「やめろっ!薫!」
「
熱線銃でこの距離なら・・・確実に殺れるね。撃てよ、皆本。」
何千何万と見た夢。
「でも――――あたしがいなくなっても何も変わらない。他の大勢のエスパーたちは、戦いをやめないよ。」
「なら・・・・・・みんなを止めてくれ!頼む!!
『エスパー』だ『
普通人』だって――――――――こんな戦いが何を生むって言うんだ!?」
一字一句変わらない台詞――――――
「薫!?どこや!?敵が核兵器を使う気や!この街はもうあかん!早く・・・――――――」
悪夢と違うのは、これが今起きている現実だという点。
「もう・・・・・・無理だよ。」
「よせ!薫―――――」
やめろ!やめてくれ―――――――――
僕は一歩足を踏み出す。
「!・・・知ってる?皆本―――――――――――」
「―――――――――もう朝だよ?」
そして僕は目覚める。
過去の悪夢から。
「―――――――く、あぁ、おはよう。薫。」
――――――――・・・予知は、覆された。
夢で逢えたら!
「あ、やっと起きた。おはよ、光一。」
「ああ、今何時だ?」
「六時。ちょっと早起きしちゃったね。」
見慣れた自宅の天井。秋が深まり、肌寒さを感じる空気の中で、
薫は枕元に投げ出した僕の携帯を開きながら、はにかむように微笑む。
「ああ、でも二度寝すると確実に寝過ごすなあ・・・。」
「でもふとんから出るのはさむいよう」
「こ、こら!そんなにひっつくな!」
「またまた、ほんとは嬉しいくせに!ほーら、あったかいでしょ?」
ぎゅむっ。
からかうような笑顔で密着する。強引にはがすこともできないまま、
ふさがっていない方の手でエアコンのリモコンを探し出す。
うっ、やわらかい・・・。
本当に成長したな・・・。肩車してたころがなつかしいや・・・。
ってなにしみじみしてるんだ僕は!超セクハラだし!
「あ、やーらしーんだ。顔赤くなってるよ?」
「お前がそうさせてるんだろうが!」
「あっは、いつまでたっても初心なんだからなー、でもま、そこが光一らしいんだけどさ。」
薫は顔を僕の体にすりつけるようにする。
朝夕の空気が冷たく感じられるこの季節、薫のこういった仕草はひどく猫を想起させる。
「んふ、光一のニオイがする。」
「ん、汗くさいかな・・・?ちゃんと昨夜は後でシャワー浴びたんだけど・・・。」
「んーん、汗くさいのとはちがうよ・・・。」
「そんなこと言われてもな・・・自分ではちょっとわからないな。」
「いいの。あたしだけが分かってればいいの。」
「お前・・・時々すごい恥ずかしいこと言うよな・・・。」
「ほ、本当のことを言って何が悪いのさ・・・。光一はあたしのなんだからいいの!」
「そういうことを外でサラッと言うんじゃないぞ・・・頼むから。」
「あ、外で言われると困ることでもあるわけ!?」
「ば、バカ!そんなわけないだろっ!」
「そんなこと言う浮気者は・・・密着の刑だっ!」
ぎゅむむ。
薫の抱きつく力が一層強まる。
当然、薫の体の一部の密着率も相応に高まる。
「おおおお、おい、あんまりくっつくなってば!」
動揺が声に出る。こういうことにはいつまで経っても慣れない自分が恨めしい。
「んじゃ、光一があたしのものだって認める?」
「ぐっ・・・それは・・・」
「じゃあもっと過激なことをしちゃうぞー・・・?」
「わ、わかったわかった、降参だ降参!もう勘弁してくれ!」
これ以上意地を張ると、どうなるかわかったもんじゃない。
「えへへ、最初からそう言ってればいいんだよ!」
「全く・・・」
昔の面影を残す、無邪気な笑みを見せる薫。
それをあきれたような、苦笑で見つめ返す僕。
ここ何年かで、すっかり日常と化した風景。その中で、薫が唐突につぶやいた。
「ねぇ。」
「なんだい?」
「光一、さっきまですごいうなされてたよ?どんな夢見たの?」
ぎゅっとこちらの腕をつかみながらこちらを見つめてくる。
その瞳は先ほどまでとは違う真剣な、心配そうな色を帯びていた。
「――――――――・・・あの時の夢を、見てたのさ。
なんで、あれから何年も経った今でも、僕はうなされ続けるんだろうな・・・。」
「・・・・・・。」
薫は、黙っている。
やはりそうか、と得心した様子のようにうかがえた。
「―――――いや、本当は、分かってるんだ。自分でも。」
無言のまま、僕の腕にぎゅっと顔を押しつける。
僕は独白を続ける。
「幾度となくあの予知夢に悩まされて――――――
その度に夢の中で薫を撃って――――――――
あの悪夢を乗り越えて、今、薫と共にあることが、
奇跡のように幸せで、あり得ないほどに嬉しくて――――――
――――――だからかな。
今の暮らしも、感じている薫のぬくもりも、
僕が見ている夢で、すべて幻じゃないかと感じて怖くなるのは。」
「・・・・・・。」
「未だあのときの悪夢に苛まれるのは、
夢の中にいる意識に、本能が警告を発しているのかもしれない、
『お前の危惧している驚異は、未だ去ってはいない―――――――始まってすらいない』とね。」
じっと独白を聞き入る薫。
その表情は、僕の腕に隠れて、見えない。
「そんな思いが、消えないんだ。怖くてたまらない。
ある日、夢から覚めて――――――薫を、今度こそ撃つ日が来ることが・・・。」
「光一!」
薫は意を決したように顔を上げ、僕の両肩に手をのせる。
おおいかぶさるようにして、こちらの目をのぞき込んできた。
一切の嘘を交えない、純粋な眼。
あの夕日の中で、何度も見た眼。
「――――――――夢だっていいじゃない。」
薫は絞り出すような声で、どこか哀しい微笑みをたたえながら、
そうつぶやいた。
「あたし、幸せだよ?
ずっとずっと、光一と居られた日々に戻れたら。
そう思いながら生きてきた。
叶わない夢だと思いながら、戦い続けてきた。
――――だから、あたしを撃てない、どうしても撃てないって、
泣きながらあなたが抱きしめてくれたとき、
あたし、このまま死んだっていい、って本気で思った。」
「薫・・・。」
「夢だって、いいじゃない。
この記憶があれば、私は生きていける。
何度だって、この未来を目指して戦える。
あたしにとって、いちばん大事なことがなんなのか・・・誰なのか。見失わずに。」
「・・・・・・。」
「夢でもいいよ。
――――――――ふたりでこうしていられるなら、夢だって・・・・・・。」
「・・・・・・ごめん、また泣かせちゃったな。」
指で、紅い
睫毛にかかる雫を拭う。
「強がってて、実際、
超能力もハンパじゃない癖に・・・
泣き虫なのは昔から変わらないな。」
濡れた頬を指でなぞる。癖のある紅い髪を、一房なでる。
「光一の前でだけだよ・・・。泣くのなんて。」
「――――――それは、光栄だね。」
背中をゆっくりとたたく。あやすように。
「――――――・・・また、子ども扱いして。」
そういいながら、薫が嫌がるそぶりはない。体重を預けてくる。
ぬくもりが、じんわりと伝わる。お互いに。
「あたしを泣かした責任は、とってもらうからね?」
「・・・・・・はいはい、嫌だって言っても取らせる気なんだろ?」
「よろしい!」
薫の目尻には、まだ涙の痕が残っていたけれど・・・朗らかに、彼女は微笑んだ。
「―――・・・薫?」
「ん?」
「夢が醒める前に言っておく。」
「うん。」
「大好きだよ。―――・・・愛してる。」
「・・・うん・・・あたしも・・・。あなたに負けないくらい。・・・夢でも、好きよ。光一。
だから――――――――――――――――」
胡蝶の夢。
蝶になった夢を見た男は、
果たして夢から覚めることを望んだのだろうか。
望まなかったからこそ、自らを蝶の見ている夢なのかと疑ったのかも知れない。
いつか。
この薫との生活が、朝の光に溶けてしまったとしても。
きっと、生きていける。
胡蝶の夢を、現実にするために。
もう一度、今隣にあるかけがえのないモノを守るために。
きっと。
「―――――――――――とりあえず、キスしなさい。」
「はいはい、了解です女王様。」
(了)
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