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あなたのその両腕は


『あなたのその両腕は』







今でも覚えている。
はっきりとこの感情を認識したのは13歳の時だ。


バベルとパンドラ、そして普通の人々との抗争は激しさを増していき、
被害が大きくなるにつれてエスパーへの風当たりはますます強くなっていた。


普通の人々への支持は広がり、迫害されたエスパーはパンドラの門を叩く。
火消しに回るバベルは中立といえば聞こえがいいが、どっちつかずと受け止められ両陣営と一般大衆から批判を浴びていた。
和平だとか協調などの言葉は彼らの頭の中には無いらしい。

自分で深く考えず、メディアなどの操作された情報を鵜呑みにして、
それぞれの立ち位置をさも自分自身が決めたかのように振舞う人々に対し、私が抱いた感情は悲しみではなく侮蔑だった。

もっとも、他の二人はそうではないらしい。
どうすればわかってもらえるだろうと真剣に悩んでは悲しむことを繰り返していた。

私から言わせれば、会ったこともない赤の他人の為に頭を悩ませる必要もないし
ああいう連中はひとたび別の可能性を示し、その正当性(真偽の沙汰は置いといて)でも並べてやれば
今までの自分の行動はなかったかのように振る舞い、自分に酔いながら正義を謳うに違いない。

言ってしまえば二人は年相応にキレイであり、私は年不相応に汚れていた──それだけのことなのだろう。

そんなご時世の中、パンドラの作戦を妨害すべく小競り合いをしていた時のことだ。
狙ってやったのか偶然だったかはさておき、普通の人々の兵士がバベルを挟み、パンドラと対立する形となってしまう。
敵の敵は味方となろうはずがなく、バベルは挟撃されることとなる。

──勿論、最初に被害にあったのは最後尾で指揮していた皆本さん達だった。
通信途絶、指揮官の不在と皆が浮き足立ち、チルドレン以外のチームも一瞬判断に窮した。

それでも特務エスパーとしてチームを組んでから数年、私達はもうルーキーではない。
最悪の状況を考えまいと必死に現状を打破するための行動を模索した。

昔の私達ならすぐにでもこの場を離れて皆本さんを探しに行っただろう。
しかし、今私達が現場を離れれば他の皆がどうなるか想像するに難くない。
大人になるというのはこういうことなのだろうかと2人とも歯噛み、悔しんでいたのを覚えている。

結果だけいえば、窮地を脱した皆本さんからの連絡が届いて指揮系統は復活。
怪我人はでたものの、死者は零という奇跡的なものとなった。
これだけ大規模な戦いへと発展したことを考えればその区切りにおいてグッドエンドと言えたかもしれない。


ただこの時───この時なのだ。
皆本さんの無事な姿を見て感極まった葵ちゃんがテレポートで抱きついた。
それに続き、負けるものかと薫ちゃんもテレキネシスで飛びついていった。

一人取り残された私は早く皆本さん会いたいと一心不乱に駆け出した。
一体どれぐらいの距離があったのかは覚えていない。走れど走れど距離が縮まった気がしない。
そしてようやくたどり着いた時、大好きな皆本さんの腕は2人にあてがわれていた。


自らの半身を皆本さんの身体に預け、もう片半身で腕にしがみつくかのように力強く抱きついている2人

子供の頃のように薫ちゃんはテレキネシスで肩車の体勢をするということは、もうしない。
そんな2人に対し困ったように、けれど安堵の表情で皆本さんは笑いかける。


そこに私の居場所なんて無かった。


この時、私は確かに…はっきりと感じたのだ。


──この2人が『邪魔』だと。


















「熱線銃でこの距離なら…確実に殺れるね。撃てよ、皆本!」



「薫!?何処や!?敵が核兵器を使う気や!!この街はもうあかん!!早く…あッ…!!」



「知ってる?皆本…あたしさ──大好きだったよ。愛してる…」



 ───────ドンッ!!












目の前には悲しみにうちひしがれた皆本さんがいる。
薫ちゃんは物言わぬ死体となり、数歩離れた所に横たわっていた。

私の手には熱線銃、今しがた使用したものだ。
結局、皆本さんは引き金を引くことはできなかった…


薫ちゃんを殺したのは私だ。
葵ちゃんもECMに阻まれてテレポートできずに死んだことを、腰に下げてある無線がつい先ほど告げてくれた。


皆本さんは泣いていた。
子供のように泣きじゃくりながらも膝を屈せず、私を抱きしめてくれている。
皆本さんの心の中は、薫ちゃんと葵ちゃんの死への悲しみと、何よりも親友である私に手を汚させたことに対し嘆いていた。


手を汚した私の身を気づかい、悲しんでくれる。
サイコメトラーである私を、私が受けたであろうショックを少しでも和らげようと抱きしめてくれる貴方

そんな貴方だからこそ好きになった。
そんな貴方だからこそ独占したいと思わざるを得なかった。


私とあの2人の間には確かな友情があったけれども、貴方との天秤には釣り合わない。

薫ちゃんが、葵ちゃんと私をパンドラへと誘った時、私はまず葵ちゃんに返事を促した。
案の定、葵ちゃんはパンドラへ行くと言う。
昔から流されやすい傾向があったが、一時の感情で決めるのは良くないと何度注意したことか。
薫ちゃんは私を見る。それは答えを確信している表情だった。
薫ちゃんの言うとおり、透視でみた裏でノーマルがエスパーにしている仕打ちは想像を超えて悪いものではあった。

だが、想像を絶するものではない。

私は──何億の他人よりも──1人の愛しい人をとる。


私は薫ちゃんの誘いを断固断った。
そのときの2人の表情を忘れることはない。
驚きと僅かながら垣間見せた裏切られたという身勝手な感情

当然、2人は納得せずに口論となった。
何度も何度も同じことを繰り返し、薫ちゃんは「また来る」と言い、別れを告げた。
葵ちゃんもついて行く言った手前、渋々と別れを告げバベルを去っていく。

何も感じないわけがなかった。
2人は確かに親友であり、掛け替えのない家族である。

でも、だからこそ許せないこともある。
皆本さんから離れ、兵部京介の下についた彼女を私は許すことはできない。
それに追従した葵ちゃんもだ。
その行動の結果、皆本さんがどんな風に思い、感じるか。
それを考えただけで私は胸を締めつけられる。
裏切るなんて──できっこない。


しかし、こんな事で悲しんではいられない。
これから先はもっと大変なのだから。
決別なんてものじゃない、2人との死別


私は既に知っていたのだ。
これから起きる未来のことを

伊号中尉が皆本さんにかけた思考プロテクトはとてつもなく強固だった。
けれども伊号中尉は元々予知能力者。精神への干渉は専門ではない。

超度7は伊達ではない。
初めこそ破れなかったプロテクトも、何度となく潜入することで徐々に磨耗させていった。
皮肉なことに、パンドラとの戦闘でサイコメトリーの技術も磨かれていき、
私はプロテクトの内部へと侵入するに至った。

そこで知った未来起こるであろう出来事は私に強い衝撃を与えた。

予知の内容を1人で抱え、未来を覆そうと頑張っている皆本さんの優しさ
他の2人が知らないことを、私が知っているという優越感
訪れるであろう別れに対する悲しみ


そして私自身の『死亡』が確認されなかったという結末に対するある確信

あの場面に行くつく前に果てたのだろうか──いいや、違う。奇妙な話だが予知と置き換えられるほどに強い予感が否定をする。
命の危険を感じてパンドラに寝返り避難をしていた?──そんなことはありえない。



──なぜなら私は…









(──なぜなら私は、絶対に貴方を裏切るようなことはしないから)
私は皆本さんの背中にまわしている腕に更に力を込める。

1人バベルに残った私は、当然ながら内通者の疑いをかけられたり、謂れのない非難を投げかけられた。
同僚のエスパー達も疑惑の念を向けざるを得ない。
作戦を漏らされたりしたら自分の命に関わるからだ。

局長や親しい仲間達でさえ擁護してくれつつも、葛藤をしていた。
私のことを心から信じてくれたのは皆本さんだけだった。



私の『死亡』が確認されなかったのは当然のこと
死んだわけではない。
寝返ったわけでもない。

ただひたすらに寄り添っていたのだ。
自分の手で決着をつけたいという皆本さんを離れた場所で見守っていた。
その手に熱線銃を持って……


兵部京介と蕾見管理官の決着はついたのだろうか?
戦局は一体どうなったのだろうか?
今後の行動に大きく作用する要素だが、今や私にとってどうでもいい些細なことのように思えた。



2人を失った悲しみよりも大きな何かが私の心を満たしていく



あの時塞がっていた両腕は、今は私だけを抱きしめてくれている。



「泣かないで、光一さん」

(私は今、幸せです──)





今回投稿させていただいたペスゾウです。
旧GTYがリニューアルしてから初めての投稿となるので、初めましてとご挨拶したほうが適切のような気もします。

この二次創作は10巻の薫が紫穂と葵を引き抜きに来る話をベースにしています。
なので10巻を読んでない人にはわかりづらい描写があるかもしれません。

紫穂の性格が全然違うのは二次創作と言うことでご容赦くださいませ。

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