこだました。
―――― ねおち ――――
『お帰りなさいませ、お疲れ様でした皆さん』
事務所で留守番をしていた渋鯖人工幽霊一号が、労いの言葉と共に一行を出迎える。
人工幽霊一号は無機物にとり憑くことが出来るので、美神の愛車・コブラにとり憑いて一緒に除霊現場に行き、サポートを担当する事もある。
だが、今回は1ヶ所の除霊現場にフルメンバーで向かったので、連絡役として事務所に残っていたのだ。
「人工幽霊一号、留守の間に何か変わったことはあった?」
『いえ、特には』
「そう、じゃあこれで今日の業務はお終いね。皆おつかれさま」
留守中の来客や依頼の確認を済ませると、美神は本日の業務終了を宣言した。
「う〜ん、今日は中々ハードだったでござるな…」
「疲れたわ…」
今日の除霊の規模がどの程度であったかは、今のシロとタマモの様子と久々のフルメンバーによる出動であったことから察する事ができるだろう。
タマモはともかく、普段は元気が有り余っているシロですらハードだったと感じるほどだ。
シロ・タマモの年少組には起きているだけでも辛い時間帯であるし、キヌ・横島の学生組にとっても翌日に響く時間帯だ。
ともかく早急に休まなければ、明日の朝は遅刻が確定してしまうだろう。
「じゃあ俺はこれで帰ります。おやすみなさ〜い、また明日〜」
「「「「おやすみ〜(なさ〜い)(でござる〜)」」」」
流石の横島も疲弊したようで、美神の終業宣言を聞くと珍しくセクハラもせず帰宅していった。
「それじゃあ私達もシャワーでも浴びて休むとしましょうか」
「おやすみでござる〜」
「おやすみ〜」
「おやすみなさい、2人とも」
シロとタマモは眠そうに目をこすりながらも就寝の挨拶をし、屋根裏にあてがわれた自室に引っ込んでいった。
キヌもそんな2人に就寝の挨拶を返すと、
「美神さんはまだ寝ないんですか?」
と未だ寝る用意をする気配のない美神に問いかける。
「ええ、私は書類仕事してから寝るから」
「あの、美神さん。私何か手伝いましょうか?あんまり役に立たないかもしれないけど…」
現在美神除霊事務所には書類仕事が出来る人間が圧倒的に少ない。というより美神ただ1人と言ってもいい。
世間知らずなシロ、生まれて間もないタマモはもちろんのこと、キヌと横島も細かい書類仕事はまだ出来るレベルではない。
幽霊生活の長かったキヌ、文字通りの荷物持ち歴が長く、まともなGS業務が出来るようになって日が浅い横島には荷が重かった。
もちろん、2人とも単独で手がけた除霊の報告書作成程度なら出来るが、事務所経営の面ではまだまだと言う事だ。
「いいのいいの。おキヌちゃんは明日も学校でしょ?無理しちゃ身体に悪いわよ」
「でも…いえ、それじゃ先に休ませてもらいますね。おやすみなさい」
「おやすみ」
キヌを先に休ませ、美神は自らの執務机に向かうと、こう呟いた。
「さて、帳簿整理でもしましょうか。…おキヌちゃん達には悪いけど、こればっかりは他の人に任せるわけにはいかないのよね」
その言葉は、自分の名を冠した事務所を持つ、一国一城の主としての責任感からきたものなのか。
………あるいはキヌ達には見せられない、表に出せない書類を隠蔽するためだったのか。
そんな疑問を残しつつ、夜は更けゆく……
・
・
・
・
翌日早朝。
夜が明け、ようやく日の光が射し始めた頃、美神事務所前から聞こえてくる2つの声……。
「(ぜぇッぜぇッハァッハァッ…)朝っぱらからフルマラソンさせんじゃねえ、このバカ弟子がぁ…」
「まぁまぁ、朝の爽やかな空気を満喫できて良かったではござらんか♪」
毎朝恒例の早朝マラソン大会は今日も変わらず開催されていたようだ。
前夜の除霊での疲れなどまるでなかったかのようにはしゃぐシロもシロだが、息切れしているとはいえそのシロについていける横島もやはり並大抵ではない。
「大分汗かいちまったな…。ちょっと事務所のシャワー借りてくか。流石にこの時間じゃ銭湯も開いてないし」
思えば昨日は疲れからか、真っ直ぐ家に帰ってそのまま寝てしまった。流石にこのまま登校すると言うのも気が引ける。
汗と昨日の除霊での汚れくらいは落としておきたいところである。
「それがいいでござるよ♪ささっ、中へ」
「…お前がフルパワーで爆走しなきゃ二度寝も出来たってのにな」
と愛弟子に少しばかり恨みの混じった言葉を投げかけながら、事務所の階段を登っていった。
時間帯の事も考え幾分小声で、それでも挨拶を欠かさず入っていく。
「ただいまでござる〜♪」
「ちわ〜す、っと…美神さん?座ったまま…寝てる?」
部屋に入った横島の目にまず入ったのは、自らの執務机で座ったまま寝こける美神の姿だった。
あたりに積まれている書類と、どう見ても寝巻きではない衣服から考えてこれは……
「そういえば、昨日は書類仕事が残ってると1人で随分遅くまで起きてたようでござる」
やはりそういうことらしかった。現状では事務所の書類仕事はほとんど全て美神1人が受け持っているようなものである。
横島は書類仕事をろくに手伝えないことを申し訳なく思った。不正隠蔽のために、自分が任せてもらえる正規の書類が少ない事を差し引いても、だ。
ならせめて今の自分に出来ることは…
「…シロ、お前もうこの後寝ないよな?」
「寝ないでござるが?」
「よし、じゃあちょっとお前の掛け布団借りるぞ。」
何か、上に掛けてあげることくらいだろう。今の季節、風邪を引くまではいかないかも知れないが、それでもこのままにしておいたら体調を崩してしまうだろうことは想像に難くない。
「拙者も運ぶの手伝うでござるよ」
「いや、俺1人で十分だからシロは先にシャワー使っちゃってくれ」
シロがシャワーを浴びている間に、布団を運搬するようにすれば、シャワー待ちの手間も省けるというものだ。
シロの使っているベッドから、掛け布団を引き剥がし、下の階へ。
寝ている美神を起こさないよう気をつけながら、丁寧に布団を掛けていく。
「これで良し、と」
布団を掛け終えると同時に、かすかに聞こえていたシャワーの音が止まった。
どうやらシロがシャワーを浴び終えたようだ。まるではかったようにちょうど良いタイミングだ。
「んじゃちょっとシャワーだけ浴びさせてもらったら、一回アパート帰ってから学校行くとしますか」
そう言うと横島はシャワールームへと消えていった。
次第に暖かくなってきた気温と、窓から射す光の眩しさで眠っていた美神は目を覚ます。
「ん、あれ…あ、そうか、昨日書類作っててそのまま寝ちゃったのか」
何故自分がいすに座った状態で寝ていたのか、その理由を理解し苦笑する美神。
しかし、ここでふと違和感に気づく。自分の肩から布団が掛かっているのだ。
「布団が掛かってる…?そっか、おキヌちゃんが掛けてくれたのね」
自分は昨日書類仕事をしながら眠ってしまったのだから、自分で掛けたと言うことはないはず。
では誰が…?とそこまで考え、気配りのできる世話好きな妹分の存在を思い出す。
すると、そこにタイミングよくキヌが起きてきた。
「んぅ、ふぁあ〜…美神さんおはようございますぅ…」
あくび交じりに朝の挨拶をしてきたキヌに、自分の体調を気遣ってくれた事への感謝の言葉を告げる。
「おキヌちゃんが掛けてくれたのね、この布団。ありがとう」
「へ?私じゃありませんよ?昨日はそのままグッスリ眠っちゃって一度も起きませんでしたし」
「え?あれ?おキヌちゃんが掛けてくれたんじゃないの?じゃあ一体誰が…」
包み込むべき主を失って、滑り落ちた布団がファサリと音を立てた。
――――そんな何気ない春の日のこと
―――― ねおち・完 ――――
Please don't use this texts&images without permission of B-1.