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いつか回帰できるまで 最終話 そして、回帰できるまで

「……と、こういうわけなんです」

 走りながらヒャクメ、ひのめ、横島から大体の事情が美神に伝えられる。

「ったく、私たちが居ない間にそんなことになってたとはねっ」

 美神家への数百メートルの道中、ようやく事情を理解した美神は第一声に毒づいた。

「でも、必要なものはちゃんと揃ったんでしょ? あとはきっちりおキヌちゃんを持ち直させる。そうでしょ?」

「はいっ、たださっきまでの騒動で彼女の霊体に悪影響が出ていなければいいんですが」

 芳しくない表情でヒャクメが答える。
 この場の誰も悲観的な方向には考えたくはない。
 しかしながら、さっきまでの状況はそれ以上に常軌を逸したものだ。
 横島を助けに来たこともやはり彼女にとって大きな負担だったことは想像に難くない。

「とにかく急ぎましょう。おキヌちゃんの霊体はもうギリギリです」

 そう、とにかく今は急ぐしかないのである。




〜 いつか回帰できるまで 最終話 そして、回帰できるまで 〜




 家に飛び込んでからは一直線だ。横島は脇目もふらずに奥にあるおキヌの部屋へ駆けていく。
 その様子に美神達も目的の場所がそこであることを察し、追従していく。

「おキヌちゃんっ」

 勢いよくふすまを開き横島が部屋に飛び込む。

「おキヌちゃんっ」「おばあちゃんっ」「お袋っ」「お義母さんっ」「おキヌ殿」

「「「「おキヌちゃんっ!!」」」」

 続くのは口々に響く呼びかけ。
 不安の色を色濃く映し、どれほどかの名前の持ち主が愛されているか如実に物語っていた。

 果たして部屋にあるのは小綺麗に整理整頓された六畳程度の和室だ。

 そこにいたのは三人の老婆と、年老いた大男だった。

「横島……さん」

 そのうちの一人、弓かおりが涙に濡れたその目を上げた。

「氷室さんが」

 ポロポロと頬を涙が伝う。
 よく見るとかおりだけでなく魔理も、タイガーも泣き崩れている。

 ただ一人早苗だけが泣かずにギッと横島の方を見据えていた。

「遅ぇだぞっ!! 早くおキヌちゃんを助けてやるだっ」

 強く言ってくるものの、声の震え、握りしめた手のひら、青ざめた顔色から浮かぶ不安の色は明らかだった。

「おキヌちゃんっ!!」

 布団に横たわるおキヌの傍らに横島が駆け寄る。
 そこにあるのは呼吸の止まった白い顔。

「まだ間に合いますっ。早く準備をっ」

 小竜姫がすかさず指示を飛ばしていた。

「おキヌちゃん……なの?」

 思わず美神が立ちつくしていた。
 孫娘の存在、自分より年上になった妹、多くの事から長い年月の予想はしていただろう。
 しかし、自分と身近な存在がいきなり老いた姿に遭遇するのはやはり大きな衝撃だった。

「くそっ、くそぉっ」

 横島の頬に熱く雫が伝う。
 50年という残酷な時間のクレバスが横島とおキヌの容貌に大きな開きを与えていた。
 その長い年月、彼女はひたすら横島の帰還を待ち続けた。
 老いが隠せないその皺の一つ一つにどれほどの苦難の歴史がしみこんでいるのだろう。

 50年、あまりにも長い時間を超えてようやく巡り会えたというのに、今、どうしようもない隔たりが求め合った二人の間に穿たれようとしていた。

「くそっ、逝くな逝かないでくれっ」

「横島さん、美神さん、おキヌちゃんへの霊力の供給をお願いします」

 小竜姫の声にようやく横島と美神がハッとした顔になる。

「おキヌちゃんの手を、しっかり握りしめてあげてください」

 小竜姫は横島に優しく微笑み掛けていた。

「きっと誰よりも横島さんを待っているはずです」

「こっちは準備できたのね。魔鈴さん巫女装束をっ」

「はいっ!」

 ヒャクメの呼びかけに魔鈴は持ち込んできた巫女装束を布団越しにおキヌの全身へ掛けた。

「簡易ですが儀式を始めます。ひのめさん、忠彦さん、絹香さん、早苗さん、打ち合わせ通りに」

 小竜姫も満身創痍の体にむち打って作業に当たる。
 時折足取りがおぼつかないが、武神の矜持ゆえか一切の弱音を吐くことなくしっかりと準備を進めていく。

 ひのめ達、名を呼ばれた四人とヒャクメがそれぞれおキヌの周囲を取り囲んで各々、正座し印を結び始める。

「拙者達はどうすればっ」

 シロが焦れた様子で問いかけていた。

「残念だけど」

 おキヌの冷たくなりかけた手を握りしめながら美神はつぶやく。

「この儀式、神道系のうえ、縁が近い人間があらかじめ準備してるものよ。飛び込みでは参加できないわね。文珠があるなら話は別だけど」

 額に玉のような汗をにじませながら美神は説明してやる。
 文珠は先の戦いで全て使い果たしていることはこの場にいるほとんど全員が知っている。

「この延命処置的な霊力供給もできる人間だって状況から見て限られてるわ。肉親か、私や横島クンのように縁の強い人間だけよ」

「だ、だったら拙者は?」

「悪いけど、待っててもらうしかないわね」

「くっ」

 シロの焦りはその場にいる他の人間を代弁していると言って良かった。

「おキヌちゃん。助かってくれ」

 すべての意志を込めて全身の霊気を絞り出す。
 どんなときにもなかったほど真剣に、一心不乱にただその力を注ぎ続ける。

「全部っ、全部くれてやるっ、俺の霊能力なんて根こそぎ全部っ」

 涙混じりの声が悲痛に響く。
 自分の生命力さえ削りだしそうなほど悲壮な力の放出だった。

 挟んで向かい側にいる美神が思わず青ざめる。

「横島クン、ダメよ無茶しないで」

「俺なんかどうだっていいっす。だから、頼むっおキヌちゃんだけは、おキヌちゃんだけはっ!!」

 美神の心配すら無視して力を振り絞っていく、汗が蒸発しそうなほど明確な意志がそこにあった。

「っ!?」

 急激に摩耗する霊力に意識の方が追いつかない。
 立ち眩みのような強烈なブラックアウトが横島の意識を横殴りする。

『くそっ、ここまでかよ。俺って奴は』

 倒れ掛けた体を無理矢理意識で持ち上げる。

 横島という男は普段何でもないときはさしてプライドなど無い。
 だが、己の大事にしているものが危機に陥っているというのに何もできないときほど口惜しいことなど他にない。
 今はまさしくそうだった。

 文珠も使い果たし、ひたすら儀式が終わるまで、最愛の女性を積極的に救うことができない焦燥感が横島を包み込む。

『頼むっ、何でもいいっ!! おキヌちゃんを助けたいんだっ!!』

 声に出さず、歯を食いしばりながら頭の中で絶叫していた。

 シャンッ

 ガラスの鈴を鳴らしたかのような澄んだ音色が横島にだけ聞こえた。

『ヨコシマ……』

 脳裏に懐かしい声が呼びかけていた。
 忘れられるはずもない。
 それはかつての恋人の声。

「ルシオラ!?」

 あまりにも儚く、あまりにも美しく散った蛍の化身だ。
 思わず声に出てしまっていた。
 周囲が驚いた表情で横島を見ている。

『ふふ、幻聴じゃないわよ』

 かつて救えなかった魔族の少女が横島の意識の中に存在していた。

『まったくもうっ、あんまりうるさいから目が覚めちゃったわよ』

 半ば呆れたようで居て、慈しみのこもった声だ。

『ヨコシマったら、よっぽど必死なのね』

 脳裏でショートボブの彼女が苦笑している。

「頼むルシオラ、力を貸してくれ。俺はっ!」

『ほんとしょーがないんだからっ。恋人助けるのに元カノに助けを乞うなんてお前くらいよっ』

「うっ」

 少しだけ怒ったような口調だった。思わず横島も言葉に詰まる。
 確かにかつての恋人に今の恋人を助けてくれというのも無節操な話だろう。

 しかし、脳裏に浮かぶルシオラはスッとその瞳を細めた。

『でもね、私はそんななりふり構わないお前が好きよ』

「ルシオラ?」

 確かな微笑みを浮かべて、それでいてジッと横島の意思を確認するような目を見せる。

『力を貸してあげる。でも、覚悟はいい? しばらくまともに生活できなくなるわよ?』

「かまわねぇよ頼むっ」

 その回答に一切の躊躇はなかった。

『わかったわ……おまえの中に残っている私の霊基、その全てを呼び起こしてあげる』

 キィィィイィィィィィィィィィィィィッ

 柔らかな声が横島の脳裏に響くと、霊力が光を帯びて全身から輝きを発し始める。
 横島のチャクラにすさまじい霊圧が吹き上がっていた。

「ぐおぉぉぉっ!!」

「よ、横島さん?」

 龍神である小竜姫さえも目が眩むような霊力の瞬き。
 人間である横島にとってそれが楽な負担であるはずがない。

『か、体が千切れそうだ。けど、これならっ』

 少しでも体を動かそうものなら引きつるような痛みが走る。
 横島はかつてこれに近い痛みに経験があった。

 かつて、韋駄天に体を貸した。その直後の激痛のひとときだ。

『こなくそっ』

 ギィィィィィィィッ

 空間が軋むような音を立てる。

 ギャリッ!! ギャッ! ギシィッ

「こなくっそおぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!」 

 浮き上がった全身の血管から霧のごとく血がしぶく。

「おキヌちゃんを、助けるんだ」

 激痛を意志の力で強引に押さえつける。

 グラッ

 立ち眩む。蒼白になった顔にしぶいた血がまとわりついていた。

「やっ……た」

 手の中にある確かな感触が横島を歓喜に震わせる。
 満足な笑みを浮かべる横島の手には、白と黒で色を成す文珠が収まっていた。

『さ、ヨコシマ、私にできるのはここまでよ。だから、後はお前が切り開いて』

「さ、サンキュー、ルシオラ」

『どういたしまして。でもね、ここまでお膳立てしてあげたんだから幸せにならなきゃ怒るわよ』

 悪戯っぽく微笑み、その面影は徐々に薄れていく。

「分かったよ」

『ヨコシマ、幸せになってね』

 淡い燐光を放って、蛍の化身の少女は姿を消した。

 横島は手に入れたばかりの文珠と共に改めておキヌに向き直る。

「ヒャクメ、文珠使うぞっ」

 斜向かいにいるヒャクメを呼ばわる。

「よ、横島さん、大丈夫なんですか」

「俺はいいからっ。おキヌちゃんを助けるのが最優先だろっ」

「は、はいっ、では、まず巫女装束の霊基とのつながりを強化します。『融合』を込めてください」

「わかった」

 素早く白黒文珠に『融合』の二文字が浮かび上がる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉっ」

 キィィィィィィィィィィィィッ

「くぅ」

 儀式を続ける者達は全員汗をにじませている。
 そこから見とれる状況は芳しくはなかった。

『こんな、おばあちゃんでいいんですか?』

 脳裏によぎるのは、ほんの数時間前の記憶だ。
 50年待ち続けてくれた恋人の姿だ。

『会いたかった。ずっと』

 かつて軽く交わしただけの口約束、そして、彼女はそれをひたすら信じ待ち続けた。

『必ず帰ってきてくださいね。横島さんが帰ってくる場所は私のところですからね』

 彼女はただ、ずっと一途に横島を想ってくれていた。

『横島さん……大好き』

 あらゆる思い出が脳裏を巡っていく。

『私っ、思い出します。二人のことっ』

 いかなる時も明るく励ましてくれた誰よりも愛しい存在。

『死んでも生きられます。ちょっと死ぬほど苦しいけど」

 出会ったときから穏やかな彼女の姿が脳裏をよぎる。

『ごめんなさい私ったらドジでっ』

 巫女装束を身につけた。家庭的で優しくて可愛らしい黒髪の女性が記憶の彼方にいた。
 凄まじい勢いで横島の脳裏を思い出が巡っていく。

『私のこと忘れてください。こんなおばあちゃんのことなんか』

「関係ねぇ……んなこと、関係ねぇっ!!」

 失っていい存在なわけがない。
 少なくとも横島にとってはそうではない。

『俺の中に、おキヌちゃんの魂の欠片があったはずだ』

 ビリッ……ビ、ビビ

 有効な言葉が思いつかない。今使っている『融合』でも効果はあるはずだ。
 だが、何かが足りない。

『何もかも届けっ届いてくれっおキヌちゃんの魂にっ帰ってくれ』

 迸る霊力の渦中で横島は更に意志を込める。持っているもの全てを文珠に込める。
 瞬間、文珠の中の文字が確かに入れ替わった。

「逝くなっ、死ぬなぁっ!! 帰ってきてくれおキヌちゃぁぁぁぁんっ!!」

 カッ!!

 瞬間、文珠から解き放たれた新たな閃光が周囲を埋め尽くす。誰も目を開けていられない。

 弾けるようにおキヌと重ねた巫女装束が輝きを放った。

 パァンッ!!

 激しい音共におキヌが光に、光が粒子になって爆発する。

「えっ!!」

 横島は白光に目を焼かれようがお構いなしに、おキヌの姿を探す。

 だが、光の奔流が収まったとき、横たわっていたはずのおキヌの姿は何処にもなかった。

「おキヌちゃん……」

 呆然と呟く、呟きながら布団を触る。まだ暖かさ残っていた。だが、彼女は居ない。
 そう、どこにも居なかった。

「おキヌちゃん」

 思わず前のめりに倒れかけていた。

「そんな」

 言葉が出てこない。出ようはずがない。

「横島さん……」

 伺うような声、聞こえるのは鈴を鳴らすような可愛らしい声だった。
 思わず横島が背後に振り返る。

 そこには黒髪の女性が居る。しかし、それは違う。

「ち、違うよっ。私じゃなくて」

 そこにいるのは最愛の人の面影を持つ孫娘だ。
 おキヌではない。

 だが、その孫娘は焦った様子で虚空を指さした。

「……」

 横島がその先に視線を移す。

 居た。

 間違いなくそこおキヌは居た。

 巫女装束に身を包み、美しい『黒髪』をなびかせ、在りし日の、思い出の中にある姿で。

 彼女がそのまぶたをゆっくりと開く。

 横島とおキヌ互いの視線が重なり合っていた。

「横島さん?」

「おキヌ……ちゃん?」

 堰を切ったように互いの瞳から涙があふれ出していた。

「横島さぁああぁぁぁんっ!!」

 彼女は想いの命ずるまま、最愛の人の胸に飛び込んでいた。
 黒髪を揺らしひたすら待ち望んだその胸で泣きじゃくる。


「や、やったのね」

 ヒャクメが腰をペタンとつけてつぶやいていた。

「ヒャクメ、お疲れさまでした」

 そのヒャクメの労を労うように小竜姫は肩をポンと叩く。

「なんとかなったのね。おキヌちゃんと縁の深い人を連ねることで『縄』を輪となる式を敷いたのね。でも、横島さんは」

 その声から緊張はほとんど消えていた。

「ええ、最後に横島さんが文珠に込めた『回帰』……繋がり回って帰る。縄の式に能う言葉、ですね」

「あ、でも、確認しておかないと、おキヌちゃんちょっとゴメンなのね」

「え? あ、はい」

 すっかりかつての姿となったおキヌが振り返る。
 とんでもなく巫女装束が似合っている。

 そんな彼女をヒャクメはジーッとじっくり眺めている。

 そして、ホゥッと溜息をついた。

「ビックリなのね。肉体が再構築されて、霊体に組み込まれてるのね」

「ど、どういうことだ?」

 思わず横島が問いただす。

「おキヌちゃんは、霊体を基本として『巫女装束』と『横島さん』の二つに括られた霊的存在に変化しているんです」

「意味がわからん」

「ちょ、ちょっとっそれってもしかして人間とか幽霊って言うより」

 首を捻る横島に変わり、美神が口を挟んでいた。

「はい、神魔族の有り様に近いですね」

 小竜姫が補足する。

「はい?」

 今度こそ横島も目を丸くしていた。

「ただ、現在は力が満ちているから良いんですが、安定した存在になるにはもう一押し儀式が必要ですね」

 ヒャクメが顎に手を当てて半眼になる。

「一押しって……もぉ全員くたくたの限界だろ?」

 そう、見回すまでもなく全員が疲労困憊の局地にいることは明白だった。
 道真、魔獣の連戦に加えて例の儀式まで重なったのだ。

「ですね。それに、とても新しい式を組んでる余裕ありません。でも、やるしかありませんっ」

 ヒャクメは迷うことなくキッと横島に視線を向ける。

「横島さん、まだいけますか?」

「お、おぉっ!!」

 呼びかけられて横島も躊躇いはない。
 むしろ、最愛の女性を救うための最大の働きができることに何の不満があるだろうか。

「では、日本古来から伝わる『結びの力』を生み出す儀式を行います。おキヌちゃんもいいですね」

 有無を言わせぬ口調で並び立つ横島とおキヌを見据えた。

「よしっ、どうすればいいんだっ」

 腹が決まっている以上横島の反応も早い。

「では、おキヌちゃん、横島さんと」

「はいっ、横島さんと?」

 ヒャクメはグッと両拳を握りしめて力説する。

「今からたっぷり愛し合ってください。男女の交わりでっ」


 時が止まった。


 たっぷり十秒くらいは停止した。

 その場にいた全員が白くなった。

「なんでそうなるんじゃぁぁぁっ!!」

「……っ!? ……っ!!」

「きゃー、きゃーっ、おじいちゃんとおばあちゃんが今からこの場所でぇぇぇぇっ!!」

 横島は絶叫し、おキヌは耳まで真っ赤に染めて絶句、絹香に至っては頬に手を当ていけない方向まで思考が進んでしまっている模様だ。
 また恐慌に陥ったその場の何人かが頭を抱えている。

「でぇえぇすぅぅぅかぁああぁらぁぁっ!!」

 ヒャクメは横島達の剣幕にのけぞり涙ぐみながらも意志を表明しようとしていた。

「古事記由来の儀式なんですっ」

「イザナギとイザナミ、国産みの儀ね?」

 半眼になりながらも美神が一言付け加えていた。
 ひとまずその一言で収まった様子に安心したのかヒャクメも胸をなで下ろす。

「そうです。そもそもこの周辺一帯は道真の陰陽道による結界で魔の領域となっていたんですけどっ」

 周囲を軽く見回した。

「先ほどの横島さんが使った『回帰』の文珠の力、『縄』の式の効果で一気に浄化されて反動によって神域に近い状態になって居るんですっ」

「なるほど。うってつけってことね」

「そうです神道、陰陽道の式に相性いいんですっ!! 突き詰めれば最古の儀に倣うのはもっとも効果的なんですっ!!」

「あながち冗談じゃないわよ」

 美神が改めて補足する。

「これだけ日本古来の式が重なってる空間だもの。古事記由来の誕生の儀式は絶大な効力を持つわ」

「確かに男女の交わりは強い力を生み出すと言われています」

 頬を赤らめつつ咳払いする小竜姫が更なる助け船を出していた。

「仏道に帰依する私では思いつきもしませんでしたけれど、確かに理にかなった儀式です」

 そして、それら解説が何を意味するのか。
 当事者たる横島とおキヌは顔を真っ赤にするしかなかった。



 ……



 その場には誰も居ない。互いに思いを傾け合う相手以外には。
 誰もいないとはいえ、『何を行うか』分かった状態での二人きりというのもすこぶる居心地の悪いものである。
 とはいえ、あまり細かいことは言っていられない状況であるのも事実だった。

「えっと、おキヌちゃん」

 もっとも愛しい恋人の名を呼ぶ。
 たとえそれがお膳立てされた状況とは言え、二人にとってこの時間はあまりにも儚い夢でしかないものだった。
 そこにいかほどの不満があろう。

「横島さん」

 見つめ合う事は一瞬、すぐ求め合うように互いの唇をふさぎあった。
 それはお互いにとって待ち焦がれた儀式だったからだ。

「ん……っ」

 繋がった口腔では舌が絡み合って、深く深く相手を求め合う。
 遙かな遠い時を越えて、互いを求め合う想いが重なり合う。

「横島さん、私」

 切なげな声と共に巫女装束の、かつての姿そのままの彼女はギュッと力を込めて横島にすがりつく。

「あの、私、50年ぶりなんですから、その、優しくしてください、ね?」

 かすかに上目で見上げてくる恋人の姿に横島の理性はKO寸前である。
 既に血管が弾けそうになっていた。

「くぁ、俺もう限界」

「もう……」

 小さく頬を膨らませるが、チュッと軽いバードキスで横島の頬をついばむ。

「好きにしてください」

 軽くウィンクする。朱に染まった頬は愛する恋人の全てを待ちこがれるように微笑んでいた。


……



 家の外に追い出された面々は各々複雑そうな感情を隠し切れていない。

「うぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅぅ」

 膝を抱えた人狼少女、犬塚シロが涙と鼻水を垂れ流している。

「ったく、元々分かってたでしょうに、横島とおキヌちゃんの関係くらい、さ」

 横に立っているナインテールの少女は呆れたような顔でそっぽ向いていた。

「うぅぅ、分かっていたでござる。分かっていたんでござるが」

 グシュグシュと、鼻をすすり、涙をグシグシと手のひらで乱暴に拭う。
 余りにも直球な感情が少女の全身からわき出していた。

 ふと、その顔の前にサッとハンカチが差し出される。

「……え?」

「気が向いたら使いなさいよ。どうせもうすぐ捨てようって思ってたやつだから」

「かたじけない」

「気にされる方が迷惑だから気にしなくて良いわよ」

 ツンッとそっぽを向くが、その瞳は朋友に感化されてか、かすかに潤んでいた。



「……」

 膝を抱えるのは蝶の化身である少女。
 涙こそ流していないが、今にも決壊しそうな雫を瞳にため込んでいた。

「なぁ、パピリオ」

 金色の長い髪を揺らすのは蜂の化身である姉だ。

「ポチ……じゃなかった。ヨコシマのことはさ」

「わかってるです」

 細くしなやかな指先を力一杯に握りしめて、グッとこらえているのはどんな感情なのだろう。

「わかって……るです」

 小さな雫が一粒だけ頬を伝い落ちていた。



 階段に腰掛けながら、重苦しい影を背負いズーンと沈み込む亜麻色髪の美女が居た。
 片手で柱を支えにして、何かに耐えているかのようである。

「うぅぅぅ、何か改めて考えると……結構くるモンがあるわ」

 美神令子は己の中にある感情と必死に格闘していた。

 【本人は認めたがらない感情】と【自他共に認める意地】が互いに相争っていた。

「正直、私も結構ショックだわ」

「ひのめ?」

 いつの間にか隣にいたのは、年上となった妹。

「結局、兄ぃにってお義母さんのことが好きなのよねぇ」

 遠い憧憬を見送るような目でかすかに呟く。

「そっか、ひのめは横島クンの事、かなり気に入ってたもんね」

 美神がしみじみとそう言うのを聞いて、ひのめはキョトンとした顔を見せる。

「何言ってるのよ。お姉ちゃんこそ、兄ぃにの事、好きだったんでしょ?」

 苦笑混じりでさらっと言う。

「なっ!!」

 ボフッと耳まで真っ赤に染まっていた。

「嘘は良くないわよ? 私、小さいときから知ってるんだから」

「うぐ……」

 思わず言葉に詰まっていた。本人は隠しているつもりだろうが多少勘の鋭い者ならバレバレである。
 特に美神の身内ならばその辺りは推して知るべしだ。

「かーっ、たくぅっ!! いつまでもウジウジ悩むのは私らしくないっ!!」

 パシィンッと自分の両頬をひっぱたいて、顔を左右にぶるぶる震う。

「おキヌちゃんにだったら……しょうがないでしょっ!!」

 何かに宣言するように拳を振り上げる。

「仮にもあたしが惚れてやった男なんだからねっ。おキヌちゃんじゃなきゃ……絶対に譲ってやったりなんかしなかったんだからっ」

 吹っ切るようなそんな声が目尻の涙をはじき飛ばした。



「何か複雑」

 全員の様子を眺めて絹香が小さくこぼす。

「私も女だもん。みんなの気持ち……分かるからなんだか複雑」

 とてつもなく深いため息を一つつく。

「おじーちゃんって、ホントに女泣かせよね」

 何ともいえない表情のまま頬杖を付くしかなかった。


……


 甘く混ざり合う吐息、少しけだるそうに二人は横たわる。

「横島さん?」

 優しく呼びかける声。おキヌは自分の長い黒髪が垂れ落ちないよう左手で軽く添えると、覆い被さるように横島の唇をふさぐ。

 重なるように横たわる二人には小袖がかろうじてかかっているが、その薄布の下がどういう状態かは確認するまでもない。

「おキヌちゃん、大丈夫?」

 見上げる横島は心配げに問いかける。

「はい……その、横島さんが愛してくれて、私が安定してるのが分かります」

「良かったぁ〜」

 安堵のため息をつく横島が気の抜けた声を出していた。
 その様を見ておキヌは嬉しそうに微笑んでいた。

 両手の人差し指を突き合わせて、所在なさそうにもじもじさせる。

 しばらく二人の間に何とも言えないバツが悪そうな甘酸っぱいような空気が漂っていた。

「そだね」

 互いに目を合わせて、微笑み合う。そして、微笑みは重なり口づけへと繋がった。



……




「大丈夫です。安定しています。もう消滅とかそういうことには陥ることはありませんよ」

 ヒャクメが太鼓判を押していた。

「よ、良かった〜」

 おキヌもようやく胸をなで下ろした。

「あれ?」

 横島はようやく自分の中に起こっている異変に気づいていた。

「? おじいちゃんどうかしたの?」 

「あ、いや、その」

 孫娘に問いかけられて何とも言いづらそうな表情を見せる。

「あれ?」

「あ」

 ベスパとパピリオも怪訝そうな声を上げている。

「ヨコシマ、あんたルシオラの霊破片はどうしだんだい?」

 血相を変えてベスパが詰め寄ってきていた。

「いや、俺にも何がなんだかさっぱり」

「霊破片?」

 絹香達が知らないのも無理はない。
 彼女たちが生まれる遙か前の事なのだから。

 だが、それを知る者にとっては、それはとても看過できるような物事ではなかった。

「大丈夫ですよ」

 いたずらっ子の笑顔でヒャクメがニヤニヤと笑っていた。

「へ?」

「ルシオラさんは帰ってきます……十月十日後に」

 そう言ってチラッとおキヌの方へ目線をずらしていた。

「はい?」

 困ったように、意味が分からず首を傾げていると。
 ふと己の下腹部にかすかに手を当て頬を真っ赤に染める。

「おめでとうございます♪ 多分女の子ですよ」

 ペロッと舌を出しながらヒャクメが笑顔を浮かべた。







 〜エピローグ〜



 すっかり暖かい季節だった。
 特に変わることのない日常。

「ねぇこっちの生活慣れた?」

 黒髪を揺らし、振り返りながら微笑みを浮かべる。

「んー、まぁな。基本的に生活は変わらねぇみたいだし」

「ふふ、曾おじいちゃんと曾おばあちゃんが来るみたいだからちゃんと準備しておいた方がいいと思うよ」

 クスクスと楽しそうに微笑んでいる。

「……親父もお袋もご長寿だよなぁ」

「おじいちゃんが帰ってくるまで意地でも生き残るって口癖だったからねぇ。おじいちゃんもちゃんと親孝行しておかないとダメだよ」

「横島さーんっ」

 呼び声に応えて空を見上げる。そこにいるのは巫女服に身を包む愛しい恋人の姿だ。

「あ、おばあちゃん来たね。それじゃ邪魔しちゃ悪いし」

 絹香は悪戯っぽく微笑んで小さく舌を出すと小走りに駆けていった。

「ったく」

 横島が後頭部をポリポリかいているとすぐ側にはすたっとおキヌの姿、いっぱいの買い物袋を抱えて降り立っていた。

「おキヌちゃん、買い物帰り?」

「はいっ、約束でしたから」

 それこそ満面の微笑みだった。

「え?」

「横島さんが帰ってきたら、沢山おいしい物作ってあげますって」

「あっ」

 あの日、デタント会議に出発する前に交わした約束だ。
 いろいろありすぎて横島でさえ忘れかけていた。

「50年越しですけど、約束はまだ有効ですか?」

「あ、当たり前だろ」

 真っ赤になって目を逸らす。さすがに恥ずかしかったらしく面はゆそうな表情が落ち着かない。

「私たちずっと一緒ですよ」

 ごく自然におキヌは横島の腕を取る。

「あぁ、ずっと一緒だ」

 二人で共に行く。共に逝くその日まで。
 輪廻の輪へ帰って巡る。その日が来るまで。
 いつかふたりで回帰できるまで、物語はいつまでも巡る。
 幸せである彼らの物語が全ての帰結である限り。
 それが回帰できる先。



 いつか回帰できるまで Fin
どもども。長岐栄です♪
お待たせいたしました。『いつか回帰できるまで』最終話をお届けいたします。
いやはやほぼ丸一年かかってしまいました。
原作終了時点での宿題をおらおらとぶち込んだらこんな長さに(^^;

今回、はっかい。様のご協力により挿し絵が付いております。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/imgf/0061-img20080104161909.jpg
ノω・`)ノ 誠にありがとうございました


この話は構想にかなり時間をかけてから書き始めたものです。
このラストに持ってくるまで結構かかってしまいましたがいかがでしたか?
GS美神の一つの結末として受け入れていただければ筆者としても嬉しい限りです。


では、最後のレス返し

>akiさん
いつもコメントありがとうございました。
ごらんの通りの結末となりました。
いろいろと宙ぶらりんだったものにも一つの区切りはつけられたかなと思います。


みなさま、ここまでおつき合いいただき誠にありがとうございました♪
機会があれば是非栄の作品を読んでやってくださいませ(^^
それではまた
ω・`)ノシ

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