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俺のタイヤは全速前進

何処からの噂だろうか。
大元は芸能人の口コミとも、深夜のテレビとも聞き及ぶ。

ともあれ今、若い人々の間では「男を磨く店」が密かなブームとなっていた……。


俺のタイヤは全速前進


女三人で姦しいと言うが、男が四人も集まれば、なんとも鬱陶しい。
しかして当の本人たちは真剣だ。

「どう思う?」
「アッシはココであっていると思うんじゃがノー」

話題に上がるのは裏界隈の小さな店。
ココに通えば一生女の巡りには困らないだの、常に謎のフェロモンが発生するだの。

燃えた男に、否定や猜疑を語るは不要。
如何わしいの、いの字すら毛根に注入される事はない。

だが、野郎の集合体にも問題があった。

「入るのに、お一人様で二万と四千円ですね。これは強敵ですよ」

祈れど悩めど、お金が決定的に足りない。
ならば、いかにするか。

「俺に提案がある。全員が真の男になるのは逆立ちしても不可能だ。
 よって……二割五部ずつ折半し、一人を送り出す!」
「おもしれェ。で、その一人はコイツでってか?」

血の気の乗った小柄な男が、拳を構える。
他の面々の息使いが、僅かに変わった。

「待った! 僕も折半は良い考えと思う。しかし……殴り合いは賛同できない」

金髪の少年が反対を表明した。
そんな彼に向かって、小柄な男が挑発する。

「おいおい、そんなチンケな精神じゃ男を磨いても仕方がないんじゃねぇか?」
「何っ!」

今にも殴りかかりそうな雰囲気の両者。
熱情にあたっている間は、思考が単純になる。

そんな中に、巨体の男が割って入った。

「まぁまぁ二人とも、こういう時はクールにいくのが一番じゃケン。
 だいたい何でもあり乱闘ジャと、そこの横島さんが俄然有利じゃと思うんじゃがノー」

太い親指で差した先、バンダナの少年を皆が見遣る。

彼の「文珠」は痒いところに手が届く必殺技だ。
込めた文字が全て実現するため、汎用性が非常に高い。

試しに爆と込めれば地が弾け、滅と込めれば抹消する。

「な、なんだよ」
「いや、確かにと思った」
「目の色変えた横島さんが「眠」とか「粘」であっさり持っていきそうですね」

うーんと、横島と呼ばれた少年以外の各々が呻く。

「タイガー。否定するなら対案を出すべきじゃねえか?」

くそーと毒を吐き、ブスッとした横島が突っかかった。

それを受けて、皆無言で押し黙るが。
タイガーは意を決すると口をゆっくり開く。

「それなら……ちょっと前のミニ四駆はどうじゃろうか。
 あれなら負けても、後腐れがなさそうじゃしノー」

空気が、変わった。

「おいおい、俺が初代チャンピオンと知ってて言ってるのか?」

何か有利な方向に導こうとしている。
そう直感した横島が、やんわり否定サイドに動くも。

「そういや、ジュニアカップのカリを払ってなかったよなぁ。
 ここらで一つ、清算と行くか」
「それくらいなら、主も大目に見てくださるでしょう。僕も異存ありません。」

他の面々が、あっさりと賛同に回った。

残りは横島ただ一人だけ。
行くか、退くか。皆の注目が集まる。

決め手となったのは元チャンプとしての、些細なプライド。

「よっしゃっ! 俺の恐ろしさを見せてやろうやないかっ!!」

これにて、血を血で拭うミニ四駆大会の決行が確定した。


西日が差し込む近所の空き地。
ここに特殊なサーキット場が設けられ、各自がスタンバイを終える。

施設は鬼の一族に頼み込んだ。
始めは報酬とは無縁と聞いて、首を横に振っていたのだが。

真剣勝負との上の句で身を乗り出し、四人の全てを勝者一人に託すとの下の句で、快諾してくれた。

嘘にはなるまい。割勘とはいえ一人頭で六千円の大金。
全員が揃いも揃って赤貧の身で、どうやって搾り出したのか。不思議ですらある。

「公平を期すため、コースは異界空間を無作為に選ぶランダムコースだ。準備はいいな?」

ここを提供した鬼の子に、四人は無言で頷く。

「では、いくぜ! レディーーー!! ゴーッ!!」

掛け声と共に、傾斜の付いた坂を四輪が滑り降りた。

最初は直線と曲線が立体に交差した、平凡なコース。
元チャンプは伊達じゃないのか、横島の車が一歩前を抜きん出る。
そこに。

「お先に行かして貰うんジャーー!」

S字カーブでタイガーの愛機が、すいと駆け抜けた。
まるで中に人が乗っているような……。

「てめえタイガー!」

いち早くカラクリに気づいた横島が、ならば俺もと動き出す。

「下級霊を篭めるとかありかコラッ!?」
「横島さんは絶対、文珠を内臓すると踏んだんジャー!」

図星を突かれ、横島が返答に詰まる。
現に今、タイガーに追いついたのは、文珠に「操」とこめたからであって……。

「これで条件は互角! いや、リミットがない分アッシのほうが有利ジャァー!」

臍を噛む横島。そこに。

「うおおっ!!」

新たな対抗者が現れた。

「雪之丞っ!?」
「いけるっいけるぜっ! ママァーーーーッ!!」

小柄な男が奇声を上げる。

「ママを篭めるとかありかコラっ!?」
「入るかバカヤロー!!」

ならば何を、しでかしたのか。
直線のすさまじい加速で、隣のレーンまで衝撃が響く。

さらにさらに。

「主よ精霊よ! 我が僕に力を与えたまえっ!!」

僅かに遅れたものの、金髪の少年もつけてきた。
祝福が車体に染み込み、抵抗がぐっと抑えられる。

「ってお前まで何やっとんじゃピート!」
「貴方にだけは言われたくありませんよっ!」

横島の文句に、ピートが憤慨した。

この手の物は、スポーツマンシップが求められるのだが、果てさて。
最初からチョンボ塗れの、波乱のレースと相成った。



動いたのは後半。レーンの抜けた、直線の長いコース。

「俺の本領発揮だ! 行くぞ、プテラノドンX!!」

雪之丞はそう言うと手をかざし、霊気を溜めて……。

「待て待て! 乱戦でそんなことやったらっ!」

横島が止めるも、時は既に遅し。

大きな霊波砲が自己の車と、隣接する二つの四駆を押し上げた。
真っ直ぐ当たったプテラノドンXは激しい加速を見せるが、斜めに当たった車二つは……。

「わ〜〜っ! アッシの、アッシの愛車がぁぁぁっ!」

外壁に勢いよく突っ込んだ両者の車は、煙を上げてクラッシュした。

「よくもっ……やってくれたなっ!」

頭にきたピートが、爆走する雪之丞の車を追う。
そして、横手から狙撃した。残されたのは痛ましい姿の外装と地を這う車輪。

「テメエっ! ふざけた真似をっ!!」
「やかましい! 先にやったのはお前じゃないか!!」

やったやらんのから、つかみ合いに。
程なくして、肉弾戦が勃発した。

「よーし、今のうちに!」

そんな中、わき目も振り返らずに突き進むミニ四駆が一機。
素早く気づいた横島は、二つ目の文珠に「防」と篭め、破砕を回避していた。
のだが……。

「テメエ一人だけのうのうと行かせるかああっ!」

雪之丞とピートが左右から展開。
聖と魔の、二つの攻撃が横島の車を襲う。

これには文珠も耐え切れず、機体は場外へ。

「ちょっと待てやコラァァァァッ!!」

横島も、完全に爆発した。

三者三様三つ巴。
組みつ組まれつの、レース場外乱闘へと発展した。



手を抓り、脚を齧りの喧嘩がいつまで続いただろうか。

「や、やった! なんとかリカバーしたんジャーー!!」

この宣告に、三人の殴りあう手が止まった。
ようやく我に返るも、相手はゴールの寸前。

足掻く間もなく、タイガーの愛機は勝利をもぎ取った。

喧嘩していた面々は、あんまりな出来事に脳ミソがついていかない。
口をぽかんと半開きに、まるで狐に抓まれたような情けない顔。

片や、咆哮を張り上げるタイガー。目からは大粒の涙が零れ落ちる。

「しまったあああっ!?」

三人は全く同じタイミングで頭を抱え、地面に伏した。



呆れ果てた鬼の子に詫びを入れ、四人はネオンの光り始めた繁華街へと繰り出した。
まずは、喜び勇んだタイガーを楽園へと送る。

そして残された男性陣は、不貞腐れながら、傍の安い銭湯で体を洗うことになった。

無意味な引っかき傷が強く染みるが、間を置いたら引いてきた。
再び汚れた衣服を着用するとき、焼けるような痛みがまた、ぶり返した。

誰が最初だったか。
一人が冷えたコーヒーを買って、残る二人がそれに続く。

飲み物片手に地下の湯殿から這い上がると、広がる天がよくよく見えた。
日が沈み、青紫の空はじわじわと色濃く夜の到来を告げる。

明かりをスモッグがだいぶ吸っている。闇が訪れど、空は薄らに眩しい。
そんな大気だが、風呂上りに当たると悪くはなかった。

三人は、小さな川の手すりに腰掛けるとタブを捻り、コーヒーをかっ込んだ。

「あーーー納得いかねぇ」
「ちくしょ〜〜なんだかとってもちくしょ〜……」

溜まった物が、苦くなった口と一緒に零れる。

「まぁまぁ、偶にはタイガーにも花を持たせてやりましょうよ」
「け、俺はお前みたいに人間ができていねぇんだよ」

雪之丞はまた当たり腰の口調になるも、言の葉の棘は幾分緩い。

体が少し冷えてきた。
コーヒーを飲むペースが徐々に落ちる。

「そういやさぁ」

どうでもよさそうな声が流れた。切り出した話が続く。

「ピート、お前っていつから身嗜みとか気にするようになったんだ」

前と変わったんじゃないかと、問うてみる。

「昔も気を使ってましたよ?」
「いや、なんつーかな。六女の合コンに参加したりとかな。
 ……そうか。てめぇ色気づきやがったなっ!」

これは粛正あるべしと、横島が立ち上がった。

「おいおい、今のは聞き捨てならねぇなぁ」

雪之丞もやる気十分だ。

「ちょ、ちょっとっ! 付き合った事のある人間が言う台詞ですか!」

僕はゼロなんですよと、憤慨するが。

「この美形様は何と寝言をのたまうか。
 てめぇ、エミさんに熱烈な逆ナンくらってるじゃねえか。ありゃカウント外か?」
「う、それはそうですが……」

ピートの声が弱くなる。

「よーし。今夜は決定的に聞こうじゃねえか。
 なんでエミさんすっ飛ばして、別の色気に走るかをよぉ」

雪之丞は横手に座り込み、逃げないように肩を押さえ込んだ。

野郎の持つ雰囲気に呑まれ、ピートが大きく息をつく。

「どうしてもと仰るなら、仕方ありませんね」

こう切り出すと、途端に横島が弱気になった。

「あー、なんだ。言いたくねぇなら止めてもいいぞ。
 別に、お前とエミさん仲違いさせたい訳じゃないし」

「ココまで人を押しといて、そういうこと言いますか貴方は」

いや、本当に喋ろうとするとは思わなかったし、と横島が乾いた笑いで返した。



星の目に付く夜になった。
ここらでは一等星あたりしか見える事はないのだろう。満天には程遠い筈だ。

それでも。心の中に溜めたものを暴露するにはうってつけだと、ピートは思った。
自分も、自分の心もまだ、満天には程遠いのだから。

「僕はエミさんのように成熟した女性が、まだ重く感じられるんです」

聞かされた二人が、しばらく固まった。

「おいおい、七百歳のお前がなんつー失礼な事を」

彼は吸血鬼の流れを汲む。
そんな彼に成熟などと言われては、女性は立つ瀬があるまい。

しかしピートは、薄く笑う。

「だからですよ。恋をしたらお互い不幸になる、不幸になるって。
 ずっと自分に呪縛をかけていましたからね。
 だから恋愛の経験? いえ、願望、希望ですね。これはもう、赤ん坊もいいところなんです」

「そういうもんかねぇ」

雪之丞がよくわからないといった感で相槌を打つ。
横島は空を見上げて、そうか寿命の違いかと呟き、そのまま固まった。

「はは……。
 だから、最初は浅いところからゆっくりと行きたいんです。
 それこそ身嗜みに気を使ってみたり、合コンに参加したり」

「け、そういうのを甘チャンっつうんだがな」

雪之丞が余計な口を利く。

これに、ピートの肩がピクリと震えた。

「なるほど。ならば、合コンでニンニク混入した挙句、倒れた僕を尻目に彼女を作り!
 それを差し置いてボロクソに言う貴方の事を……罰しても罪になりませんよね!!」

ピートは雪之丞の体を正面から霧となって透過した。
腕だけそのまま残して首を挟み、きゅっと捲り上げる。

「グエッ!? わ、わかった。悪かった! それについては謝るっ!
 スマン、スイーパーがモロに入ったっ! ギブッ! ギブギブギブギブ!!」

バシバシと橋の取っ手を叩くも、絞め手はいっかな緩くならない。

そのドタバタも耳に入らないのか、横島は空を見つめたままだった。

「横島さん? 人がせっかく話したのに何で呆けてるんですか」

呻く雪之丞を尻目に、ピートが彼を軽くゆする。

「あ、わりぃな」

少し寂しそうな様子に、ピートは理解した。そして悩む。
しかし自分も話したのだ。軽くなら、大丈夫だろう。

「彼女ですか?」

小さく、彼に確認を押すと。

「あぁ。ことによっちゃお前みたいに悩んだんかな、って思っちまってな」

今、横島に恋人はいない。
前に出来たが、人ではなかった。

だから、命の流れが違う。
もし……もしも、つつがなくいったとして、その先は。
自分は。相手は。

ピートが前置く。僕の予想ですけどね、と。

「彼女はこう言ったと思いますよ。
 それはその時になって、初めて考えればいいって」

僕はそう、割り切りましたから。七百年かかりましたけどね。

照れくさそうに頭を掻くピートに、横島はサンキュなと、小さく呟いた。



日は完全に見る影もなく、人々の往来も分かりにくくなった。
そんな折に、大きな影がこちらに向かって来る。

「タイガー? じゃねえ、お前は」

悪友は横に太いが、目の前の人物は縦に長い。

「か、勘九朗っ! 生きてやがったのかっ!」
「てめえ、この期に及んでどこから生えた!」

「失礼ねっ! 人を雑草みたいに言わないでくれる!!」

口調はオネエ言葉だが、筋骨隆々とした男性である。

魔界の瘴気に堕ち、敵として立ち塞がった彼。
復活したものの雪之丞に敗れ、それから行方が分からなかったのだが。

そんな彼がせっかく茶化しに来たのにと呟いたのを、三人は聞き逃さなかった。
詰め寄ると、タイガーが向かった先で働いているとか。

背筋に、悪寒が走った。

「あの子、お金は皆で出し合ったって言うのよね。
 だから、近くに居るかと思ってうろついたら、ビーンゴ!」
「つー事はなにか。あの店は勘九朗ハウスなのか」

明かりがあれば、渦中の本人に浮かび上がる血管が見えただろう。

「変な妄想しないでくれる! ちゃんとした美容院よ、美容院!
 全てが終わった今、私だって職についてるんだから」

「は……はぁ。しかし、ただの理髪店であんなに取るんですか?」

ピートの問いに勘九朗は軽く二度、舌打ちをする。

「あれはスペシャルコースよ。
 この界隈もね、特別な事をしないと生き残れないのっ」

再び得も言えぬ不安が、鎌首をもたげた。

「中身、知りた〜い?」
「いいから吐きやがれっ! 
 場合によっちゃ店ぶっ潰してでも、タイガーを救わねぇと!」

「ちょちょっと、物騒なこと言わないでくれるっ! もう! 本当は秘密なのに」

勘九朗がぶつぶつ喚く。

しかし、残された面子は気が気でならない。
汗と血の結晶が、地獄の三丁目への片道切符などとは思いたくもない。ないのだが……。

「ひとしきり散髪した後ね、衣類を全部ぬぐの」

爆弾発言に野獣どもの目線が、勘九朗、ただ一点に注がれた。
横島などは眼が充血して鼻息荒く、もはや別人。

「そして、ひたひたにお湯を張ってぇ、あの子達を入れ」
「何いいいぃっ! 大人への、大人への階段だと申すかっ!!」

楽しそうなお喋りが、噴火した彼の人に中断された。

「焦るな横島、あの勘九朗を雇うような店だぞっ!」
「ぶっ飛ばすわよっ!」

雪之丞は怯まない。

「言えっ、勘九朗っ! 入るのは男か女かっ!
 ごちゃごちゃはもういい! 黒か白か、それだけで答えろっ!!」

勘九朗はわなわなと震えていたが、相手のペースに乗る事はないと不敵に笑う。

「言わなきゃダメ?」
「焦らすんじゃねえっ! どっちだっ! 言え!!」

わざとらしく、彼は悩んだ振りをする。

「あら困った、どっちでもないのよね〜〜」
「それも黒だっ!!」

「変に解釈しないで頂戴っ!」

しかしてまた、一旦落ち着くと勘九朗が意地の悪い笑みを浮かべる。
そして。

「両方よ、りょ・う・ほ・う」

男も女もご一緒に……?

ミニ四駆が斜めうえを爆走、天空へと舞い上がっていった。

綺麗に絶叫がハモる。

「混合となっ! 中は、中は一体どんな酒池肉林がっ!!」
「ああ主よ、冥府魔道に堕ちた友を救いたまえっ!」

「待て待て待てっ!! 落ち着け、落ち着けっ!」

パニックになる二人を、辛うじて雪之丞が制した。

「比率を聞かずに騒ぐ必要はねぇ。……だろ?」
「そうか! 一対九なら羨ましくねえっ!」
「それはそれで問題な気がしますが」

冷や汗が止め処なく流れつつも、納得するのだが。

「水を差すようで悪いんだけどね。そんな物、わからないのよね〜〜」

「アットランダムッ!?」
「あああ、なんという、なんという」

慌てふためきざま、ココに極まれり。
頭を抱えて喚きのたうつ三人。

そんな彼らを見て、勘九朗は派手に笑い出した。

「もーう。すぐ勘違いしちゃって可愛いんだから。
 ウナギよ、電気ウナギちゃん。パーマを固定するのに、おマセな遊び心でね。
 あ、良い子は真似しちゃめーよ、特製のじゃないとデンジャラスだから」
「…………」

唖然とした口閉じることなく、佇む面々。

辛うじて、横島が掠れた声で聞いてみる。

「つー事は何か。男女の比がわからんとか言うのは」
「そういう事。あれ、ヌルヌルしてるでしょ。私、怖くて近づけないのよね」

俺は、お前が怖い。近づきたくなかった。
心の中で三人の意見がシンクロした。



勘九朗は、たっぷりサービスするように計らっておくわ、と言い残して店内へ消えた。

「たく、とんでもねえ奴だな」

ふいーっと橋の手すりにもたれかかり、横島が空を仰ぐ。

燃えて、喧嘩して。
送り出して、愚痴って。
驚いて、テンション上げて、からかわれて。

「俺たち、馬鹿な事やってるよな〜〜」
「いつもの事じゃねえか。ま、金は痛えが、これはこれで楽しかったしな」

違いないと、揃って大きく笑う。

さて、明日はどうしようか。
そんな事を考え始めた矢先、ピートが待ったをかけた。

「二人とも何を暢気な事を。タイガーはどうするんですか」
「あん? 割に合ったかはともかく、サッパリして出て来るならいいじゃねえか」

ピートが額に手を当ててよろめいた。

「いいですか、想像してください。パーマをあてたタイガーの巨体。
 その上に大量のウナギが忙しなく動き回っている、その状態を!」

中ではニョロニョロウネウネとして……。
状況を整理するのに、数秒の時を必要とした。

「おいおい! 罰ゲームもいいとこじゃねえか!」
「やばっ! 俺、勘九朗に思いっきりやってくれって言っちまったぞ」

他の事を考えていたのもあった。
が、よくよく考えてみれば、これもまたすごい光景だ。

「もう執行中なんだろうな」
「でしょうね。どうしてあげるのが、一番親切でしょうか」

「どうもできねえぞ、もう。出てきた後で慰めるぐらいか。
 でもよ、そもそもアイツにパーマって似合うのか?」

男のスペシャルコースと蛍光が、てかてか瞬く。

「う、ううむ。男のって謳うぐらいだから……やっぱ強烈な奴だよな」
「でしょうね。どんな姿で出てくるのか。僕たちはそれにどう対応すればいいのか」

悩めど考えど、いい案は出ない。
結局ぶっつけ本番と言う事で、この場は解散した。



そしてやってきた翌日。
建物の影からタイガーを待ち構えた悪友は、驚愕の存在に息を吐き出した。

大きくもっこりと、まんまるに仕上がった頭。
黒い電球が歩いている。そうとしか見えない。

そして眉や頬の虎文様。
しっかり渦を巻き、極めて三次元だ。

顔のパーツが厳つい為、コントラストが腹の虫を刺激する。

道交わす人の、噴出音に背を向けて。
タイガーはワカメ涙を流しつつ、どしどしと歩いていってしまった。

「すまない、タイガー。僕の力ではフォローできない……」

呟きは仲間の転げ笑う声に、かき消された。



夕暮れ、朽ちた鉄筋の浮かぶ廃墟にて。

笑われようが指差されようが、仕事は非情にして訪れる。
タイガーの担う除霊が、始まった。

「虎よ! 虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃えて!」

笛の旋律に伴い、タイガーは自らを虎の化身とする。
筈だったのだが。

調べが、途中で頓狂な音階を踏んだ。

笛の主は地面を叩き、ひーひーと大泣きしている。
悪霊は周辺を八の字に回り、身を捩っている。

「あ……あんまりジャァァァァッ!!」

黄色と黒のマーブルの、巨大なスポンジタイヤが泣きべそかいた。


おそまつ様ですっ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
懲りずにマヌケなものですが、一箇所でも笑っていただければ幸いです。

感想や問題点などありましたら、一言でも頂けると助かります。

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