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僕に出来る事

<<SIDE:皆本>>



「須磨さん! 大丈夫ですか須磨さん!!
 助けに来ましたよ!」

「……おそいわよ」



いったい、どこから情報が漏れていたのか。
特務機関バベルのエージェント『ザ・チルドレン』の前担当官――『普通の人々』の連中が、須磨さんを拉致した理由はそれだった。
チルドレンの事に関する情報を得ようとしたのだろうか? それとも人質、或は見せしめ……

ともあれ、渋る薫たちを説得して、連中のアジトに乗り込んだ時、彼女は灯りすらともっていない、狭い地下室に囚われていた。
服も、装備も剥ぎ取られて、縛り上げられていた彼女が身につけていたものは、意外とメリハリの利いたラインがくっきりと確認する事のできる、薄い下着だけだった。

どうやら、僕らは間に合ったらしい。最悪の事態は、免れた。
あられもない姿だけれど、下着から覗く白い肌に、幸い暴行の痕はない。

けど



「あの……無事、ですか?」

「ふん……ぴんぴんしてるわ……残念だったわね」



それでも、ショックは大きいんだろう。
毒づく台詞にチカラはなくて、いつもの様な威圧感――もとい、覇気がまるで感じられない。

……薫たちを連れてこなかったのは正解だった。
まぁ、『今更、会いたくもねぇからな』と、上での待機を選んだのは、彼女達の方だったけど。
須磨さんも、今の自分の姿を、天敵といってもいいあいつらには、見られたくないに違いない。



「……なにじっと見てるのよ? いやらしい……
 さっさとコレはずしてくれない?」

「ぁ、え、い、いや……す、すみません」



かぁっと、須磨さんの頬が赤く染まった。

……そんな、あからさまだっただろうか?
まぁ、確かにちょっとばかり目を奪われた事は間違いないが。

いや、別にやましい気持ちからじゃなくて……確かに思ったよりスタイル良いなとか、女性らしい所もあるんだな、とか、そんな事ちらっとは考えたけれど……

けど、下手をすればあの薫以上に、凶暴な……じゃなくて、気の強い彼女が、こんなにも しおらしくなるなんて――と
そう思えば、僕が思わず須磨さんに、目を奪われてしまったというのも、無理は無いってそう思うだろ?



「……まさか、アンタ等に助けられるなんてね……」

「上の階は全て制圧済み、犯人も全員捕らえました。薫たちが頑張りましたからね……
 今頃、本部から到着した増援が、犯人達の移送の準備を進めてる所でしょう。
 須磨さんはこのまま病院まで……賢木が、手配してくれましたから」

「いいわよ……そんな大げさな……」
 


拘束を解いた手首に残る、赤い縄痕が痛々しい。

須磨さんは力なく立ち上がろうと――
そして思いっきり、バランスを崩して、床に頭から倒れかけた。



「…………ッ」

「わ!? ちょ……だ、大丈夫ですか? どこか怪我でも……
 無理しないで病院に……」

「いい……なんでも、ないから」



彼女を支えようと伸ばした、僕の腕。
その中に、須磨さんがすっぽりと納まる。

彼女は、僕が思ったよりも、ずっと華奢で小さくて。
壊れてしまいそうなぐらい、柔らかくて――

そして



「……須磨さん?」

「……な、なんでもない……いいから、はなして……
 ほうっておいて……」



そして、ふるふると震えていた。

真っ青な、そして呆然とした顔。
焦点のぼやけたその瞳には、直ぐ傍にいる僕の姿すら、映ってないに違いない。
その震えが、衰弱や怪我なんかからの物じゃないってのは、専門的な医学知識を持たない、僕にだって理解できた。

トラウマ、なんだよな。
暗闇と、狭い空間は、須磨さんを何よりも苦しめる。

もう、2年も前になるのか……あの時バベルに誘われた――とゆーか攫われた――僕が、薫達と、そしてこの須磨さんと、出会うことになったあの出来事で、僕はそれを知る事になった。
賢木が、ほたるさんが、その時透視してしまった、そして僕自身推理できてしまった、彼女が受けた心の傷。闇と閉鎖空間とを、何よりも恐れるその理由。

それが解ってしまった時、サイコメトリーも、テレパシーも持っていない筈の僕の頭に、何故か鮮明に浮かんだビジョン。

『許して……ここから出して……ママぁ……』

下着姿でボロボロになった、小さな小さな女の子。
暗いところに閉じ込められて、怖さと寂しさに泣く、少女の姿。

それが今、目の前で、僕の手の中で、震えている須磨さんと……
耐えているのか、それを忘れてしまったのか、泣く事すら出来ないでいる、彼女の姿とぴったり重なる。



「なんでもない……わたしへいき……こわくない……こんな、なんでもない」



自分に言い聞かせるようにして、呟かれるその言葉には、まるで感情が篭ってない。

彼女は、壊れかけていた。
暗くて、狭い地下室での、長時間の監禁で、掘り返されたトラウマが、須磨さんを壊しかけていた。

……こんなとき、どうすればいいのか。自分に、何ができるのか。
僕は、それを知っている。
いや、教えてもらったんだ。



「あ、あの……」

「……こわくないこわくない……くらい、のも……せまい、のも……わたし、こわくなんか……」

「須磨さん……」



壊れないように、そっと、やさしく
きゅ……と、腕に力を込めると、須磨さんの震えが小さくなった。

僕の言葉が今の彼女に、届いているのかは解らない。
聞こえたとしても、理解してもらえるかどうか解らない。

けれど、構わずに言葉を続ける。
肩を抱く手と同じくらいに、やさしく、だけど力を込めて。



「も、もう……大丈夫。
 大丈夫ですから……」



僕には、それを本当の意味で、理解する事はできないと思う。

須磨さんの受けた、心の傷。
人格すら歪めてしまうような、一生消えない、彼女のトラウマ。
その傷痕を今、改めて抉り返される、その苦しみ。その恐怖。

それを 『解ります』 だなんて、口が裂けても言えるはず無い。

でも、それでも



「だい……じょうぶ……?」

「えぇ……」



傍にいる事は、できるから。

本当に、本当に苦しい時に、誰かが傍にいてくれる。
『大丈夫』って、言ってくれる。

それが、どれだけ嬉しい事か。
どれだけ、心強い事か。

僕は、それを教えられた。
あいつらから、教えてもらった。



「何の心配もないんです。
 もう、怖い事なんか無いですから」

「しんぱい、ない……こわく……ない……」



彼女の事をよくは知らない、僕が口にするのには、無責任かもしれない台詞。
なによりも、須磨さんが、それを望んでいるのかは、解らない。
僕の、独りよがりなのかもしれない。

でも、それでも。
僕は、それに助けられた。

『なんかしんねぇけど……大丈夫だよ、皆本♪ 
 あたしたちがついてるじゃん♪』

辛い時。苦しい時。
薫から、葵から、紫穂から――僕は言われて嬉しかった。

だから



「えぇ……大丈夫、大丈夫ですから」

「だい……じょ……ぶ……ぅ……」



壊れたテープレコーダーみたいに、平坦だった彼女の声が、小さく、だけど確かに揺らいだ。
もぞもぞ と、腕の中の温もりが動く。さっきまでの震えとは違う、彼女の意思を感じる動き。

ふっと、須磨さんと視線が合う。
眼鏡の向こう側のその瞳、暗く澱んでいた彼女の眼に、確かな光を僕は感じた。

それは、須磨さんがいつもの――とまでは、流石にいかないけれど――彼女に戻ったのだと
そして、僕がしたことが、間違いではなかった、と

それを確認するのには、十分すぎるものだった。



「……よかった……須磨さ……って、え?」

「…………ぅ」



こつん と、胸に軽い衝撃。
ぎゅうっと 握り締められるワイシャツ。

僕の直ぐ目の前に、淡い栗色の頭があった。



「す、須磨、さ……?」

「……く、ぅ……ぅぅ、ぅ……ぅぅぅ……」



噛み殺すようなその声には、確かな感情が篭っていた。

……驚かなかった、といえば嘘になる。
こんな所誰かに――特にあいつ等に見られたら、と、背筋が冷えたのも本当だ。

けど、僕の腕の中にすっぽりと納まった須磨さんを
胸に顔を押し付けて、嗚咽を漏らす彼女の事を

引き剥がす、なんてことは出来なくて



「……大丈夫……大丈夫ですよ……」

「ぅ……ぐ……ぅ、ぅぅ……ひ、ぅ、ぅぅ……」



赤ん坊をあやすみたいにして、僕は震える須磨さんの背中を、ぽんぽんと静かに叩き続けた。




おしまい
前に チャットにて、はっかい。様に見せていただいた画より、電波受信したお話です。
須磨さんも、皆本さんも 『これ、誰?』 な事になっちゃってますが……

須磨さん、原作ではあんなでしたが、トラウマスイッチが入ってしまったのならこんな風に壊れてしまうのも有りなんじゃないかなーと。
後、皆本さんが苦しんでた時というのは『例の予知』についてで、理由はわからないまでも、彼の苦悩を察した彼女達が『大丈夫だよ』と……
そんなつもりで書いたのですが、解りにくいですね。

こんなお話ではありますが、ツッコミ・ご指摘などいただけると幸いです。

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