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【夏企画】WildLife





た〜んたんたかたんたんたん…♪


 近くの公園からであろうか、ラジオ体操の音楽が聞こえてくる。


「な…永かった…」

 そう呟いてテーブルに突っ伏す明。

「わ…我が生涯に一片の悔い無し…」

 右手を伸ばしつつ、明の向かいに座っていた初音が、そう呟いてばたりと倒れこむ。

「お前はほとんど俺のを写してたじゃないか…」

 初音へ軽く突っ込みをいれる明。
 2人の前には、『夏休みの強敵とも』とタイトルが書かれた分厚いテキストが置かれていた。






      【夏企画】WildLife






「いいかお前ら、夏休みだからってハメを外し過ぎるなよ?
 きっちり宿題を終わらせて、元気な姿で始業式に来ること、わかったな?
 それでは解散っ!!」

 そう言って担任が教室から出て行く。
 扉が閉じられたとたん、教室内は騒がしくなっていった。

「明、お前夏休みはどうするんだ?」

 クラスメイトが明に話しかけて来る。

「1週間くらい山篭りで、あとはバイトだな」

 担任から渡された、夏休みの心得やら宿題やらをカバンにしまいつつ明が言う。

「や、山篭り…?」

「そ、初音の爺さんが山持っててさ。
 そこに遊びに来ないかって言われてんだ」

「へぇ…」

「しばらくキャンプ生活をしてみようと思ってさ」

「…サバイバルかよ…」

「ああ、無駄に金かからないしな…」

 長い休みって金使うんだよなぁ…と、遠くを見ながら呟く明。

「そ、そうか…頑張れよ…」

「ああ…。
 じゃ、夏休み明けにな」

 引きつった笑いをして去っていくクラスメイトに言う明。

「さて…と…。
 ………問題はコレだな……」

 後ろの席ですいよすいよと眠りこけている初音と、その頭の下で枕代わりになっているテキストを眺めて明は呟いた。






「さて…初音よ」

「うん」

 場所は変わって、こちらは明の部屋。
 2人はテーブルを挟んだ形で座っていた。

「終業式が終わって、明日から夏休みだ」

「うん」

「今日は金曜だから、正確には週明けの月曜日からが夏休みとの説もあるが…とりあえずそれは置いておこう。
 夏休み中に、お前の爺さんの山に行くってのは覚えてるな?」

「うん、1週間くらいキャンプするんだよね」

「ああ。
 でも、その前にやらなきゃいけないことがあるのはわかってるな?」

「え?なに?」

「宿題だ」

 どさり…と、自分と初音の間にテキストを置く明。

「1週間は山に行ってるんだ、その間宿題が出来ないだろう?」

「え〜…帰ってきてからすればいいんじゃ…」

 不満そうに初音が言う。

「帰って来たら、ほとんど毎日バベルで訓練だろう?
 へとへとで帰って来て、宿題出来るのか?」

「う…」

「1日1時間やれば余裕で終わるって言ってたから、徹夜してさっさと終わらせちまおう」

 高校最初の夏休みと言うこともあり、授業数も少ないので比較的楽なようだ。

「うん…」

 まだ乗り気でない様子の初音。

「……お前には黙ってたけど、最後の週は訓練入れてないんだ。
 好きなところに連れてってやるから、さっさと終わらせちまおうぜ?」

 ぽりぽりと、若干顔を赤らめながら最後の切り札を出す明。

「…うんっ!」

 満面の笑みで返事をし、勢い良くテキストを開く初音。

「よし、頑張るかっ!」

 同様に明もテキストを開く。
 それから明け方まで、カリカリとペンを走らせる音が途絶えることは無かった…。






タタンタタン…
            タタンタタン…


 独特の音をさせて電車が走っていく。

「ん…。
 もうそろそろで着くか…?」

 うとうととしていた明が目を覚まし、腕時計を確認する。
 腕時計は、あと数分で目的地へ着くことを示していた。
 『夏休みの強敵とも』を倒してから2日後、2人は初音の祖父母の家へと向かう鈍行電車に乗っていた。

『次は大神おおかみ〜大神〜』

 車内アナウンスが2人の行き先を告げる。

「っと…初音起きろ、着いたぞ」

 いつの間にか、自分の肩に寄りかかって寝ていた初音を起こす明。

「ん〜…あと5分…」

「乗り過ごすわぁっ!!」

 がくがくと、初音の身体を揺らして起こす明であった。




カナカナカナカナ…

          ジーワジーワジーワジーワ…


 夕暮れの駅舎、そばの林から大合唱が聞こえてくる。
 なんとか電車から降りることの出来た2人は、駅前に設置されていた古ぼけたベンチに座っていた。

「あっついなぁ…」

 駅舎の時計は既に17時を指し示しているが、まだ気温は30度近くあるようだ。

「じーちゃん遅いね…」

「この時間に着くって言ってあるんだろう?」

「うん、車で迎えに来るって言ってた」

「なら待つしかないな…」

「そうだね…。
 うぅ〜暑い〜…明〜アイス買って〜〜」

「電車の中で喰っただろうが…。
 あんまり冷たいもの喰いすぎると腹下すぞ」

 先ほどの電車の中で初音が作った、5段重ねの空容器を思い出しつつ言う明。

「初音がお腹壊さないの知ってる癖に」

「そりゃそうなんだがな…。
 逆にお前の腹を壊せるヤツを見てみたいって気もするが」

「明が壊せないなら無理だよ」

「それは…俺以外には壊されたくないけどな…」


パッパーッ!


 明がポソリと呟くと同時に、クラクションの音が響き渡った。

「あ、じーちゃん!」

「お〜初音〜!
 元気じゃったか〜?」

 軽トラの運転席の窓から、身体を半分出して白髪の老人が初音に声をかける。

「よっ…と…。
 ども、お久しぶりです」

 地面に置いていた荷物を担ぎ、明が初音の祖父へ言う。

「おぉ、明くんじゃったな、久しぶりじゃのう。
 ほれ荷台に乗りんしゃい、初音もな」

 親指で荷台を示しつつ言う初音祖父。

「わかりました…って荷台に乗っていいんでしたっけ?」

 荷物を荷台に載せ、自分も軽々と乗り移りながら明が聞く。
 明と同様、初音も一足飛びで荷台へ乗り移った。

 (注意1:現在の道路交通法では違反です)

「大丈夫、野菜が積んであるじゃろ?
 荷物の番をするためには乗っても大丈夫じゃからな、おまわりさんも見逃してくれるんじゃ」

 (注意2:荷物を看守すると言う理由で、最低限必要な人員を乗せる事は出来ます)

「それに、今の時間は中に居るよりそっちの方が涼しいんじゃ。
 立つと危ないから気をつけるんじゃぞ?」

 そう言って初音祖父は軽トラを発進させた。


「ほんとだ、風が気持ちいい」

 髪を風になびかせながら初音が呟く。
 確かに、いくらかスピードが上がってくると、風が通り過ぎていって気持ちが良かった。

「あ〜…涼しいな〜…」

「そうだね〜」

 明のひざに身体を預けるようにして倒れこみつつ言う初音。

「…いや、くっ付いたら台無しなんだが…」

「狭いから仕方ないじゃん」

 明が持っていた荷物と、元から積んでいる野菜があるため、荷台は2人がぴったりくっ付かざるを得ない状態であった。

「そりゃそうなんだけどな…」

 そう呟いて初音の髪をく明。


「青春じゃなぁ…わしも若い頃はばーさんと…」

 初音と明の状況を、バックミラーで見ながら呟く初音祖父であった…。




 10分ほど走り、3人を乗せた軽トラは大き目の門をくぐり、平屋作りの屋敷の前に止まった。

「いらっしゃい初音。
 あなたが明くんね、話は聞かせて貰ってるわよ」

 玄関の前で待っていた和服の老女が、おっとりとした口調で言った。
 明は初音の祖母とは初対面の様子。

「あ、今日はお世話になります」

「いいのよ〜。
 いつも初音がお世話になってるんだから。
 これからもずっとお世話になるでしょうしね」

 うふふふふ…と、意味深な笑いをしつつ言う初音祖母。

「さ、お夕飯出来てるからお食べなさい。
 ちょっと早いけど、疲れてるでしょうから早めに休むんでしょう?」

「わ〜い、ゴハンゴハン〜♪」

 どだたたたた…と、喜び勇んで家の中へ飛び込んでいく初音。

「…靴くらい揃えて行けよ…」

 頭を抱えつつ、初音が脱ぎ散らかした靴を片付ける明であった。

「うんうん、初音はいい子見付けたね」

 明の片付ける様を眺めながら頷く初音祖母。

「さ、明くんも。
 今日必要ない荷物はここに置いてて良いからね」

「あ、はい…お邪魔します…」

 荷物を置き、自身の靴も揃えて初音の後を追う明。


「じゃ、ワッシも〜メシメシ〜〜♪」

「お爺さんはお風呂の準備して下さいね♪」

 そそくさと居間へ向かう初音祖父の襟首を、にこやかに笑いつつ掴む初音祖母。

「…はい…」

 借りてきた犬…もとい猫のようにおとなしくなった初音祖父は、そのまま家の裏手へ向かって行った。

「頑張って下さいね〜」

 ヒラヒラと手を振って見送る初音祖母。

「さぁて…2人は元気に食べてるかしら…?」

 今日は賑やかになりそうね…と、頬に手を当てながら初音祖母は居間へ向かった


「ガフガフガフガフ…」

「…いくらなんでも遠慮なさすぎだろお前…」

 初音祖母が居間へやってくると、初音は既に料理に手をつけていて、明は初音の隣に座って待っていた。

「あら、遠慮しないで食べてて良かったのに」

 2人の向かい側に座り、明へ白米をよそった茶碗を渡す初音祖母。

「あ、すいません…頂きます」

 行儀良く料理に手をつけ始める明。

「明くん疲れてるでしょう?
 お爺さんが今お風呂沸かしてるから、食べ終わったら先に入ってね。
 その間にお布団敷いとくから」

「え…いいんですか、俺が一番最初で…?」

 遠慮がちに明が聞く。

「明くんはお客さんだから良いのよ〜。
 それとも、初音が入った後の方が良かった?」

「ぶはっ…!」

 初音祖母の言葉にむせる明。

「ごほっごほっ…げほっ…。
 謹んで一番最初に入らせて頂きます…」

「うふふ、若いわねぇ…」

 意味深に言う初音祖母。

「???」

 一方の初音は、頭を下げる明をハテナマークを出しながら見ていた。




「お風呂上がりました〜」

 ほこほこと、湯気を出しつつ明が風呂場から戻って来る。
 居間では初音がのんびりとテレビを見ていて、初音祖父はガツガツと夕食を取っているところだった。

「はいはい。
 初音、お風呂入っちゃいなさい」

「は〜い」

 祖母の声に、パタパタと着替えを持って走って行く初音。

「明くん、向こうの客間にお布団敷いて置いたからね」

「ありがとうございます」

「布団は1つ、枕は2つでいいのよね?」

「そうですね…ってえぇ!?」

 初音祖母の言葉に驚愕する明。

「冗談よ冗談♪」

 うふふふふ…と、初音の食べ終えた食器を片付けていく初音祖母。

「…遊ばれてるな…」

「婆さんも嬉しいんじゃよ、前から初音に聞いてた明くんに会えてな」

 食事の手を止めつつ初音祖父が言う。

「ちゃんと2つ布団敷いといたから安心しなさい、部屋は一緒じゃけどな」

「そこんとこは避けれないんですね…」

「はっはっは、客間は1つしかないからのう。
 さ、明日も早いんじゃし部屋に行きんしゃい」

「そうですね…では、おやすみなさい」

「うむ、おやすみ」

 初音祖父に見送られ、明は客間へと向かって行った。


「…………」

 客間に入った明が絶句している。

「…そんなことじゃないかとは思ったけど…」

 明の視線の先には2つの布団がぴったりくっ付いて敷いてあって、『何故か』ティッシュボックスが枕元に置いてある。

「…さすがにぴったりくっ付いてるってのはな…」

 布団を離し、ついでにティッシュボックスも戸棚の上に置く明。

「あ〜気持ち良かった」

 明が片づけを終えたのとほぼ同時に、初音が風呂場から戻って来た。

「おかえり。
 明日からに備えて今日はさっさと寝ちまおうぜ」

 そう言いつつ自分の布団に座る明。

「そうだね」

 初音も自身の布団に近づき、自身の布団が明の布団の隣に強いてあることに気付く。

「…………」

 いそいそと、無言で布団をくっ付ける初音。

「じゃ、おやすみ」

 そそくさと布団の中に入り、就寝の挨拶をする。

「……あ〜…おやすみ…」

 自身も布団に入り、頭を抱えながら挨拶を返す明だった。




「……寝れねぇ…」

 1時間後、隣の初音に意識が行ってなかなか寝付けない明がそこに居た。




「……明の馬鹿…」

 さらに1時間後、ようやく寝息を立て始めた明にポソリと呟く初音が居たりする。






「ここを登って行って、10分くらい歩くと拓けたとこに出るんじゃよ」

 次の日の朝、家から30分ほど車で走った山のふもとで初音祖父が2人に説明していた。

「近くに川があるから水には困らないし、魚も捕れるからな」

「わかりました。
 1週間くらいで戻るつもりでいます、何かあったら携帯で連絡しますんで」

「うむ、気をつけてな」

「はい。
 んじゃ行くか初音」

「うん、爺ちゃんまたね〜〜〜」

 初音祖父へ挨拶をし、2人は山の中へ向かって行った。






「お、あれだな」

 10分ほど歩くと、初音の祖父が言ったように拓かれた土地に出た。

「あれが言ってた川だな。
 とすると…そうだな、あそこなら増水しても大丈夫だからあそこにテント張るか」

 川から近く、それでいて若干高台になっている場所を発見して明が言う。

「は〜い」

 そう言って初音は明の後を追って行った。



ボムッ…!



 袋に入っていたテントを展開させる明。

「やっぱワンタッチだと楽だな〜」

 明が持ってきたテントは特殊なワイヤーが入っている物で、特定の操作をすると一瞬でテントが展開される代物だった。

「わ〜いテントテント〜」

 楽しそうにテントの中を転がる初音。

「おいおい…」

 苦笑しつつ、テントの隅をペグと呼ばれる金属棒で固定する明。

「さてと、とりあえず周りの様子を見に行くか。
 まきも集めないといけないしな」

「うん」

 荷物をテント内に置き、2人は周辺の探索へと向かって行った。


「あ、魚がいるっ」

「結構大きなのもいるな、あとで捕まえるとしよう」

「うんっ」

 明の言葉に、元気良く返事をする初音。

「綺麗な水だけど、念の為に飲み水は浄水器を使うとして…。
 …そういや風呂が無いな…。
 ここで水浴びするってのもいいか。
 念の為に水着も持って来ててよかったな」

「そうだね」

「んじゃ次は山ん中だな。
 とりあえず向こう側から回ってみるか」

 そう言って、自分たちが先ほどやって来た反対側を指差しながら歩き始める明。

「うん」

 そう返事をして明の背中を追って行く初音。
 そうして2人の姿は山の中へと消えていった。




「は〜…大量大量…」

 約2時間後、満足げの様子で2人が山から戻って来た。

「美味しそうだね…」

 じゅるりとよだれを垂らしつつ初音が言う。
 その手にはウサギが数羽握られていた。

「薪も十分集まったし、とりあえず昼飯にするか」

 両脇に抱えている木々を床に積みつつ、明が言う。

「うん」

「包丁包丁っと…。
 あ、水道無いから川でさばかなきゃいけないのか…。
 初音、川でコイツさばいて来るからその間に水汲んどいてくれ」

「は〜い」

 明の声に返事をし、初音は桶を持って井戸へ向かって行く。

「さて、とりあえずはシンプルなメニューにしよう…」

 荷物の中から愛用の包丁セットを取り出し、ウサギを抱えながら川へと歩いて行った。




「ごちそうさま〜♪」

 昼食をぺろりと平らげた初音がごろりと横になる。

「お粗末さま」

 カチャカチャと、食器を片付けながら明が答える。

「そうだ、一休みしたら川で遊ぶか。
 皿洗ってくるからその間に水着に着替えておけよ」

「うんっ」

 そう言ってガサゴソと、自分の荷物をあさりだす初音。
 明はそれを視界の端に見ながらテントを出て行った。


「着替え終わったか〜?」

 皿を洗い終えた明がテント内に居る初音に声をかける。

「うん、終わったよ」

「入るぞ…。
 うん、似合ってるぞ」

 素直に初音の水着姿の観想を言う明。
 初音は青と白のストライプの水着を着ていた。

「本当?」

「ああ、本当だ。
 んじゃ、俺も着替えるから先に行っててくれ」

「は〜い」

「っと、ちょっと待て初音」

「何?」

「Tシャツ着てけ、結構陽射しがキツイからな」

「は〜い」

 明の言葉にTシャツを水着の上に着込み、初音は川へと向かって行った。

「さてと、俺もさっさと着替えるかな」

 そう呟いて、明も初音同様に自分の荷物をあさり始めるのであった。




「気持ちいぃ〜〜♪」

 明が水着に着替えて川に到着すると、既に初音は川に入っていた。

「とがった石とかあるから気をつけろよ」

 初音に注意しつつ、明も川へ入って行く。

「中に入ると結構冷たいな…あ〜気持ちいい…」

 腰まで川へ入り、目を細めつつ呟く明。

「えいっ」


 ばしゃっ!


「うぉっ!」

 初音が明の顔目掛けて水を浴びせてきた。

「隙あり〜♪」

 あはははは、と初音が笑いながら言う。

「この…てぇいっ!!」


 ざばぁっ!


 お返しだっ、とばかりに明が初音に水を掛け返す。

「わきゃっ!」

 大量の水を浴びて頭からずぶ濡れになる初音。

「うっ…」

 ずぶ濡れになった初音の姿を見て明が息を飲む。
 なるほど、初音は頭から水を浴びてしまった為に、水着の上に着ていたTシャツまでもが濡れてしまっている。
 Tシャツが水を吸って水着が透けて見えている様は、健全な少年としてはドキッとしてしまう状況であろう。

「やったなぁ…」

 首をプルプルと振り、それこそ犬のような水切りをしてから初音が明に背中を向ける。

「何を…?」

 初音の行動に明が問うた瞬間…


どばばばばばばばばっっっ!!


 大量の水が明目掛けて襲い掛かって来た。

「うぷっ、ちょっ待っ…それ卑きょっ…」

「えへへへ〜♪」

 大量の水にむせながら言う明へ笑う初音。
 初音は砂を掛ける犬よろしく、手で足の間から水を明へ掛けたのであった。

「参った?」

 しばらく水を掛けた後、初音がにこやかに明へ聞く。

「………誰が参るかっこのぉっ!!」

 そう叫んで負けじと水を掛け返す明。

「あはははは♪」

 初音も笑いながら水を掛ける。
 しばらくの間、2人が水を掛け合う音と笑い合う声が山に響き渡るのであった。




「くしゅんっ!」

 初音が小さくくしゃみをした。

「ん、ちょっと冷えてきたな…そろそろ戻るか」

「そうだね」

「っと、その前に夕飯のおかずを捕っちまおうか」

 そう言って明がESPを発動する。
 しばらくすると、初音の周りにわらわらと魚の群れが集まって来た。

「えいっ!」


 ざばんっ!


 掛け声とともに勢いよく初音が魚を川岸へ弾き飛ばす。
 その姿はサケを捕るクマのようだった。


「おぶっ…!」


 突然明がわき腹を抑えた。

「へ?」

 明の動きに疑問符を上げる初音。

「は、初音…それは俺にもダメージが来るから…」

 苦しそうに言う明。
 そう、明の能力は操った物の痛覚も自身に返って来るのだ。
 いくら初音に喰われ慣れているとは言え初音のサーモンハンティングと、
 その後に襲ってくる地面との高速激突には耐え切れなかったようだ。

「あ、ごめん」

「手掴みで頼む。
 バケツ持って来るから岸に集めといてくれ」

「は〜い」

 そう言って初音は優しく魚を掴み上げる。

「うん、それくらいならくすぐったいくらいだから大丈夫だな」

 初音にそう言うと、明は川から上がってテントへ戻って行った。

「お魚お魚〜」

 調子良く魚を捕まえては岸へ上げていく初音。

「………」

 不意に初音の手が止まる。

「……(つつぅ〜)」

 ニヤッと笑って、掴んでいた魚を残る片手の指を滑らす。


「ふ、ふひゃははははははっ!!!」


 テントの中から明の笑い声が聞こえて来た。

「は〜つ〜ね〜」

 怒りの形相で明がテントから出てくる。

「あははははっごめんごめん」

「ったく…」
 やれやれ…と言う風に岸に置かれた魚をバケツへ集める明。

「刺身…に出来るような魚はないから丸焼きだな」

どうやら今日の夕食は焼き魚らしい。

「明〜ほら、おっきな魚〜」

「お〜旨そうだな」

 喜々として両手に掴んだ魚を見せる初音。
 明はそんな初音を眩しそうに見つめていた。


「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さま」

 捕った魚の半分ほどの串を片付けて明が返す。
 今日残した魚は明日の朝食にするらしい。

「あふ…」

 初音が小さく欠伸をする。

「くは…っと、移っちまったか…。
 今日は結構遊んだからな、さっさと寝ちまうか」

 そう言って荷物を漁る明。

「ほら、タオルケットを…って寝てるし…」

 よほど疲れていたのであろう、既に初音は夢の中だった。

「ったく、喰ってすぐ寝ると牛になるぞ…」

 苦笑しながらタオルケットを初音にかけてやる。

「おやすみ初音」

 ライトを消し、軽く初音の髪を梳いて自分もタオルケットを被る。
 数分後、テントの中では二人の寝息が聞こえていた。




「ん……朝か…」

 強い太陽の光に明が目を覚ます。

「今日も暑いな…。
 とりあえずメシの準備するかな…」

 隣で寝ている初音をちらりと見やり、明はテントを出て行った。


「初音、今日は1日山の中を歩いてみないか?」

 朝食後のひととき、明はそんなことを初音に話し出した。

「山歩き?」

「そ、おにぎり作ったからそれ持ってのんびり歩こうか」

 明はそう言って朝食と同時進行で作った巨大なおにぎり…通称爆弾おにぎりを取り出した。

「ついでに夕飯の獲物も捕ってこよう。
 昨日はウサギだけだったし、今日は大物捕って来ようぜ」

「そうだね、お肉食べたいな」

「よし、決まりだな」

 今日の予定が決定した2人。
 リュックに爆弾おにぎりや水などを詰め、山の中へ入って行った。




「明、明、ふさふさした鹿が居るよ」

 初音の指先には、黒と白の毛が入り混じった鹿がもしゃもしゃと草を食べていた。

「あれはニホンカモシカだな…。
 たしか天然記念物だから捕まえちゃ駄目だ、俺らが捕まっちまう」

「ちぇ〜」


「あ、キノコだよキノコ」

 シメジに似たキノコを見つけて明に言う初音。

「キノコは駄目。
 毒キノコの可能性があるからな。
 笑いダケとか喰ってとんでもないオチになるのは勘弁だ」

 ネタの一つを潰す…げふんげふん…起こりうる危険を回避する明。

「オチ?」

「気にすんな」




「明〜、おなか空いた〜」

 山歩きを始めて約2時間、初音が空腹を訴えてきた。

「そうだなそろそろお昼にするか」

 明も同じことを考えていたのであろう、初音にそう答えた。


「いっただっきま〜っす♪」

「いただきます」

 適当な岩に座った2人、背負っていたリュックから自分のおにぎりを取り出して食べ始める。
 当然ながら、初音のおにぎりは明のおにぎりの2倍近い大きさであった。

「おいしい〜」

 3分の1ほどかじった初音が、満面の笑みで驚嘆の声を上げる。

「やっぱこう言うとこで食べるおにぎりってはうまいな」

 水筒に入れたお茶を飲みつつ明が言う。

「うん、それに明のおにぎりは美味しいもん」

「それはそれは…ありがとな」

「うんっ」

 お互いに笑うと食事を再開する2人。
 その姿はとても幸せそうであった。




「さてと…一休みしたし、そろそろ行くか?」

 昼食後、のんびりと休憩を取っていた2人。
 もういいかと、明が初音に声を掛ける。

「うん…」

「ん?どうした?」

 どこか様子のおかしい初音に明が言う。

「何か来る…」

 ウゥゥゥ…と、警戒するように吼えながら言う初音。

「どっちだ?」

 初音の言葉に明も警戒を強めて聞いた。

「向こう…あの木の奥あたり…」

「あっちか…」

 初音の指差す先を見つめる明。
 なるほど、何か黒っぽいモノが動いている。
 それは段々とこちらに向かって来ていた。

「あれは……」


『グルルルルル…』


 地鳴りのような音を立てながらそれはやって来た。
 山の奥から出て来たケモノ…それは…


「クマ……」


 明がその正体をポソリと呟いく…。
 2人がいる30メートルほど先には、体長2メートルはあるであろうクマが立っていた。


『グルルルルルルル……。
 グルゥゥゥゥゥ……。
 グオァァァァァァァァァァ!!!』
(クックックッ、美味そうな匂いがするから来て見れば人間が2匹か。
 しかも肉が柔らかくて美味そうなガキ…。
 ちょうどいい…腹が空いてた所だ、おとなしくこの『青カブト』様の餌となれっ!)  『クマ語翻訳・C名先生』


「ごくっ…」

 クマを目の前にして明が息を飲む。

「初音…




 クマ肉ってのはかなり美味いらしいぞ」

「本当っ!?」

 明の言葉に初音が聞き返す。
 初音の瞳はキラキラと輝き、口からはよだれが出ている。

「ああ!
 と言うわけで今日の夕飯はクマ尽くしで決定だっ!」

「うんっ!」

「ていっ!!」

 先手必勝!と、明がESPを発動し、青カブトの動きを止める。

『か、身体が動かない!?』

 突然動かなくなった自分の身体に混乱する青カブト。


 びゅばっ…!


 狼に変化した初音が一気に青カブトへ向かって走り出し、地を蹴って空を駆ける。


『ウオォォォォォォ!!』


 咆哮を上げ、身体のバネを最大限に使いつま先を軸に縦回転しながら青カブトに突っ込んでいく。


『そ、その技は…「抜刀…」ぐあぁぁぁぁぁ!!』


 ざしゅっ…と肉が裂ける音がして倒れる青カブト。
 叫び声の後、起き上がる気配は一切無かった。


「ふぅ…。
 初めて使ったけどうまくいってよかった」

 変化を解いて初音が言う。

「…この間漫画喫茶で読んでたアレか…」

 先ほどの技に心当たりがあるらしい明が、クマの血抜きを行いながら呟いた。




「あ〜…疲れた…」

 クマを返り討ちにしてから3時間後、今日食べる分だけの肉を解体して2人はテントへと戻って来ていた。

「お疲れ。
 ちょっと早いけど夕飯にしよう、とりあえず水浴びして来い」

 クマの血が若干こびり付いた初音のTシャツを指差して明が言う。

「うん」

 明の言葉に従い、川へ向かっていく初音。

「さて…どう焼くかな…」

 大量のクマ肉と、持って来ていた小さいフライパンを見比べつつ明は呟いた…。




「あ、それ俺の肉だぞ!」

「えへへ〜早い者勝ちだよ〜」

「真ん中で場所分けしてるのに、早い者勝ちも何もあるかっ!」

 ジュウジュウと、肉の焼ける音と匂いが辺りを漂っている。
 和気藹々わきあいあいと2人は肉を突付き合っていた。
 2人の間には、川原から持って来た大き目の平らな石が置いてあり、その上で肉を焼いていた。
 石の熱伝導を利用した、簡易的な鉄板として使っているらしい。

「っと…もうこれで終わりだな」

 明が最後の数枚を石の上に並べる。

「クセが無くて結構美味かったな」

「うん、美味しいね」

「こんなことが無いと、なかなか喰えないからなぁ…」

 クマ肉なんて買ったら高いし…などと思いつつ焼き上がった肉を食べる明。
 初音も最後の一切れを口に入れていた。

「ごちそうさまでした」

「ん、お粗末さま」

 一つ残らずクマ肉が無くなったのを確認し、石に水をかけて冷やす。
 完全に熱がなくなったことを確認して、2人は川原へ石を戻した。

「さてと、今日もさっさと寝ちまうか」

「そうだね」

 初音も山歩きで疲れていたのであろう、明の言葉に同意した。

「明日は何しようかねぇ〜」

「暑かったら川で泳ごうよ」

「そうだな、今日は山だけで終わっちゃったからなぁ…」

 明日のことを話し合いながら、2人はテントに戻って行った。








「暑いぃ…」

「暑いなぁ…」

 テントに戻ってから約1時間後、2人は寝れずにいた。

「………水浴びしてくるね…」

 ムクリと起き上がって初音が呟く。

「お〜…」

 ぐったりとしながら初音に言う明。

「風はあるんだけどなぁ…なんでこんなに暑いんだ…?」

 熱帯夜とも言えない夜に苦しむ自分たちに悩む明であった。




「冷たくて気持ちいい〜…明も来れば良いのに…」

 ざばざばと川へ入っていく初音。

「…でも夜の川は暗くて怖いなぁ…」

 闇の中の川は底が見えず、いかにも何か出てきそうだった。

「……そろそろ上がろ…」

 そう言って川から上がる初音。


シュー…シュー…


 何処からとも無く、ガスが漏れるような音がしてくる。

「………?」

 その音に気付いたのであろう、初音が音のする方へ顔を向けた瞬間…


『シャァァァァァァ!!!』


「!!!!」


 草むらから大量のナニかが飛び掛って来た……。






 一方その頃…。


「………」

 テントの中には、ようやくウトウトし始めた明がいた。

(ようやく寝れる…)

 まどろみの中でそう思っていた明であったが…


がさり…


 テントの外でナニかが動く音がした。

「ん…初音か…?
 あ〜…目が覚めちまった…」

 髪をかきつつムクリと身体を起こす明。

「初音…じゃないのか?」

 待っても入って来ない相手に声をかけながら、テントの出入り口に近づいていく。


ズバァッッッ!!


「!!!」


 突然テントの出入り口が弾け飛んだ。

「な、なん…うわぁっ!!」

 よほど強い力だったのか、ワイヤーも一緒に切れたらしくテント自体も弾け飛んでしまった。

「いてててて…一体何が…」

 明が頭を抑えつつその影を見やる。
 そこには……


『フ…フゥゥゥゥゥゥゥ…』


 目を血走らせた初音が立っていた…。


「ぼ、暴走…!?
 …にしては少し違…うおわぁっ!?」

『ウオォォォ!!』

 初音が叫びながら襲い掛かってくる。
 明の言う通り、いつもの暴走とは違い明を執拗に狙って来ていた。

「くっ、くそっ…うわっ!!」

 その場から逃げ出す明。
 しかし、川岸まで来た辺りで何かに足を滑らせて転んでしまう。


ぬるり…


「な、なんだ…?」

 転んだ明の手にどろりとしたモノが付く。
 月明かりに手をかざして見ると…

「血…?」

 手に付いたモノは真っ赤な血。
 よく見ると周りには所々に血が飛び散っていた。

「な、何でこんなに血が…げっ!!」

 血以外のモノを見つけて叫ぶ明。


「こ…これは…マムシの…頭…?」


 暗くてよくわからなかったが、血と同様にマムシと思われる蛇の身体が飛び散っていた。

「…まさか…これだけのマムシを食べたのか…?」

 残った血と身体の量から考えるに、軽く見積もっても30匹はいたものと考えていいだろう。

「マムシって言えば…あの有名な飲み物の…」

 そう、マムシと言えば滋養強壮によく使われる蛇として有名で、特にマムシの血は強力と言う。
 ちなみに、クマの肉も滋養強壮に効くと言われている。


『フゥ…フゥ…フゥ…』


 明の背後から荒い息が聞こえてくる。

「やめろ…って言っても聞こえてないんだろうなぁ…」

 渇いた笑いをしながら、座ったまま後ろに下がる明。

『ハァッ!』

 初音はすかさず明に襲い掛かって来た。

「うわっ!」

 ひざに衝撃を受け身動きが取れなくなる明。
 目を開けると、初音が明のひざの上に乗っていた。

「…年貢の納め時か…」

 諦めたように明は呟いた。

「…あんまり痛くしないでくれよ…」


「それはこっちのセリフなんだけどなぁ…」


「ってお前正気じゃ…ムグッ…!」

 明の叫びは『柔らかいモノ』に遮られてかき消されてしまった…。
 それから夜明け近くまで、ケモノのような声が山の中を響き渡ることになるが、それはまた別のお話…。






(了)









――――――――――――――――――――お ま け――――――――――――――――――――




「た…ただいま戻りました……」

「ただいま〜♪」

 次の日の朝、へとへとになった明と、何故かツヤツヤしている初音が犬神家に戻って来た。


「おかえりなさい2人とも」

「なんじゃ、早かったのう」

 初音の祖父母が2人に声を掛ける。


「おっかえり〜♪
 昨日はお楽しみだったみたいだね〜♪」


 家の奥から明るい声が聞こえてくる。


「あれ、お母さん」

 その声の主は初音の母、初穂であった。

「初穂さん、いつ来たんですか…って言うかさっきのセリフは…」

 先ほどの、昨夜の事を知っている素振りの初穂に明が聞く。

「来たのはついさっきだよ。
 いやぁ、バベルのヘリはやっぱ速いね〜」

 あはははは、と笑いながら言う。

「それとね、なんで今日来たかって言うとね…。
 昨日の夜、局長から直通で電話掛かってきてさ〜」

「局長から?」

「そーそー。
 ねぇ明ちゃん、『人工衛星』って知ってるよね?」

 ニヤリ…と笑いながら意味深に言う初穂。

「そりゃぁ知って……」

 ますよ…と続けようとした明の顔が、徐々に青くなっていく。
 どうやら初穂の言いたいことがわかったらしい。

「さて、ここにアルバムに追加されるべき写真が何枚かあるんだけど…」

 カバンの中から封筒を取り出す初穂。

「捨てて下さい、燃やして下さい、ついでに記憶からも消し去って下さい」

「どうしよっかなぁ〜♪」

 楽しそうに初穂はひらひらと封筒を振る。

「婆さん、ひ孫は早そうじゃの」

「そうですね♪」

 初穂から先に話を聞いていたのだろう、嬉しそうに話す2人。

「『じんこーえーせー』?」
 
 普通に知らないのか気付いていないのか、初音だけが疑問符を上げていた。






(終われ)
締め切りギリギリにおばんでございます、烏羽です。
ようやく投稿出来ました夏企画。
書いてるうちに書きたいネタが大量に発生して…。
追い込まれながらも何とか書き終えましたw

と言うわけではっかい。さんからの挿絵を使ったこのお話です。
http://gtyplus.main.jp/cgi-bin/gazou/imgf/0041-img20070827014037.jpg
この素晴らしい挿絵に見合った話かどうかは不明ですが、楽しんで頂ければ幸いでございます。
それでは…。

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