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やさいの人

「ひとり子を与え、悩めるわれ等を破滅と白昼の悪魔から放ちたもうた父!!

 野菜畑を荒らすものに恐怖の稲妻を下し、この悪魔を地獄の炎に落としたまえ!!」







聖句を媒体に集められた光が妖怪の体に炸裂する。

断末魔の叫び……そして聖なる光と共に妖は散無した。

「アーメン。主よ……感謝いたします」

主への感謝とともに十字を切る。





「終わりましたね。先生」

師匠を労う言葉を掛けながら青年は駆け寄った。

危険な仕事が終わった安堵感か、その表情に笑みが零れる。

「なかなか動きのすばやい相手だったね。君が予定通りけん制してくれたおかげだよ」

「僕なんてまだまだですよ」

青年は謙遜しながらも師匠の褒め言葉に頬を赤く染めた。






本日の除霊の舞台とは、ある山間部の小さな農村。

夜な夜な畑を荒らしまわる妖怪を退治して欲しい。ありふれた依頼であった。

現場に赴き目撃者の情報をまとめると、それは『牛鬼』と呼ばれる妖怪であることが判った。

今回の作戦はピートが囮になって注意を引き付け、唐巣がとどめを受け持つ。

そして今、予定と寸分違わぬコンビネーションで、牛鬼の除霊が完了したのだった。


一見簡単に見えるこの作業も、互いの実力以上を信頼し合える師弟ならばこそ……可能なものだ。



いつものようにお礼を断ると。村はずれのバス停に向かって歩きだす二人。

その両手には、せめてものお礼にと村人から渡された野菜があった。



「ん? 」

「どうしました? 先生」

唐巣はバス停への道すがら、不意に畑のあぜ道に地性する自然薯のツルを見つけた。

「ピート君は知らなくて当然かもしれないね……」

貴重な栄養源を見つけた唐巣。ピートと共に自然薯とそのツタに実るムカゴを採取する。

そっと十字を切って祈りを捧げるピート。常に主への感謝を忘れない。

弟子の姿勢に誇りを感じながら、自らもまた祈りを捧げる唐巣であった。




そんな師弟を遠くの山中から見つめる存在があった。

その存在は何か呪詛の言葉をつぶやくと、そっと暗い山中へと消えていった……









【やさいの人】










「で……あのおっさんがまた栄養失調で倒れたと? 」

底抜けの明るさ? を醸し出すこの少年の額にはトレードマークの赤いバンダナ。


「まったく!食べていくだけの報酬はしっかり受け取りなさいって……何度言っても聞かないんだから。
 私が一緒だった頃はこんな事一度も無かったのに。まったく頑固なんだからッ!」

文句を言つつも、どこか機嫌の良い御様子。若い女性の色気と魅力を充分に醸し出す身体……亜麻色の長い髪をなびかせる女性。


「まあまあ。美神さんもそんなに怒らないでください」

まだあどけなさを残しつつも、ちょっとだけ背伸びして口元を薄い紅で染める……長い黒髪の少女。




唐巣神父が栄養失調で倒れたと連絡を受けた美神は、横島とおキヌを連れて唐巣の教会へと向かっている。

お見舞いに向かう道すがら、商店街で買い揃えた『すき焼き』の材料一式を横島に持たせて。

『まぁ、あの年代ならご馳走っていえば「すき焼き」でしょ!』と。

そう照れくさそうに言い捨てた美神の顔を横島は思い出していた。

『しかしあの美神さんがこんなに素直におっさんに差し入れするなんて……

 はっ!? これはもしかして……レイコこれからは素直なイイ子になるわ!

 ヨコシマクン。ずっとあなたヲ愛シテイタノ……

 そんな事ワわかっていたさハニー……

 ウレシイワ!今夜私はあなただけのスキヤキよ!

 覚めないうちにメ・シ・ア・ガ・レってぐはっ!』



「いい加減にしろ(て下さい)!」

妄想全開の横島の頭部に二人のツッコミが炸裂する。

「グハッ! しまっ……、また声に・・・・・・・」

哀れ、血溜まりに沈黙する肉塊であった。







3人が唐巣の教会に到着すると、裏の農園から呼ぶ声がする。

3人が向かったその先……例のささやか? な思い出のある農園。そこで唐巣とピートが畑仕事に勤しんでいた。


「やぁ。美神君、横島君、おキヌちゃん。良く来たね!」

手ぬぐいで汗を拭いながら唐巣が声を掛けてくる。

なぜかピートとお揃いの『ニッカボッカ』が哀愁をさそう。

「まだ寝て無くていいんですか? 」

思っていたよりも元気そうな様子におキヌが声を掛ける。

「いやいや。ピート君が心配して大騒ぎしてしまっただけだよ」

「まったくそうならそうと早く言ってよね。心配して損しちゃったじゃない。折角差し入れ持って来てあげたのに」

照れ隠しか本心か、美神がふてくされながらも神父を見て微笑む。

「え?美神さんが差し入れを? 魔人が……魔人が復活する予兆ですか先生?! 」

意外とタチが悪いピートが美神をちゃかす。

「アホかピート! そんな迂闊なこと美神さんに言うと明日の朝日をタッて拝めなくなるぞ! 」

「そう……横島君は今日の夕日と一緒に沈む覚悟ができているのネ」

……今日という夕日にきっと栄えるだろう。赤いモニュメントがそこに誕生した。






「ところで神父。ここの野菜達……その、随分地味な感じになってないっスカ? 」

先ほどのダメージを感じさせることなく、明るく問いかける横島。

「いや〜いろいろあったからね。あの後私とピート君で普通に野菜を育てているよ。

 まぁ…精霊石が埋まっているから若干成長が早いかな? 

 おかげで随分助かっているよ。改めてありがとう美神君」

横島の問いかけに一瞬頬の歪んだ唐巣だが、例の事件に関係したメンバー全てが揃うこの場で、改めて自慢の弟子に感謝を表した。


例の事件とはいわずもがな……『魔法による植物の育成実験』


前回、あれだけやらかした美神とピートは苦笑いするしかない。




そんな中、おキヌが改めて畑を見渡すと、葱、春菊そして椎茸等の様々な野菜が鮮やかに実っている。

おキヌはその畑の中に、耕されたまま何も植えられていない一角を見つけた。

……一瞬の思慮の後、思い切ったように唐巣に提案する。


「折角ですから、今回は私にやらせてください。大丈夫!勝算はあります!」

あまりうれしくない提案に固まる唐巣だが、ヒーラーでもある彼女が『勝算アリ』ということで渋々ながら承諾するしかない。

おキヌは美神から精霊石を一つ借り受け、土の中に埋める。そしてなれない手つきで印を結ぶと自分の内側に意識を集中する。

『本場のすき焼きには入れないって……買えなかった白菜。少し季節外れだけど大丈夫ですよね? きっと……。』

周囲の不安を余所に、高らかに呪文の詠唱を始めるおキヌ……

「白菜ハクサイ雪に埋もれし大地から生まれ出る白き宝石。十重百重の衣を纏いて生まれよはっはっ!はっクシュッ……」

呪によって印から清らかな光が溢れ、畑の中に吸い込まれていく。

『ぐももっ……』

何かが動き出す。

印を結ぶ手を緩めずに集中しようとするおキヌだが、はじめての成功への期待に無い胸を膨らませ、妄想の最深部へと堕ちて逝く。


『あぁ。でもやっぱり鍋料理の王様といえば水炊きですよね。よく煮えた鶏肉と白菜なんてステキですよね!
 
 しかも横島さんと二人っきりでなんてキャー

 白菜もいいけどお葱も捨てがたいですよね。

 熱々に煮込んだそれをお口に挟むと、外側の皮がズルっと剥けて熱々の芯がお口の中に飛び出して……

 ふふっ……二人揃ってヤケドしちゃいましたね!

 ほら横島さん。沢山食べてくださいね!横島さんはお野菜よりお肉の方が好きですよね?! 

 今夜は特別に、300年前から伝わる日本固有の地鶏なんですよ。洋モノになんて負けません! 

 肉付きは少ないかもしれないけど、足腰がしっかりしてるからきっとタマゴなんてポンポン産んじゃいますよ! 

 身のこなしがちょっとマヌケだったり……でもそれはそれでかわいいと思いませんか? 

 一生懸命背伸びしている姿なんて、それだけでご飯三杯いけちゃいますよね? 

 しかも若鶏な今がちょうど食べごろなんです。た〜ん〜とメ・シ・ア・ガ・レ。


 ……まさか? ホルスタインやメス豚が食べたいなんて思っていませんよね? 

 ねぇヨコシマサン? 横島サン?? 横島さん?!?! 』


「横島さん……」

思わず声に出してしまった想い人の名に思わず頬を染める。

しかし、チラリと横目で見た横島の窮状におキヌの表情がみるみるウチに固まっていく。


ズゴゴゴ〜ん……

「うふふ」「うふふっ」「うふっふっ」

「食べて食べて私を食べて!」

「いや〜私だけを食べて!ほらっ真っ白な私を食べて〜」

そこには白菜タチにのしかかられ、あわや窒息寸前の横島の姿があった。

「きゃー横島さはーん」

慌てて我に返ったおキヌは、白菜タチに埋もれた横島を堀り出す。

「お帰りおキヌちゃんってこれ……白菜っていうか、葉っぱが黒いよ……これじゃ黒菜だョっごふ……」


横島沈黙……



「そんなはずわっ! やっぱりもう白菜のシーズンには遅すぎたんでしょうか? 

 それともベタなクシャミをしてしまったから?! ・・・・・・そうだわ!!」

ハっと何かに気づくおキヌ。

「美神さん。両耳の精霊石も借りますね! 」

まくし立てるおキヌに驚き、反論の暇も無く精霊石を取られる美神。

「まだまだ土地のパワーが足りないのです。ならば追加するまで、さらにバイです」

もはや周囲の制止(生死)も彼女には届かない。

再び印を結び、呪を唱えはじめるおキヌ。

「大地に宿りし力づよき聖なる源!自然薯よ……」

勢いに任せているように見えるおキヌだが、彼女なりの算段もあった。

『私に足りなかったもの。そう、横島さんへの想いでは無かったんですね……

 ここの、全ての野菜サン達を応援する想いだったんですね!』

『この自然薯サンで精をつけて、全ての野菜サン達を大事に育ててくださいね。

 神父さん。ピートさん、野菜が嫌いな女の子はいないんですよ! 』


印と呪に集中しようとする彼女だが、再び妄想の世界に堕ちて逝く。

『もっとやさしく。そう、ヌルヌルして滑るからね、そう……しっかり握って。

 あくまでゆっくり、焦る事ことなんて無いんだ。あっだめだよピート君。そんなに早く擦ってはだめだっ……

 あぁ……ほら お顔に飛んでしまたじゃないか。ふふふ……このトロロの濃い白。おいしそうだ……

 そうそう。ピート君。自然薯のツルにはムカゴがついているんだよ。私はコッチもイケル口でね、

 舌の上で転がしてごらん。ほら、独特の青臭さが…癖になってしまうんだよ。

 それともピート君にはコッチの菊の花の方がお口にあうかな? 日本では古くから、高貴な人ほど菊を食したんだよ。

 きっと君も気に入ると思うよ。ふふふっ……

 せっ先生。ぼくのえのきがこんなに大きくなってしまって、これでは一口では食べられませんね!

 君達西洋人はすぐそうやって大きさにこだわるんだねぇ。大切なのは性能なのだよ。

 例えばこの春菊なんてとてもイイ香りだよ、青クサイ処が最高じゃないか…… 』


「ちょッ! ちょっと、おキヌちゃん。戻ってキテ! また変な暴走してるわよっ!!」

突然かけられた、悲鳴のような美神の声と体を襲う衝撃に、おキヌは現実に引き戻された。



巨大化した自然薯のツルに全員絡みつかれ、身動きすら満足にとれない。

唐巣に至ってはニッカがずり落ち、真っ赤な情熱の証……ビキニタイプのパンツが丸見えだ。



「…………って。きゃー美神さはーん。横島さはーん」

「主よ……」

「先生! この土地は、この土地は呪われています……」

もがけばもがくほど、体んい食い込んでいくお約束のツル。

涙目で必死に抵抗するおキヌと唐巣。

意外と諦めの良いピートは、覚悟を決めたようにキツクその目を閉じている。

エミがこの場にいれば、どんなことをしてでもお持ち帰りするだろう。

「美神さん! せめて最後はその胸の中にっ!! 」

「毎回毎回、お約束はいい加減にしろっ! 」

「ぶべらっ!」

美神のハイヒールが横島の額に突き刺さる。










その時。


教会の物陰で『キラリ』と光る二本の角……それは凶悪な雄牛の象徴。

「ぐははははっ!!! このトキを待っていたのだ! 弟のカタキめ! 」

姿を現す二本の角の持ち主、それは先日唐巣とピートが退治したはずの妖怪。

「お前は先日の牛鬼! …そうか、アニキがいたのか? 」

ピートの問いかけを無視し、ジリジリと牛鬼が間合いを詰めてくる。その姿には一瞬のスキも無い。

「美神さん! せめて最後はその胸の中にっ!! 」

「それをやめろと言っているんだー!」

美神のもう片方のハイヒールが横島の額に突き刺さる。

「っ!? 右腕が動く。よしっ精霊石で……ってしまったーーー!!! 」

いつも身に付けている筈の精霊石が無い事に気づき、戦慄が走る。

「何か仕掛けるのではないのかね……除霊屋の女! ふっ気の強い女は嫌いじゃない。安心しろ女……お前は最後にしておいてやる」

予断なくにじり寄る牛鬼が唐巣を見上げる位置で動きを止める。

「先にこちらを頂くとしよう。貴様からだ……伴天連の神なんぞにウツツを抜かすこのバイ国奴め! 」

唐巣は成す術もなくさらにもがき続ける。既に手足の自由が効かないばかりか、口にねじこまれた自然薯にその声までを奪われている。

「死ね!! 」

『凶悪に黒光りする雄牛の象徴』が、『唐巣のムキ出しの情熱の証』に突き上げられる。



ヤられる……もうだめだ。ソウオモッツタトキダッタ。










 バシッ!!!!










「ぐっ。貴様なにヤツ」

「我が名はシラタ鬼」



あまりの展開に言葉を失う牛鬼。

そしてそれ以上に呆気にとられる美神たち。

……しかし悪夢はまだ終わらない。


「「「我らもいるぞ! 」」」

「我が名はエノ鬼」

「我が名はネ鬼」

「そして我が名はシュン鬼(苦)」

「「「「われ等、唐巣を守護する鬼神!すき焼鬼四天王!!! 」」」」

「「「「ヤサイを愛する熱き少女の思いがある限り! ヤラせはせん!! ヤラせはせんぞ!!! 」」」」







すかさず『すき焼鬼四天王』ににじり寄る横島。

「コラ貴様!(苦)ってなんだ(苦)って

 それにシラタ鬼ってなんだコラ!畑に生えてんのか?!

 そもそも肉抜きですき焼き語るなヤコラっ!おいしく味噌汁にでもなってろ!

 それに少女の思いってどんな悪趣味少女だこのやろー!!」


突っ込む横島。彼らを束縛していた自然薯のツルは…… えっ? なんですかそれ? 

「だめです横島さん!気にしたら負けなんです」

涙目のおキヌがあわててフォローに入る。

「左様。我らに余計な詮索は無用! さあ、なんなりとご命令をご主人様!いやお嬢様! 」

「お嬢様……って、え?ワ、私のことですか?」

慌てて問いかけに答えるおキヌに、さらに追い討ちをかける4鬼。

「左様。我らはお嬢様のモ「わーッッッ!」ら生まれた……」

「逐一命令されないと何もできないのですか? この役立たずどもっ!! 

 無駄口を叩く暇があるならとっととヤッておしまい」

「「「「かしこまりました。お嬢様!!!!」」」」

酷く慌てたかと思うと、今度は至極冷徹に命令を下すおキヌ。

こういった場合、流れに身を任せたほうがベターなのだ。

おキヌの命令に従う『すき焼鬼四天王』に取り押さえられ、牛鬼が無力化される。

「さあ!今がチャンスだ」

「我らが牛鬼を押さえ込んでいる隙に」

「頼む!」

「その砂糖と醤油を……」



「わかったわ……関西風ね! 横島クン出番よ!!」

「了解ッス!」

横島の右手に現れた光の珠が発動される。珠に穿たれた文字は……【鍋】



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ぐつぐつっ。湯気を上げる鍋。

「こらウマイ。こらウマイ」

「おキヌちゃん!お肉とお野菜のお代わりをもらえるかい?」

「僕には野菜をいただけますか?」

万年金欠少年と清貧師弟が争うようにスキヤキをかっ込んでいる。


「はーい。お肉もお野菜も沢山ありますからどんどん食べて下さいね。

 お野菜のキライな女の子はいないんですよ」

厨房から顔を出し、微笑みかける彼女の右手には『シメサバ丸』が握られていた。




後日、農園を見つめてたピートはポツリと呟く。

「ところで、あの『すき焼鬼四天王』ってなんだったんでしょう。白滝なんて植えてないし。」

「ピート君。おキヌちゃんも言ったろう? 気にしたら負けだと・・・・・・」

何かを悟ったような唐巣が、そっと見つめるヤサイの園のその片隅には、自然薯の白い花が咲ひていた。





【やさいの人・完】


はじめまして。TYACと申します。

SSのROM生活が1年ほど続き、とうとう修○の門をくぐってしまいました。

これが処女作となります。

この勢いで、次回作もチャレンジしたいと思ってます。電波は飛んできてます。

皆様の生暖かい……温かいご支援いただけますと幸いです。

おキヌスタなのに……汚れちゃったよおキヌちゃん。


今回の作品をまとめるにあたって、

UG様にプロットの初期段階から推敲まで、ホントに多岐にわたってのご指南をいただきました。

また、aki様に推敲段階で、話の構造的欠陥を指摘する重要なアドバイスをいたさきました。

この場を借りまして改めて御礼申し上げます。



最後に、投稿に躊躇するとか怖がるとか、自分には無理とか……

『深く考えたら負け!』

いいんですよね!僕間違ってないですよね!!先生!!!

という訳で、

急募:新人仲間

投稿若人の同輩からの挑戦お待ちしております。

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