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いつか回帰できるまで 第十三話 終末へのカウントダウン

「貫けぇぇぇぇぇっ!!」

 全身全霊の一撃が一条の光となり魔獣の腹部に突き刺さった。

 ゴォッ!! ギャリィィィィィィィッ

 閃光と共に衝撃が周囲を蹂躙する。
 甲高い不協和音とともに、凄まじい威力を秘めた霊力が魔獣の巨体を宙に浮かしてさえいた。

−ウォオォオオオオオォォォォォォォォッ

 魔獣が耳鳴りがするような咆吼をあげる。
 苦悶の声であることは明白だ。

「み、美神さんっ!?」

「ヨコシマーッ!!」

 ジークとパピリオが爆風にあおられながらも突撃を敢行した二人の身を案じていた。

「くっ、ここはまずいっ。パピリオ下がれっ」

「でも、ヨコシマがっ」

 手を伸ばそうとするパピリオをジークが強引に引き戻す。

 待避先は仲間達が見ているその場所だ。


 そして、その仲間達が見守る霊力の奔流、その中心には美神達が居た。





〜 いつか回帰できるまで 第十三話 終末へのカウントダウン 〜






 結界が崩壊する中、凄まじいほどの霊力のせめぎ合いが空気を沸点まで引き上げていく。

 激しく脈動する大気、放電するかのような光、正視できないほどの大きな猛りが周囲を圧迫する。

 ギィッ キィィィィィィィィィッ

 拮抗していた霊力のせめぎ合いが徐々に崩れ始める。

「横島クンっ!?」

 美神は自分の中の異常事態にいち早く感づいていた。

「くぁっ」

 思わず舌打ちする。

 魔獣の巨体を下から持ち上げていた霊力のほとばしりが徐々にその威力を失い。
 巨獣の重みに耐え切れなくなり始めていた。

「ちょ、ちょっと早すぎない?」

「すいません、なんか文珠が……」

 霊力コントロールに全力で注ぐ。しかし、結末はあっけないほどあっさりと訪れた。

「あっ」

 ヒャクメが心眼を通して得た状況は決定的なものを示していた。

「もう、もちません。最初から最大出力だから仕方ないかもしれませんけど」

 ガキィッ

 程なくして霊力の塊と化していた人影が跳ね飛ばされる。

 巨獣が何をしたということではない。
 自らが生み出していた攻撃と巨獣の防御力……反力に吹き飛ばされたに過ぎない。

 吹き飛ばされた瞬間、一つの人影が二つに分かたれる。

「げふぅっ」

「くっ!!」

 横島と美神がそれぞれ地面とランデブーしながら声を漏らしていた。
 片手を軸にくるっと体をひねり着地を決めた美神に対し、横島の方は意識が飛んでいるのか2,3回ほど回転しながらバタッと大の字に倒れ込んだ。

「おじいちゃんっ、令子お姉さんっ!!」「ヨコシマーっ!!」「お姉ちゃんっ!! 兄ぃにっ!!」「「「美神さんっ」」」

 複数の安否を気遣う声が空間に錯綜する。

 しかし、駆け寄ってくる面々に構わず美神は自分が吹き飛ばされた元の場所へ必死に視線をめぐらせる。

「どうっ? あいつはやった?」

 彼女の焦りも致し方ない。
 合体の強制解除、すなわちそれはもはやそれ以上の攻撃を仕掛けることはできないことを意味している。

 着地の際に痛めたのか右肩を抑えながらジッと見つめた先にあるのは巨獣の腹部に大きく広がる傷跡。
 ぽっかりと開いた漆黒の大穴はまるで漏電しスパークしているかのように霊気がはじけていた。
 巨獣の四肢がかすかに痙攣している。

「効いてるっ!」

 明らかに目視できるダメージを確認し、思わず拳を握り締める。

「凄い。動力炉を完全に破壊してます。アシュタロス以上の防御力があるのにどうやって」

 ヒャクメが驚きの声を上げる。
 南極での戦いにおける履歴を調査で知っていたためアシュタロスに外傷で分かるまでのダメージを与え切れなかったことも熟知していた。

「ちょっとしたことよ。ほんの少しだけ攻撃の『先端』を意識してやったの。アシュタロスの時は跳ね上がった霊力に振り回されたけど、気づいてみれば簡単なことよね」

 美神がニヤッと不敵な笑みを見せた。そこには勝利の確信を浮かんでいる。

 グッ ゴォ

−ウォヲォォオオォォォォォォォォォッ

 悪夢のような咆哮。

 快哉が上がったのもつかの間、痙攣していた巨獣の四肢が突然その動きを止める。

「止まった?」

 グラッと巨獣は首をたらし、強烈な圧力をまといながら再び魔獣はその巨躯を持ち上げていた。
 ゆっくりとだが確実に巨獣はその歩みを進めていた。

「え?」

 その場に居た全員の背筋に寒気と絶望的な予感が走る。

「まだ、動いてる」

「そんなっ動力炉を貫いたはずでしょっ」

 美神は叫んで思わず神族調査官を睨み付ける。

「はい、間違いなくダメージを負っています。動力源は完全に沈黙しています」

 美神の声をヒャクメが肯定する。巨獣を凝視するその目は狂いなくダメージを分析していた。

「じゃぁ、どうしてまだ動いてるのよっ!?」

「残存エネルギーです」

 半ば八つ当たりのような剣幕に数歩後ずさりながらヒャクメは述べる。

「はぁ?」

「エネルギー供給ラインに残っている残量で動いてるんです」

「何よそれっ!! しぶといにもほどがあるわよ」

 美神の絶叫に構うことも無く、巨獣はひたすらその歩みを進めていく。

 ……ズンッ ……ズンッ

 一歩一歩をゆっくり持ち上げ、凄まじい衝撃と共に踏みおろす。

「あっ」

 そして、その向かう先を見た絹香が思わず叫ぶ。

「あいつ、家に向かってるっ」

 巨獣の進む先にある。それはこの空間にある唯一の家屋だ。

「あそこにはおばあちゃんがっ!! 他の人たちがっ!!」

 その声にピクッと誰かが反応を見せていた。

「……パピリオ」

 彼は手近にある細い腕を捕まえる。

「っ? ヨコシマ?」

 のぞき込んでいた目が喜びと驚きの入り交じった目でヨコシマを見下ろす。

「頼む」

 さっきまで倒れていたはずの横島が、心配げに見下ろしていたパピリオの肩を掴んでいた。

「俺をあいつのところへ運んでくれ」

「な、何を言ってるですか」

 まさしく何を言っているのか理解できず戸惑いだけがあらわになる。

「ジークもまだ飛べるよな?」

「え? はい、それならまだ」

「なら、一緒に来てくれヒャクメっ」

 有無を言わせない声に思わず魔軍士官も気合負けする。

「ヨコシマ?」

「ちょ、ちょっと横島クン」

 だが、パピリオや美神の問いかけに構わず横島は続けてそこに居る面々に声をかける。

「あとカオスのじーさんっ、土偶羅っ」

 横島がよろけつつ立ち上がりながら呼びかける。

「一緒に来てくれっ」

「ふむ、どーするんじゃ?」

 周りの戸惑いもどこ吹く風、飄々とした老齢の錬金術師が問いかける。

「あいつに命令するんだ。カオスのおっさんはさっきコマンドを一通りみたんだろ」

「まー、一応コマンドは分かるがの」

 困ったように顔をポリポリと掻いている。困る理由は簡単だった。

 汗をダラダラ流したヒャクメが駆け寄ってきていた。

「で、でもアクセスコードが……」

 そう、命令を入力するには肝心の命令権限が無い。
 命令を出したところで相手が従ってくれなければ何の意味もない。

「俺が見つけるっ!!」

 グッと白黒の二色文珠を握りしめる。浮かび上がる文字は『解析』だ。

「なるほど小僧の文珠か」

 カオスが顎に手を当てながらうむとうなずく。

「あんだけダメージ食ってるなら、運んでもらって近づくこともできるはずだ」

「あっ、なるほどエネルギー供給がないなら遠距離攻撃みたいな出力は出せませんし、頭部に近ければ確かに」

「だろ? 俺がコードを見つけても使えねぇ、ならヒャクメに読んでもらって、カオスのじーさんには命令を入力して欲しい」

「わ、ワシは?」

 土偶羅が声を上げる。

「あんたはコマンド入力に要るだろうが」

「ワシャ入力端末かぁぁあぁっ!!」

「ったく、ここに来て私を置いてけぼりなんていい度胸してるわね」

 美神が呆れたように息をつく。

「美神さん」

「連れてけ、とはいわないけどね。残念だけど腕をやっちゃたみたいだし、あんた美味しいところもってくんだからきっちり締めてやるのよ」

「う、ういっす」

「急いだ方がいいと思います。既に結界は5層のうち4層が崩壊してもう通常空間に戻りかけています」

 ヒャクメが呼びかける。

「巨獣が走り回ったまま結界が崩壊したら大惨事です。一刻も早く足止めしないと」

「うし、分かった。じゃ、美神さんいってきま……」

 かすかにひるんだ横島の手のひらで文珠が揺らぐ感触を見せる。

「げっ、んな馬鹿なこれって何回も使える……って、無限に使えるわけがないよな」

『さっきのも、もしかしたらこれが原因かよ』

 同期合体が予想以上に早く解除された原因に考えが至る。
 焦りを喉の奥に抑えつけて、横島はグッと息を整える。
 だが、見上げた先の巨獣に改めて焦りを見せていた。

「時間がねぇっ、とにかく何でもいいっ。はりつかねぇと。パピリオっ」

「わ、分かったです」

 声にせかされるようにパピリオが横島を背後から抱きかかえた。

 ギュッぴとっ

「ふぉあっ」

 一瞬嬌声を上げ横島の頬の筋肉がだらしなく緩んでいた。

「よ、ヨコシマ?」

「ほあぁぁぁぁ、この背中に密着するマシュマロのような二つの感触ぅぅ」

 目を白黒させるパピリオに構わず横島の口はいらんことをべらべらと垂れ流していた。

 ボグッ

「ほぶぅっ!?」

 間髪居れずに鈍い衝撃が側頭部にめり込んでいた。

 長い黒髪を虚空に躍らせながら絹香が柳眉を逆立てている。
 見事な上段回し蹴りのフォロースルーさえも見事絵になっていた。

「この非常事態にあんまし変態行為ばっかりしてたら温厚な私もいい加減キレるよ?」

「ああぁぁぁぁ、堪忍やぁっ仕方なかったんやぁぁぁ」

 笑顔のまま口の端っこ引きつらせた絹香の剣幕に横島が半泣きのまま頭を下げる。

「……急ぎましょうよ」

 カオスを背負い、小脇に土偶羅の首を抱えたジークがさびしげにぽつんと呟いていた。




 ヒャクメは自らの力で、カオスはジークにかかえられて、そして、横島はパピリオに背中から抱きかかえられながら巨獣の頭部に向かってフヨフヨと漂っていた。

「と、とにかく、頭辺りに張り付くぞっ」

 頬に赤紅葉を貼り付け、焦げアフロになり、噛みつかれた痕やあまつさえ鞭でしばかれたような痕跡を見せる横島が指示を出す。

 何があったかは多くを語るまい。

「まったく、ムードも何もあったモンじゃないです。もうちょっと雰囲気さえあれば全然イヤじゃないのに……」

 不満そうにパピリオが半眼で誰ともなしにつぶやいていた。

「ん? パピリオ何かいったか」

「何でもないです」

 抱きかかえた横島に呆れた目を向けたまま素っ気なく答えた。
 パピリオとのやりとりを余所に、ヒャクメ達同行者は次々と魔獣の頭部へととりついていく。

「大丈夫です。横島さんもここに」

 巨獣の頭部に張り付いたヒャクメが呼びかけていた。

「おしっ、いける」

 先行者達を目に、横島が続いて張り付こうとする。
 多少で遅れていたためか、横島・パピリオの組は10メートルばかり立ち後れた位置にいた。

「うしっ、もうちょい」

 そして、その10メートルが致命的な数秒をもたらしたと言って良い。
 空中をまさぐるように横島の手が巨獣の体に触れた瞬間だった。

「あり?」

 巨獣の首がぐるっと振り返って横島の方を向いた。

 ギンッ

 漆黒の瞳と目が合う。

「いっ!?」

『ヤバッ』

 横島の脳裏に危機を示す声が響き渡る。
 瞬間に霊力が迫った。

 ゴォッ!!

 先ほどより大幅に威力を減じた霊力のブレスが横島達をのみこまんとしていた。
 弱いと言っても比較対象はさっきの魔獣のブレスである。これも直撃すれば人間の五体を吹き飛ばすことなど造作もない。

「ヨコシマっ」

 誰もが考える前に既に間近の肢体が斜線上に割り込んでいた。

 バシュゥッ!!

 焼いた鉄に水飛沫がかかったような蒸発音が鈍い衝撃と共に届く。

「あぅっ!」

「パピリオ!?」

 短い悲鳴を上げ、身代わりにブレスを喰らったパピリオが体勢を崩した。

「おいっ」

「ご、ごめん、ヨコシマ」

 かすかな謝罪の声を残しパピリオの体が墜落していく、ドサッと音を立てて全身を打ち付けていた。
 魔族である彼女にとって墜落のダメージは致命的と言うことはないだろう。

 背後からの支えを失った横島の体がは、魔獣の表皮のとっかかり一つに捕まっただけの状態で放り出された。

 人間である横島には十分致命的といえる高度がそこにある。

「よ、横島さん」

「どわぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」

 ほぼ垂直に切り立ったような状況で縦方向の支えは片手のとっかかりのみ、他には確かな支えを得ることはできていない。
 青ざめきった顔で横島が地面を思わず覗いていた。

「あ、足場があぁぁぁぁぁぁ。死ぬっ、死んでしまうぅぅぅぅ」

 死の一文字があらゆる使命やプライドなど一気に吹き飛ばす。

「こ、ここ、こりゃシャレならん。落ちたら死しししししししし」

 青ざめる横島の歯ががちがちと16ビートを奏でていた。

「あかんっ、これはいっそ『飛翔』で……」

 握り締めた二色文珠に意識を向け、つたない感触に焦りが隠せない。

「せやけど、もう後一回くらいしか」

 その一回のためにこめられた『解析』の二文字。
 もはや文字の入れ替えはそれだけで賭けに近い。

「死、死にとうない。まだ死にとうないけど」

 冷たい汗が背中をぐっしょりと濡らす。本能的な恐怖と使命感のせめぎ合い。
 震えるのは隠しようのない絶対的な恐怖ゆえだ。

「せやけど」

 それでも脳裏に姿がよぎる。それはあまりにも近くて遠ざかりつつある思い出の姿。

『私、50年間待っていた甲斐がありました』

 そう言って彼女は儚げに微笑んだ。
 抱きすくめられた胸の中で幸せそうに、心から幸せそうに微笑んでいた。
 かつての面影はある。容色が衰えるほどの長い年月、彼女はずっと待ち続けてくれた。

 全身が震えた。落下の恐怖とは異なる。別の感情が横島の全身を鼓舞していた。

『私のことは忘れてください』

 消え行く己の存在よりも待ち続けた人を案ずる優しい恋人の姿。

「……たまるか、こんちくしょう」

 岩のような表皮をつかむ手は、迷わない。

「忘れられるかよ。50年待ってたおキヌちゃんに比べたら」

 額に滲む汗にかまうことなど無い。手のひらの皮が擦り切れ血が滲もうともはや気に留めない。
 不甲斐ない自身を奮い立たせる。

「こんなくらいで、あきらめてっ、られるかぁっ!!」

 食いしばった歯が悲鳴を上げる。浮き上がったこめかみの青筋が痙攣していた。
 カチカチカチと歯の根が合わなくなることもある。
 だが、もはや迷いは無い。

「横島さんっ!」

 少し上ではヒャクメが怖々と呼びかけている。

『んな時間ねぇだろ。おいっ』

「ヒャクメとおっさんは接続準備してくれ。お、俺がそっち行くまでに完了しといてくれっ」

「で、でも」

「いいからっ!! 早くしねえとおキヌちゃんがっ」

 有無を言わせない横島の声にヒャクメたちは思わずハッとする。

「わ、分かりました」

 横島の声に張り飛ばされるように、端末と土偶羅のセッティングに取りかかる。

「うぅぅぅ、かっこつけすぎたかなぁ」

 言ったそばから後悔で頭を抱えそうになっていた。

「どうすんだぁ」

 まず右手、後一度くらいしか持ちそうに無い文珠を握っている。
 おそらく手のひらの霊力を抜けば使うまでも無く崩壊しかねない。
 同様の理由で文珠を使っての脱出も却下である。

「腕が伸ばせないなら」

 巨獣の疾駆にあわせて重なる振動に振り回されながら、隆起をつかむ左手と重なるように霊気の手甲を出現させる。

 右手の文珠を握り締めたまま、左手では栄光の手を慎重に制御する。
 両手で異なる霊力を編み、意のままに操る。

 左手の栄光の手がかすかに腕から遊離した。

『このまま伸ばして』

 言うのは簡単だが、横島の額を流れる汗と刻まれたシワが搾り出す集中を物語っている。
 予想以上に遅々とした進みに焦りは隠せない。

「時間がねぇ、んだっ!! とっとと伸びろぉっ!!」

 叫んだ瞬間、何かから解き放たれたように栄光の手が巨獣の顔面に向かって伸びていく。

 ガキンッ

 見えない隆起の先、栄光の手の爪が表皮のどこかにガッチリと食い込む手応え。

「うだうだいってられねぇ。せぇのっ!!」

 思いっきり足を蹴り出し、栄光の手を一気に縮める。
 横島の体は勢い良くグンッと宙に跳ね上がり、一気に頭部まで駆け上った。

 右拳を振り上げる。

「この野郎っ!!」

 着地と同時に握りしめた文珠を叩きつける。『解析』の文字が燦然と輝いた。

 キィィィィィィィィッ パッキィィ……ッ

 そして、文珠はひとときの輝きを残し跡形もなく霧散する。

「ヒャクメぇっ!!」

 横島の脳裏に隠匿されていたアクセスコードが浮かび上がった。事前の打ち合わせ通りヒャクメの心眼がそれを受ける。

「分かったのねっ」

 すかさず端末に文字列を叩きこむ。

 画面には神魔族で通用する古代文字で『コマンド?』の文字が浮かんでいる。

「こっからはワシの番じゃな」

 すかさず待ちかまえていたカオスが入れ替わった。ピアニストのような動きで指が操作パネル上を舞い踊る。

「よしっ!!」

 ターンッ、と最後のキーを叩く。

「すぐワシらを拾い上げてくれっ」

 空中で待機しているジークに呼びかける。
 その横には満身創痍になりながらも復帰したパピリオの姿もある。
 墜落直後ジークに引き上げられたらしく、

「分かりました」

「カオスさんつかまってくださいっ」

 ホバリングから転じて魔獣の頭部にて救助活動を開始する。

「ヨコシマ、大丈夫?」

 そう問いかける傷だらけのパピリオの方がよほど心配に映る。

「俺は大したことねぇよ」

 ドンッ

 突然巨獣が歩みを止め、大いに体勢を崩れていた。頭部に乗っていた全員が慣性に従って振り飛ばされる。

「どわっ!!」

「うむっ、げふぅっ!?」

 カオスの襟首をジークがとっさにつかみあげる。
 ヒャクメは端末と土偶羅を抱えて飛び、ネックハンギングされたカオスはぐったりしていた。

「ヨコシマ」

 パピリオがその細くしなやかな指を差しのばし、横島がその手を取ろうとする。

 ガクンッ ズッ

 巨獣は糸の切れた操り人形のように横倒しに倒れ始めていた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 大地が鳴動する。虚空を仕切っていた無色の壁にヒビが入っていく。
 空間の崩壊と連動するようにそのひび割れは無数の枝を作り出していった。

 そして、大気の壁と呼応するかのように巨獣の肉体も倒れ伏した先から輝く粒子へと姿を変え虚空に溶けていく。

 パキィッピッ

 ヒビはドーム上の結界外壁全てを余すことなく覆い尽くし、あらゆる揺らぎと共に結界最後の表皮は弾かれたように砕け散る。

「なっ、ちょ」

 巨獣の関節がくずおれる度に衝撃が横島に襲いかかっていた。
 度重なる大きな揺らぎにロデオでもやっているかのように横島の体を振り回す。

 巨獣の肉体もどんどん消え去っていく。

 シャーンッ

 ガラス細工が砕け散るような澄んだ音と共に世界は荒野から人の暮らしが臨む街へと素早く変貌を遂げていた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 空間の消滅と同時に、巨獣の肉体は唸りをあげて粉々の光へと変わっていく。

「んなっ」

 ズッ

 横島がかろうじて踏み締めていた足場も例外ではなく、無情にも消え去っていく。
 結果、横島の体は全ての支えを失い、振り飛ばされる勢いのまま虚空へと放り出された。

「え?」

 一瞬天地が逆転し、横島は現実味のない間が抜けた声を出していた。

 まるで時間が止まったように、周囲の景色がゆっくり流れる。

 大きく飛ばされた横島の手をパピリオの右手が空振りした。

 もし彼女が霊波のブレスを喰らっていなければ、あるいは結果は違ったかもしれない。
 だが、ほんの数センチ、その指先は届きはしなかった。

「うぎゃああぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁっ!!」

「ヨコシマァァァァァァァっ!?」

 パピリオが必死に手を伸ばして飛び出すが既にその距離は致命的に遠すぎた。
 無情にも横島の体は地面に向けて加速していく。
 そのスピードは人間の肉体が無事ですむよう物でないことなど明白だ。

 誰もが地面に咲く血ザクロを予感した。

 ビュオッ

 彼方から黒い疾風が虚空を駆ける。

「横島さんっ!!」

 声と共に落下する横島の追走する。
 並んだ瞬間、舳先を切り返すのが誰の目にも見えていた。

 そして、横島の服の一部に何かが引っかかる。

 グンッ

「ぐわわわわあっ」

 その引っかかりを視点に落下を続けていた横島の体に急激な制動がかかる。

「ちょっとだけ我慢してくださいね」

 女性の声がなだめるように呼びかけていた。

 急旋回ではなく、地面と平行に近づくような角度でむしろ加速していく。
 完全な水平飛行に変わったところで横島はようやく救いの主に目を向けることがかなった。

「ま、魔鈴さん?」

「ふぅ、間一髪でしたね」

 魔女ルックに身を包んだ魔鈴めぐみが相も変わらず年齢不詳な微笑みを浮かべていた。





「よ、良かったぁ」

 絹香はペタリとしりもちを付く。

「魔鈴さん、来てくれたのね」

 ひのめが肩で息を付きながら額の冷や汗を拭っていた。

「ということは、あれが届いたって事だわ」

「何よ。どうなってるの?」

 美神が右肩を押さえたまま問いただす。

「詳しい話は行きながら話すわ。今は一刻を争うの。お義母さん……いえ、おキヌさんの容態が切迫してるもの」

「ちょっ、どういう事よっ一体!!」

「お待たせしました」

 顔色を失う美神を余所に黒服魔女ルックの美女がそこにいた。

「持ってきて、いただけたんですね」

 相好を崩し、ひのめは魔鈴を歓迎していた。

「ええ、おキヌちゃんの巫女装束、Gメンの拠点から受け取って持ってきてるわ」

 軽く口元に手を当てながらウィンクして見せていた。

「急いだ方がいいわ。もう限界に近いはずだから」

 ひのめの言葉にその場の全員が異論を述べようはずもなかった。
こんばんわ。長岐栄です♪
『いつか回帰できるまで』第十三話をお届けにあがりました〜♪
しばらく間が空いてしまいました(^^;
お待たせしてすいません。

いよいよ巨獣バトル最終局面です。
魔鈴さんは再会してた割にバトル参加してないのはこういう仕事をしてたからです。
一応元々の想定通りなのですが、結界外での活動を書いておけば良かったかなぁと今更ながら考えてしまいつつ。

恒例のレス返しをば

>akiさん

もう堅くしすぎたくらいに堅いボスキャラにしてしまいましたw
ここから結末にどう持っていくか、いよいよ次回は最終回のつもりです。
楽しみにお待ちいただければ幸いです♪

でわでわ、次回十四話(最終回予定)をお待ちくださいませ♪

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