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おあげサンバ

前作、『やさいの人』のB面になります。もちろんコレだけでもお楽しみ?いただけますが、よろしければ前作と併せてお読みになっていただけますと幸いです。







「じゃあ、私たちは先生のお見舞いに行ってくるから」
「お留守番よろしくね!タマモちゃん。シロちゃん」


初夏の日差しが眩しい晴れた土曜日の午後、美神とおキヌは貧乏神父のお見舞いに出かけて行った。
あまり大人数で押しかけても……と、タマモとシロは留守番に。

「あれ?こんなに沢山置いてった……お金」

帰りはきっと遅くなるから夕飯は適当に済ませて……と置いていった金額に驚く2人。それは従業員兼居候に対する日頃の感謝の気持ちなのか、2人を伴わないことへの罪悪感なのか―――2人の上司であり実質的支配者でもある彼女の行動にしては、まぁらしくない事だけは確かな様だ。
しかしここにも、まぁらしくないお稲荷様がいた。

「ならば今夜は焼肉を所望するでござる!でもお主はキツネうどんが食べた……」

「……いいわよ」

「!? 」

「だからっ!『一緒に焼肉食べに行ってあげる!』って言ってるのよ。まぁこの金額なら食べ放題位しか行けないけどね……」

「拙者……てっきりお主はキツネうどんを所望するとばかり」

「あんた……いつも私がお揚げだけ食べてれば恍惚として喜ぶとでも思っている?」

「いや……ただちょっと意外だっただけで、まぁグータラ狐が何を食べようと拙者には関係ないでござる」








【おあげサンバ】








「さて、拙者は将軍様がお馬に乗って大暴れするDVDを見るでござる。タマモも見るでござるか?」

「勝手に見れば?私はこっちで雑誌読んでるから」

「では勝手にするでござる〜」


一人椅子に座り、膝と一緒に抱え込むようにして雑誌を読む。

『ちらり』

再び雑誌に目を落とす。

『ちらり』

再び雑誌に目を落とす。

『ちらり』

そしてまた――――


「どうしたでござる……タマモ!!さっきから拙者をチラチラと。顔が赤いでござるよ?また毛代わりで熱でも出したでござるか?」

「そっ……ソンナンジャ無いわよ!バカ犬」

「ふん。相変わらずわからん女狐でござる。しかし今は将軍様が大暴れのくらいまっくすでござる。余計な邪魔はするな!でござる」

「そっちこそ……今ちょうどイイ所読んでるんだから邪魔しないでよね」

シロと目を合わせないようにぷいっと横を向いて答えた後、再び雑誌に目を落とす。




『プルプルプル〜 プルプルプル〜 プルプルプル〜』

「電話……あんた取りなさいよ。バカ犬……」

『プルプルプル〜 プルプルプル〜 プルプルプル〜』

「お主が出ればいいでござる。グータラ狐……」

『プルプルプル〜 プルプルプル〜 プルプルプル〜』


「「………………」」



「まあいいわ。人工幽霊!スピーカーにまわしてもらえる? 」

『承知いたしました。タマモさん』


『ガチャ……』


「もしもし!令子ちゃん相変わらずイイ乳してるあるか?!厄珍アルよー。」

「美神さんなら出かけていないわよ!何か用? 」

少々?苦手な相手からの突然の電話に……抱えた雑誌から目を離さずにタマモが答える。


厄珍は美神から注文を受けた品が届いた事を告げ、ついでに店まで取りに来いとのコト。

「何のついでにあんたの胡散臭い店まで―――わざわざ行かなきゃいけないのよ」

タマモが心底嫌がっているのを電話越しに察したのか、厄珍はそこに居るであろうもう一人の居候に声をかける。

「そうそう!人狼のお譲ちゃんにピッタリの武器が有るからどうアルか?
 今ならたったの10億で特製の赤い布までつけるアル。この槍さえ持ってればきつ……
 『ビリっ……』
 ってしまったアル〜〜〜伝説のお揚げの古文書が……」

「ちょっと?!何?その伝説のお揚げって?何?何なの? 」

読んでいた雑誌を放り出し、直立不動となったタマモが問う。

「……良かったある。大丈夫ある。槍が倒れてきて、古文書が真っ二つあるよ!でも繋げれば十分読めるから大丈夫ある」

「そんな事じゃなくて、まあソレも大事だけど、何なの?伝説のお揚げって何?さあ!キビキビ話して!!」

しぶしぶ厄珍が説明を始める。なんでも最近入手したばかりの古文書で、伝説のお揚げに関する物らしい。
伝説のお揚げ―――江戸時代に害を為した妖狐を封印する為に幕府がその威信を掛けて、財政を傾けてまで作り出した伝説のお揚げらしい。きっとその作り方でも書いてあるのでは?と。
古文書はやたら形式張っている上に、文字が消えかかってほとんど理解はできないが……。


「その古文書頂戴。おつかいでも何でもするから、今すぐ行くからソレ頂戴!!伝説のお揚げ……あぁなんて甘美なヒビキ……」

『伝説のお揚げ………………
 お揚げを手に入れたら、まずは基本のお稲荷さんよね!
 甘辛く煮込んだお揚げを一粒一粒がキリリと立った酢飯で包んで……
 私は断然シャリをお揚げで全部包む派ね! 
 中途半端に中身がムキだしのアレを―――お口の中に入れるなんて信じられないわ。
 でも……それは乙女の勇気。そう!勇気が願いを叶えるのよ!!』

恍惚とした表情で事務所の天井を見つるタマモ……

『やれやれでござる』

シロは一瞬タマモを見つめると、再び視線を画面に戻した。

「タマモちゃーん、タマモちゃーん、おいなりさーん―――聞いてるアルか?」

「……え?!っちゃ、ちゃんと聞いてるわよ。お稲荷さん」

厄珍の呼びかけに意識を再び天井に向けるタマモ。

「タダではあげないアル。結構高かったアルよこれ。でも……そうアルね……お譲ちゃんと私の仲、今回は令子ちゃんとおキヌちゃんの下着で手を打つアルよ!!」


『ガタっ……バタっドタゴン……』


「ソレは危険でござる!ソレは危険過ぎるでござる!!」

『おキヌの下着』というリーサルウェポンに思わず声を上げるシロ。
ソファーから立ち上がる際にもんどり打って転び、体中をしたたかに打ちつけながらも戦慄の眼差し。


すぐに来ないと誰かに売ってしまうかも?と言い残し、厄珍は一方的に電話を切った。











「タマモ……ホントにやるでござるか?あまりに危険でござる」

「へぇ〜武士たる者が一度口から出した言葉を引っ込めるというの?」


伝説のお揚げの為なら多少の危険は承知の上。タマモは下着を盗ることを決意するのだが、ここでシロとの間に一悶着があった。
結局、シロが下着ドロの証拠隠滅に協力しなければ、その手の犯罪はシロが敬愛する『センセー』の犯行となる。間違いなくなる。アリバイとか何とかそんなものは屁のツッパリにもならない。この事務所ではソイツの犯行になるルールなのだ。
渋々ながらも結局シロが折れた。そして証拠隠滅も含めて下着ドロに協力する事となった。


「しかしやはり……」

「いいから行くわよ!」

タマモとシロが向かった先は、バスルーム横の脱衣所。今日も早朝からおキヌが洗濯をしていた。しかし昼食の後、美神とおキヌはシャワーを浴びていた。たかだかお見舞いにそこまでして気合いを入れなくても……まぁホントの理由はタマモとシロにはバレバレなのだが、3人で一緒ならまぁ大丈夫だろう。そんな思いを浮かべながら、2人は脱衣所でカゴの中を漁りはじめる。


「この無駄に大きいブラと揃いのパンティは美神殿のでござるな!? 」

「アイボリーか……家着用? 以外と地味―――間違いないわ。ところで、おキヌちゃんのは?! 」

「このせくしーな黒いレースのパンティは……」

「おキヌちゃん結構大胆なの身に着けてるのね。でもブラが見つからないわよ。あるのは小さなタンクトップと……」

「……!?待つでござるタマモ!それは小さなタンクトップでは無いでござる。それは……限りなく小さなタンクトップに見えるスポーツブラでござる!!」


「「あんなに頑張ってるのに………………」」


思わずハモる2人は知っている。おキヌの頑張りを。日々牛乳を飲み、バストアップ体操のDVDを繰り返し見て、そして……夜な夜な自分の寝室でナニゴトかに励んでいるおキヌを―――犬神の超感覚を侮ってはいけない。

サメザメと涙を流す2人。泣きながらもタマモは、何処からか取り出したビニール袋に『妙に慣れた手つきで』2人の下着をそれぞれ密閉した。



「さぁ!ブツは手に入った!!行くわよシロ!!!」

「ちょ……ちょっと待つでござるよタマモっ――― 」

タマモは強引にシロの手を掴むと、引きずるように厄珍堂へと走って行った。













厄珍堂へと走るタマモとシロ。信号が行く手を遮る。
目的の為には手段を選ばなかった―――今のタマモにとっては赤信号すらもどかしい。

『まったく。こういうウザイ仕組みを作るのって………人間って天才的にバカよね……』

タマモは伝説の妖狐、金毛白面九尾の生まれ変わりである―――前世において高貴な存在であったタマモにとって、それは理不尽なものでしかない。
美神の事務所に『社会勉強』という名目で居候するようになって、タマモは様々な事を吸収していた。グータラ一日中テレビを見ているだけ……では無い。
ニュースは欠かさず見ているし、新聞だってちゃんと読んでいる。おキヌの買ってくる雑誌とかにも必ず目を通すし、もちろんお金の使い方だってマスターした。最近見つけた暖炉の中にある帳簿だって理解―――できない。でも散歩ばかりしているこのバカ犬よりは遙かに勉強熱心なのだ。
たまにはおキヌと共に買い物に行く。まぁお豆腐屋さんで買ってもらう熱々揚げたての『お揚げ』が目当てなのだが。お行儀悪く『お揚げ』をかじりながら歩く商店街。祭りでもないのに人々が溢れ活気に満ちて―――

朧げな前世の記憶では―――だから……まぁそれだけが理由ではないが、まぁ現状の生活にもそこそこ満足していた。まぁ何気に流し読む雑誌も気に入っている。まぁもちろん誰かに語って聞かせたりはしないのだが……。




厄珍堂の目前まで辿り着いたとき、2人の感覚が異常を知らせる。

「タマモ……狐の匂いがするでござる」

「ただの狐じゃ無い。これは……妖狐!店の中から?!」

「厄珍殿が危ないでござる!」

シロが入り口に駆けつける。ドアに手を掛けたその時……

「危ない!バカ犬!後ろっ!」

タマモの声も虚しく、シロの背後から突然現れた4匹の妖狐に―――入り口もろとも店内に吹き飛ばされた。













「おい!シロっ!しっかりしろ!シロっ! シロっ?」

「……アレ?センセーどうしたでござるか?拙者たしか厄……」

「おいおい。いきなりボーっとしたと思ったら『センセー』かよ。もう結婚して3年も経つのに……その呼び方止めてくれよな!」

「センセー?結婚?……拙者と?!」

シロは改めて自分の状況を確認する。質素な作りの板張り床と小さな土間。壁は真白の珪藻土。そして天井の厚い梁からぶら下がる無数の猪肉。囲炉裏には鉄鍋が炭火に…………

「今じゃお前も立派な武士。将軍様にお仕えする身なんだぞ!もっとしっかりしてくれなきゃ。まぁお前の実力は俺が一番認めてるがな。専業主夫ってのも結構良いもんだろ?! 」

状況を掴みきれずに頬けるシロ。シロの腰と首の後ろに横島の手が添えられて……ゆっくりと横島の顔が近づいてくる。

「た……タダオさん………」

状況が掴めず混乱するシロだが、この好機を逃す訳には行かない。そっと目を閉じて唇をつぼむ。



「シロ?!」

『ぐわん。ぐわん。ぐわん 』

「シ〜ロシロシロ?!」

『ぐわん。ぐわん。ぐわん。ぐわん。ぐわん 』

「ちょっとシロ!しっかりシロっ!」

「ちょ……ちょっと何? シロ……っちょ……イヤちょっとやめて………」

シロは激しく体を揺さぶられる感覚に意識が戻ってくる。
シロがつぼめた唇のその先には、真っ赤にお顔を染めたタマモ。

「「………?!」」

シロが意識を取り戻した事に、タマモは慌てて掴んだ両肩を突き放した。

「タマモ? タダオさんは………」


「ハァハァハァ、まったく……あんなにあっさり妖狐の幻術にかかるなんて……まったく……ハァハァ」

激しく波打つ自らの鼓動―――初めて感じる夏の16ビートを押さえつけようとタマモは呼吸を整える。
シロは幻術からの帰還を果たしたものの、未だ意識の混濁を彷徨っていた。

タマモは相棒の無事を確認すると、自分の置かれた状況について確認する。
先ずは店に飛び込んだ妖狐達―――いない。
しかし店内は濃厚な妖狐の匂いに包まれていた―――妖狐の匂い、それは桃色の乙女の香り。
とりあえず、当面の危機は無さそうである。
こんな対応―――美神の目の前でカマセば間違いなく三日間は食事抜きである。
事務所のメンバーと仕事にあたる場合、タマモはバックアップとして常に状況把握を求められるポジションにいた。普段クールなタマモにはまさに適材の配置である。
そんな仕事を数多くこなしている―――にもかかわらず、タマモはシロの危機に接して店の中に飛び込んでいた。

「まったくあのバカ犬……」

それは、考えなしに飛び込んだ『シロへの非難』なのか。もしくは『らしくない自分の行動への自責』なのか。

『パシッ!』

両の手で顔を叩き気持ちを切り替える。タマモは改めて店の中を検分する。
棚がひっくり返り店中の商品が床に溢れている。古伊万里風の大皿にロココ調風のシャンデリア、大きいだけが取り得の石像に派手なだけの古着―――そして各種オカルトアイテム。
割れた大皿の破片を足のつま先で突付きながら―――カウンターにソレがあった。
怪しさ120%の品々中で特に異彩を放つ古びた紙片。

「テープで繋いである。これね、厄珍の言ってた古文書。よく読めないって……………」




「うぅ……酷い目に会ったでござる。拙者に幻術を掛けるなど……あの野良狐共!絶対に許さんでござる。それにしても狐臭いでござる……」

混濁する頭を叩きながら、自己を取り戻したシロがタマモに近づいてくる。

「ところで厄珍殿は無事でご……」

「あんな馬鹿ほっときなさい!」

いつに無く真剣なタマモに驚く。タマモが目配せする場所―――そこには厄珍の姿。


『あぁ……結構着やせするタイプだったあるね?!ダメある。おじさんをからかうの良くないねお……ちゃん』


未だ幻術の中なのか……身悶えしながらブツブツつぶやく厄珍を見てシロが脱力する。

「あの馬鹿が封印を解いちゃったのよ!」

ようやく意識がはっきりしたシロにハニカミながら……しかしタマモの目は笑っていない。

この古文書によれば―――これが異界への門、封印だった。封印が破れその門が開いたことで、中の妖狐が出てきたのだろう。そして先ほどの妖狐は、何かしらの理由で再び異界へと戻った……。

「……という事みたいね。ちょっと待って、今続きを読むから。」

読み取った部分に自分の推察を加えてシロに説明する。
そして続きを読む為、もう一度視線を古文書に落とした―――その時


光がこぼれた。


その光は放たれるのでも無く、何かを照らすものでも無い。零れ落ちる光。銀色に輝く光の幕であった。
その銀幕の隙間を抜けた何かが舞台に上がる―――こちらの世界に転移してきた。それは一人の男……

その男の頭上には品良く結った髷、顔を覆った白粉。そして何よりも目を引くのが全身を覆う金色のスパンコールドレス。

「怪しいヤツ!成敗するでござる!」

シロは右手に霊波刀を瞬時に展開して切りかかる―――

「待ってシロっ!あの胸の紋様!!」

「あっ……あれは菊の御紋。おキヌ殿が言っていたでござる……あれは高貴な御仁のみ許された証………」


「良くぞ見た乙女達よ!苦しゅうない。我の事は将軍サマと呼ぶが良い!」






「で、話を聞かせていただけるかしら?将軍サマ」

倒れた石像の頭に腰を落としながら問うタマモ。その手には奥の冷蔵庫から勝手に拝借したピーチティー。
同じ物を2人に勧め、将軍サマの言葉に耳を傾ける―――


「よろしい!まずは……実は我こそ将軍サマなのだ!」

「「はぁ? それはさっき聞いた(でござる)」」

「……話が前後するが、まずは伝説のお揚げについて話そう―――」

伝説のお揚げとはその全てが特上品なのだ。本物の材料が無ければ本物の効果は得られない。
大豆は―――日本中の霊山と呼ばれる複数の場所で特別に栽培された。
そして水は―――日本の龍脈が集中する富士山の麓に特別な術式で掘られた井戸。その井戸から最初に沸き出でる霊力を含むほんの僅かな量の聖水。当然ながら相当量の水を確保するために、数千本の井戸がお揚げの為だけに掘られた。ニガリについても、当時未開であった北方の海水から採取された。
そして、肝心の揚げ油。ごま油、菜種油、ガマの油等の複数の油をブレンド、そして各種漢方薬やマンドラゴラ等の魔法植物を使用して、味や香りはもちろんのこと、それだけであらゆる病を調伏することが可能な程に霊験が凝縮された特別なもの。
そして製造の段階でも、数年かけてまじないを貼った特別な天領地において、数百人の術士を招へいして組んだ巨大曼荼羅。数万本ものかがり火を照らす一兵士の鎧にいたるまで、霊的な才能に秀でた職人の手によるものである。
さらにはこの作業に当る人員が移動することを考え、国中に街道が張り巡らされた。
―――という当時の技術力と財力を惜しげもなく用いたものだった。

「幕府の財政が傾くはずだわ……」

「………?」

スケールの大きさに憧れを通り越して呆れるタマモ。それとは対象的に理解に至らないシロ。

壮大なスケールでもって製造された伝説のお揚げ。
お揚げを用いて妖狐達の封印に挑むものの、力が足らず―――最終的には将軍様御自らが封印の堰として、妖狐共々異界に封印されたのだ。

そして今封印が解かれ―――封印の要となる異界空間内の城が、3大妖狐に占拠されてしまった。

「お主……金毛白面九尾の狐―――その転生であろう?」

「私はタマモ。将軍サマとは言え普通の人間に良くわかったわね? 」

長い間狐と共に暮らしいるからその程度の事は判ること、そして自分自身がすっかり狐臭くなっていると将軍サマは答えた。

「タマモよ……力を貸して欲しい。報酬は伝説のお揚げ。共に異界空間内に来てくれないか? 」

「将軍サマ! 拙者は人狼族の犬塚シロと申す。将軍サマをお助けする事こそ武士の務め。そんな女狐よりも役に立つでござる」

「まぁいいわ。手伝ってあげる。でも……後でちゃんと説明はしてもらうからね………」

将軍サマが立ち上がり、白い顔で微笑んだ。

「行くぞ乙女達!城を取り戻し3大妖狐を止めるのじゃ!」

「わかったわ」

「承知でござる」

「返事はロジャーだ!」

「「ろ……ロジャー(でござる)」」










3人が銀幕を潜り抜けるとそこは―――

見渡す限りの緑豊かな山野と清らかな清流。空は金色に輝いている。
空気は澄んでいるが濃密な妖狐の匂い。そして香ばしいお揚げの香り……
木には豊かに実ったお稲荷さん、きっと清流はきつねうどんのお味。
まさにこの異界空間は妖狐の楽園、『お揚げの桃源郷』

正面に見える小高い丘の上には質素な作りの陣屋風の建物―――この地の要の城らしい。
丘に向かい歩みを進めながら、タマモとシロはこの空間について意見を交わす。

「こんなに狐臭くては、拙者の鼻が効かんでござる。それに、いつもより体が重たい―――タマモはどうでござるか?」

「私は平気。ここは妖狐の為の空間みたいだから普段よりも…………」

「封印が解かれて、空間のあちこちが綻び始めているでござる。武士として立派に戦い、将軍サマのお役に立ってみせるでござる」

研ぎ澄まされた感覚に戸惑いを感じながら、タマモは歩みを進める。将軍サマの後ろ姿に少しの違和感を感じながら―――

「タマモ……今回は全て拙者にまかせるでござる。相手は妖狐、お主もやりにくいであろう。拙者もできるだけ手加減はいたす故……」

「手加減なんてして何かあったら……まぁいいわ。勝手にしなさいバカ犬。」




「今戻ったぞ!」

陣屋に着くと将軍サマが高らかに声をあげた。中から閂を外す音が聞こえ、大きな門が開く。

「お帰りなさいませ将軍サマ。こちらの乙女達が九尾のお狐様とお供の方ですね?」

城内の女衆が集まって来る。皆一様に、桃色の着物と陽気な花笠を身につけている。

「拙者はお供ではござらん!人狼族―――犬塚シロでござる。拙者も武士の端くれ、将軍サマの為に立派に働いて見せるでござる!さぁ出てまいれ悪漢ども!」

威勢の良い助っ人の登場に安心したのか、女衆の表情に笑みがこぼれる。

「……で、その3大妖狐とやらはどこにいるのかしら……」

タマモの問いに誰かが答えることは無かった。―――いや、必要なかった。



「「「はっはっは!我らはここに居るぞ!」」」

「我が名は肥前!」
「我が名は寺間!」
「そして我が名は上鳥!」

「「「3匹そろってキツネ倶楽部っ!ヤー!!!」」」

そこに現れたのは人に変化した3匹の大妖狐?―――何だか冴えないおっさん達である。

「ちょっと待つでござる!こういうものは1匹ずつ出てきて戦うのがお約束でござろう!」

シロの訴える至極当然な少年ルール―――それを無視して上鳥が前にでる。

「ちょっとまって、将軍サマ。なんで人狼なんていっしょに来ちゃったんですか?聞いてないよォ。俺は絶対やらないぞ!」
「上鳥お前やらないの?じゃあ俺がやるよ!」
「いやここは俺がやるよ! 肥前」
「じゃあ俺がやるよ。」

「「どうぞどうぞどうぞ!」」



「はっはっは!その威勢がどこまで続くかの?!早速始めようぞ!」

将軍サマの御采配で、少年ルールな3つの戦いをすることに。戦いとは即ち霊能バトル。一見馬鹿々々しく見える戦いにおいても、決して油断をしてはならない。

「タマモはそこで見ているでござる。一気にスピード退治!でござる」

「まぁせいぜい頑張りなさい……」



「ちっ!しょうがないな、じゃあ始めるか……」

上鳥はそう言うと、いきなり身につけていたものを脱ぎ始める。

「ちょっと!ちょっと!ちょっと。私は男の裸になんて興味無いのよ!」

「そうでござる。そのメタボな駄腹をしまうでござる」

タマモとシロの訴えに、やれやれといった様子の上鳥。そして黙って指差すその先には―――

「しまったでござる。あれは伝説の『熱湯風呂!!!』……悔しいがこの勝負、拙者の負けでござる」

「何いってんのシロ?!お風呂ごときに根を上げるわけ?」

「違うでござる。勝負とはそれが成立した段階から既に始まっているのでござる……現に上鳥殿は服の下に海パンを仕込んでいたでござる。それを見抜けなかった拙者は既に負けていたのでござる」

「何言ってんの!シロ!!私が見ててあげるからとっとと水着に着替えなさい……そのへんの女衆から借りてくるから!」

「だめでござる。武士である前に拙者は乙女……自分サイズ以外のブラは着けない主義でござる」

「ちっ残念………まぁいいわ!次は私よ!さぁかかってらっしゃい!!」



『ぺちっ……』

「ぺち?何よこのコンニャク?!」

突然頬に当てられたコンニャクに、タマモが疑問の声をあげる。

「おいおい。こいつアマチュアじゃねぇの?やれやれ。寺間、お前ちょっと見本を見せてやれ」

肥前は熱々の鍋から取り出したソレを、おもむろに寺間に投げつける。


『ぺちっ……って熱っ熱っ熱っ熱っ!!熱っ!!!って殺す気か!』 


必要以上に大げさに動くと、今度はおもむろにコンニャクを口に入れる。

「このコンニャクは甘からず、辛からず、かといって美味からず」

「「まずいんじゃね〜かよっ!」」

すかさず肥前と上鳥のツッコミが炸裂する―――――

「しまったでござる。これも伝説の……その内容はウケる、ウケないではなく、もはや伝統芸の領域に入っているという計算された神域のコンビネーション。日々センセーに教えを受けていた拙者がボケることもツッコムことも出来なかったでござる。……タマモ、拙者達の完敗でござる」

「そっそんな……九尾の私がお鍋に手も足も出ないでなんて………」

「ほう……そっちの人狼のお嬢さんはなかなか筋がいいみたいじゃないか?」

「まぁ、そのお譲ちゃんに免じて、最後の勝負くらいやってやろうじゃないか、2人まとめてかかって来な!」

「オアゲの道は甘くはないぜ。」

「よし、最後の決戦じゃ!お互い悔いの残らんように戦うが良い!山口君例の物を……」

山口君なる小姓が道具を配ってまわる。

「いざ――――――」

将軍サマがそう宣言すると皆一斉に構えた。

「「「「「ゴクリ」」」」」

静かに響く溜飲の音。そして次の瞬間。


「赤上げて、白上げて、白下げないで!シロ下げない!」

「ぐふっ……」

「シロっ!」

地に方膝を付くシロ………タマモが駆け寄る。

「っぐ……やはり霊能バトル………ただのオアゲとは訳が違うでござる。間違えた途端、霊力がゴッソリ持っていかれたでござる」

「しっかりして、シロ!まだ始まったばかり、勝負はこれからよ!」

「ロジャーでござる……」

手を取り合いながら再び立ち上がる2人。重なり見つめ合う―――交錯するその瞳にもう迷いは無かった。



人間とは身体能力の大きく異なる犬神が2人、そして大妖狐――――この面子でオアゲを続けるとどうなるか?それはもはや常人が認識できるレベルを通り越し、繰り出す小旗は真空波となって空を切る。そして指示を出す将軍サマも、もはや常人レベルを突き抜けている。

「……赤あげ、白あげ、赤さげない、白さげ、赤さげない、白あげ、赤白さげ………………」

この間僅か1秒にも満たない。さながら高速言語と化した旗指示。

「ぐふっ……」

「シロっ!」

レベルの上昇に比例して、失敗した際に失う力も大きくなっていく。
数回の失敗で、もはやシロは立っていることもままならない。皆それぞれダメージを受けてはいるが、ここは妖狐の為の空間。人狼であるシロの被るダメージが顕著となっていた。

タマモに抱かれて、立ち上がろうとするシロ。

「シロ……なんであんたは諦めないのよ!」

「だって………を守りたいから……大事な仲間でござろう……」

タマモに抱き抱えられながらシロは意識を手放した。その頬には一筋の涙。
シロをそっと横にするタマモ。その瞳にも―――涙。

「どうした?九尾の力とはそんなものなのか? もう諦めるのか?」

「……あきらめられない……
自己満足? よくわからないわよ……
でも…… もし……
もし、私が願えば……誰かが助かるなら……
もしも私が泣けば……誰かの涙を全部泣いちゃえるなら……
私は願うわ!何度だって泣いてあげる!!
そして立つ――――――
立って戦う!!!
 
 今、私たちは……伝説のお揚げと一緒に戦っている!」


タマモが光に包まれる。異界空間にタマモが共鳴する―――それはタマモの力の奔流。

力強く立ち上がるタマモ。大きく振り上げられた右手が……将軍サマを指す。

「ずっと違和感はあったけどやっとわかった。あなた、私と同じにおいがするのよ。
改めてこんにちは。金毛白面の妖狐さん」

「気付いていたか……九尾の乙女よ……」

将軍サマが変化を解いて狐の姿となった。全身は金色の毛を纏い、白面―――その姿はまさしく金毛白面
 
「いかにも……我は金毛白面の妖狐。力はまだ少ない故、尾の数はいまだ一本だがな……
我らはこの地を愛しているのだ。騙すような真似をしてすまなかった。
約束であったな、説明をすると……」

将軍サマはそう言ってから経緯を話してくれた。
既に伝説のお揚げを作った技術も失われて―――封印を解かれてしまった今、異界を維持する為には内部から再封印するしか方法は無いらしい。しかし、中に住まう妖狐達だけでは力が足りなかった。そこで、将軍サマとキツネ倶楽部が外の世界に出て、力を持った妖狐を探していた。

「途中―――お主の匂いを纏った人間達の強い思いに惹かれて……余計な力を使ってしまったがな」

「そうするうちに……九尾の私が結界に近づく気配を感じて、慌てて戻ってきた」

「お主の相棒に幻術を掛けてしまったことは素直に謝罪しよう―――結界を破壊しに来たと思ってな」


「で……再封印はできそうなの?」

「お前達の放出した力を受けて可能だ……改めて礼を言おう。乙女達よ。」

見ると、キツネ倶楽部の面々や、女衆も皆頭を垂れている。

「で、どうやるの?その再封印………もしかして……」

「気付いた様じゃな……そもそも妖狐とは何じゃ?
 
 お揚げに焦がれる狐が妖狐になる。

お揚げに焦がれる妖狐が大妖狐になる。

そして、お揚げに焦がれる大妖狐が金毛白面の妖狐になる。

なら我は何になる?お揚げに焦がれる金毛白面の妖狐である我は――――――

そう、我が伝説のお揚げになるのだ……… 」

後はこのまま朝まで踊り明かせば再封印は完了する。しかし将軍サマは伝説のお揚げとなってこの世界を支え続ける……

「金毛白面九尾の乙女タマモよ……お前はどうする?お前は伝説のお揚げを欲していたはず。
このままこの『お揚げの桃源郷』に留まるか、それとも………………」

「そんなの決まっているじゃない、私は………………」













「シロ?!」

『ぐわん。ぐわん。ぐわん 』

「シ〜ロシロシロ?!」

『ぐわん。ぐわん。ぐわん。ぐわん。ぐわん 』

「ちょっとシロ!しっかりシロっ!」

「ちょ……ちょっと何? シロ……っちょ……イヤちょっとやめて………」

シロは激しく体を揺さぶられる感覚に意識が戻ってくる。
シロがつぼめた唇のその先には、真っ赤にお顔を染めたタマモ。

「「………?!」」

シロが意識を取り戻した事に、タマモは慌てて掴んだ両肩を突き放した。


「タマモ?……そして厄珍殿……無事でござったか?将軍サマは?!」

「将軍サマ?何の事アルか?」

店の混乱を始末しながら、厄珍が答える。

「タマモちゃんが幻術を解いてくれなかったら危なかったアル……もう少しでシメサバ丸に……」

「はっ!タマモ!お揚げの封印はどうなったでござるか?」

「これのこと?」

タマモの手には丸められ、封印札が張り付けられた古文書。

『そうか……拙者は妖狐達に幻術をかけられて……それで………』

「それよりもあんたが寝てる間にすっかり夜になっちゃったじゃない。
お腹も空いたし、幻術解いたのでもうクタクタ」

「では食事に行くでござるよ!タマモ」

「疲れた……おんぶして………」

「なっ何を言っているでござ――――まぁいいでござる。今日だけでござるぞ。さて、今宵はうどん屋に行って鍋焼きうどんを所望するでござる。こんな所で寝ていたせいですっかり体が冷えてしまった故。タマモはキツネうどんにすればいいでござる………」

「私も今日は鍋焼きうどんにするわ」

「グータラ狐が何を食べようと拙者には関係ないでござる」

シロはそう言って身を屈めると、自らの背中にタマモを導いた。

「拙者も空腹故、飛ばすでござる。しっかり捕まっているでござるよ………」

「………ロジャー」

小さくつぶやくタマモを背に抱え、シロは夜の帳の中に消えていった。

シロの背中に抱かれたタマモがそっとつぶやく。

「オナベのキライな乙女はいないのよ………」


2人が駆けるネオンの影には、茉莉花(ジャスミン)の黄色い花が咲ひていた。



【おあげサンバ・完】







【おまけ】
タマモがシロの背中に抱かれて夜の帳に飛び出した頃、美神令子除霊事務所にて……

「「「ただいま!(ッス)」」」

何やら壮絶なお鍋大会を終えた3人が事務所に帰ってきた。横島の両手に持つ袋には、例の菜園で収穫された野菜が大量に詰め込まれている。

「あー疲れたわ……」

「なっ!美神さんそれは一大事!僕がお供しますから今すぐシャワーを浴びて、全身クマナク清めて、ついでに全身マッサージと人工呼……ってぐはっ………」

「「いい加減にしろ(てください)!」」


「じゃあおやすみなさい。風邪引かない様にね!」

哀れ、血まみれの塊はそのまま路上へと蹴りだされていた。


「美神さーん。タマモちゃんとシロちゃんまだ帰ってないみたいです」

「………何か引っかかるわ。人工幽霊! 2人が出かける前の映像を見せて!」

『……ご覧にならない方がいいと思いますが……はい。命だけはどうかご勘弁を………』

何故か命乞いをした後、人口幽霊が映し出したその映像は……



「あいつら……」
全身に怒気を放ちながらつぶやく怒鬼がここに……

「美神さん!シロちゃんとタマモちゃんを責めないで下さい。わっ私がいけないんです……」

「何でおキヌちゃんが悪いの!?いいの?あの2人にあんな好き勝手な事言われて!」

「健全な肉体と精神は健全な食事から!そう!私が甘やかしたのがいけないんです。2人の好きなものばかりお料理してしまった私が………。ふふふっ、でもお仕置きは必要ですよね?! 」

おキヌは野菜袋からタマネギだけを取り出して両腕一杯に抱えると、キッチンの奥へと消えていった。

「大丈夫ですよ!お野菜のキライな女の子はいないんですよ!」





【やさいの人 & おあげサンバ・ほんとに完】

二作目の投稿となります。
勢いで書いた一作目に比べ非常に難産でした。
やさいのB面という位置づけとしたら、こういう展開が必然ですよね♪


構成や表現方法等、稚拙な部分が多いかと思いますが、少しでも楽しんで頂けますと幸いです。

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