星の湯は今日も平和だった。
番台に上がり店番をしていた涼は、いつもの時間に現れた二人組に軽く口元を緩める。
曇りガラスの扉から姿を現したのは、赤い手拭いをマフラーにしたカップル。
最近、訪れるようになった二人を涼は気に入っていた。
「いらっしゃい。今日は彼女を待たすんじゃないぜ!」
昨日、長湯してしまった男に涼はにこやかに笑いかける。
参ったとばかりに頭を掻く仕草。良い笑顔だった。
「あんまりいい風呂だったものですから・・・・・・あとでコッテリ絞られました」
「あら、まるで私が気が強いみたいじゃない!」
同じタイミングで番台に現れた女が、男の言葉尻をとらえた。
番台越しに交わされる会話。昭和の純愛ドラマのような光景に、涼は女湯へと視線を向ける。
清楚な服に身を包みながらどこか気品を漂わせた女。
純朴な男とは一見不釣り合いにも見えるのだが、男の言葉に絡む表情は、心から幸せを感じている者しか浮かべることの出来ない微笑みだった。
「あっ、夕子さん! 嘘ですッ! ごめんなさい!!」
よほど尻に敷かれているらしく、男は慌てたように番台に身を乗り出そうとする。
覗きになりかねない行為に、涼は慌てて男を男湯に押し戻した。
「ダメよ。今日のフルーツ牛乳は星司のオゴリね」
夕子と呼ばれた女は、悪戯っぽい笑顔を浮かべ脱衣所の奥に向かっていく。
彼女の言葉に含まれた許しのニュアンスに、星司と呼ばれた男はホッとした表情を浮かべていた。
―――――― カナタはもう忘れたかしら ――――――
「ん? コレはなにカナー?」
営業時間も終わり、脱衣所の清掃を手伝っていたカナタが何かを見つける。
ロッカーの隅にひっそりと忘れられていたのは、赤い手拭いだった。
「ああ、そりゃ常連さんのだ! 明日来たときに渡してやれば・・・・・・」
お詫びの印に奢ったフルーツ牛乳。
清算のため慌てて着替えた星司が忘れていったのだろう。
ボイラー室で乾かしてやろうと赤い手ぬぐいに手を伸ばした涼は、それをまじまじと見つめるカナタに怪訝な表情を浮かべていた。
「どうしたんだ? そんな妙な顔をして」
「リョウ・・・これ・・・・・・」
カナタは手にした手拭いをパンと伸ばす。
手拭いとは異なる構造―――布の角から伸びた細い紐に、涼もようやくカナタの感じていた違和感を理解した。
「コレ、地球の物じゃないカナ」
「するってえと、あの二人は宇宙人ってことか?」
涼は若干驚いたような表情を浮かべた。
目の前にいる異星の若君と苦難を共にした日々。
宇宙を駆けめぐり自分の体を取り戻した彼は、異星人とのコンタクトに関しそれなりの経験を積んでいる。
その彼が気付かないとは、相手のカモフラージュ技術は相当のものと言えた。
「構造からすると、P星の衣装らしいな」
突如空中に現れたセイリュートが、カナタの手に握られた衣装をじっと見つめる。
そして、まるで天気の事を口にするかのように彼女は涼に語りかけた。
「そして、つい先程この地区から宇宙船が飛び立った。P星の宇宙船ではなかったのだが、大気圏突入してすぐの離脱・・・・・・通常じゃ考えられない運行だ」
「P星ってなんだ? おりゃ、そんな星聞いたこともないぞ」
「あまりメディアに取り上げられない、辺境の惑星だからカナー」
どこか歯切れの悪いカナタの説明。
セイリュートもそれに関しての補足は行わなかった。
「んじゃ仕方ねえ。なんか訳ありみたいだし、届けに行ってやるか・・・・・・場所は押さえてあるんだろ?」
「ああ、リョウ殿なら多分そう言うと思っていた」
涼を見るセイリュートの目には絶対の信頼が込められている。
主であるカナタを庇い逃げ込んだ未開の惑星。
そこで起こった不思議な出会いは、様々な紆余曲折を経て見事な大団円を迎えていた。
「飛び立った地点のデータはここに。宇宙船は周回軌道に乗ったまま地球を回っているが、急いだ方がいいだろう」
セイリュートは宇宙船が飛び立った地点のデータを涼に手渡す。
カード状に圧縮されたデータに涼が指先を触れさせると、彼の目前に町内の地図が展開していった。
「こんな所にアパートがあったのか・・・・・・・・・」
町はずれの一角。
裏通りから更に一本路地に入った所にそのアパートはあった。
風呂も付いていないような築40年は経っているであろう安アパート。
尤も彼らが風呂付きの物件に住んでいたら、リョウとの出会いは無かったはずだった。
「あの部屋だな・・・・・・」
涼は二階隅の部屋を見上げる。
半分開いたままのドアが、直前にあったトラブルの気配を感じさせていた。
カモフラージュをする余裕もないのだろう。
彼は部屋の内部から、異星人独特の気配を感じ取っていた。
「ああ、しかし生命反応は一つ。リョウ殿の話では男女二人だったな。それに・・・・・・」
「それにどうした?」
敷地の隅に視線を向けたセイリュートに涼は疑問を放つ。
視線の先には破壊された小さな機械。
どう見ても安アパートの敷地内には不釣り合いなシロモノを、涼に付いてきたカナタがつま先でひっくり返す。
「宇宙船の制御ユニット・・・・・・カナ?」
「古典的な見せしめだな・・・・・・しかし、制御ユニットだけを破壊するとは手の込んだマネを」
「見せしめ?」
宇宙を渡るテクノロジーを持った、知識生命体とは思えない行動に涼は怪訝な顔をする。
船であるセイリュートは、トラブルを起こした相手の行動に露骨に嫌悪の表情を浮かべていた。
「ああ、命ではなく脱出手段を奪い未開の惑星に残す。残された者は、決して戻れぬ星空を孤独に苛まれながら見上げ続けることになるだろう」
苛立ちを隠さない様子で、彼女は巧妙に擬態した植え込みの一角に手の平を向ける。
立体映像のカモフラージュが霧散し、小型の宇宙船が3人の前に姿を現していた。
「通常は船を完膚無きまでたたき壊すのだが、今回は航行に必要な回路のみを壊したらしい・・・・・・どちらにしても、船である私には許せない行為だ」
「その船が直るか見てやってくれ・・・・・・」
涼はセイリュートをその場に残し、錆の浮いた鉄階段を上っていく。
静かな怒りを漂わせた彼の背を、カナタは無言で追いかけていった。
衛星軌道上
葉巻型の宇宙船が青い地球を見下ろすように浮かんでいる。
その宇宙船の内部。幾重にもハッチに区切られた住居部の一室には、モニターの中の地球を必死に眺める女の後ろ姿があった。
「どうです。私の言った通りでしょう?」
部屋の壁際からかけられた、どこか合成音を思わせる男の声に女は決して振り返ろうとはしなかった。
「星司は必ず追いかけてるわ・・・」
「星司? ああ、あの星でのソクニミノラの名でしたか・・・・・・ラモイノラお嬢様」
嘲笑をかみ殺したような気配。
しかし、女の背にかけられた言葉はあくまでも紳士的だった。
「その名は捨てました。今の私は夕子です」
「名前などP星人ではない私にはどうでもいいことですが、あなたのお父上は悲しむことでしょうねラモイノ・・・・・・いや、夕子さん」
地球での名を呼ばれた夕子の肩がピクリと震えた。
壁際から離れた男が彼女に近づくと、彼女の姿が男の纏った光学障壁に隠れその輪郭をちらつかせていく。
「私はあなたのお父上から依頼されあなたを迎えに来た。しかし、無理矢理というのは私の流儀に反する・・・・・・それは、先程反撃しなかったことで、御理解いただけたことと思いますが?」
先程夕子を連れ去ろうとした男は、逆上した星司が暴発させた光線銃を甘んじてその身に受けていた。
男の身を包むV@W@LY型の光学障壁は、あらゆる物理攻撃を無力化する故に、一部のV星人にしか使用を許されていない。
夕子の背後に立つV星人は、情報操作の分野で名高いV星の中でもかなりの地位にいるらしい。
「先程、星司の体を傷つけなかったことは感謝します。しかし、彼に言った言葉は絶対に許しません!」
光学障壁の向こうで夕子のちらついた姿が怒りに震えている。
V星人が肩を竦ませたのか、夕子の前に立つちらついた影が僅かに動いた。
「これは失礼しました。身分の差も考えず、駆け落ちなんかをした男と聞いていましたので・・・・・・まさか、あんなに貧弱な坊やだったとは」
暴発させた銃に愕然と膝をつく星司に向かい、V星人は夕子との身分の差をはじめとする辛辣な言葉をぶつけていた。
異星の地で決して夕子に良い生活をさせている訳ではない星司にとって、それはある意味身を傷つけられるよりも辛いダメージとなっている。
「黙りなさいっ!」
夕子の叫びと共に、V星人の顔があるらしき空間を彼女の右手がすり抜けた。
その内部で絶えず位相を転換しダメージを対象者に届かすことはない障壁は、感情のまま振り出した夕子のビンタを空しく素通りさせている。
何をやっても無駄なことを改めて悟った夕子は、再びモニターに向き直ると一縷の望みをかけて青き星を食い入るように見つめた。
「星司は逞しい男です! 私を守り続けると約束してくれました・・・・・・」
「ならば、なぜすぐに追いかけてこないのでしょうか?」
V星人の言葉に夕子の手が固い握り拳を作る。
その手が震えているのは怒りの為だけでは無いらしい。
連れ去る際に提示したV星人の条件は、彼女の心にも迷いの種を植え込んでいた。
「先程の約束どおり、彼が手切れ金に目もくれずあなたを追いかけて来たのなら、私はお父上に見つからなかったと報告するつもりです。しかし、この惑星が1回自転する間に彼が現れなければ・・・・・・いいですね?」
彼女の同意を得ようとしたV星人の腕らしき箇所からアラームが聞こえる。
彼はすぐさまそれを止めると、部屋を退出する前に新たな種を彼女の心に植え込みにかかった。
「お父上への定時連絡の時間です。ここだけの話、私も身分を越えた愛情というものを見てみたい・・・・・・しかし、すっかり焦燥なさったあの方に虚偽の報告をする私の心苦しさも御理解下さい」
小さく肯く様に沈んだ夕子の頭部に、V星人の頭部を覆う光学障壁が僅かに歪んだ。
彼は脱出できないよう、彼女の部屋の扉に幾重にもロックをかけるとブリッジへと向かっていく。
鉄壁の防御機構である光学障壁は、彼の浮かべた邪悪な微笑みを周囲に漏らすことは無かった。
「邪魔するぜ・・・・・・」
安アパートの鉄階段を登りきり、涼は開きっぱなしのドアを軽くノックする。
ドアの隙間から電気の消えた部屋の中を窺うと、部屋の中央に座り込んでいた星司がビクリと体を震わせ慌てて背を向けるのが見えた。
「ど、どなたです」
くぐもった涙声に涼の表情が曇る。
どうやらセイリュートの言ったとおり、彼は地球に置き去りにされたらしかった。
「風呂屋の店員だよ。アンタが手拭いを忘れたみたいなんで届けに来た」
「ありがとうございます。すみませんが、そこに置いて帰ってください」
多分、変装装置も壊されているのだろう。
星司は振り向かずにドア横に設置された靴置きを指さす。
発声器官が地球人と似た構造をしているのが不幸中の幸いだった。
「ん? ここか・・・・・・って、彼女はどうしたんだい? 靴があるのに姿が見えないとは」
わざとらしい物言いだったが、星司はそれに気づかない。
彼は背を強張らせ膝小僧に己の顔を押しつけていた。
「裸足のまま出て行ったのかい? そうならば穏やかじゃねえなぁ」
「お願いだから、ほっといて下さい・・・・・・」
「困っている奴を放っておくなんて器用なマネは、下町の人間には出来なくってな・・・・・・何があったか聞かせてくれないか?」
口は悪いがそこに含まれる優しさは宇宙共通の感情なのだろう。
しばしの躊躇の後、星司は自分たちの身に起こった出来事を語り始めた。
「実は僕たち駆け落ちなんです・・・・・・・・・」
偶然の出会いから生まれた身分違いの恋。
お互いに言い出せぬまま温め続けた思いは、彼女が結婚を無理強いされたことで急展開を迎える。
―――連れて逃げて
こう呟いた彼女の思いに応えるため、星司はなけなしの蓄えとありったけの勇気を振り絞ったのだった。
「ついさっき、彼女の実家から迎えが来ました。夕子さんを連れ去った男は僕に考える時間を与えると・・・・・・明日までに迎えに来れば彼女を返し、そうでなければ多額の手切れ金を送付するって」
卑劣な男の提案に、涼の口元が怒りに歪んだ。
連れ戻す夕子の気持ちを完全に切り離すため、あくまでも星司に行動を選択させたように見せかける。
その実、迎えに行く宇宙船は彼女に気付かれることなく破壊されていた。
「当然、迎えにいくんだろ?」
「無理なんです・・・・・・彼女は僕の手の届かない遠いところに連れて行かれてしまった。それに・・・・・・」
「船なら、俺のトモダチが何とかする」
涼の提案に、星司は雷に打たれたような衝撃を味わっていた。
「あ、あなたは、僕が何者だか知っているというのですか?」
「ああ、俺のトモダチも所謂宇宙人ってやつで・・・・・・なにーッッッ$%&#♂ω!!!」
慌てて振り返った星司に涼は素っ頓狂な叫び声をあげる。
それもその筈、振り返った星司の口は、彼にとっても見慣れたものとそっくりの形状をしていたのだった。
「リョウ、見た目で驚くのは失礼カナー」
「だ、だって、口がチン・・・・・・」
先程から黙って二人のやりとりを眺めていたカナタは、宇宙的な感覚に欠けた涼の驚きを窘める。
涼は口をパクパクしながら震える指先を、星司の口元に向けていた。
「P星人の口がたまたまリョウやカナタたちの生殖器と似ていただけカナー。単なる平行進化の神秘カナー」
「そんなヨゴレた神秘はいらんッ!!」
「気にしたら負けカナー」
「うう・・・いいんです。どうせ僕なんて・・・・・・・・」
己の容姿に騒がれ、激しく凹み始めた星司の口元がしおしおと縮こまっていく。
夕子が連れ去られるとき、V星人に浴びせられた身分違いを始めとする様々な言葉は、彼の心から自信と気概を根こそぎ奪いさってしまっていた。
「あの男の言うとおりなんです。僕のような貧弱な男には、ラモイノラお嬢様を幸せにすることは出来ない」
「星司・・・・・・」
流石に気の毒になったのか、涼は真顔で星司の話に耳を傾ける。
しかし、決して彼の顔を見ようとはしなかった。
「この星に来て、僕は彼女に良い思いをさせてあげることは出来なかった。贅沢と言えば、あなたの所のフルーツ牛乳くらいしか・・・・・・諦めてP星に帰った方が、ラモイノラお嬢様の為に・・・・・・」
「馬鹿野郎っ!」
情けない言葉を吐いた星司を涼は思わず怒鳴りつける。
いつもなら頬の一つも張る所だが、なぜかそれをする気にはならなかった。
「ラなんとかってお嬢様が幸せかどうかは知らねえが、俺の知っている夕子って女は確かに幸せそうだったぜ! そりゃフルーツ牛乳の御陰か? 違うだろう!!」
我が事のように憤る涼を、星司はポカンとした顔で見上げていた。
「コイツやコイツの姉貴も、何不自由ない生活から放り出されこの星に迷い込んだんだ。でも、コイツらはこの星の生活が幸せだと言ってくれている。もういつでも本星に帰れるっていうのによ」
「姉上は特にリョウとの生活が幸せと言ってるカナー」
のほほんと呟くカナタの言葉に若干テレながら、涼は星司の背中をそっと押すように励ましの言葉をかけた。
「好きな相手が幸せでいてくれる。それが何よりの幸せじゃないのか? 肝心なのはお前の気持ちだぜ! お前は夕子といて幸せじゃないのかい?」
「幸せです・・・夕子さんがいれば僕は他に何もいらない」
「決まりだな。今すぐに助けに行くぞ! セイリュート! 修理は終わったか!?」
上空に向かって叫んだ涼に応えるように、アパートの室内にセイリュートが転移してくる。
その姿に、星司は驚きの表情を隠せないでいた。
「セイリュート? ナ・リタ王族の船がなぜこんな未開の惑星に!!」
「未開で悪かったな。これでも俺の生まれ故郷なんだぜ」
「そうカナ。カナタのトモダチの母星を未開とは失礼カナ」
のほほんとした中に混ざる遺憾の感情。
彼らの倫理観で規定されるトモダチとはそういう存在だった。
「カナタ! 次期ナ・リタ領主とトモダチの地球人!? あなたは一体・・・・・・それに何故僕なんかの為に」
「誓いを立てちまったからな・・・・・・」
「誓い?」
「ああ、正義を貫くという誓いをな・・・・・・今はお前に力を貸すのが俺の正義だ!」
不敵な笑顔を浮かべた涼を、星司は畏怖にも似た心境で見上げる。
彼は目の前の男から染み出る不思議な波動を感じ取っていた。
その波動と正義を貫くという言葉が、星司にある都市伝説を思い出させる。
「あ、ああ・・・・・・ずっとただの噂話と思ってました。まさか本当の話だったとは」
急に湧き上がった希望に、興奮した彼は思わず涼にすがりつく。
「ち、力を、力を貸して下さい! お願いしますッッ!!」
「イヤーッ! 堪忍してーっ!!」
目の前に迫った星司のいきり立った口元に、涼は悲鳴のような声をあげていた。
「首尾はどうだ・・・・・・?」
ワープ通信の為、劣化した平面画像がディスプレイに映し出されている。
そこに大写しになったP星人は中々の貫禄だった。
「上々です閣下」
恭しく頭を下げていたV星人が姿勢を直すと、彼の纏った光学障壁が彼の姿を覆い隠す。
ようやくブリッジに充満する嫌な圧迫感が姿をひそめていった。
「お嬢さんの前で、奴に手切れ金の話を持ちかけました」
「なに? そんな消極的な方法の為にお前を雇った訳ではないぞ・・・・・・必要ならば消しても構わない。ワシはそう命じた筈だ」
「そう、お嬢さんの心から完璧に奴の姿を消し去るために、私は一つの条件を二人に提示しました」
V星人が右手を挙げる。
多分、光学障壁の中では中指を一本あげているのだろう。
慇懃な口調に混ざる嘲笑のニュアンスは、娘の政略結婚に血道を上げる愚鈍な父親に気づかれることはない。
「明日までにお嬢さんを迎えにくれば何も言わずお嬢さんを返す。来なければ多額の手切れ金を男のもとに届けると・・・・・・もちろん、お嬢さんに気付かれないよう奴の宇宙船を破壊した上でですが」
「お、おお・・・・・・そうすれば奴はラモイノラより金を取ったということになる。結果、娘は奴に愛想をつかし、縁談を受け入れるというのだな!」
「そのとおり、下手に殺してしまえば奴はお嬢さんの心のなかで生き続けるでしょう。しかし、愛想さえ尽かさせてしまえば・・・・・・」
光学障壁の中でV星人の含み笑いが響く。
情報操作を生業とする彼らV星人にとって、姑息な手段で依頼を果たすのは何よりの喜びだった。
「ついでにカモフラージュ装置も壊しておきました。宇宙人と正式にコンタクトを取っていない未開の惑星に置き去りにされた奴の運命は・・・・・・本当に消すのはしばらく苦しませてからのほうがいいのでは?」
「そちも悪よのう・・・・・・」
「いやいや、閣下には敵いません・・・・・・」
宇宙船のブリッジに響き渡る馬鹿笑い。
しばし続くかと思われたその笑いは、突如としてかけられた声に凍り付いた。
――― 話は全部聞かせてもらったぜ!
「誰だっ!」
突如として船内に出現した気配にV星人は驚きを隠せないでいた。
宇宙船に行わせている周囲の監視は完璧に近い。
その監視網をすり抜けて来る以上、侵入者は強力なジャマーを備えた相手―――つまり、王族か軍の精鋭部隊だろう。
しかし、目前に現れた二人連れは彼の想像を大きく外れていた。
「流しのウルトラマンみたいなもんだ。常連さんを取り戻しに来たぜ!」
大見得を切ったのはどう見ても、眼下に浮かぶ未開の惑星の原住民。
そしてその背後には、先程置き去りにしたはずの星司の姿があった。
「貴様、どうしてここにっ!」
「置き去りにしたのでは無かったのかッ!!」
報告とは違う事態に憤ったのか、夕子の父親が青筋を浮かべ怒鳴り声をあげる。
モニター越しとは分かっていても、唾をまき散らしながら怒鳴る彼の姿に涼は思わず身を反らせた。
「んなこたぁどうでもいい! 星司ッ!」
「約束どおり迎えに来ました、夕子さんを返して下さい!!」
「夕子だとぉ? 娘の名はラモイノラだっ! 娘は王族に嫁がせるっ! お前のような身分違いのガキに嫁がせるために育てた訳ではないわっ! ええぃ、構わんから殺してしまえっ!」
失態を帳消しにするために依頼者の命令は果たさなければならない。
そう判断したV星人は、光学障壁の出力を最大にして星司に突進する。
相手がたとえどんな兵器を所持していたとしても、それを全て無効化する自分の勝利は揺らがないと彼は判断していた。
「おっと、お前の相手は俺だぜ!」
突如割り込んだ涼の右ストレートに回避行動は取らなかった。
原住民の右手は障壁内で位相を変えられ自分の本体に届くはずはない・・・・・・
そう思っていた彼は、未曾有の衝撃を全身に叩き込まれ一瞬で意識を失っていた。
「V星人の光学障壁を無力化するとはッ!! ま、まさか、お前は、プレアデスの騎士ッッ!!」
「それがわかっていれば話は早い。これ以上二人の邪魔をすると、ソッチの星域にいる俺のトモダチが黙っていないぜ・・・・・・」
睨みをきかした涼に、父親の顔がしおしおと縮んでいく。
そろそろカナタが夕子を部屋から助け出している頃だろう。
頃合いとばかりに、彼は星司の背をそっと押した。
「さあ、星司、義父さんにご挨拶だ」
「夕子を幸せに出来るのは、王族なんかじゃなくこの俺だッ! だから貰っていく!!」
「星司ッ!」
彼の宣言に応えたのは父親ではなく、カナタに救出された夕子だった。
「リョウ、無事に助け出したカナー」
「うわ&%$#φ♀ッ! やっぱりッ!!」
ブリッジに駆け込んできた彼女の姿に、涼は慌てたように顔を逸らす。
スラッと通った敏感そうな鼻筋と、桜色の薄い唇。P星ではこれが美人なのだろう。
顔中グシャグシャに濡れているのは涙なんだと信じたい。
「嬉しい、迎えに来てくれたのねッ!」
「ああ、もう二度と離さない!」
固く抱き合った二人に背を向けるようにした涼は、自分に言い聞かせる様に同じ言葉を繰り返す。
――― アレはキス。アレはキス。アレはキス・・・・・・
ソレはまさに子宮が痺れる程のディープなキスだった。
そして1年後
「リョウ殿。こんなメッセージが届いたのだが・・・」
突如現れたセイリュートが、圧縮したデータを涼の前に差し出す。
たまに送られてくるワネットからの立体映像によく似たパッケージ。
涼は風呂の床磨きの手を休めるとそのデータに手を伸ばす。
セイリュートが仲介している以上、ウイルスの心配は無用だろう。
無造作に伸ばした彼の指先が触れた瞬間、データは解凍され目前に送られたメッセージが展開される。
「はは、まさかね・・・・・・」
目の前の空間に映し出された立体映像に、涼は引きつった笑顔を浮かべた。
彼の目の前では、あの時のP星人が幸せそうに笑っている。
星司は一生守り続けるとの意思表示の様に、夕子の体を背後からしっかりと抱き抱えていた。
そして彼に支えられるように立つ、夕子の腕には小さな命―――
口を真1文字に結んだ、女の赤ん坊が抱かれていた。
―――――― カナタはもう忘れたかしら ――――――
終
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