沖縄県某所
バベル医療モデル施設
催眠介護科―――通称楽屋と呼ばれるスタッフルームは施設地下にひっそりと設置されている。
患者とのコミュニケーションを重視したナースステーションとは異なり、追憶の舞台裏であるこの部署は患者の目から隠されなくてはならない。
所狭しとおかれた衣装や小道具は患者の最期を看取る為のものだった。
その中でも一際異彩を放つ衣装を前に、末摘花枝は独り物思いに耽る。
彼女はまた一人、患者の最期を看取ろうとしていた。
―――――― DEATH NOTE ――――――
「203号室 大端さん急変です」
突如入ったナースコールに、末摘花枝は風変わりな衣装を身に纏った。
どこか中性的で無機質なデザイン。
歩きづらい髪型を気にしつつも、彼女は急いで203号室を目指す。
先日、自分がエスパーであることを告白した大端老人は、最期に会いたい人物を彼女に伝えていた。
「しっかり! 大端さん!!」
病室に駆け込んだ末摘花枝の声に、意識を失いかけていた大端老人の目がカツと見開かれる。
彼は病室の入り口に立った思い出の人物に、ワナワナと震える手を伸ばした。
「お、おおおっ・・・・・・・・・」
大端老人は何かを必死に伝えようとするが、口元にかけられた酸素マスクがその言葉をくぐもらせる。
彼は震える手で、話すのに邪魔なそれをむしり取ってしまった。
「すまなんだぁ・・・・・・本当に、すまなんだぁ・・・」
「ダメッ! それを外してはッ!!」
末摘は大端老人の手をしっかりと握り、彼の命を繋いでいる酸素マスクをしっかりと口元に固定する。
興奮した彼を落ち着かせようとした末摘は、話を聞く意志を示すため大端老人の口元に己の耳を近づけた。
「わしは、アンタ・・・にどうしても・・・謝らなければ・・・・・・」
「大丈夫、ちゃんと聞こえています。落ち着いて、ゆっくり息を吸ってください」
安心を促すため、ピッタリと寄り添い強く手を握る。
頑張って。まだ逝くのは早い。彼女の手はそう大端老人に語りかけていた。
「そう。落ち着いて・・・ゆっくり」
そのままじっと大端老人の口元に意識を集中する。
やがて荒かった息が治まり、大端老人は過去に自分が犯した罪を語り出していく。
彼は末摘花枝・・・いや、彼女が被った仮面の人物にどうしても謝らなくてはならないことがあった。
「わしは家族にも言えない秘密をノートに書いとった・・・・・・それを知られたら破滅する秘密を・・・だから・・・・・・肌身はなさ」
「だから、肌身離さずノート持ち歩き、自分の能力に気づいたのね」
苦しげな大端老人に成り代わり、末摘は彼の言いたいことを代弁する。
大端老人はそうだとばかりに末摘の手を力強く握り返してきた。
「わしは・・・知らんかったんじゃ、自分の力に・・・・・・自分が・・・あんなことを起こすとは。すまなんだ・・・・・・わざとじゃない・・・・・・・・・」
彼は自分の能力に気付いた時のことを話したい様だった。
それは最期の瞬間まで、ずっと彼の心を苦しめてきた出来事だったのだろう。
「アンタに酷いことを・・・それなのに・・・・・・わしは何の報いも・・・・・・」
大端老人が自分の能力に気付いたのは、ノートに書いた内容が元で末摘が被った仮面の人物を不幸に陥れたかららしい。
確率を操作し書いた内容を現実のものとするノートに、大端老人は何を書き、そしてこの人物にどんな不幸をもたらしてしまったというのか?
しかし、末摘花枝にとって、過去に何があったのかは重要ではなかった。
少なくとも彼は十分苦しんだ。それで十分ではないか。
最期の瞬間まで、罪の意識を引きずる必要はない。
末摘花枝は優しく大端老人の頬に手をやると、思い出の姿で彼の罪を許そうとした。
「人には過ちは付きものよ。気にしてはいないわ・・・・・・あなたは何も悪くない」
「お、おおおおおおっ・・・・・・・・・」
大端老人の目から贖罪の涙が滂沱のごとく流れだす。
彼は懐から一冊の古ぼけたノートを取り出すと、末摘花枝にそれを握らせた。
「ありがとう・・・・・・コレを・・・貰って・・・・・・アンタの幸せの・・・ため・・・・・・」
「わかったわ。私、幸せになる。大端君のくれたノートで幸せになるわ! だから大端君もまだ逝ってはだめ・・・・・・」
にっこり微笑んだ末摘の笑顔に安心したのか、大端老人はコクコクと何度も肯く。
長年苦しんできた罪の意識からの解放は、彼に幾ばくかの生命力を取り戻させていた。
大端老人は安らかな表情を浮かべながらその目を閉じる。
しばらく後、すやすやと寝息を立て始めた彼に安堵のため息をつくと、末摘は大端老人の手を離し布団の中にそっと戻した。
「良かった。持ち直したようね・・・・・・ん?」
握らされたノートに書かれたタイトルらしき文字に、彼女は僅かに首を傾げる。
その動きにあわせ、彼女が被った竜の尾のような巨大な髪飾りがのそりと動いた。
「何なのかしら? SSネタ帳って・・・・・・」
聞き慣れない言葉に興味を抱いた彼女は、大きなブレスレットをはめた手でそのノートを一枚めくる。
そこには箇条書きで何かのアイデアが記載されていた。
・涼がチビロボになる
・涼の体は本星へ送られる
・子供になった涼とカナタで小学校の怪事件を解決
・サヤカのバイト先に異星人が。サヤカがカナタたちの事を知る
・涼の加速装置の暴走で・・・・・・
「SS・・・・・・物語みたいなものかしら? 途中で切れてしまっているけど・・・・・・」
そのノートに書かれた内容はそこで止まっていた。
末摘はそれっきり興味を失ったようにそのノートを閉じる。
彼女は自分の被った仮面が、宇宙船であることを知らなかった。
再びそのノートに誰が、何を書き込むのかは神のみぞ知る。
―――――― DEATH NOTE ――――――
終
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