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蘇える○○ 第一話

 機械にかけられる紙の束。
 機械に設置してあるカウンターが、止まることなく数字を積み上げていく。百を示すと数えられた紙の束は外され、次の束がかけられ同じことをくりかえしていく。
 日本銀行券と記されているそれは、銀色のかなり大きなジュラルミンケースにきっちりと詰められると、封印をするかのように閉じられ鍵がかけられた。
 警備会社の制服を着た体格のよい男が、ジュラルミンケースの持ち手に手錠をかけ自分の手と繋いだ。そしてそれを抱えると周りの男たちに軽く会釈をしてドアへと向かう。出入り口に待機していた同じ制服を着た男がドアを開け先に出ると、その後に続いた。通常より厚めのドアが閉まった。施錠する音響いた。
 外にでると二人は、警備会社のステッカーが貼ってある車へ乗り込んだ。セルが回りエンジンがかかった。人気のない夜明け前の街にエンジンの音が響く。霧の深い日であった。前照灯をつけると、車はゆっくりと駐車場を出て行った。
 車はオフィス街を抜けていく。昼間の喧騒と違い、夜明け前のオフィス街は人っ子一人いない。霧に雨が混じってきていた。男はワイパーのスイッチを入れた。深い霧のせいであろうか、オフィス街は眠っているというより死んでいるような雰囲気であった。
 点滅式の信号を右折する。速度計は時速四十キロを示していた。
 運転をしていた男の視界の左端に赤いものが入ってきた。バックミラーに目をやると、赤いランプが映し出されている。途端に静まり返っていた街に、サイレン音が響き渡る。
 白バイのようであった。
 白バイは警備会社の車を追越し前にでると、ハンドルから左手を離し押さえる仕草をみせた。どうやら止まれといっているようだ。
 運転手は左ウィンカーを出し減速し、路肩に車を止めた。車の数メートル先に白バイは停まると、警官がこちらに向かって歩いてくる。
 早朝のこんな時間に白バイ、しかもオフィス街に。助手席の男は眉を歪ませると、アタッシュケースを握る手に力を込めた。
 警官は車に近づくと、運転席の窓を軽く叩いた。

「どうしました?」

 男が窓を僅かに開けた。

「白煙がでていますよ、故障ですか?」

 振り返ると、後部から白い煙がもうもうと立ち上がっている。
 男は慌てて車から降りると、後ろへと周った。警官もそれに続いた。アタッシュケースを持った男は、車の中から振り返って二人の様子を眺めた。

「分かりましたか?」
「マフラーの途中から火がでてます」

 物騒な話である。男は体ごと振り返って後ろを見た。警官が運転席の方に小走りで戻ってきた。

「エンジン止めて」

 そういわれて、男は慌てて運転席の方に体を寄せた。右手に重い荷物が繋がれているため、這うような姿勢でハンドルの根元に手を伸ばした。ドアが開き、首筋に痛みを感じると男は意識を失った。
 警官が助手席側に移動しシートを倒すと、男をそこへ転がせた。運転席に座り直し、制服の内ポケットからサイレンサー付きのコルトウッズマンを取り出す。無線機にそれを向けると、引き金を絞った。
 口径が小さいせいもあり、音がほとんど漏れなかった。GPSのコードを引き千切ると、何事もなかったのように車を発進させた。白煙はいつの間にか止まっていた。
 警官が運転する車が遠ざかっていくと、霧が薄くなり代わりに雨が強くなってきていた。白バイと制服の男がその場所に放置されたままである。制服の男は、雨に打たれても目を覚ます気配はなかった。


 ジュラルミンケースに繋がれた男が目を覚ました。顔に何かが当たっている。
 冷たい。
 水。
 雨か。
 男は自分が外にいることをようやく把握できた。体を起こそうとするが、生憎とクソ重いジュラルミンケースが繋がれていた。
 現金は無事―――男は少しだけ安堵した。
 目の前に人がいた。白バイの制服をきている。警官の手にはウッズマンが握られていた。

「お、お前、女……」

 引き金が絞られる。サイレンサーの音が雨音にかき消されていく。スライドを引き、薬莢を排出して次弾を装填する。22口径くらいでは人は滅多には死なない。だが、6発もの弾丸を急所に喰らえば別である。
 7発目と8発目は手錠の鎖へ打ち込まれた。繋がっていた男の手が力なく落ちていく。雨はますます強くなっていた。

















 オフィス街に人が溢れ出す。
 朝方降っていた雨もかなり弱くなっていたが、ビルに飲み込まれるまでに人々は傘の花を開いていた。いつもの朝と少しばかり違うのは、サイレンを点灯させたパトカーがかなりの数右往左往していることくらいであった。
 オフィス街にまだ新しいビルが建っていた。

『紅藤Co.,LTD』

 元は不動産業を行っていたが、都市開発で成功を収め、5年ほど前に本社ビルを建設、それと同時に上場した会社である。
 紅藤ビルに吸い込まれていく傘の花。その群の中で、一際目立つ姿があった。昔懐かしい行商のオバさんの如く、大きな箱を風呂敷に包み背中に背負いつつ傘をさしているのだ。
 肩くらいの不揃いの黒髪のセミロングにエンジ色の縁をした分厚い眼鏡をかけた女性は、ローヒールにもかかわらずふらふらと歩いていた。
 左手で傘をさし、右手で風呂敷を支え、首から下げたハンドバックを前にまわした姿はウケ狙いとしか思えないほどである。その姿はかなり滑稽で、荷物を背負ってなかったのであれば、ただの酔っ払いにしか見えなかったであろう。
 片足を上げ、微妙なバランスを取りながら歩いていたのだがついに雨ですべったのか、バランスを崩すと背負っていた箱が一つ風呂敷から落ちると中から林檎が数個転がってしまう。
 警備員が慌てて拾い集めて彼女に手渡した。彼女は雨で濡れた眼鏡をずり上げると、警備員にお礼を言い林檎を1個手渡した。




「ハーックション!」

 始業前のオフィスに女性のくしゃみの音が響いた。先ほどの酔っ払いもどきの女性であった。
 制服に着替え、セミロングの髪を上げバレットで止めている。同じ制服を他の女子社員も着ているのだが、彼女が着ると別の服であるかのように地味に見えていた。

「ハーックション!」

 恥じらいというものもないらしい。男性社員がいるにもかかわらず鼻をかんでいる。

「大丈夫? 広子」
「あ、大丈夫です先輩。昨夜湯冷めしたみたいで」

 ティッシュを丸めると、足元の屑篭に入れた。

「無理しなくていいわよ、総務なんて誰でも代わりはできるから」
「いや、本当に大丈夫です」

 にっこりと笑うと、八重歯が少し目立った。八重歯というより牙に近いもので、地味な姿の唯一の目立つものであった。

「そういえば、今朝のニュース見た?」
「見ました、ウチの会社の支度金奪われたんですってね」

 八重歯の女は眼鏡をずり上げ、隣の女に顔を近づけた。

「現金で2億だけど、強盗なんてすぐに捕まるでしょうね」
「捕まらない方がよくありません?」
「なんで?」
「だってその男に見初めてもらったら……」
「玉の輿♪」

 思わず手を繋ぎ二人で盛り上がるが、同時にため息をついてしまう。

「虚しいわね」
「言わないで。妄想くらいさせてください」
「そうね……お茶くみOLなんて他にやることないしね」

 またしても、二人同時にため息をついてしまう。

「あ、そうだ」

 机の下に手を伸ばし、箱の中からリンゴを取り出した。

「おすそ分け。実家から送ってきたんです」
「ありがとう。でも後でもらえるかな、ここに置いてたら部長がうるさいし」
「それもそうですね」

 リンゴを箱の中に仕舞うと、男が数人入っていた。ざわついていたオフィスが静かになる。バカ話をしていた二人は、ボールペンを片手に仕事をしているフリをした。

「はい皆さん、注目してください」

 やや小太りの中年の男が右手を挙げ注意を促した。

「えー、こちらは我が社のメインバンク東都銀行の中央第二支店支店長の神岡さんです」

 神岡と呼ばれた初老の男が、中年の男が譲った場所に歩むと手にしていた書類に一度目を落とした。

「只今ご紹介にあずかりました、東都銀行の神岡です。皆様今朝のニュースでご存知だとは思いますが、早朝、当行の運搬人が襲われ現金が強奪されました。御社への配送を狙ったもので、運搬した警備会社の社員が殺害されており非常に悪質なものです。しかし、不幸中の幸いと申しましょうか、まとまった現金ということで当行に紙幣ナンバーの控えがございました。すでに警察の方には提出いたしておりますが、こちらの方でも見かけましたら当行及び警察の方へご連絡をお願い致します」

 眼鏡に隠された目が歪むと、机の下で握っていたボールペンが折れた。
 くしゃみをしてテッシュで鼻をかみその中に折れたボールペンを隠すと、そっと屑篭の中に捨てた。

「今から、ナンバーの控えを配ります。まわしてください」

 中年の男がコピーした紙を配って回った。八重歯の女の席の側を通ると、なにかに躓いた。

「なんだね、これは。邪魔だなぁ」
「すいません。実家から送ってきた林檎でして、大屋さんに今朝渡されちゃったんですよ。アパートに戻ったら間に合わないんで持ってきたんですけど、ロッカーの幅より大きいし、給湯室でも邪魔になっちゃうんで……お一つ如何ですか?」
「いらないよ! 今日中に持って帰りたまえよ」

 用紙を受け取りながら返事の代わりにくしゃみをした。

「汚いなぁ〜。風邪かね大塚君、注意したまえ」
「はい……ところで相原部長」
「なんだね」

 他の席に行きかけていた相原は、イラつくように足を止め振り向いた。

「一応私も女ですので、『汚い』はセクハラですよ」

 眼鏡をあげながらそういうと、周りの社員は笑いを堪えているようであった。
 相原は口を開け何かを言いたそうにしたが、諦めたように閉じた。

「すまん、失言だった。注意する……仕事を始めたまえ」

 相原の言葉に八重歯の女はにっこりと笑って席についた。










 夕方を過ぎる頃には雨は完全に上がっていた。
 雨が降っていたために朝は片手で風呂敷を掴んでいたが、雨が止んだ帰宅時には両手で風呂敷を掴めていた。そのせいもあって朝よりは多少なりとも滑稽ではなくなったが、傘を風呂敷に差してよたよたと歩く姿は若い女性のそれではなかった。
 住宅街の外れにある壊れかけた雑居ビルに風呂敷を抱えた女は入っていった。
 ドアを開けると、階段が下に向かっていた。

「お、重っ」

 階段を下ろうとすると、足を踏み外して転げ落ちてしまう。
 傘は折れ、風呂敷から発砲スチロールに入った林檎が木屑とともに散乱した。

「い、痛ぁ〜」

 ズレた眼鏡を外しテーブルの上に置き、服が破れていないか体を見渡した。
 ため息をつくとスーツの上を脱ぎ、テーブルの上に放った。安物のスーツはすべりがよく、ガラステーブルの上に止まることなく落ちていった。
 ブラウスのボタンを全部外し、背中に手をまわしブラジャーのホックを外した。
 大きく息をつくと落ちていた林檎を手にして、リモコンでテレビをつけるとソファーに腰を下ろした。
 チャンネルを変えると、現金輸送強奪事件を報じていた。
 殺された警備員の名前、警備員の勤務評価、そして生き残った者の発言により、犯人は内部の事情に詳しい屈強な男と断定されていた。
 見ることはせず、音だけ聞いていた。鼻で笑い林檎を一口だけ齧ると後ろに放った。
 横になった発砲スチロールを蹴りつける。底が外れ、中から札束が崩れ落ちてきた。
 頭に両手をあて、根元をすくう。セミロングの黒髪が浮き上がり、それを外しテーブルの上に放った。
 頭を振ると、かなり長い金髪が胸元を覆うように落ちてくる。両手でそれをすくい上げ息を吸い込むと、地味だった外見につりあっていたはずの胸がツンと上を向き膨らんでいる。先ほどまでそれを覆っていたブラは、役にたたずに胸の上で浮き上がってしまっている。手ですくい上げただけの髪の毛は、いつの間にか9本の束にまとまっていた。
 妖力を示すナインテールと呼ばれていた髪型、すべての男を魅了してしまうかのような美貌と肉体、色香の中に漂ってくる野性という名の殺気。
 妖狐タマモ、20××年の姿であった。




  ―――つづく―――


○○に当てはまる文字は金狐です。
分かりづらいと思いますが、会社でのタマモの偽名は大塚広子です。
地味な女性がシロかと思わせてニヤリとするために、題名はあえて伏字を使いましたw
さて、老人会ならびに大藪ファンの方ならお分かりと思いますが、「蘇える金狼」のGS近未来バージョンといいますかそのまんまといいますか、以前チャットでいっていたネタをやってみました。
金狼シリーズはいろいろとございますが、優作フリークのワタクシめでございますので映画を観られたことのある方は内緒にしといてくださいませw
なにぶんハードボイルドでございますので、読みづらい事もあるかと思いますがその点はなにとぞご了承のほど宜しくお願い致します。

PS……
はっかい。様 チャットのときにせっかく銀狼描いてもらいましたのに申し訳ございません。
       結局、こっちになっちゃいました。
       どーしてもシロをダーティヒーローに描けなかったのです。
       努力はしたのよ……頭の中でw
       でも、あの口調の使い分けが上手くできませんでした(汗)
       シロ主役は次回の「野獣〜」でw

黒狗様    もしごらんになられたのであれば、記憶から削除なされる事を推奨致します。
       なぜなら……数話後にあなたにとって涙することが起きるやもしれません。
       そこで泣かずとも、最終話では必ず……
       最初に言っておきます。



       ごめんなさいm(__)m

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