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かごめかごめ




か〜ごめかごめ…


 おうちのそとからうたがきこえてくる


か〜ごのな〜かのと〜り〜は〜…


 ねぇ、あのうたはなに?


いついつ出やる〜…


『村の子供たちが遊んでるんですよ』


夜明けの晩に〜…


 はつねもあそびたい


つ〜るとか〜めがす〜べった〜…


『初音様は…もう少し大きくなってから遊びましょうね』


後ろの正面だぁれ〜…


 …つまんない…




                     かごめかごめ




すー…すー…


 広い和室に敷かれた布団。
 その布団に包まって眠る少女が1人。

「…ん…おトイレ…」

 むくりと起き上がり、障子を開けてぺたぺたと廊下を歩いて行った。




ぎぃぃぃぃ…


 用を足してトイレ…と言うよりも、かわやと呼ぶ方が似合う扉から出て来る少女。
 小さくあくびをしつつ廊下を戻って行く。

「…あ…おっきなお月さま…」

 ふと空を見上げると、星々を統一する王を宣言するかのごとく、巨大な満月が君臨していた。

「夜なのにお昼みたい…」

 雲ひとつない月夜。
 煌々と月の光に照らされた世界は昼間のように明るく、裏山の木々一本一本を確認出来るほどであった。

「でもしーんとしてる…」

 昼間と違うところと言えば、物音が聞こえないことであろうか。

「…なんだかどきどきする…」

 満月には人を興奮させる力があるという。
 幼いながらも…いや、幼いからこそであろう、この少女も満月の力に酔ってしまったようだ。

「………」


じゃり…


 裸足のまま、廊下から庭に下りる少女。
 再度空を見上げると、月光が眩しい位に少女の身体を照らした。

「夢みたい…」

 幻想的な光、静かな世界、まるでこの世界に自分しか居ないような感覚。
 まるで自分が夢の中に居るような気分になるのも当然とも言えよう。

「…お外に行ってみたいな…」

 ポツリと呟く少女。
 普段なら両親やその部下が止めるのだが、今は誰も止める人間は居ない。
 少女は壁の外まで枝が出ている松にするすると登って行き、壁の上に立って辺りを見回した。

「うわぁ…」

 たくさんの家、たくさんの畑、月の光に反射してキラキラ光る川。
 初めて見る外の世界に、少女は目を輝かせた。

「凄い凄いっ!」

 ぴょんっと、壁から飛び降りる少女。
 かなりの高さを迷いなく降りるのは、これを現実ではなく夢の中と勘違いしているからか。
 

「探検探検っ!」

 満面の笑みを浮かべながら、少女は走り出して行った。


たたたたたた…


 村の中を走る少女。
 その目に映るものは全てが新鮮で、少女を益々興奮させた。


「お水がいっぱい…。
 誰かお水止め忘れたのかな?」

 初めて見る川、少女にはどこかで蛇口を閉め忘れた為に出来たと思ったらしい。


「土がいっぱい…わ、にんじんだ…。
 いっぱいにんじんが土の中にある…ゴミ捨て場?」

 初めて見る畑、野菜が畑に生えていることを知らない少女の目にはそう映ったようだ。


「うわー…なんだろうここ…」

 次に少女がたどり着いたのは公園。
 すべり台やブランコ、ジャングルジムなどが置かれている。
 公園としては標準的なモノばかりだが、少女にとっては未知のモノばかりだ。


「階段?」

 少女がまず向かったのはすべり台。
 階段を上り、頂上から下を見下ろしている。

「このまま降りるのかな?」

 とりあえずそのまま足を進める少女。

「わっ!」


どだたたたたたっ!!


 本来座るべき所を走って行く少女。
 なんとか無事に地面に降りることに成功したが息を切らせている。
 さすがに恐ろしかったのであろう…。


「あ、あははははははっ!!すっごいすっごいっ!!」


 …訂正、ハイテンションになっているからなのか、少女は声高らかに笑い出した。

「もう一回もう一回♪」

 喜々として再度すべり台を上っていく少女。
 間違った使い方だとは思ってもいないようだ。


どだたたたたたたっ!!


「あははははははっ!!!」


「…何してるんだお前…」


「…え?」


 少女の背後から少年の声が聞こえて来た。

「こんな時間に何してるんだ?」

 公園の入り口から1人の少年が少女に向かって歩いて来る。

「誰?」

「それは俺も聞きたい。
 俺は明、お前の名前は?」

 明と名乗る少年は、少女の隣に立ってそう言った。

「初音は初音だよ」

 少女…初音は明へ答えた。

「初音か。
 こんな時間に何してるんだ?」

「あのね、おトイレに起きたらね、お月さまがおっきくてきれいだったの。
 そしたらね、ドキドキしてね、お外に出たくなったの」

「…だからそんな格好なのか…」

 パジャマ姿で裸足の初音を見て言う明。

「明はどうしたの?」

「便所に起きたら、どっかの馬鹿が公園で笑ってたから気になって見に来たんだ」

「ふーん」

 明の言葉をさらりと返す初音。

「…変わったヤツだな…」

「ねぇねぇ、初音と遊ぼうよ」

「こんな時間にか?
 …ま、いいか…目が覚めちゃったし」

「わーい、遊ぼう遊ぼう♪」

「そういやお前どこに住んでるんだ?
 村じゃ見かけないけど」

「『お前』じゃないよ、初音だよ」

 『お前』と呼ばれてムッとする初音。

「わかったわかった、俺が悪かったよ。
 で?初音はどこに住んでるんだ?」

「うんとね…」

「うん」

「…わかんない」

「はっ!?」

「だっておうちから出たの初めてだもん」

「そ、そうなのか…」

 不味いこと聞いたかな…と言葉に詰まる明。

「ねぇ、そんなことより遊ぼうよ」

「『そんなこと』かよ…。
 ま、朝になったらわかるか…」

 今の時間はみんな寝てるから探しても無駄だろう。
 明はそう考えて目の前の不思議な少女、初音と遊ぶことにした。

「よし、それじゃ何して遊ぶ?」

「もう一回アレやりたい」

 そう言って初音が指差したのは、先程のすべり台。

「すべり台か。
 言っとくけどな、さっきのはすべり台の正しい遊び方じゃないからな?」

「そうなの?」

「そうなの、俺が正しい遊び方を教えてやるよ」

 初音へ手を差し出す明。

「?」

 差し出された手を見て疑問符を上げる初音。

「ほら、一緒に遊ぶんだろ?
 行こうぜ」

 そう言って初音の手を握ると、明はすべり台へ向かって行く。

「うんっ」

 元気良く初音は返事をし、自分の手を握る明の手を握り返すのであった。






トントントントントン……


                         グツグツグツグツ……


 とある家の台所。

「ふんふんふ〜ん…」

 そこでは、1人の女性が鼻歌混じりで大根を切っていた。


                         キィ〜…


 かすかに聞こえて来たのは『ナニカ』が軋む音。

「帰って来たみたいね…」

 タオルで濡れた手を拭い、女性は勝手口から外へ出て行った。




「…よし、大丈夫だな…」

 周りを見渡し、門を開けて玄関まで入る明。

「なんでこそこそしてるの?」

 明の後ろを歩く初音が聞いた。

「馬鹿、夜中に家を出て外で遊んでんだぞ、見つかったら怒られるだろ」

「そうなの?」

「そうだよ。
 それに母さんは怒ると怖いんだよ。
 父さんとケンカしてるとこ見たことあるけど、あれはまるでオ…」


「オ…なんですって?」


 明の真横から冷たい声が聞こえて来る。


「……オ…お美しい女神のようだったと…」


 カタカタと震えながら、明はぎこちない笑顔を母へ向けた。
 玄関から庭に続くわき道、明の母はそこに立っていた。
 どうやら勝手口から庭を通り、玄関へやって来たらしい。

「あら、ありがとう。
 そしておはよう明。
 部屋に居ないと思ったら朝帰り?
 変なとこがお父さんに似ちゃって…あら、お友達?」

 明の後ろに居る初音を見つけて言う明母。

「うん、初音って言うんだ。
 トイレに起きたら、公園で1人で遊んでたんだ」

「あら、夜中に1人で?」

「うん。
 それで今まで一緒に遊んでたんだけど、家がわからないらしいから一緒に…」

「へぇ〜…明も隅に置けないわねぇ〜♪
 えっと…初音ちゃんって言うの?」

 しゃがみ込んで初音と視線を合わせて言う明母。

「うん」

「いくつ?」

「えっとね、4才」

 明母の顔の前に、親指を閉じた手のひらを見せながら言う初音。

「どうして1人で公園で遊んでたの?」

「あのね、おトイレに起きたらね、お月さまがまんまるでおっきくてきれいだったの」

「あ〜、昨日は満月だったわね。
 それでお外に出たくなったの?」

「うん。
 お月さまを見てたらどきどきしたの。
 そしたらお外に出たくなって、木に登ってお外に出たの。
 それで明と会ったの」

 嬉しそうに笑いながら初音が言う。

「そっか〜。
 おうち何処だかわからなくなっちゃったの?」

「うん、お外に出たの初めてだから…」


くぅぅ〜きゅるるる〜…


 初音のお腹が空腹感を訴える。

「あう…」

 恥ずかしそうにお腹を抑える初音。

「あらあら、お話を聞く前に朝ご飯ね。
 明、初音ちゃんをお勝手の水道まで案内してあげなさい。
 足が砂まみれだからちゃんと洗ってあげるのよ」

「は〜い。
 行こう初音」

「うん」

 自然に手を差し出す明と、それを自然に握り返す初音。 

「あらあら、手が早いのは誰に似たんだか…」

 仲のいい2人をにこやかに見つつ、明母は家の中に入って行くのであった。




「いただきま〜っす!」

「いただきます」

「初音ちゃん、遠慮しないで食べていいからね」

「うん」

 初音を交えての朝食が始まった。
 とは言っても明母の前には朝食の支度はされていない。
 どうやら彼女はあとで食べるようだ。


カツカツカツカツ…


がふがふがふがふ…


「2人とも…もうちょっと落ち着いて食べなさい…」

 2人の勢いに呆れつつ明母が言う。
 ずっと遊んでいたからであろう、見る見るうちに朝食が消えていった。


「「ごちそうさまでしたっ」」


 ほぼ同時に2人の声があがった。

「はいはい、お粗末さま」

 2人の食器を片付ける明母。

「食器洗ってくるからちょっと待っててね。
 終わったらまたお話しましょう?」


「「は〜い」」


 元気良く答える2人を横目で見つつ、明母は台所へ向かって行った。




ジャー…キュッキュッキュ…


「さてと、お待た…」

 数分後、食器を洗い終えて居間に戻った明母。
 待っているはずの明と初音へ掛けた言葉が途中で止まる。


「くー…」

「すー…」


 居間にあるソファに座る2人は、お互いの身体に体重を預けつつ寝息を立てていた。
 無理も無いだろう、ほとんど徹夜で遊んでいたのだ。
 満腹になったので睡魔が襲ってきたのであろう。

「まったくもう…ほらほら、寝るならお布団で寝なさい」

 2人の肩を叩いて起こす明母。

「うぅん…」

「うにゅ…」

 目をこすりながら目を覚ます明と初音。

「明、お客さん用の枕持って来なさい」

「は〜い」

 とたたたた…と、廊下を走って客間へ向かう明。

「初音ちゃん、おうちに帰るのはお昼寝してからね。
 明と一緒のお布団でいいわよね?」

「うん…」

「ん?どうかした?」

 何か言いたげな初音に聞く明母。

「お昼寝したらおうちに帰らなきゃいけないの?」

「どうして?」

「あのね…初音今までおうちから出たこと無かったの。
 だからおうちに帰ると、もう明と遊べなくなっちゃうかもしれないの…」

 目を潤ませながら初音は答える。

「そっか…。
 安心して初音ちゃん、おうちに帰っても明と遊べる方法を教えてあげるから」

「本当っ!?」

 明母の言葉に目を輝かせる初音。

「本当よ。
 おうちに帰ったらね、お父さんとお母さんに『夜に1人で出掛けてごめんなさい』って謝るの。
 ちゃんと謝ればお父さんもお母さんも怒ったりしないから。
 それでね、『1人で遊んでたら明と会って、一緒に遊んでた』って言うの。
 そしたらね、『今度からは明と一緒に遊ぶから、お外に出たい』ってお願いするの。
 そうしたらお父さんもお母さんもわかってくれるから」

「本当?」

「本当よ。
 もしもお父さんが『駄目だっ』って言ったらね」

「うん…」

「『お父さんなんて大っ嫌いっ!』って言うの。
 そしたら明と遊ぶこと許してくれるから」

「そうなの?」

「泣きながらお母さんに抱きつくのもいいわね、初音ちゃんのお父さんは初音ちゃんに甘いから」

 愛娘に『大っ嫌いっ!』と言われて固まる父親を想像し、笑いしながら言う明母。

「わかった、やってみる」

「頑張ってね♪」

「うんっ」

 元気良く返事をする初音。


「枕持って来たよ〜」


 枕を抱えながら明が戻って来る。

「ありがとう。
 それじゃお昼寝しましょうか、初音ちゃん、こっちよ」

 明母を先頭に、3人は明の部屋へ向かって行った。




カラカラカラ…


 引き戸を開けて明の部屋に入る3人。
 部屋の中は、昨夜明が部屋を出たときのままになっていた。


ぽふぽふ…


 明母が布団を敷き直し、明が持っていた枕を受け取って明の枕の隣に置く。

「はい、準備完了。
 ほら、お布団に入りなさい」

「「は〜い」」

 声を揃えて布団に入っていく2人。

「ちゃんと寝るのよ。
 お昼になったら起こしに来るからね」

 2人の頭を撫でながら明母が言う。

「それじゃおやすみなさい」

「「おやすみなさい」」

 2人に挨拶をして立ち上がる明母。


カラカラカラ…

 廊下に出て引き戸を閉めようとしたその時…


すーすー…

          くーくー…


 部屋の中から2人の寝息が聞こえて来た。

「ふふふ…。
 いつまでも仲良しでいてね、2人とも」

 手を繋ぎながら寝ている明と初音。
 そんな2人を眺めながら、明母は呟くのであった。





(了)






――――――――――――― お ま け ―――――――――――――


からからからから…


 ゆっくりと玄関の扉が開かれていく。

「ただいまぁ〜…」

 こそこそと、20代後半くらいの青年が家の中に入って来た。


「おかえりなさい」


「ぎくぅっ!」

 背後から聞こえて来る妻の声に、背筋を伸ばす夫。

「は、はははは…ただいま」

 渇いた笑いをしながら挨拶をする夫…もとい明父。

「いやぁ…おやかた様に誘われちゃって断れなくってなぁ…。
 ほら、昨日は満月だっただろう?」

「わかってるわよ。
 満月の夜は血が騒ぐから、お酒飲んでうっぷん晴らしてるんでしょう?
 まったく、親子揃って朝帰りなんてね…ま、明のほうは許して上げるけど」

「明も朝帰りだって!?」

「そうよ。
 しかもガールフレンド連れて」

「なにぃぃっ!?」

 妻の言葉に驚愕する明父。
 酔っ払っている為か、いちいちリアクションが大きい。

「見てみる?
 かわいい子よ〜、明にぴったりの女の子。
 きっと、お館様の家まで走って行っちゃうくらい驚くわよ〜」

「へぇ〜見る見る」

「2人とも寝てるから静かにね…」

 多分無理だと思うけど…と思いつつ、明母は夫とともに明の部屋へと向かって行った。




すーすー…

          くーくー…


 明の部屋では、明母が去ってから変わらない状態で2人は眠っていた。

「どう?かわいい子でしょう?」

「おぉ〜…明もやるなぁ…。
 …どっかで見たことあるような…」

 眠っている初音の横顔を見て呟く明父。

「ずっと家の中で過ごして来たらしくて、おうちがわからないんですって」

「へ、へぇ〜…(初音様に似てるけど…まさかな…)」

 少し汗を滲ませながら明父が言う。

「名前は『初音』ちゃんって言うんですって♪」


「お、お館様ぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!        ぅぷっ…」


 叫びながら走り出す明父。
 突然走った為か、遠くで吐き気を抑えるような声が聞こえて来る。

「いってらっしゃ〜い。
 さてと…色々準備しないとね」

 にこやかに夫を見送る明母。
 そしてこれから訪れるであろう、初音の両親を持て成す為の準備に取り掛かるのであった。




(了)
おばんでございます烏羽です。
さて今回は明と初音の初めて出会ったときのお話です。
52号でちょこっとだけ出て来た明の父親との会話から、
初音は『お嬢様として大切に扱われていた』と考えましてこんなお話になりました。
お嬢様として扱われていた為、初めて対等に扱ってくれた明を好きになったと…。
ある意味ベタな流れですが、楽しんで頂ければ幸いでございます。

追記:この話の真の主役は明の母…かもしれないです(ぇ

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