東京タワーを見上げる横島の手のひらに、今年初めての雪が舞い降りた。
―つらいとしあわせと宣戦布告―
Presented by 氷砂糖
思わず雪を受け止めてからしばらく経っても、ジャンパーのポケットに手を入れて横島はその場に立ち尽くしていた。
「未練………だよなあ」
横島の言葉と共に、白い息が吐き出される。
「あれから結構経つってのに、我ながら情けない」
東京タワーを下から照らす証明の明かりを振り降りる雪が乱反射する。その様子はまるで、
「大きなクリスマスツリー、か」
降る雪が場所を変え、ツリーの様子は千差万別に変化して行く。
気付けば周りは男女のカップルガ多くなり、そんな中一人きりの自分はまるで彼女にデートをすっぽかされ、待ち合わせ場所に立ち尽くす間抜けな彼氏役だろう。
「まあ、間違えってはないかな?」
右胸がチクリと痛む。一般的に心臓は其処にあると思われているが、実際は胸の中心にある。なら何処が痛みを訴えるのか?
そんなのは決まってる。チクリチクリ止め処なく痛みを訴えるのは、
「心…かな」
それ以外あるとは思えなかった。気付いてしまえば痛みは引くどころかさらに酷くなる。
横島が傷みに耐え切れずに思わず呻きを漏ら思しそうになる、
「横島さん?」
背中からかけられた覚えのある振り返ってみると、
「おキヌちゃん?」
「はい。こんな所で如何したんです?頭に雪が積もっちゃってますよ」
ベージュ色のコートにチェックのマフラーといった格好のおキヌが近づくと、頭一つおキヌのほうが背が低いので少し見上げる形になる。
「いくら横島さんが丈夫だからって風邪引いちゃいますよ」
「ちょ!おキヌちゃん!?」
「ふぇ?どうかしたんですか」
おキヌは横島の頭の上の雪を払い落とそうと近づき、背伸びをしながら横島の肩に手を置いている。このまま横島が腰に手を回して引き寄せてしまえばキスしようとしている恋人のようだ。
「その………近いって」
横島の顔が赤いのは決して寒さのせいだけではない。そしてそんな横島を前に、おキヌは悪戯っぽく笑う。
「いいんですよ、横島さん。私は何時でも」
おキヌは雪を払っていた手を下ろし、横島の首の後ろで両手の指を絡める。横島の顔はおキヌの両手に挟まれるかのようになり、その様子は彼氏にキスをねだる恋人の様だった。
「ちょ!おキヌちゃん!?駄目だって、自分を安売りするような事しちゃあ!!?」
横島は慌てて、それでも優しくおキヌの手から逃れようとする。
「んもう、…横島さんの意気地なし」
おキヌは絡めていた指を解くと拗ねた様な笑顔で横島を上目使いで見る。
「勘弁してよ、おキヌちゃん………」
ヘタレ扱いされた横島は情けない声を出して方を落とす。夏の美神の一件以来、おキヌは時折こうして横島をからかう様に甘えることがあった。
「いやですよーだ。ぜ〜ったい手加減なんてしません!」
目の前で笑いながらガッツポーズを作るおキヌを余所に、横島はため息をこぼす。こういった行動をし始めたのは何も彼女だけではないからだった。そんな横島を見ておキヌはかねてからの質問を切り出した。
「つらい………ですか?」
突然な投げかけられたおキヌの質問に、横島は思わずおキヌをまじまじと見入る。
「どうしてそんなことを?」
「横島さんがこの場所で思い煩うことはそう多くありませんから」
そう言うとおキヌはツリーのように光を反射させる東京タワーを見上げる。
「そう………だな、正直未だつらいよ」
横島さんはジャンパーの上から右胸を握り締め、おキヌはそんな横島をじっと見る。
「なら」
そう、なら。
「前には進めませんか?」
横島は驚きと共におキヌを見つめ、おキヌは沈黙を持って問いの答えを待つ。
「最初はさ、後ろばかり振り返ってちゃ前に進めないって思ってた」
後ろしか見ていないならば見えてくるのは過去しかない。だけど振り返るだけなら、
「でも振り返るって事は普段は前を見てるって事で、振り返るならそのぶん遅くなるけど前には進める」
横島は多少影があるもののしかっりと、
―笑った―
つらいけど笑える。振り返りながらも前に進める。おキヌはかなわないなあと思う。つらいなら立ち止まって挫けてしまえばいい、後ろだけ見て優しい過去に溺れてしまってもいい。おキヌは横島の強さの影に彼女の姿を見た。
「横島さん、つらいって漢字書けますか?」
「また突然だなあ。っておキヌちゃん、そこはかとなく馬鹿にしてない?」
「馬鹿になんてしてませんよ。ほらほらどう書くんです?」
横島は楽しそうに聞いてくるおキヌに苦笑するとポケットの中から手を出し、手のひらに文珠を取り出す。
『辛』おキヌはそう書かれた文珠を手にするとわざと驚いたような表情を作り横島に向き直った。
「すごい横島さん。正解です!」
「………………やっぱりそこはかとなく馬鹿にしてない?」
おキヌはそんな事無いですと笑い、手にした文珠の文字を入れ替える。
「じゃあこれは何て読みます?」
横島は見せられた文珠に一瞬詰まる。それは読めなかったからではなく、思わぬ字だったからだ。
「………『幸』だよね」
「そうです、これは『幸』です。ねえ横島さんこの二つはとってもよく似ていると思いませんか?」
『辛』と『幸』確かにこの二つは確かによく似ていた。
「横島さん。横島さんの『辛』はこれからも『辛』ままですか?それとも『幸』に変わりますか?」
横島は真剣に見つめてくるおキヌを前に堪らず空を見上げる。空を埋め尽くす雲から降る雪と天を目指すかのような摩天楼だけが視界に写った。
「俺はちょっと前まで幸せだったんだと思う。でもあのことがあって俺の幸せは辛いにかわちゃった。…でも」
「でも?」
「俺は幸せになれると思う。いつまでも辛いままじゃあ俺に幸せをくれたあいつが悲しんじまう」
上を向いたままの横島の答えに、おキヌは彼にとって彼女がどれ程大切だったか改めて理解し、胸を締め付けられるような感覚に襲われる。
彼が幸せになったのも、辛いになったのも、そして辛いままで居ようとしないのもたった一人の彼女が為だった。
「それにねおキヌちゃん・俺の周りが何時までも俺を辛いままで居させてくれないよ」
おキヌは驚き顔を上げると横島と視線が絡み合う。その目は困ったように笑っていた。
「そろそろ帰ろっかおキヌちゃん。冷えてきたしこのままじゃ本当に風を引いちゃうよ」
そう言って横島はポケットの中から手を引き出し、弱冠躊躇った後おキヌに向って手を差し出した。
「あ………、はい!」
おキヌは一瞬言葉をなくした後、横島の手を話さないように絡めて握った。
† † † †
雪が降り、白い夜の東京を手を繋ぎ二人で歩く。
「ねえ横島さん。最後に一つだけ質問していいですか?」
「別にいいけど、如何したんだい?」
おキヌは横島の手を放し、向き直ると、
「すぅ〜〜〜〜、はぁ〜〜〜〜〜〜」
と深呼吸を一つする。横島はそれを見て、ああ、おキヌちゃんだなあとほのぼのした。
「横島さん。私は私が横島さんを幸せにしたいです」
まあおキヌの言葉が耳に入り、神経を通じて脳に至ると、横島は顔を急激に真っ赤に染める。
「お、おキヌちゃん?」
横島は働かない頭のままおキヌの名前を口にし、
「へ、返事は今すぐじゃなくてもいいです!」
おキヌは横島より顔を赤くする。
「さきこされちゃいましたけど、これで私もスタートラインに立ちました」
おキヌは顔を赤くいたまま静かに語る。
「でもまだ立ってない娘が何人かいます」
そう言うおキヌは何処か不機嫌そうだった。
「だからみんながスタートラインに立ってからよーいドンなんです!」
横島は最近優しくなった上司やら、競うように甘えてくる2匹やらが脳裏をよぎる。
「えっと、先にスタートラインに立ってるのが美神さんで、未だなのはシロちゃんとタマモちゃんです」
「………ワイの心を読まんといて〜」
なんとも情けない顔でおキヌに突込みを入れる横島だった。そしてそれと共にふと有ることに気付き、それを確かめる意味を込めておキヌに質問する。
「ねえおキヌちゃん」
「何ですか横島さん?」
「俺ってもしかしてかなり鈍かった?」
「今更です」
断言されてしまった。何故だろうおキヌちゃんの顔がとても憮然としているような気がする。
「あのおキヌ様?なんか怒ってません?」
「怒ってません」
「いやでも………」
「怒ってません」
「………………」
「怒ってませんよ」
「ワカリマシタ」
そう情け無さそうに口にした横島を見ておキヌは何かに気付いたように表情を崩す。
「もしもですよ?私が本当は怒ってたら如何します?」
「何でもします」
横島の即答におキヌは嬉しそうに、
「えい!」
「うわ!?」
横島と腕を組んだ。
「このまま事務所に一緒に行ったら許して上げます」
「………仰せのとおりに」
横島は諦めたのか、それとも悪乗りしたのか、絡めて繋がれた手を、
「わわわ!」
おキヌの手ごと自分のポケットに仕舞い込んだ。
† † † †
「あ、そうだ。抜け駆けですけど横島さんに先に言ってちゃいます!」
12月24日の賑わう東京の街で、
「何を?」
寒さを乗り越えるかのように寄り添うかの様に歩く二人を、
「A Happ Christmas!です!」
「Vere Marry Christmas!キヌちゃん」
緑のイルミネーションに照らされた雪が祝福した。
「おキヌどのーーーーー!!!!!」
「おキヌちゃん!?」
事務所に近づいた二人を待っていたのは怨嗟すら含んだシロとタマモの咆哮だった。
「シロ?」
「タマモちゃん?」
走る二人は積もった雪を後ろに撒き散らしながら迫ってくる。
「抜け駆けするとはーーーー!!!」
「おキヌちゃんずるいわ!!!」
二人の視線は繋がれたままの手にそそがれている。
「お、おい?」
そんな二人を見て横島はおキヌが言ってたのは本当だったと悟るのだが、本人は突撃してきた二人に押し倒されて雪の中だ。
「せんせーーーー!」
「横島ーーーーー!」
「ここじゃ嫌ーーーーーーー!」
ご機嫌な二人を他所に、押し倒された横島は雪に埋もれたり二人に押し倒されたりして踏んだり蹴ったりだ。まあ傍から見れば美少女二人に押し倒されるという羨ましい光景なのだが、
「まったく買い忘れたものがあるなんて言って出かけたのに、抜け駆けなんてやってくれるじゃないおキヌちゃん」
横の騒ぎをまったく気にせずにコートを着て出てきた美神は笑っておキヌの前に立つ。
「美神さんには言われたくないんですけど………、それにこれは抜け駆けなんかじゃないです」
押し倒されて無茶苦茶にされている横島を見ておキヌは言う。
「へえ、じゃあ何なの?」
「それはですねえー」
おキヌは今日最高の笑顔を浮かべて宣言する。
「宣戦布告です!」
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