マリちゃで出たネタを、快く使用させてくれた
臥蘭堂 さんに感謝を込めて
「象って大きいデスノー」と、男は言った。
動物園のベンチに腰掛けていた女は、肩すかしを喰らったように曖昧な笑顔を浮かべる。
何かしらの決意を固めた彼は、先程からなかなかその話題を切り出すことが出来ないでいる。
片っ端から呟いた動物の感想に、旧熱帯区の動物は残すところあと僅かとなっていた。
「チーターも速いらしいぜ!」
女は男の逃げ道を塞ぐようにニコリと笑う。
頑張れと励ますような彼女の笑顔。その笑顔に応えるように男もまた力強い笑顔を浮かべた。
――― 一生かけて幸せにします。だから結婚してください。
精一杯の誠意を込めた言葉が、男の能力とは無関係に彼女の胸に染み込んでいく。
応える言葉はずっと前から決めていた。
―――――― 父親への挨拶は甘かねぇ ――――――
タイガーのアパート
以前は何の飾り気も無かった殺風景な部屋は、ある年のクリスマスパーティを境に徐々に可愛らしい小物に侵蝕されていた。
ペアのティーカップ、手作りらしきクッション、TVの上に飾られた二人が写った写真立て。
そして翌年のゴールデンウィークを境に小物の侵蝕は加速度を増していく。
特に流し台周辺は劇的な変化を見せていた。
ピンクの歯ブラシに洗顔フォーム、こまめに交換される柔軟剤で洗われたタオル。
インスタントラーメンに必要な水量でクッキリ跡が付いた片手鍋しか無かった台所には、凝った料理とはいかないまでも一通りのものが作れるほどの調理道具が持ち込まれていた。
その侵略を行った女――― 一文字魔理は現在、鼻歌交じりでカレーのこびり付いた皿を洗っている。
一家族分のルーを用いて作ったカレーは瞬く間に消費され、明日の朝食分を僅かに残しただけでほぼ全てタイガーの胃袋におさまっていた。
自分の作った料理を子供のように喜び食べる様はいつ見ても気分が良い。
上機嫌のまま夕食の後片付けを終わらせた魔理は、エプロンで手を拭きつつ卓袱台の前でくつろぐタイガーの前にちょこんと膝をつく。
「ご苦労様。いつもスマンですのー」
満たされた腹に、幸せそうな表情を浮かべたタイガーが魔理に労いの言葉を口にした。
いつもはそれに満足する魔理だったが、今夜は少しばかり状況が異なる。
緊張感が足りないタイガーに彼女は若干の不安を感じていた。
「どういたしまして。でも、それより明日大丈夫だろうな!? ウチの親父、意外と堅物でよ・・・」
両親への挨拶を明日に備え、なんの準備もしていないタイガーを魔理は不安そうな上目遣いで見上げた。
数日前に彼が口にしたプロポーズは、ここしばらくの生活の上にごく自然に導かれた結論だった。
しかし、二人の生活を始めるためには、その決意を両親―――とりわけ魔理の頑固な父親に認めて貰わなくてはならない。
そのため彼は、魔理の両親に正式に結婚を許して貰うべく挨拶に窺うことになっていた。
「大船に乗ったつもりで待っとって下さい! 明日はバッチシ正装でキメますケン!!」
「そうか・・・頼りにしてるぜ」
何の心配もいらないとばかりに微笑むタイガーに、魔理の心に安堵が広がる。
生涯の伴侶として彼のプロポーズに応える気になったのも、この力強い笑顔が気に入ったからだった。
「ん・・・」
目を瞑り軽く唇をつきだす魔理。
タイガーは軽くドギマギした表情でTVを消す。
そして読み手の皆さんに見られないよう、精神感応で部屋全部を真っ暗な幻覚で包む。
部屋の中央には白抜きの巨大な文字が浮かんでいた。
――――
合体――――
翌日 一文字家
娘の男友達が挨拶に来るのを、魔理の父親はピリピリとした空気を纏い待ちかまえていた。
何かの職人なのか良く日焼けした顔に厳めしい表情。
如何にも昭和のホームドラマ然とした父親の緊張を感じ取り、魔理は所在なく彼の隣で正座している。
張りつめた居間の空気をほぐそうとした母の言葉も彼には通じていない。
その厳格さ故、中学時分には反発することもあった。
しかし、幼い頃より見続けていた寡黙な父親の背中は、魔理の男性観に強く影響を与えている。
タイガーの背中に、魔理はどことなく父親と似ている雰囲気を感じ取っていた。
―――頼むぞ、タイガー。親父に気に入られてくれよ・・・
祈るような気持ちで魔理が居間の柱時計に視線をむける。
約束の時間はもうすぐだった。
ピンポーン
「来たッ!」
居間から飛び出すように魔理が玄関へと出迎えに出る。
彼女は昨夜から何度も、タイガーを紹介する際のイメージトレーニングを行っている。
まず第一の難関は、彼の顔に奔る呪術用の刺青だろう。
しかし、それは彼の生まれ育った土地での風習であり文化だった。
決して街中にたむろする若者が行う、ファッション感覚のタトゥーではない。
多少誤解を受けやすい彼の風貌をフォローするには、第一印象が肝心と魔理は考えていた。
挨拶さえうまく行けば、純朴な彼の性格は父親も気に入るに違いない。
玄関へと走り出した魔理を追うように、彼女の両親もすぐに立ち上がると娘の彼氏を出迎えに行った。
「いらっしゃ・・・・・・
イッ!! 」
余程信じられないモノを見たのだろう。
玄関のドアを開けた魔理は、まるで石になったようにその場に立ちすくむ。
現れたタイガーの出で立ちに、彼女の思考は完全に停止していた。
「まあ・・・・・・」
何事が起こったのかと、魔理の背中越しにタイガーを見た母親が驚いたような声をだす。
玄関先に立っていたタイガーの出で立ちはほぼ全裸。
唯一彼の股間を隠すコテカと呼ばれる装飾品が、彼の本気度を表すように高々と天を指している。
ここに来るまでに一度も職務質問を受けなかったのは、彼の才能がなせる奇跡と言えよう。
きっちり時計の秒針が一周すると、魔理はようやく自分を取り戻したように背後の父親を振り返った。
「お、親父、違うんだ。これは決してふざけてるんじゃなく、えーっと、そう、民族衣装。コイツの出身地の民族衣装なんだ!! なっ、そうだろ、タイガー!!」
無言のまま立ちつくす父親に、魔理は慌ててフォローを試みる。
プロポーズの日に、コテカ一つで挨拶に来られた娘としてはほぼ100点満点のフォローだろう。
一つ訂正するならば、正確には彼が所持しているのはコテカ一つでは無い。
右手には魔理を一生守り続ける意思表明である槍。背後には結納の品らしき豚が何頭もつれられ、魔理の動揺など無関心にブーブーと鳴いていた。
「・・・・・・・・・」
魔理が行った必死のフォローも空しく、彼女の父親は魔理を押しのけるようにしてタイガーに歩み寄る。
無言のまま睨み合う両者の間に凄まじい緊張が走った。
ペッ・・・
最初に動いたのは魔理の父親だった。
タイガーの足下に吐かれた唾に、魔理は父の怒りの深さを感じ戦慄する。
―――謝れ、タイガー。今なら、今ならまだ・・・
祈るようにタイガーを見つめる魔理。
しかし、タイガーは彼女の心を無視するかのような行動に出た。
ペッ・・・
お返しとばかりに父親の足下に吐かれた唾。
タイガーの行動に魔理は絶望の表情を浮かべた。
「魔理ッ!!」
「ひゃい!!」
突然の父の怒鳴り声に、魔理は跳び上がるように背筋を伸ばす。
魔理の父親は玄関先で立ちつくす娘と妻を振り返ると、ようやくその重い口を開いた。
「なかなか礼儀正しい青年じゃないか・・・なぁ母さん?」
「へ?」
完全に予想外の答え。
しかし、本当に予想外だったのはその後出た母の言葉だった。
「本当に・・・
昔のあなたを思い出します」
「ええ――――っ!?」 この日から数日後、盛大な結婚式が両家の間で行われたのは言うまでもない。
ちなみに式に参加した犬塚シロさんによれば、振る舞われた豚料理はとても美味だったらしい。
しかし、その席で友人たちが浮かべた笑顔と魔理が浮かべた涙。
そこには本来の結婚式で見られるモノとは、全く別な意味が込められていたという。
―――――― 父親への挨拶はアマカネ ――――――
終
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えー、こんな話ばかりですみません。
上にも書きましたが、今回のオチはGTYのチャットである【マリちゃ】で、以前出た臥蘭堂さんのネタを使用させて貰いました。
因みに「アマカネ」とはある地方の挨拶です(ノ∀`)
何処かで見たことが・・・・・・と、思われた方はスルドイw
実はGTY+のコンテンツである【雑談・議論掲示板】でこの話のダイジェスト版を正月に投稿しています。
【雑談・議論掲示板】というのは一定の話題に対して思いついたことを書き込む場所であり、普段投稿されている方やコメントをつけてくれる方、また、展開予想ではROMだった方などが気軽に参加しています。
今回の話は、そこに書き込んだ単なる思いつきに肉付けをし、まあ、小ネタの投稿としてなら許される分量にしてみた訳です。
察しの良い方はもうお分かりですね。そう、今回の話はテコ入れです(ノ∀`)
絶チルのアニメも始まり、椎名二次創作に初めて来られた方も、久しぶりに覗いて見た方も是非一度【雑談・議論掲示板】で遊んでみてください。
軽い思いつきを投稿し、ハズしたと思っても大丈夫w パスワードさえ忘れなければ編集で書き変えることも出来ますし、もちろん削除も出来ます。
いきなりSSはちょっと・・・という方もここなら参加出来るのでは?
大喜利が思いつかない人には10行SSという企画もありますし、私、【雑談・議論掲示板】が大好きなんです。
今回のあとがきを読んで、見に来て下さる方、参加して下さる方がいればこれ程嬉しいことはありません。
以下、【雑談・議論掲示板】へのリンクです。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/patio/patio.cgi 派手なスルーだった場合、激しく落ち込みますが負けませんよ(*゚∀゚)ノ
過去の大ハズしに比べれば軽いモンです・゚・(ノД`)・゚・
ついでにこの場所に新スレッドを立ち上げさせて貰いました。
御題は「椎名作品で好きなSS。読みたいSS」
まあ、いつまで経ってもマイナーな私に、マーケティングの重要性を教えてやって下さいってことでm(_ _)m
「な、ナニよ。コメントが欲しい訳じゃないんだからねッ!」
・・・・・・嘘です(ノ∀`)
心がザラッとしないコメントは書き手のエネルギー源。
安西先生。コメントが欲しいですorz