真夏の太陽が照り返す日中、令子は荷物持ちの横島を連れて、厄珍堂へと商売道具の補充に来ていた。
「令子ちゃん、よく来たネ。いいお札が入ってるヨ」
令子が狭くて薄暗い店内に入ると、店主の厄珍が最上級の笑顔で迎えた。
令子は仕事に使う道具に妥協をしない。多少値が張っても良い品を買ってくれる彼女は、厄珍堂のお得意様だ。
お金にうるさい彼女は、毎度あらゆる手段を使って値切ろうとするが、それでも売るか売らないかを決めるのは役珍だ。たまに買い叩かれて損をするもあるが、充分に利益は出ていた。
「ほんとに? ちょっと見せてみなさいよ。厄珍の『いい品』は半分当てにならないから」
「ひどいアルネ。ワタシの見る目は確かヨ」
「だから『半分』って言ったでしょ。見る目は確かだけど、だからこそ、良品に近い粗悪品を堂々と売りつけられるんでしょ」
「アッハッハ、令子ちゃんには敵わないネ」
そう笑った厄珍は、店の奥からお札の束を持ってきた。
令子はお札の束を受け取り、一枚ずつめくって入念に品定めを始めた。
荷物持ち以外に特に用の無い横島は、令子の後ろで、店内に所狭しと陳列された商品を見回して暇を潰していた。
そんな横島を見た厄珍は、店の片隅からある商品を持ってきた。
「ボウズ、夏と言えばこれネ。買わないカ?」
「これ花火か?」
厄珍が持ってきたのは、おもちゃの打ち上げ花火だった。長さ二十センチほどの筒の底に、プラスチックの支えが付いている。
「ただの花火じゃないアル。霊力をイメージと共に送ることで好きな形の花火を打ち上げられるネ。れっきとしたオカルトアイテムヨ」
「好きな形って、どんな?」
「たとえば『すごいよ!! マ○ルさん』で出た『ボスケテ』なんかも美しい花火で余裕で再現しちゃうネ」
「マジで? すっげえええ」
「自信を持ってオススメするアル」
「いくら?」
「そんなの買わないわよ」
値段を聞こうとしたところで、令子が商談に割って入ってきた。横でお札の品定めをしながら、しっかり話を聞いていた。
邪魔をされた厄珍は、めげずに今度は令子に営業を続ける。
「令子ちゃんも聞くヨロシ。この霊能打ち上げ花火は使い方しだいで仕事にも使えるネ」
「どんなふうに?」
「さっき言ったように花火を文字にして打ち上げれば、遠くの相手に情報を視覚的に送れるアル。画期的ヨ」
「それって不特定多数に情報を見られるってことでしょ。できれば使いたくない手段ね」
「助けを呼ぶこともできるアル」
「そんな情けないことになった時のために、おもちゃの花火なんて持っていたくないわ」
「避難誘導にも使えるアル!」
「それもそうね……」
厄珍は霊能打ち上げ花火の利便性を熱く語った。それは息を切らせるほどに。
熱心な営業が通じたのか、それまで即座に拒否していた令子がやや思案にふける。
「それで、いくらなの?」
「大サービスで、一発一千万アル」
「また来るわ」
すぐさま令子はきびすを返して店を出た。霊能打ち上げ花火は高すぎた。
「アイヤー、ふっかけすぎたアルか」
客が消えた店内で厄珍は一人つぶやいた。やはり、油断のできない男だった。
「美神さん、今日は近くの川で花火大会があるそうですよ」
事務所の掃除をしていたおキヌが、ほうきを片手に言った。
学校は夏休みなので、彼女は毎日、掃除や炊事洗濯に明け暮れていた。誰かのために働くのが好きな性分なのだろう。シロとタマモが仕事を増やしてくれるので、暇はしなくてすんでいた。
令子は机で仕事の書類に目を通しながら話を聞く。
「もうそんな時期だったわね。おキヌちゃん、友達を誘って行ってきたら?」
「いえ、私は夕飯の買出しもしないといけないですし」
「そんなのいいわよ。今日は適当にすますから」
令子は遊んでくるように言ったが、おキヌは困った顔をしていた。何か都合が悪いらしい。
おキヌは少し顔を赤くして、その理由を言った。
「あの……みなさん、先客が決まっているらしいんです。相手がいないのは私だけで」
「ははーん、みんな彼氏持ちってわけね。そりゃ気が引けて誘えないか」
令子がにやけた顔でおキヌを見ると、書類をファイルに綴じた。
「それじゃあ、私と行きましょうか。横島も食べ物で釣れば来るでしょうし。いっつも飢えてるから」
「横島さんは行けないそうです。用事があるらしくて……」
「へ? あいつに用事? 今夜は仕事も入ってないけど……」
実は、もうすでにおキヌは横島を花火大会に誘っていた。断られたから余り者になっていたのだ。
横島に先客がいたのが意外だった令子は、気を取り直すようにパチンと手を合わせた。
「じゃあ、シロとタマモと私たちの女だけで騒がしくいきましょ。あの子たちの浴衣も用意しなきゃね」
「そうですね。どんな浴衣にしよっかな」
令子とおキヌは、さっそく花火大会へ行く準備を始めるのだった。
陽が落ち、西の空が完全に夜へと変わろうとしている頃、花火大会は始まった。
横島は河原で、その花火をバックに不気味な笑い声を上げていた。
「フフフ、今俺は人類の限界に挑もうとしている。この俺の想像力が試されようとしている!!」
ノリは実験を始めようとする危険な科学者だ。
高々と掲げた右手には、おもちゃの打ち上げ花火が握られていた。
だが、それはただの打ち上げ花火ではなかった。先日、厄珍に勧められた霊能打ち上げ花火だ。
「文珠一個と花火二十発の交換か。我ながらいい買い物をした」
横島の足元には、袋いっぱいに花火が詰まった買い物袋が置かれていた。文珠と引き換えに霊能打ち上げ花火を買ったのだ。今頃、厄珍は交換した文珠を眺めてにやけていることだろう。
「木を隠すなら森の中。花火を隠すなら花火大会の中。やるなら今夜しかない」
横島は手の花火を地面に置いてセットした。
「この花火に俺の全想像力を注ぐ!!」
横島は花火大会の音に負けないよう力強く叫び、導火線に火をともした。
花火大会が始まり、横島を除いた美神序霊事務所一行は、河川敷の一角に腰を下ろして花火を見物していた。全員が浴衣に着替え、いかにも和風な景色だ。特におキヌの浴衣姿は似合っていた。
花火見物の買出しはすませてあり、買い物袋には缶ビールやジュースがたんまりと買い込まれている。つまみは出店で買い漁ったやきそば、たこ焼き、フランクフルトなどなどだ。
「きれいねー」
「ほんとです」
令子とおキヌは、夜空に咲く色鮮やかな花々を見上げて日本の夏を楽しんでいた。大きな炸裂音が腹に響いて心地いい。
残りの二人は食べ物を奪い合って遊んでいた。まだ子供には、風流が分からないようだ。
花火大会が始まって少しした頃、見物客からひときわ大きな歓声が上がった。その中には戸惑いのざわめきも聞こえる。
何かと思った令子は、騒ぐ見物客が向いている方を見て、飲んでいたビールを盛大に噴き出した。
「な……何よあれッ!!」
令子が見て硬直したブツは、花火大会会場から少し離れた夜空にあった。女がシャワーを浴びているであろうシーンが、立体映像ばりに投影されていた。
「美神殿のようでござるな」
シロがフランクフルトをくわえながらのん気に答える。
そう言っている間に、映像はどんどん大きくなり、それに伴って光が薄くなり、一分たらずで掻き消えた。まるで花火のようだ。
次に打ち上がった映像花火を見て、おキヌは手に持っていたたこ焼きの皿をポロリと地面に落とした。
「今度はおキヌ殿のようでござるな」
シロが言うように、空にはおキヌの姿の花火が打ち上げられていた。なぜか彼女は裸エプロンだった。
唖然とする令子だったが、すぐに犯人に思い当たった。こんなことをするバカはあいつしかいない。
「おキヌちゃん、横島を探すわよ!」
「まさか、横島さんが?」
「それしかないでしょ。シロとタマモも手伝って」
令子たちは花火見物の中断を余儀なくされ、横島の捕縛へと行動を移した。
横島の位置は花火のおかげですぐに特定できた。
だが、花火大会の人ごみのせいで、令子たちは走るのもままならなかった。
そうこうしているうちに、横島の花火は何発も打ち上げられる。
「おっ、次は小竜姫殿でござる。ベスパ殿も打ち上がったでござるよ」
夜空の小竜姫は全裸で顔と胸に生クリームを付けながらケーキを食べていた。
神をも恐れぬ行為に、おキヌは冷や汗をだらだらと流した。
横島は霊能打ち上げ花火のできの良さに感動し、その喜びを叫びで表現していた。
「世界中の女は俺の前で丸裸になるんじゃああああ」
横島は力の限りの声で咆えた。興奮は最高潮に達し、股間は今にも発射しそうだった。
実際は霊能打ち上げ花火で精細な絵を形作るのは並の人間では不可能に近い。神族か魔族クラスの精神力がなければできないのだ。
それを可能にしたのは、ひとえに横島の煩悩魂のおかげだった。彼のよこしまな思いから生まれる力は、人間の限界を超えることを可能としていた。
横島の煩悩花火大会はフィナーレを迎えようとしていた。
最後の花火を袋から取った横島は、どんな花火を打ち上げようかと妄想を膨らませた。
「よっしゃ、最後はがんばってハーレム作っちゃうもんね」
「へー、ハーレムねー」
しかし、最後の望みは後一歩で叶わなかった。
暗闇から聞こえた声に、横島の体はがちがちに固まった。逃げたくても恐怖で体が動かない。死は確実に近づいていた。その後のことは、彼はよく覚えていない。
翌朝、簀巻きにされた横島が川に浮かんでいた。
横島が起こした騒動は、ここ妙神山にも伝わっていた。
伝えたのは、情報を扱う神ヒャクメだった。
「先日、下界で小竜姫の姿がさらされたようですねー。犯人は横島さんらしいのね」
「私がですか?」
「そう。映像が残ってるから見てみる?」
ヒャクメはノートパソコンを広げて小竜姫に見せた。
「天罰です!」
「わっ! 私のパソコンを斬ろうとしないでください」
真っ赤になった小竜姫が剣を抜いて振り上げたので、ヒャクメは慌ててパソコンを抱え込んだ。
二人が面白そうな話をしているので、パピリオが横からノートパソコンの画面を覗き込む。
「ベスパちゃんもあるみたいでちゅね。あれ? 私のは無いんでちゅか?」
「パピリオは子供だから被害に遭わずにすんだのね」
「失礼でちゅね。そういうあんたはどうだったんでちゅか」
「わ、私は日頃の行いがいいから、大丈夫だったのね」
「よーするに相手にされなかったわけでちゅね」
「違います。そんなの関係ないのね。小竜姫、勝ったような目で私を見ないでください」
「見てません」
否定する小竜姫の顔は、本気で怒っているようには見えない。まんざらでもなさそうだった。
終
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