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おこた



寒風吹き荒ぶ、冬空の町。
凍て付く大気と葉を全て落とした街路樹によって彩られた寒々しい風景。
静けさに満ちた季節は、時に人の心にさえも冷たい風を吹き付ける。
その冷たさを防ぎ、冬風さえもしのぎ、暖かさで心も体も癒す。
そう、それが建物の役割。即ち、私の役割。

私は人工幽霊壱号。
幽霊にして人工物たる建物でもある存在。
自然と言うには少々離れた、己の在り方に疑問を感じた事は無く
むしろ、このような季節にあっては誇りにすら思っています。
人の為に在る、人の役に立てるということを実感として抱けるのですから。
いや、そのように人の不幸を願うような思考は良くないことでしょう。
ただ私は自らの役割に尽力していればいい。それが直接、喜びに繋がるのです。
さぁ、皆様。私の部屋内くつろぎ空間にて安らかな心持ちとなるが宜しい―――――!



「はぅー、暖かいですねぇ」

「癒されるでござるなぁ」

「冬って・・・・・・サイコー」

「うん、安物でも充分使えるわね」



・・・・・・・・・・こたつめがっ―――――――――!!!
所詮、腰から下部分を暖めるしか能の無い部分限定暖房器具の分際で!
しかし、その不自由さが良いという始末。くっ、何て時代だ!










おこた 〜人工幽霊壱号の憂鬱〜










宇宙人、超能力者、未来人、異世界人が居ても、私のところへは来なくていーです。
妖怪、霊能力者、元幽霊、煩悩少年で十二分に間に合ってますから。
と、何処からともなく飛んできた電波はさておくとして。



「やっぱり冬はこたつでみかんですねぇ」



みかんをむきむき、どてらを着込んだおキヌちゃんが
おばさん通り越して、おばーちゃんな風情をかもし出しています。
花の女子高生がそれでは、あまりに若さが無いですよ。
しかし、それも仕方が無い事なのかもしれません。
あのオーナーでさえ、目を糸のように細めてぽややんとしているのですから。恐るべし、こたつ。
情けないのは、あとの二人です。こたつで丸くなっている妖怪二名。
幸せいっぱい夢いっぱいな表情でこたつに入り込んでいる、人狼のシロと妖狐のタマモ。
あなた達、犬族としてのアイデンティティは何処にいった。
いっそ、もう今日から猫になりなさい。にゃぁとかみゃぁとか、頭悪そうな語尾を付けるがいい!
冬に庭も駆け回れない犬なんて! 駆け回れるような庭なんて在りませんけど、そこは気持ちで。



「こーんな寒い日に外なんて出たくないわよねぇ。
 ああ、もうずっとこのままで居たい・・・・・・」



オーナーによる駄目人間一直線な発言です。社会人としてどうなんでしょう。
そんな軟弱者への罰として、窓の隙間から冬の風をプレゼントしてあげましょう。
いえ、決してこたつばかりを褒めてる皆様をいけずだなんて思ってるわけでは。
そーれ、ぴゅー。



「寒っ!?」



もそもそと更にこたつの奥深くへと入り込む皆様方。しまった逆効果!?
しかも、怒られてしまいましたよ私。何だかとってもちくしょーです。
古い建物だから仕方ないですよ、とかおキヌちゃん。
それフォローになってない。むしろ私に対するトドメですから。
いけませんね。このままでは、こたつ以下のレッテルを貼られてしまいそうです。
うぅん、何か立場を復権出来る手立ては無いでしょうか。むむむ。



「こうしてると、部屋全体を暖める暖房も悪くないけど
 やっぱり日本人にはこたつが一番だなんて思っちゃうわ。
 ねー、人工幽霊弐号」



などと考えてるうちに、私自身がアイデンティティを毟り取られてました。
おい、待ちやがれそこのオーナー。何、こたつを撫でながら妄言撒き散らしてますか。
人の家族を勝手に増やさんで頂きたい。こたつが弐号なら、ストーブは参号ですか。
『今日は俺とお前で、ダブル人工幽霊だからな』とか言っちゃうんですか。わー、語呂悪ーい。
悪いのは語呂だけではありませんが。どんな世界だよ。
大体こたつって弟ですか妹ですか。いやいやいやいや、そこじゃない問題は。
ああ、いけないいけない。私自身が混乱してしまってます。
頭を冷やしましょう。ビークール、ビークール、ビーフール。フールになれ人工幽霊壱号。
冷静になるためには、何か落ち着く想像を・・・・・・そうだ、あれだ!





脳裏に浮かぶ、SUZUMEというネームプレート。

小さな巣の中は、無人にして無音。

・・・・・・・・そう。今年の冬は――――――――寒かった。





よーし、激しく落ち着きました。
この冷たさ。風呂場でぴちょんと背中に襲撃をかける水滴の如く。
落ち着いた頭で考えてみましょう。戸籍上、私の家族は父一人です。
思えば偏屈ながらも子煩悩な父親でした。子煩悩ながら偏屈というべきでしょうか。
息子に人工幽霊壱号とか名前付けるとかありえませんよね。そもそも受理するなよ役所。

そんな父の不器用な愛情を証明するエピソードが一つ。
所詮私は人工物な身。生粋の人間たる父と、最初から家族関係が成り立っていた訳では有りません。
仮に『息子です』などと、何処からどう見ても住居でしかない私を紹介しようものなら
一線引いた朗らかな対応と共に、黄色い救急車がこんにちわです。
一端始めると何処までも考え込んでしまう父は、そんな私との関係に思い悩んだ挙句
最終的にはまず形からとばかりに、『人工幽霊』に名字を変えんとしやがりました。
あまりの愛の重さに、涙を流せぬ私も泣く思いで引き止めたものです。なんと懐かしい。

と、まぁ、このように私にも歴史有りなわけで。
何とも知れないこたつに兄と呼ばれる筋合いなど無いのです。
・・・・・・無いと言ってるでしょうが、あんたら! 何で人工幽霊弐号で命名決定してるんですか!
終いには、私自身が改名して人工幽霊ブラックとかになりますよ!



「ちわーす」



出たなゴルゴム! いや違う落ち着け、改めて落ち着け私。
現れたのは怪人集団一味ではなく、煩悩少年横島さんです。
ごく自然な仕草で、いそいそとオーナーの隣りに入り込もうとした彼は
弛んだ表情のままに繰り出された裏拳に、顔面を打ち抜かれました。
さすがはオーナー、こたつに心蕩かされていようとも容赦の無い一撃です。



「寒いのヤだから入らないでね♪」

「何、さも嬉しげに地獄のようなこと言ってんですか!
 つーかすんません、調子乗ったことは謝りますんでこたつ入れさして下さい。マジ寒い」



堂に入った土下座を行う横島さん。それでも、オーナーは渋い顔です。
横島さんがオーナーの隣りに入れば、セクハラしないとは限りません。
というか、やらない未来が浮かびません。



「あ、じゃぁ私の隣りに・・・・・・」

「一緒に入るでござるよ、せんせー!」



有無を言わさず、シロが横島さんを自分の元へと引っ張り込みました。
とにかく暖まりたかったのか、横島さんも抵抗せずにシロの横へと陣取ります。
そうして肩を寄せ合った二人の姿は、恋人というよりも仲のいい兄妹のようでした。
そして、何か言いかけたおキヌちゃんはと言えば。



「ほーら、タマモちゃん。
 みかんはね、ヘタの有る方から向いていくと白い筋が綺麗に取れるのよ」

「ああっ、皮に指を差し込むと独特の柑橘類臭がっ!?」



現実から目を反らすように、タマモにみかんの剥き方を教授してました。
強く生きてください。みかんと格闘して悶えてるタマモ含めて。
部分的にはともかく、概ね和やかな団欒風景ですね。そして取り残された私。
建物としての悲哀を噛み締めるばかりです。はっはっは、寂しいですねこんちくしょー。
こうなったら最後の手段といきましょうか。これだけはやりたくなかったが―――――――





――――――――――





というわけで、取り憑いてみました。こたつに。
人間やればできるものです。私幽霊ですが、人工物ですが。
じりじりと空気を暖める電熱器。暖気を逃さないための布団。それらを一つに纏めるテーブル。
ふーむ、こうして自分がこたつになってみると、なかなかに考えられた一品であると自覚できます。
所詮、不十分な暖房器具とばかり思っていましたが、考え方を改めましょう。
いえいえ決して、私みんなの役に立ててますねわーいとか思ってるわけでは。
しかしこうして四本足で立っていると、無自覚であった現実の一側面に気付かされます。
それは、覗き込みでもしない限り外から中の様子は解らないということ。当たり前ではあるんですが。
女性陣の生足が突っ込まれたこたつの中は、まさしくフリーダム横丁。



「おおっと、手が滑ってみかんがこたつの中に!
 これは温もってしまう前に救出せねば!」



と、説明台詞を吐きながら横島さんが顔面突っ込もうとするのもむべなるかなです。
もちろん、即座に蹴り出されてますが。蹴り足の主は対面に座っているオーナーでした。



「寒いんだから、次に布団捲ったりしたら千切り取るわよ?」

「にこやかな笑顔で殺人予告!!?
 何を千切るのかは言わないのが優しさですか!?」



戦きに身を震わせる横島さんは、体のある特定部に危険を感じてるようです。その手で隠してる股の間。
しかし、幾ら体格が大きい方ではないといえどシロと横島さん、二人で入ってるのは狭そうですね。
横島さんが無駄に動いてるせいで、シロも物理的に居心地が悪そうです。
なので、我慢できなくなったのかシロが場所を移動しました。
よいしょ、とばかりに横島さんの上へと。なるほど、その手があったか。



「おい、シロ。俺は座椅子に生まれた覚えは無いんだが」

「先生がいけないんでござるよ。
 ほっておいたら、またこたつに潜り込んだりするに決まってるでござる。
 よって、これは当然のぺなるてぃーとして甘んじて受けて下され」


人差し指を立てながら、たしなめるように言いつつも
ぶんぶか嬉しそうに振ってる尻尾に説得力がありません。
それが邪魔だったのか、暴れる尻尾をわっしと捕まえつつも
横島さんは無理に彼女を退かそうとはせずに、その体勢のままでみかん籠に手を伸ばしました。
敏感な所を鷲掴みにされたシロは、きゅぅん、と一声鳴いて身を捩ります。

そんな様子を、いいなー、とばかりに指を咥えて見ているおキヌちゃん。
我関せずとこたつを堪能しているのはオーナーで
ついにミカンを上手に剥けて、全身で感動してるのがタマモです。
平和ですね。いや全く。平穏は何にも変えがたいものです。
しかし、複雑な気分でもあります。
今、こたつに取り憑いているとはいえ、私の本体は建物です。
そんな私の働きを無視するかのように、こたつばかりに関心が向けられるのが何とも。
そんな悩ましい気持ちを間接的に伝えるために
とりあえず、こたつの目盛りを強にしてみました。
人工幽霊ファイヤー!



『暑っ!!?』



じりじりと暖まった熱で、こたつから慌てて出る皆様方。
ふはは、いい気味ですよー。










すぐに私の仕業とばれて怒られました。くそう。



「まったく、悪戯にもほどがあるわよ。
 勝手に目盛り強にするなんて、万死に値するわ」

「まぁまぁ、美神さん。
 きっと人工幽霊壱号も、こたつに憧れてたんですよ」

「冬にこたつに入れないなんて・・・・・・なんて可哀相」



いえ、おキヌちゃん。将来の夢にこたつを据えるほど、私は人生煮詰まってませんが。
というか、何故に同情されてますか私。哀れむなタマモ。



「散歩とこたつを選べと言われると、さすがの拙者も困るでござるなー。
 このよさを知ってしまうと、もう昔の自分には戻れんでござるよ」

「そら、いいこと聞いたな。
 こたつの一つでも買っときゃ
 これから散歩に付き合わされることもないわけだ」

「先生と一緒にいるのがいいんでござるよぅ」



何気にプロポーズしてませんかシロ。
へーへー、と何の気なく答える横島さんですが
剥いたみかんをシロの口にも放り込んでます。
無意識なのかどうかはともかく、アツアツですね。こたつだけに。
そんな風にぬくぬくとしてるうちに、オーナーの怒りも蕩けてしまったご様子。
自分的には都合がいいのですが、微妙に納得はいきません。
くそぅ、そのまま眠ってしまうがいいさ。
そして明くる朝に、風邪をひいてしまう恐怖に怯えるがいい!



「あー、でもこうしてると眠っちゃいそうね」

「いーんじゃないスかねー。
 確か明日は仕事入ってないでしょ?
 それに日曜ですし」

「それもそうねー・・・・・・・」



て、あれ? 本当に寝ちゃうんですか?
オーナーは既に夢見心地です。他の皆も、身を横にしてしまってます。
もしもーし、そのままだと風邪ひきますよー。
汗をかいた分だけ、体温が奪われちゃいますよー。
厚着してるからって、半身が外に出てたら冷えますよー。
と、声をかけて起してもいいのですが、それもまた気が引けて。
だって子供みたいな顔で寝息立ててるんですよ。起せませんて。

・・・・・・仕方がありませんね。
何とも手間のかかる皆様です。
さてさて、人数分の毛布は在ったでしょうか。
こたつの温度も、適度に調整しなければ。
いえいえ、別にやっぱり私が居ないと駄目なんですねーとか思ってるわけでは。いそいそ。





冬風のノックを受けて、窓が小さく音を立てています。
遮断した先には、冷たく凍える空が広がっております。
冬という季節を思えば、寒いのが当然ではあるのでしょう。
けれど如何な自然も皆様の笑顔を奪うと有れば、私としては看過できません。
健やかな暮らしを妨げるものは、全霊を以って排します。
それこそが住居としての、私が私自身に課した役割なのですから。

とはいえ、その役割を果せなかった身を不甲斐なく感じます。
精進せねば。まずは床暖房とかでしょうか。
正直、こたつに対する気持ちが解れた訳ではありませんが
今日の所は、皆様の寝顔に免じてよしと致しましょう。






次こそは負けませんよ、こたつ!











後日談。


あれほど皆の心を虜にしたこたつも仕舞われて久しく。
うららかな陽射の降り注ぐ、のどかな春の日。
ぼこりと土の中から帰ってくるヤツが居た。



「私、参上!」



やぁお久しぶりです、鈴女さん。冬眠生活はいかがでしたか?

とゆーわけで、人工幽霊壱号がおこった話でした<ヲイ

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