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バレンタイン・プロポーズ

『お帰りなさい、横島さん』

 雪の振る二月十四日。新たな恋人が生まれたり、深めたりする日の夕暮れ時に、

「おう。今日も寒いなあ人工幽霊一号」

 横島は片手を上げて事務所の扉をくぐった。





―バレンタイン・プロポーズ―
Presented by 氷砂糖





「お帰り横島」

「何だ、タマモだけか?」

 横島が事務所の入ると、そこにはソファーに座って女性週刊誌を読んでいるタマモ以外の姿は見えなかった。

「美神さんはどうしたんだ?」

「おキヌちゃんや馬鹿犬と一緒にまだ自宅にいるんじゃない?」

「おキヌちゃんはともかく、何でシロまで?」

 タマモは雑誌を閉じてテーブルの上に置き、伸びを一つ。

「ん〜、知らない」

 実は嘘。本当は美神の自宅で三人とも今日と言う日に相応しいお菓子を作っているのだ。もちろんそれは事務所唯一の男性職員の為である。え?西条、誰それ?

「そっか」

 横島はタマモの素っ気無い答えに首を傾げると、手に持っていた紙袋を机の上に置く。

「まったく。美神さんもこんな日にピンでの依頼なんて入れないでいいやんか」

 ぶつくさと文句を言う横島。その様子にタマモはクスリと笑う。

「いんじゃない。それは横島が認められたって事で」

「そうだとしても今日みたいな質より数の依頼だったら俺よりもおキヌちゃんが適任だろに」

「やっぱり疲れたの?」

「当たり前だ。三十階建てのビルに悪霊が十二匹だぞ。内一体はコンプレックスだったし」

 “ドッサ!”と勢いよく腰をソファーに落し、タマモとは向かい側に座る。

「疲れたんなら寝ちゃえば?」

「………そうさせてもらうか」

 横島はそう言うとソファーの端っこに座りなおし寝ようと………

「おい」

「何?」

 タマモが横島とは反対側に座りなおした。このままでは寝ることが出来ない。

「そこにいられると寝れないんだが」

「寝れるじゃない。頭をここに置けば」

 タマモは自分の膝をポンポンと叩く。それが意味することはただ一つ。

「出来るか」

 “ポンポン”

「………」

「………」

 “ポンポン”

「………」

「………」

 “ポンポン”

「………」

「………ハァ、いいのか?」

「いいわよ」

 なんか諦めた瞬間タマモが妖艶に笑ったような気がする。

「………」

 ソファーに座った時とは違い、ゆっくりと頭をタマモの太股の上に乗せる。発展途上の女の子特有の柔らかさと、固さが入り混じった感触に思わず動機が跳ねる。

「ふふふ」

 頭を置いた瞬間手を額に乗せられた。うむ冷たくて意外に心地よい、……じゃなくて。

「おい」

「いいでしょ?」

 今の一言で理解する。何を言っても無駄だ。

「好きにしろ」

「ええ、好きにするわ」

 タマモは諦めた横島の前髪を撫ぜたり指で梳いたり巻いたりと楽しそうにいじり、横島はというと気恥ずかしいのを我慢して耐えているが、やがてそれも限界が来て思わず口を開く。

「タマモ。その袋の中身を取ってくれ」

「いいけど何が入ってるの?」

 タマモは横島から手を離して身を乗り出して袋を除く。その際、タマモの体の一部が横島に当たっているような気がしないでもないが、無害です。

「チョコレート」

 ピタリとタマモの動きが止まる。

「何で?」

 タマモが思わず不穏な空気を撒き散らす。いろんな意味を込めて美神が仕事を言いつけたというのに。

「いや、何でって………、現場に行く途中に学校に休むって伝えに行ったら愛子や小鳩ちゃんがくれた」

「二個どころじゃないけど?」

 そう。横島が持ち込んだ紙袋の中には二個どころか十個以上の綺麗に包装されたチョコレートの包みがあった。

「いや、どこからか話を聞きつけた同級生やら下級生がくれたんだ」

 あの瞬間は本当に驚いて喜んだが、話を詳しく聞いてみるとどうやら愛情と言うよりも親愛だそうだ。つまりは愛すべき馬鹿の為といったところか。

「ふーん。そお」

 納得した様な言葉を口にするタマモであるが、彼女の鼻は包みに込められた思いを正確に嗅ぎ取る。横島はそんなことを行っているが、この紙袋の中には何個も本命の包みが数多くある。もっとも、本命以外の包みも、どれもこれも心がこもった一品ばかりである。

「………とってくれないのでしょうか?」

「何を?」

 笑ってるけど笑ってない。そんな笑顔のタマモに横島は何も言えず怖いので眼を閉じて見ない様にする。

 静かな時間が流れ、眼を瞑ったままの横島には分からないが五分程度の時間がたつと、タマモが諦めたように溜息をこぼした。

「ほらお腹すいてるんでしょ?口あけなさい」

 優しくなったタマモの口調にいぶかしみながらも、横島は眼を閉じたまま口を開く。ガサガサと聞こえてくる包みをほどく音。

 ん、と言う微かなタマモの呻き声。そして唇に感じる紙のように薄い板、同じく唇に感じる熱い息。息?

 疑問に思った横島が目を開けるとそこには、

「!?」

 眼を瞑って横島が銜えた板チョコの反対側を銜えたタマモ。

 互いに加えているのは長方形のチョコの対頂角。

 その距離僅か3mm互いの息が届く距離。

 眼の焦点が合わないほどの近くで二人は時が止まったかの様に動かない。

 やがて“パキン”と軽い音を立てて半分に割れるチョコ。

 チロッ、っと僅かにタマモの口からはみ出した赤い舌がチョコをタマモの口の中に運ぶ。

「味はどう」

「………甘めえ」

「そう?ビターにしてみたつもりなんだけど」

 横島の言葉の意味を理解しながらもタマモは笑って言葉をつむぐ。

「ねえ横島。覚悟しなさい」

 タマモは両手でいまだ膝の上にある横島の頭を固定する。

「………何をだよ」

「さっきのチョコ、本命なんだからね」

 真直ぐ。真直ぐタマモは横島の瞳を見詰める。己の意思を伝えるかの様に、

「彼女のことも知ってる。美神やおキヌちゃんが本気になったのも知ってる。でもね、私は引かない、諦めない」

 言葉から思いを、視線から意思を、受け止め切れないほども思いを横島に叩きつける。

「私は九尾の狐よ、覚悟しなさい」

 タマモの宣戦布告に、

「………分かった。覚悟だけは決めとく」

 横島はそんな答えしか返せなかったが、タマモは満足したように笑った。その直後、

「先生!」

 シロが入ってきて、

「横島さん帰ってたんですか?」

 次いでおキヌ、

「あら早かったわね」

 最後に美神が入ってきた。

「「「「「………」」」」」

 誰も何も話さない。横島の頭はタマモの膝の上、つまりは膝枕。しかもその手は横島の頬に添えられている。

「人工幽霊一号」

『はい、オーナー』

「今から三十分以内の事務所の二人の映像を再生」

『了解しました』

 即座にオーナーの要望に答える人工幽霊一号。彼(彼女?)とて命は惜しいのである。

 食い入るように横島が事務所に入ってきたところからの映像を見つめている三人を他所に、タマモは横島の耳に口寄せて囁く。

「待ってなさい。直ぐにあなたが堕ちるような美女になって見せるんだから」










 もっともその様子も後で確認されて後が大変になるのであった。










 どうも氷砂糖です。
今回はタマモの甘物でした一応バレンタイン物ですがいかがでしょうか?一応宣戦布告、つらいとしあわせと宣戦布告の続きです。自分のネーミングセンスのなさに軽く絶望。
プロポーズも宣戦布告かなぁーと、書いてて自分でも辛くなるってのはいかがな物でしょう。
次回はついにお犬様、今度は何時にしようかな。



 STJ様
大丈夫です。書いてる私自身辛かったですからw


 aki様
そのとおりです。おキヌに電撃戦は無理でしょうw
十分楽しめてもらえたようなので私としてはかなり嬉しかったりします。


 偽バルタン様
おキヌらしさが出ていましたか?今回頑張ったものなのでほっと一安心。今回の甘味はいかがでしょう?


 輝剣様
そうなんです。恋敵や、将来の娘に向かっての宣戦布告なんです。すっきりとしたでも十分に甘い話が私の目標なのでそれが果たせていたようで幸いです。

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