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鍋に唄えば!


今日、皆本家では鍋パーティーが行われようとしています。家計のことも考えて鶏肉鍋なのです。

使い込まれた色をした土鍋のふたを開けると、いっぱいの白い湯気と、

鶏ガラがくつくつと音を立てて煮込まれている様子が顔をのぞかせました。



「さて、どうやらダシも取れたようだし、煮込みにかかろうか。」

ゆったりしたセーターにいつもの紺色のエプロンをした皆本君が、始まりの合図を告げます。

「うしゃ!肉だにくにく〜♪」

「とりあえずこんにゃくでもいれとこうかしら・・・」

待ちかねたとばかりに動きを見せるザ・チルドレン。育ち盛りゆえの食欲を満たそうと、それぞれの好物に箸を向けます。

と、そこに制動をかける人が一人。

「待たんかいっ!!さっきから肉だのこんにゃくだの正気かあんたら!鍋にはきちんと順番があるんや!それを無視すな!
・・・ホラホラ、わかんないなら脇にどいとき!」

「むっ・・・ふ、ふ〜んだ!わざわざそんなめんどくさいことにこだわるなんて、
葵ってやっぱ“オバサン”くさいとこがあるよな〜!」

「なんやと!もういっぺんいってみい!」

「ふたりともやめてー(こんにゃくをいれつつ)」

「薫こそ、そんなガサツなんじゃ嫁のもらい手がないんとちゃうか?」

「上等だコラ!鍋の具にしてやんよ!」

「やれるもんならやってみい!」




いきなり超能力戦が始まってしまいました。茶碗が飛ぶ皿が飛ぶホットプレートが飛ぶ。

そして投げられるそばからテレポートで消えていきます。行き先は風呂場でしょうか。結構な散財です。

一方、残された二人は慣れた仕草で鍋とコンロごと、リビングに避難しました。

ダイニングの惨状には目もくれずてきぱきと鍋の具材を入れていきます。どうやら皆本家における日常の一端のようですね。



「はあ・・・大皿料理のときはいっつもこれなんだもんなー。」

「はふはふ(ほっときましょ。)」

「こら、紫穂。練り物ばっかりじゃなくてちゃんと野菜も採りなさい。」

「えー。」

「えーじゃない。バランス良く食べないと大きくなれないぞ。」

「じゃ、あーんして。」

「え。」

「あーん。」

「・・・。よし、目をつぶれ。」

「え?」

「・・・全部言わせるなよ。―――――――・・・恥ずかしいだろ。」

いつもと違う新鮮な反応に紫穂嬢は思わず顔を赤らめてしまいました。

鼓動が聞こえてしまわないかと考えながら口をおずおずと開けます。

「あ・・・あーん(どきどき)」

ひょいひょい。

即座に白菜、ネギ、春菊、しらたきを取り皿に放り込む皆本君。

家事全般を一手に引き受けるだけあって、鮮やかな手並みです。

「ああっ!野菜を!」

「さ、自分の皿のものはちゃんと食べるんだぞ。」

「ず、ずるーい!」

「ああ、何とでも言ってくれ。」

(むむむ、知恵をつけてきたわね・・・。)




人を陥れるのは好みですが、陥れられるのは好みではない紫穂嬢、その瞳が怪しくきらめきました。

ぐつぐつと煮えたぎった釜・・・もといくつくつと湯気を上げる鍋の中からひょいと箸でお目当てのものを取り出しました。




「じゃ、今度はわたしがあーんしてあげる!」

「な、なんでそうなるんだよ!」

「はい、こんにゃく。あ〜〜〜〜ん。」

「お、おいやめろって、こら紫穂」

じゅっ

「あ、熱っ!?あつっやっ、紫―――」

「あん、動いちゃダメよ。」

じゅじゅっ

「どぅあちっ!おま、わざと!あつっ!」

くすくす。

「や、やめろっ!あついっ!あふっ!」

「ふふっ。ちゃんと口をあけないとだめよー?」

「わかっ、わかっちっちっ!あふぃっ!!」



おやおや大変。このままでは皆本君がタラコくちびるになってしまいます。

この悲鳴を聞きつけて、争っていた二人もやってきたようです。



「あーーーーーーーーっっっ!!こらあ!皆本!紫穂!」

「二人してなにいちゃいちゃしとるんや!こっちは必死やのに!」

「これのっ・・・!どこがっ・・・!いちゃいちゃしてるように見えるかっ!」

「あら、ケンカしてる方がいけないのよ。それに・・・」


にっこり微笑んで二人に提案する紫穂嬢。


「うらやましいなら、二人もいっしょに『あーん』すればいいじゃない?」


それを聞いてびかーん!と二人の目が輝きました。

「がっ」と箸を取り、鍋から好物を取り、ターゲットに相対します。


「皆本ぉ・・・ほらほら、美味しそうな鶏肉だよ?」

「皆本はん・・・あつあつの白菜・・・美味しそうやろ?」

「つぎはがんもどきいってみましょうか・・・皆本さん?」



「あ、あああ、ああああ・・・・」





















秋が深まり、冬の入り口も見え始めたその日は、月が冴え、底冷えする夜でした。

皆本家の他にも、お鍋を夕飯にしている人たちが大勢いたようです。













とある一軒家では、オーバーオール姿の少女がエプロン姿の少年に詰め寄る姿が見られます。


「あきら!おかわり!」

「だーーっ!!まだ生煮えの肉を食うんじゃない!そして野菜もちゃんと食え!」

「えー。野菜イヤ。あきらにあげる。」

「そんなにバクバク肉を食われると俺の財布がダメージでかいんだよ・・・!

野菜で腹を満たせっ!この野郎!」

「野郎じゃないもん。お肉食べないと力でないんだもん。」

ひょいぱくひょいぱく。

「ぐああっっ!言ってるそばから!おあずけっ!メッ!」

「もぐもぐ。くひのなはにはいっひゃっはもん(口の中に入っちゃったもん)」

「くくく・・・せっかくタイムサービスで粘った牛肉が・・・」

「んく、明、お腹痛い?初音が全部食べてやるか?」

「誰のせいでうなってると思ってんだ!」

「?」

「・・・も、もういい・・・しばらく食卓に肉は上がらんと思え・・・。」

「えええええーーーーーーっっっ!!あきらのけちっ!がうっ!」

「やかましい!俺が鳴きたいわ!!」


食欲の権化の少女と、その統制に日夜追われている男の子は、今日もにぎやかです。












所変わって、BABEL女子職員寮の一室でも。


「はーい、できましたよー。」

「おー、美味しそうー!」

「任せっきりでごめんなさいね、ナオミちゃん。材料まで用意させちゃって・・・。ホラ、奈津子、がっつかないの!」

「いえいえ、いいんです。また実家から大量に野菜を送られたので・・・。一人じゃ食べきれないんですよー。
それにほたるさんは、来る途中、たくさん飲み物買ってきてくれたじゃないですか。」

「んもー、ほたるはいっつも良い子ぶってー。はい、取り皿。」

「ありがと。ナオミちゃん、これはポン酢でいいのかしら?」

「あ、いっしょにゆずも送られてきたので、それでいただきましょう。」

「わお、本格的!」

「しっかりしぼって・・・と。それじゃ、いただきましょう。」



「「「かんぱーい!いただきまーす!」」」



「あちち・・・はふはふ・・・おいしい!」

「このお肉なにかしら。とっても美味しい。」

「あ、かもです。まだまだありますからどんどん食べてくださいね!」

「鍋にワインって意外と合うものね・・・。ナオミちゃんも飲んでみる?ほたるのおみやげ。」

「い、いえ・・・やめときます。(・・・「裏」が出てきちゃいそうだし。)」

「こーら、奈津子。未成年に飲酒を勧めちゃダメでしょ。お酒は二十歳になってから、よ?」





どうやら鴨鍋で女の子どうし、語らっているようです。

華やいだ空気が小綺麗に装飾された部屋に広がっています。






「しかし・・・いい女がそろいもそろって、女だけで鍋囲むっていうのもなんか不毛ねえ。」

「奈津子ったら・・・そんなこと言っても仕方が無いじゃない。」

「この女子寮は男子禁制ですしね・・・。」

「ここのセキュリティって異常よねー。ナオミちゃんも皆本さんを一度連れてこようとしてとんでもない目に遭ったでしょ?」

「あはは・・・まさかあんな仕掛けがあるとは・・・。」

「結局皆本さん、ドン引きして帰ってしまったものね。」

「・・・・・・ほたる、結構皆本さんのことマジでしょ。」

「えっ!そうなんですか?」

「奈津子に言われたくないわ。賢木先生とのことがどうなってるのか、知らないとは言わせないわよ?」

「えっ・・・えっ・・・!」

「「そこらへん、良い機会だからはっきりさせましょうか。」」




どすん、と二人はどこから取り出したのか一升瓶を取り出しました。




ラベルには『銘酒・天の塔』(BABEL謹製)の文字。

今日はとことんいくことに決めたようです。



「「あ、ついでだしナオミちゃんと谷崎主任のこともね?」」

「やめてくださいっ!本気で!」



・・・・・・3人で。












・・・・・・そして、某特務機関の作戦室でも。


「・・・・・・そろそろ煮えたんじゃないかネ?谷崎君。」

「どうやらそのようですな。では一献。」

「お、すまないネ。どうだい、賢木君、キミも?」

「―――――――ハッ!いや、ちょっと待て!何コレ!?」

「どうかしたか?」

「いらんのかネ?今年の天の塔はいい出来だヨ?」

「なんで!?なんで俺だけオッサン達と鍋!?
今までの華やかな空気は一体何処!?納得いか―――――ん!!!」

「・・・オッサン・・・一応、ワタシはここのトップなんだがネ。」

「まあ、彼の奇行は今に始まったことでもないですし・・・ほっときましょう。」

「ア、アンタにだけは言われたくねええええエエ!!」

「何を失敬な。私は私の野望に忠実なだけだ。別段、法を犯してるわけではないぞ。」

「法を犯さなきゃモラル無視しても良いわけじゃねーぞ!」

「ま、個人のシュミは自由だからネ。でも谷崎君も、手が後ろに回らない程度にネ。」

「はっはっは、そんなヘマはしませんよ。そもそも私とナオミは真実の信頼と愛で――――――」

「くっそー、飲まずにやってられるかこんなの!!局長!酒ください!」

「――――ま、今日くらいは無礼講で行こうかネ。」


年長者らしい懐の深さを見せる局長。とくとくと賢木君の杯を満たしていきます。
そしてそれを一気にあおる賢木君。ある種男らしい空気が広がっています。


「――――――普段は照れているのか私に厳しく当たってるようには見えるがね、私にはわかるんだよ、あれは―――――」


―――既に一人は自分の世界に旅立ってしまったようですが。


「んぐっ・・・――ぷはー―――――!何が悲しゅうて男3人で鍋をつつかなけりゃ・・・」

「ま、たまにはいいんじゃないかネ。男だけでしか語れないこともあるヨ。
こと女性関係においては賢木君も谷口君のことはあんまり言えんようだしネ。」


お猪口を手にした局長がじろりと睨め付けます。


「えっ・・・な、なんのことです?」

「プライベートなことに立ち入るシュミはないんだがネ・・・。
流石に、BABEL内で四角関係とかをカマされるのは人事的に問題があるんだヨ・・・。」

「ぐはあっ・・・!」

「挙げ句、トリプルブッキングかましたそうじゃないかネ。
医局部のエスパーは未だ貴重なんだから、ホイホイ食わないで欲しいネ・・・。」

「き、肝に銘じます・・・。」

「仕事を真面目にやってくれて、累の及ばない範囲であれば、雇い主としては私生活が乱れてようが構わないがネ。
あえて、人生の先達として忠告するナラ――――――」




ドアを開けて、入ってきた人物がその言葉の続きを語りました。




「虻蜂取らず。二兎を追うものなんとやら。―――――要は、小手先の獲物を追ってると、本命を逃がすって事ね。」

「つ、蕾見管理官――――――!?」

「ダメよん?釣った魚にもちゃーんと餌をや・ら・な・い・と。」

「は、はて・・・何の事やら・・・?」


思わぬ所からの攻撃に動揺気味の賢木君は、必死に追撃をかわします。

その間に蕾見管理官と共に入ってきた柏木一尉が、大きな袋をテーブルの上に置きつつ上司に報告します。


「局長、買い出し終わりました。」

「すまないネ、柏木君。管理官にいぢめられなかったかネ?」

「は・・・はあ・・・。一応・・・。それと・・・途中でばったりお会いしたんですが・・・。」


ちらり、と柏木一尉が目をやると、ばたばたと新手がやってきました。


「オ――――――!!これがジャパニーズ「NABE」ネ―――!!ファンタスティック!」

「オウ・・・あまり見かけない野菜ばかりデース。肉はどこにありますカ―――?」

「り、リバティベルズのケン中尉にメアリー中尉・・・!」

「ええ、それに―――――――」




「―――――こんな話を知っているかね?
我々「THE LIBERTY BELLSリバティベルズ」は、「NABE」に最も適したチームなのだ。
なぜなら―――――ケン!メアリー!」

「YES SIR! 遠隔透視能力クレヤボヤンス発動!メアリー!X軸に35、Y軸に50、Z軸に20に煮えムラのある白菜アリ!」

「OK! NABE内の対流を指定座標に合わせるネ!」

「フタを開けずして内部の様子を把握するケン!そして完璧な流体操作で煮え具合を調節するメアリー!私は総監督!(特に何もしない)
・・・一糸乱れぬコンビネーションで鍋をコントロール!我々以上の『NABE=BUGYO』は存在しない!
――――――――む、どうしたのかね。みんなうずくまって。」



「ずっこけとるんですヨ!大佐!」

「な、なんて超能力ちからの無駄な活用方法・・・。」

「HAHAHA。ま、ワタシたちにとってはあって当たり前の力デスからネー。ユーコー活用デース。」

「そーゆー事ネー。Mr.キリツボ、とりあえず一杯ドゾー!」

「お、メアリー中尉、気が利くネ。ありがたく頂くヨ。」

「京都で覚えたネー。It’sヒシャク!」

「『ひしゃく』じゃなくて『おしゃく』ですよ、メアリー中尉。グリシャム大佐、どうぞ。」

「すまないね、Ms.柏木。団欒をお邪魔する気はなかったんだが・・・。」

「いえいえ、人数は多い方が楽しいですから。」

「Oh!さらっと他人に親切ネー!Itsワビサビ!」

「そこの黒いアナタにもオシャクしてあげマース!ありがたく受けナサーイ!」

「フッ、実は多少黒人の血が入ってまして(大嘘)・・・お嬢さんとは初めてあった気がしませんね。Nice to meet you. 俺は賢木と言います。」

「あら、また新しい子にコナかけ?賢木クン。
いつまでもフラフラしてると、このおっさんみたくやもめになるわよー。時って誰にも平等だから。」

(・・・あんたがそれを言うカ・・・!)

「オウ、He is Lady-killerネ!」



人数が増えて、だんだん場が混沌としてきました。それを敏感に感じたのか、柏木一尉が場をいったんまとめます。



「まあまあ・・・とりあえず、つもる話は鍋をつつきながらにしませんか?」

「いやあ、さすが柏木さんだ!そうしましょうそうしましょう!」

賢木クンキミもめげない男だネ・・・。」

「奈津子ちゃんに写メっちゃおうっと。」

「・・・メル友なんですカ?」

「なんかウマ合うのよあの子。」

「(・・・同じノリの軽さゆえ、かネ・・・。)ま、とりあえず。」



「「「「「「「かんぱーい。」」」」」」」










平均年齢高め(失礼)の異色グループも、鍋をつついて親睦を深めようとしているようです。





「――――――しかるに、真の愛を育むために、耐えねばならん時もあるのだよ!
そしてゆくゆくは伝説の『お馬さんゴッコ』を――――――――!」





一人暴走しているオッサンを除いて。















――――――そして。




「なー、いい加減機嫌直せよ皆本!」

「堪忍してーな!仏頂面やったらこんな美味い鍋がもったいないで?」

「あついのあついのとんでいけー。」


「全く君たちは・・・食事の時ぐらい大人しくしてなさい!!そして食べ物で遊ぶんじゃないと言っただろう!!」


「う・・・ごめんなさい。」

「ご、ごめんなさい。」

「・・・・・・・ごめんなさい。」


しょんぼりとうなだれる3人。

そんな様子を眺め、嘆息しながら、皆本君は告げました。


「―――――・・・反省したなら、今回だけは許すよ。鍋の具材も尽きてきたし・・・、シメはどうしたい?」


「あたしウドンがいい!」

「ウチ、雑炊に一票!」

「・・・ラーメン。」


「・・・バラバラじゃないか。どうしろって言うんだよ。・・・ま、具材の残りを片しつつ考えようか。」


「「「わーい。」」」
















ひとり鍋、ふたり鍋、さんにん鍋、よにん鍋。

お肉、お魚、お野菜、練り物。

しょうゆ味、みそ味、しお味。

鍋と言っても千差万別。

それぞれに違ったおいしさがあるけれど。

気の合う仲間と食べる鍋が、やっぱりいちばんおいしいですね。

あったかい部屋、あったかい料理、あったかい仲間たち。

願わくば、少しでも今の時間が長く続きますように―――――。





(了)


ナレーション森本○オでお送りしました(嘘)

第三者の語りでナレーションをするのは初めての試みだったのですが、違和感なかったでしょうか。

これからの時期、本格的にナベの美味い季節、ということで一本書いてみました。

あのキャラはどんな風にナベに参加するのだろうとつらつら考えていたら、BABEL側、ほぼ総出演という羽目に。

キャラの印象が原作から壊れていなければ良いのですが・・・。

読んで、少しでも「あ、ナベ食いてえなあ」と思って頂ければ幸いです(違)

ご意見、感想、批判、広くお待ちしています。ではまた。

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