始まりはいつも通り仕事からだった。
海辺のリゾートホテルからの除霊依頼。夏場のかき入れ時に現れた悪霊退治。
今年の夏は依頼が少なく、報酬にロイヤルスイート一室無期限確保という条件を飲ませた美神さんの夏休みを兼ねたこの仕事。
ちょちょいのちょいと悪霊を退治し、一帯を清めるのに三日とかからなかった。
「海? 勝手に泳いで来れば?」
とのありがたいお言葉を頂き、泳ぎに、もといナンパをしに浜辺に出た横島を待ち受けていたのは、水着のオネーチャン達……ではなく、ほぼ無人の浜だった。
「ドチクショー!! 水着のネーチャンのいない海に何の用事があるっつーんじゃー!!」
魂の叫びはドコまでも青く広がる海と馬鹿みたいに白い砂浜に消えていった。
「馬鹿ねぇ。ピークに悪霊が現れて、昨日退治したばっかりだってのに、海水浴客が来る訳ないのに」
美神がホテルの部屋の窓から横島を遠く見下ろしながら呟くのを、おキヌはどこか不機嫌そうに聞いていた。
横島のナンパが失敗どころか相手すらいなかったのはいいとしても、やはりナンパをしに行ったという事実だけで面白くないのであろう。
窓から見下ろすとしゃがみ込んでなにやらしている横島と、波打ち際ではしゃぐタマモとシロ、それに除霊が終わったのを聞きつけたのか地元の人間であろう人影がちらほらと見える。
「おキヌちゃんも泳ぎに行っていいのよ?」
浜辺をぼーっと見ているおキヌが自分に気を遣っていると思ったのか、美神が告げる。
「えっ? あ、私は……」
「私の事はいいからいいから。横島クン達と遊んでらっしゃい。
……無いとは思うけど一応タマモ達も女の子だし」
色々と勘違いと妙な心配をしている美神に苦笑いを浮かべて対処しつつ、一拍の間を取る。
横島の方に目を向けると、先程と同じくしゃがみ込んで何やら土いじりをしているようにも見える。
ひょっとしたらいじけて「の」の字を書いているのかもしれない、と思うと少し可愛らしく思えてまた笑みが零れる。
「そうですね、じゃあ、少しだけ」
はいはい行ってらっしゃい、と手をヒラヒラさせてトロピカルジュースを啜っている美神に「行ってきます」とだけ伝えて、おキヌはホテルの部屋を後にした。
「やれやれ全く。手間が掛かるわねぇ……。
あの馬鹿もせっかくおキヌちゃんが新しい水着まで買って来てるってのに」
軽く溜息をつきながら買い物に付き合わされた事を思い出す。
納得がいく水着を買うまで半日付き合った事も同時に思い出し、軽く頬の辺りがピクっときたが、それはそれ。
何だかんだでおキヌも女の子なのだ。見て貰いたい相手がいるからこそ真剣になる。
そんなおキヌを思い出し、何とも言えない微笑ましさがこみ上げる。
「ま、私のは別にアイツに見せる為に買ったわけじゃないしー」
誰もいないロイヤルスイートルームに美神の独り言が溶けて消えていった。
おしまい
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