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涙一つ分の誤差

 『一つは君があのメガネと出会った直後。もう一つは、それから一年後ぐらいかな。それぞれ、その時の予知データを元にして映像化したものだよ』
二つの予知は、ほとんど誤差範囲内の違いしかないけどね。と京介は付け加えた。

 映像を見せられた後、私はショックで半分寝込んだ。
京介は年齢的にもう大丈夫だと思って見せた様だったが、私の落ち込み様を見て反省と心配と嫉妬をごちゃまぜにした表情で謝罪したのち、桃太郎に空気弾を食らってそのまま喧嘩を始めた。

 ショックだった。
もうバベルは抜けた身だったが、それでも彼に対する信頼が消えた訳じゃない。彼やバベルと敵対する為にパンドラに合流したんじゃない。エスパーの仲間を守りたいだけなのだ。
 だから、彼と敵味方として対峙する。そして互いに、相手を殺傷できるモノを向け合う。
それは心の中では覚悟していたが、実際に映像として見せられるとショックは大きかった。ぜんぜん覚悟になっていなかった。

 いやだいやだいやだ。
あんなのはいやだ。
苦しい。もう何かもか捨てて、どこかへ逃げ出したい。あらゆるしがらみを断ち切って、二人だけでどこか遠くへ……。




 そんなことはできっこないのに。
だから、涙が止まらない。心が窒息しそう。

 でも。
一つだけ、救いは……あった。
京介は誤差範囲内といっていたけど、二つの予知映像にはとても大きな差があった。結末は変わらない。私が撃たれて死亡する。二つの映像は、そういう結末で終わっている。
 でも。とてもとても大きな違いが、ある。
京介には分からないのかも。ううん、たぶん私にしか分からない。私だけは、あの映像の差の意味を理解できた。
結末は変わらないのだから、確かに誤差範囲内なのだろう。


 私は、明石薫は、皆本に撃たれて死ぬ。
でも……

 私は涙を拭い、立ち上がる。
誤差範囲内のわずかな差。
それが、今の私の心を支えていた。






 2020年、東京。
満月の夜。

 「……普通人が裏で何をやってるかは分かった。薫、あんたの気持ちもよーわかる」
野上葵は不愉快な表情に怒りを混ぜていた。私がパンドラに合流した理由、それを聞いたからだ(正確には私の心を紫穂が接触感応して、それを葵に中継したのだ)。けして私に対するものじゃない。
「せやけど、それとパンドラと合流して普通人と戦えっていうんわ、なんでそうなるっつーねん」
……あ、あれ? もしかして私に対する怒り?
「い、いやだって、バベルにいたら戦えないし。パンドラにいた方が安全じゃん?」
「はぁ? なんでバベルじゃダメやねん。バベルかてエスパーのことよー考えてくれてるし。それは薫かて知ってるやろ。それにパンドラが安全ってどーゆう意味?」
ジト目の葵が迫る。やばい、全然説得できてない。というか、私なんか変なこと言ってる感じ?
「ぱパンドラが安全というっかー、どこも安全じゃないというか。それならいっそのこと分かれていた方が安全? みたいな?」
あわわわわ。私もしかして説得スキル0?
「……薫ちゃん、それじゃ全然説明になってないわ」
そのやりとりを見ていた三宮紫穂が、大きくため息をつく。
「うわーん、紫穂ぉー。うまく説明してよーぉ」
思わず泣きつく。やれやれといった感じで紫穂が私の頭を撫でる。苦笑いする葵。
「いや説得しにきた方が、説得される方に説得を頼むってオカシイやろ」





 「戦争が始まって、一番真っ先に命を狙われるのは……私たち高超度エスパーじゃないわ」
紫穂が説明を始める。紫穂は私の心を透視しているから、私の考えは分かっている。
「皆本…だよ」
私が告げると、葵の表情がさっと青ざめた。
「エスパーからは、超能力研究の権威でもある皆本さんはあまり歓迎すべき存在ではないわね」
超能力研究で非人道的なことをする研究者は多い。無論皆本はそんな奴じゃないが、誰もが皆本という為人を知っている訳じゃない。そして戦争になれば、ECMの開発ができる人物を狙うというのは、エスパー側からしたら当然の戦略だ。
「そして普通人からは、エスパー擁護派の皆本は、やっぱり邪魔な存在」
皆本を始め、おそらくバベルの多くの職員は戦争には非協力的になるだろう。しかしバベルは日本政府の特務機関。戦争になれば協力せざる得ないだろう。態度を貫けば処罰されるだけだ。
「しかも皆本さんは私たちザ・チルドレンの現場運用主任よ。三人とも超度7。実績・能力ともに世界でも屈指のエスパーチーム……」
「…せやな」
葵がうなずく。
エスパー側から見れば最強の敵。まず叩いておきたい相手だろうし、その時に指揮官であり普通人である皆本を真っ先に狙う可能性は高い。
そして普通人側から見ても……今は味方でも、敵と同じエスパーであるザ・チルドレンとエスパー擁護派の皆本……いつ裏切るとも知れない存在と見られてもおかしくはない。


 ここからが、私の提案だった。
「でも、戦争が始まる前に、ザ・チルドレンがエスパー側に寝返ったとしたら……」
現場運用主任である皆本はその責任を問われるだろう。現実、私の離脱によって皆本の立場は相当危うくなっている。今はまだばーちゃんや局長が何とかしてくれている様だけど、さすがに三人とも離脱した日には……。
「……その方が、皆本はん危なくない?」
「社会的立場はね」
くすくすくすと紫穂が笑う。黒い何かが見える様な気がした。
「でも、普通人たちから命を狙われる可能性はぐんと低くなるわ。だって、利用価値ができるから」
「利用価値?」
くすくすくすくす。紫穂の黒い何かが一段と増す。
「そうよ。エスパー側についた最強のエスパーチーム、ザ・チルドレンを倒すのに、皆本さんは最適だから」
黒い笑みに、悲しみの陰。

 ザ・チルドレンの運用にもっとも成功したのが皆本ならば、ザ・チルドレンを相手に勝利を収めたことがあるのもほぼ唯一、皆本だけなのだ。
それはきっと、彼は望んではいないだろう。しかし今、エスパーハンターといえば二つの意味がある。
一つは、対エスパー用熱線銃の名前。
そしてもう一つは、皆本光一その人。

 ザ・チルドレンがエスパーたちの英雄であり希望であるなら、皆本光一は普通人たちの英雄であり希望に成り得るのだ。





「私たちが敵であった方が、皆本さんは安全なのよ」


 なんてひどい話なんだろう。
それが戦争。





 「どっちにしても、私はやるよ」
私が重たい沈黙を破る。
「仲間の為なら普通人とも戦う。そう決めたんだ」
「はぁー、結局ソレなんやな」
ため息をつく葵。
「薫、アンタ私たちを説得しにきたんとちゃうんかいな……それ、説得ちゃうから」
ぐったりと脱力した右手で、やる気なさげにツッコミのポーズを入れる。
「でもま。その方がアンタらしいわ」
「そうね。考えるよりも先に行動だもんね、薫ちゃんは」
「でへへ」
微妙に褒めてへんやろ、と葵が紫穂にツッコンでいる。でもなんか、嬉しかった。
「悪いけど、即答はできへんで」
「うん」
私の返事は明るい。葵がどういう答えを出すか、本当は見当も付かない。でも今、心は通じている。考えていることや思いは違うかも知れないけど、でも、確かに通じている。だから、それだけで良かった。


「薫ちゃん」
紫穂が呼び止めた。
「本当に、それでいいの?」
紫穂は精神感応で私の心を透視した。それはつまり、あの映像も見たというこだ。
「うん」
たぶん私は、さっぱりとした笑顔ができていると思う。
「私は皆本を信じている。今でも。そしてこれからもずっと」
紫穂は口を開きかけて、しかし何も言わなかった。
ただにっこりと微笑んで消えた。





 満月の光の中、一人。
月は明かりが眩しい。
もう一度、皆本の顔が見たかったな。今度はいつ見れるのかな。





 私は、明石薫は、皆本に撃たれて死ぬ。
でも……





 私は、皆本を殺さない。それは自分の意志で。
皆本を殺すチャンスは幾らでもあった。そして皆本の決意も知った。それでも私は皆本に撃たれることを選んだ。

 私は最後の最後まで、皆本を信じていた。
私が死んでも皆本が生きていれば、きっとなんとかしてくれる。
私にはできなかったことでも、皆本ならなんとかしてくれる。



 皆本なら私なんかがいなくても、きっとなんとかしてくれる。
それが、涙一つ分の誤差。





 それでも私は、皆本を信じていた。
皆本が来てすべてが変わった。そう思えた世界。多くは夢砂の様に零れて消えてしまったけど、心だけは残っていた。
今はそれが、ただ嬉しかった。


−END
絶対可憐チルドレン二次創作小説「涙一つ分の誤差」
 初めての投稿となります。皆様はじめまして、あやしと申します。新参者ですが宜しくお願いします。
※漢字で書くと「沙崎絢市」なのですが、読めないとよく言われるので、最近は「あやし」で記名・活動しております。

 つい最近絶対可憐チルドレンにハマりまして、ここ二ヶ月ほど脳内で絶チル祭りが進行中です。葵かわいいよ葵。久しぶりに二次創作小説を書いてみました。最初は葵モノだったのですが、一転シリアスな薫モノに転身しました。
 原作10巻の「とっておきの日」をベースに、例の未来予知のネタを絡めてみました。未来予知は原作1巻と10巻に出てきてますが、10巻で京介が見ていた方の誤差が個人的に非常に気になってまして……その誤差ってなんだろーと思って書いてみました。
 内容的に暗くなってしまいましたが、明るいのはきっと原作本編で見れる!と信じています。

[mente]

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