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【夏企画】しょっくうぇーぶ〜ドキッ!バベルだらけの海水浴場ッ! ポロリもあるよ?〜

 夏の浜辺には、陽射しと潮風、水着の女性―― そして、ナンパに勤しむ野郎の姿がよく似合う。
 誰が言った言葉かは判らない。
 だが、夏の浜辺にこれがなければ締まらないこともまた事実。
「ねー彼女〜、一人〜?どこから来たの〜?」
 そしてここにも一人、本人曰く『陽射しに負けない眩しさの笑顔』を振り撒きながらナンパに励む野郎が一匹。
 一見すると『貧弱な坊や』だが、よく見れば細身に見えるのは単に無駄な筋肉がないだけであり、いざという時には女性の一人ぐらいは軽々と抱きかかえるには充分な膂力は備わっていることは容易に見て取れる。
 ボサボサの黒髪をバンダナで纏め上げた笑顔の主―― 顔そのものは十人並みではあるが、人懐こいその笑顔には、見る人によっては引きつけて離さない魅力を感じる事も出来るだろう。
 だが、声を掛ける彼に向けられるのは総じて悲鳴と罵声、そして何より、『ある一点』に向けられた視線。
 視線に気付き、彼は自らの下腹部へと視線を落とす。
 ―― モザイクの下は、季節外れの秋風に揺れる枯葉の如き寂しさとともに揺れていた。
「なっ?!い…何時の間に海パンが―――― でもこれはこれで新たな快感の扉がッ!?」
「恥と一緒に何を晒しておるか――――――――ッ!?」
 疾風の如き身ごなしで亜麻色の長い髪を揺らしつつ現れた美女の飛び蹴りが、妙な世界を垣間見る事で鼻息を荒げる彼のモザイクの下にあるものを捉えかけた新たな価値観ごと―― 粉砕した。



  【しょっくうぇーぶ〜ドキッ!バベルだらけの海水浴場ッ! ポロリもあるよ?〜】



 一方、浜辺の惨劇から遠く離れた沖合いでは、見るものの大半に『湯水のごとく』『バブリー』という時代にそぐわない接頭語を冠させたくなる事請け合いなサロンクルーザーがその優雅な姿を見せつけていた。
 だが、浜辺から遠くに浮かぶその船体に『BABEL』―― 内務省超能力支援局のロゴが刻まれている事を見極める事が出来る海水浴客はごく少ない。
 それこそ、その存在を認識している者―― 『BABEL』のエージェントでない限りは。
 そして、それが将南海岸沖に停泊しているという事実は、すなわちこの場所でなんらかの超能力絡みの事件が発生しているということの動かし難い証左となっていた。


 * * *


「……という訳で、このところ超能力者が関連しているであろう水着の紛失騒ぎが多発しているわけなんだが……聞いているのかネ?」
 船室に微かに届く潮騒を押しのけて響く局長の声が、猫撫で声に変わった。
 その身に纏う隆々とした筋肉、そして濃い体毛で圧倒的な雄性を主張しつつ、局長は巌のような顔に精一杯の愛想よさを漂わせて薫ちゃん達に声をかけるが、その声を向けられた三人は、明瞭な言葉ではなく、やる気なさげな溜息で返答とする。
「任務だというのに態度はなんだッ!ちゃんと話を聞きなさいッ!!」
 あからさまな態度でやる気のなさを主張するそんな三人に、案の定皆本の奴が生真面目に注意する―― 去年の春から何度も続く、いつもの風景。
「せやけど……折角の海やっちゅうのに、泳ぐ事も出来んと船室にこもりっきりやったら、テンションも上がらんわ」
 皆本の言葉を受け、葵ちゃんは溜息と共にブリーフィングルームを示す。
 室内にクーラーは効いており、快適ではある。
 しかし、特務エスパーの移動拠点として活用することを前提としているクルーザーである以上、いくら空調が効いていようとも盗聴や透視、瞬間移動能力者テレポーターによる強襲対策のために窓一つない。
 『折角の海だというのに、景色一つ楽しめないようではテンションなど上げ様もない』―― そう主張する葵ちゃんに同調する形で、チルドレンのリーダー格とでも言うべき薫ちゃんも頬を膨らませて言う。
「そーそー、最初に『将南海岸で任務』って話を聞いたときには、浜辺で水着のねーちゃん達にもみくちゃにされながらジョニー・B・グッドを歌えるって思ってたのにさー。結局こんなんじゃ面白くもなんともないじゃんよー」
「本当に小学五年生か、君は?」血涙を流しながら歯噛みする薫ちゃんに、皆本は呆れ混じりの苦笑を見せ、続ける。「第一あっちはあっちで苦労するんだぞ。一般の海水浴客を巻き込まずに犯人を確保することためにも、超能力を君たちよりも巧くコントロール出来るナオミちゃんや、万が一、補足した犯人が海水浴客に紛れ込んだ場合、的確に発見出来る能力を持っている明くんや初音くんをあっちに配置するのは当然の事だろう?」
 最初の口調から一転しての優しい口調で応じる皆本に、薫ちゃんも「わ…判ってるけどさ」口ごもりながらも不承不承納得する。
 以前だったら、逆ギレして船をぶっ壊してでも脱走しかねなかっただろうに……本当に薫ちゃん達も丸くなったもんだ。
「皆本さんの言うことも判るけど……浜辺の警備の方が楽しいに決まってるでしょ?どうせいつ来るか判らないんだったら、出来るだけ楽しんでおきたいわ?」
「楽しいも何も……仕事だよ?みんな仕事は仕事でちゃんとやってるよ」
「……本当にそうかしら?」
 恐らくは俺と同じ予想図を描いているのだろう……薄い笑みをみせつつ、紫穂ちゃんは分厚い壁に遮られた浜の方角へとその視線を向けていた。


 * * *


 賢木、そして紫穂が共通の映像を思い浮かべたその頃、賑わいを見せる浜辺では――
「初音!『待て』よッ!!『待て』ッ!!」
 焼きモロコシや焼きイカ、焼きそばに箸焼き、カルビ串といったジャンクフードの屋台の群れを前にその歩みを止める、黒のノースリーブのシャツに涼しげな風合いの麻のハーフパンツとニーソックスを併せた金髪のウェーブヘアを二つに纏めたスレンダーな少女…犬神初音と、数秒後に訪れるであろう初音の暴走を食い止めようと必死に促す、黒の短髪にタンクトップ、そして、綿の迷彩柄ハーフパンツを身につけた小柄な少年…宿木明―― 『ザ・ハウンド』の二人の姿あり――
「おーい、ナオミ?」
「なんですか、谷崎主任?海水浴客に扮して周辺警戒をする、と仰ったのは主任ですよ?」
「いや、確かにそうなんだが……砂に埋めるといっても“縦に”埋められては、いざというときに身動きが取れないんだが?それに、ここは満潮時には沈むんじゃないのかなー、なんて思ったりするんだが?」砂浜に首だけ出して埋められた四十絡みの髭の男こと、『ワイルド・キャッツ』運用主任、谷崎一郎と――
「谷崎主任……大丈夫ですよ」冷淡さを滲ませる笑顔と共に「昔の人もこう言ってたじゃないですか……『死んでも生きられます』って?」素敵な速度で身動きの取れない髭の中年を放置する花柄のワンピースの水着に身を包む女子高生こと、コードネーム『ワイルド・キャッツ』・梅枝ナオミ―― の姿あり――
「隊長ー。自分達、あまりに浮いてませんかー?」
「気にするなッ!!」
 各々片手に浮き輪と傷だらけの上半身を波打ち際に並べ、周囲の風景からきっぱりと浮いている隊長以下のAチームあり―― つまるところ、二人の思い浮かべた想像図通りの光景が繰り広げられており、『重要任務に向けて待機中の特務部隊』と言うものが内包する緊張感は欠片も感じさせてはいなかった。


 * * *


 皆本がビーチ組の良心を信じているのであろうことは大方予想はつく。しかし、『チルドレン』三人の気持ちもまぁ理解出来る。
 つーか、明らかに俺もそっち側の気分だ。
 こんな絶好のロケーションでいつどこに来るのか判りやしない―― 予知能力者プレコグの予知はあったものの、『大体この時間に将南海岸で起こる』なんてアバウトすぎる予知を頼りに待ち伏せるなんて、考えただけで気が滅入るってなモンだ。
「まーそう言うなよ。俺もあっちに行きたいってのに我慢してるんだから」
「そーそー。ビーチに行ってたら『ナンパ男を袖にする』って楽しみがあったってのに」
 俺のぼやきに併せ、さばさばと笑顔で言うのは、索敵能力に長けたBABELの受付コンビ『ダブルフェイス』の遠隔透視能力者クレヤボヤンス、奈津子ちゃん。
 柏木一尉と彼女、そして『ダブルフェイス』のもう一人、感応能力者テレパスのほたるちゃんというBABELの綺麗ドコロが揃ってるだけこっちもまだマシ、とでも思っとこうか。
 ……って、『ナンパ男』って、俺も入ってるんじゃねーだろーな?
 疑念と共にちらりと奈津子ちゃんを見る……あ、目ェ逸らされた。
「判った判った……この任務が速く片付いたら、自由時間にしてやるから」
 俺が不信感を募らせる脇で、皆本が溜息混じりに言う。
「やたッ!」
「さすが皆本さん、話が判るッ!!」
「それでこそ皆本ッ!よーし、早く来やがれ〜」
「犯罪の発生を望むような発言をしちゃいけませんッ!」
 皆本の一言でいとも容易くテンションを引き上げる三人を、柏木一尉が嗜める。
 まったく、三人とも単純なもんだぜ。いや、一年前の薫ちゃん達なら、皆本の言葉にも聞く耳一つ持つこともなかっただろう―― そんな三人をすっかり手なづけてる辺りが、皆本の『お子ちゃまキラー』たる所以ってとこかな?
「あー、いいかネ?」すっかり蚊帳の外に置かれていた局長が再び口を開いた。「男女問わず、被害者には『水深にして2mを越えた辺りまで行っている』という共通点がある。そこで、特殊部隊Aチームをそのポイントに配置し、Aチームに発せられた攻撃の意識を野分クンの感応能力テレパスで感知―― 常盤クンの能力も組み合わせてその発信源を特定した上で葵の能力を使って強襲、犯人を一気に制圧するというプランだが……何か質問はあるかネ?」
 確かに曖昧な予知のために相手の能力が殆んど掴めていない以上、考えられる上ではこのプランが最善の策だろう。しかし、どうにも納得がいかない。
「それじゃダメだよ局長!」
 声を上げたのは薫ちゃん。
「な、何がダメなのかネ?」
「折角のポロリのチャンスだってのに、用意されてるのがAチームのおっさんばっかりじゃ、嬉し恥ずかしのドキドキ映像が一発で『見たくないもの』だらけになっちゃうじゃないか――――ッ!!」
 うろたえながら発した局長の問いに、薫ちゃんは拳を振り上げて力説する。
「何を言ってるんだお前は――――――――ッ?!」
「せめて朧さんかナオミちゃんのポロリが見たい、って言ってるんだよッ!」
 そう!俺もそれが言いたかったんだッ!!
 まぁ、どっちかというと、ナオミちゃんよりはダブルフェイスの方が―― いかんいかん、いくら俺の方が超度が高かろーと、テレパスの横でンな妄想を垂れ流してちゃ、一発で身の破滅だ。
「そういう意味じゃなーいッ!!」
 柏木一尉が思わず両手で胸元を覆い隠す横で、皆本がツッコミを入れていた。


 * * *


「奈津子……思考の発信先は判ったわ!西側からよ!」待つこと一時間―― 浮き輪にしがみつくAチームの一団に向けて視線を投げていたほたるちゃんが叫ぶ。
 やれやれ、やっと来たようだ。
「―― OK、こっちも補足した……ポイントは―― ここから西に110mッ!」
 ほたるちゃんに応じて発せられた奈津子ちゃんの指示に頷いたのは葵ちゃんだった。
 その頷きに併せるかのように、ここから見たらケシ粒ほどの点にしか見えない―― しかし、ある、と思って目を凝らせば確かに波間に見えるものが瞬時にバレーボール大に拡大した。
 いや、拡大した、というのは違う。俺達全員がクルーザーごと瞬時に転移したことで、拡大したように見えたのだ。
 流石に超度7―― これだけの大質量を瞬間移動させるとは、やっぱり葵ちゃんは並じゃねぇな。
 しかし、感心している暇はねぇ。転移により虚を衝かれた一瞬を狙い、一気に制圧しなければ奇襲は意味がなくなってくる。
 その機会をむざむざと逃すわけには行かない。「「動くな!」」俺と皆本は射出式スタンガンの銃口を水面に浮かぶスキンヘッドに向けてポイントすると、異口同音に叫ぶ。
 この距離なら外しようもないし、たとえ水中に潜ることでスタンガンの電極をやり過ごしたとしても、そこから発せられる高圧電流そのものは躱しようがない。
 言うなれば禁止漁法ビリだ。漁協の人に怒られるから良い子は真似しちゃいけないぞッ!!
 二つの銃口を向けられ、観念したのだろうか……スキンヘッドの男はゆっくりと振り向き、クルーザーを―― そして、俺達を見比べて言う。
「BABEL……超能力…支援局、だと?
 そうかッ!私の理想を実現する手助けをしてくれるというのだなッ?!」
「アホかーッ!!」
「どこをどうひねったら、ンな理屈になるッ?!」
「なにぃッ?!超能力者の支援をしてくれるのではないのかッ?!私の日本語が美味しくないからと言って、馬鹿にしているのかッ?!」
 皆本と俺が同時に発したツッコミに、憤慨したかのような口調で口髭―― への字に逆立った、いわゆるカイゼル髭を生やしたスキンヘッドの男は言う。
 『日本語が“美味しくない”』?あー、なるほど……『うまく』ない、つーことだな。
 つーことはこいつ、外国人か?
 俺がそう見立てた時、ICPOのデータベースにアクセスしていた柏木一尉の声がスピーカー越しに響いた。
「検索完了しました!日系メヒシコ人、『リッチー・ラ・番場』―― 念動能力者サイコキノ瞬間移動能力者テレポーターの複合能力者です!」
 国際指名手配されてる複合能力者か―― 厄介な相手だな。
「ふっ…まぁいい。お前達も“”の神秘のきざはしを踏めば判るはずだ―― 『世界中の海という海、浜という浜をヌーディストビーチにする』という私の崇高な使命をなッ!」
「判ってたまるかーッ!!」
 皆本と俺が発する異口同音のツッコミ―― しかし、賛同の言葉はすぐ近くから聞こえた。
「……い、いや、皆本ハンのならいいかも?」
「そ、そうよね。局長のは絶対に厭だけど、皆本さんの裸だったら……」
「よし、皆本ッ!モノは試しだ、やってみろッ!!」
「馬鹿言うな、止めろ――――ッ!」
 味方な筈の三人にぐいぐい押され、皆本は本気で慌てる。
 その光景に思わず緊張感を削がれたことで―― 銃爪を引くのが遅れた。
 ―― いや、引くべき銃爪そのものがそこにない、ということに気付いた。
「……ッ?!
 柏木さん!ECMを――ッ?!」
 俺と同じくその手からスタンガンが喪われていること―― すなわち超能力による何らかの攻撃を受けたのだ、ということに気付いた皆本が、柏木一尉に次善策であるECMの起動を求める。
 しかし、柏木一尉の対応もまた、僅かに遅れた。
 指示を出した皆本が唯一身に纏っていたボクサータイプの海パンが、忽然とその姿を消していたのだ。
 ……って、まさか俺もッ?!
 ―― 大丈夫だ、倫理協会のお世話にはならなくて済んでる。
 俺は胸を撫で下ろすが、チルドレンの三人を入れると六人もの女性陣にまじまじと見られてしまった皆本はそうは行かない。
 心なしか内股で力なくしゃがみこみ、呟く。

「くすん。もうお嫁に行けない」

「いやいやいやいやいや、お嫁じゃねーだろ、お嫁じゃッ!!」
 いかん…皆本の奴、ショックで壊れてる。
「そんなことより…ヤツはッ?!」
 局長の一言が皆本以外を正気に戻す。
 つーか、この場で唯一冷静な判断を下せたのが局長だというのは正直由々しき事態だが、呆けていた柏木一尉がECMを起動させるまでの空白の数秒で奴にまんまと逃げられていることもまた事実だ。
「そうか、奴は瞬間移動能力者テレポーター……テレポートを使って逃走したか」
「まずいゾッ!浜辺で待機しているチームに至急連絡をッ!!」
 俺の呟きに局長は色めき立ちながらも指示を出し、その指示を受けて柏木一尉はICPOから照会したデータを手早く纏め、その顔写真と共に浜辺組の携帯端末へと一斉送信する。
 一斉送信されたメールを着信し、俺の……そして、クルーザー組全員の携帯もまた一斉に騒ぎ立てた。
 『リッチー・ラ・番場:サイコキノ、テレポート、共に超度5。ただし、瞬間移動能力者テレポーターとしての能力は限定的であり、引き寄せに関しては一旦サイコキノによって生み出した力場によってマーキングを行ったもののみを引き寄せ可能。
 その特異な手順を踏む引き寄せと、サイコキノでは特に『空気』の扱いに長けていることを併せ、メヒシコでは“エア・フッカー”と呼ばれていた。
 特記事項:軍隊経験あり。猥褻物陳列罪、並びに騒擾そうじょうにて逮捕歴あり』―― か。
 なるほど、ね。これだけ判ればやり方はあるし、付け入る隙も見えてくるってモンだ。
「紫穂ちゃん……これから俺達の出番だぜ?」
 壊れっぱなしの皆本にタオルを差し出す紫穂ちゃんが、怪訝そうな顔で振り向く。
 言うが早いか、俺は紫穂ちゃんを抱えて海に飛び込んだ。
「―― 軽ッ!ちゃんとバランス良く食わなきゃ、バランス良く大きくなれねーぞ?」
「放っといてよ!それより何よ、説明なしで海に放り込むなんて!」
 不平を漏らす紫穂ちゃんだが、テレポートという究極の逃げ足を持っている奴を捕捉するための緊急事態だ、多少は我慢してもらう。
「説明なら飛び込む間に『観せた』だろ。そっちの方が説明早くていいじゃねーか?」
 俺の読みはこうだ。
 超度が5である以上、テレポートの移動距離や回数にも限界がある。ましてや、逃走の隙を作るためにスタンガン二つと皆本の水着を引き寄せて貴重な『回数』を使い潰したのだ。もう一度、ある程度の距離のテレポートが出来るまでの僅かな時間、この近くに潜伏しなければならない。
 しかも、上空からの監視を免れる必要も出てくる―― ある程度以上の時間潜伏出来、上空からも視線が殆んど通らないという条件を満たす潜伏場所はただ一つ……海中だ。
 潜伏時間は長くても二分―― そんな短い制限時間の中で海の中に潜む『たった一人』を探し出す―― 高超度の接触感応能力者サイコメトラー遠隔透視能力者クレヤボヤンスであっても、正直キツい事には違いない。
「何も正確な場所を割り出さなくてもいい!海中の不自然な気泡を見つけたら、すぐに薫ちゃんと葵ちゃんに知らせるんだッ!」
 とはいえ、素潜りチャンピオンでもない限り、そんな時間息が続く人間もまたいやしない。
 だからこそ、空気と一緒にテレポートし、自分の周囲にその空気をサイコキノで固定しているということは想像に難くない。水中であっても人間一人が不自由なく行動出来るほどの大量の空気―― それだけの『不自然』を見出すことに絞り込めば、格段にハードルが下がってくるというものだ。
「俺は陸側を『観る』から、紫穂ちゃんは船から向こうの沖側50m圏内を重点的に当たってくれ!」
「……見つけたわ。船から見て南に20mぐらいの海底よ」
 俺の言葉からきっかり五秒―― 早くも紫穂ちゃんが位置を割り出した。
「早ッ!!」
 さ、流石に超度7……こうまで簡単に見つけるとは―― やるじゃねぇか。
「よーし、そう言うことならウチが引きずり出したる」
「……あ、待って」
 引き寄せようとするところで待ったをかけられ、葵ちゃんは怪訝そうに声の主である紫穂ちゃんに視線を向ける。
「大きな気泡の周りで小さな気泡や砂粒が渦巻くように巻き上げられているわ。多分これは対テレポート用の対策よ」
 そう。自分の周囲を微細な気泡で包み、瞬間移動能力者テレポーターによる干渉―― そして、それによる複数の射線に晒される危険を防いでいるのだ。
 腐っても奴も瞬間移動能力者テレポーター。その活かし所だけじゃなく、限界も弱点も知り尽くしている。皆本や兵部とはまた違った方向性での変態ではあるが、軍隊経験による能力の有効活用術は伊達じゃねぇ、といったところか。
 しかし、奴は知らない。
 こちらの切り札には瞬間移動能力者テレポーターだけではなく、最短なら残り十秒足らずで訪れるであろうインターバルの間に、海という巨大な媒体を介してすらもその位置を特定出来る超度7の接触感応能力者サイコメトラーがいることを……そして、超度5程度の防壁ぐらい難なく叩き壊せる、超度7の圧倒的な念動能力者サイコキノがいる、ということを。
「時間がねぇ!早くやっちまえ、薫ちゃん!」
 俺の叫びに薫ちゃんが頷き、正直女の子にしておくにはもったいないだけの気合と共に雄々しく叫びながら、右腕を振り下ろした。
「行っくぞ―――――――― ッ!『念動サイキックガチンコ漁』――――――――ッ!!」
 その一点を中心に、局地的な津波が発生した。
 直接その辺りに目掛けて念動力を叩き込むことで、空気による防壁などお構いなしに、ガード越しの衝撃だけで気絶させるほどの衝撃波とする……薫ちゃんらしいシンプルイズベストな力技だ。
 しかし、津波まで引き起こすほどの物騒な力に晒されては、万一の場合の備えとしてナオミちゃんが詰めている浜辺はまだしも、至近距離で巻き込まれる俺や紫穂ちゃん、クルーザーは一発で海の藻屑となる。
 だからこそ、紫穂ちゃんはクルーザーほどの大質量であっても瞬間的に転移出来る瞬間移動能力者テレポーターである葵ちゃんに待ったをかけたのだ。

 ―――― ヒュパッ!!
 思った通り、葵ちゃんがテレポートを使ったことで、目の前の風景が変わる。
 ―― そこにあったクルーザーの舷側から、壁のように立ちはだかる津波に。

 ……って、あれ?

「あ……賢木センセ……ちょっと届かんかった。堪忍してや?」
「『あ』って……ちょっと待てー!?」
 上からの葵ちゃんの声に叫ぶ暇もあればこそ―― 俺は波に呑まれた。

 残念ながら、俺が理解出来ていることはここまでだ。
 『ガチンコ漁』のネーミングそのままに内海の魚も軒並み被害を被った所為で、初音ちゃんが沖に取り残されたAチーム達の救助中だというのに思わずぷかぷかと浮かぶ魚を回収することを優先しちまったことも、明クンが救助の手助けとして外洋から精神接続して連れてきたのが、よりにもよってシュモクザメだったことでかえってパニックを引き起こし、薫ちゃんの一撃を食らって気絶しちまったことも、あとから伝え聞いたことだ。
 ましてや、流木のように押し流された俺が、首だけ出したまま津波に飲み込まれたというのに、驚異的な生命力で生命に別状はなかった谷崎主任に引っかかっていたことなんか、知るはずもない。

「つーか、忘れさせて―――――― ッ!!」
「記憶を失え――――ッ!!」
 奈津子ちゃんのパレオが翻り、カウンターのハイキックがモロに入った。
 な、ナイスキック!

 思わずサムズアップしながら、俺は再び気を失った。


 薄れ行く意識の中で俺が見たものは、チルドレン三人に囲まれてまんざらでもない面をしている皆本と、その視線の先でESP錠をかまされている他には『そこ』を隠す魚篭のみという姿でクルーザーの舳先に逆さ吊りにされている今回の諸悪の根源の哀れな姿だった。
「そこの筋肉の権化よッ!!同じく筋肉の神の信奉者である私に慈悲をッ!!」
「自業自得と思って、諦めるんだネ」
 ぐるぐる回る世界の中で、そのやり取りが小さく響く。

 夕陽が……血のように赤かった。 
 いろいろあって、こんな時期になりました。
 夏企画だというのに、夏はもうほぼ過ぎ去り、海にはクラゲが溢れかえっています。
 微妙に季節を外した感はありますが、お楽しみ下されば幸いです。

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