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【夏企画】 夏の除霊―横島地獄編―

アパートにいたって死ぬほど暑いだけだし、事務所ならケチな美神さんでもエアコン入れてる。おキヌちゃんがいればアイスティー、もしいなかったとしても氷水くらい恵んで貰えるだろう。
周りを歩くサラリーマンのおっちゃんたちもきつそうだ。何か霊魂が半分出てるみたいな歩き方してる。俺も人のことは言えんが。
で、やっとこさ辿りついた事務所では、美神さんたちが慌しく出発の準備をしてた。えーちょっとくらい休ませてくださいよと言いそうになるのを喉元で堪える。
「丁度よかったわ横島君!」
なんだやけに上機嫌だな。まぁあの顔は最近なかった億単位の仕事が入ったってことなんだろうけど。
はいこれ、と手渡されたのって……
「政府からの緊急の依頼なのよ、だから時間がないの。さっさと着替えてね」
「いや、仕事はいいんすけど、なんですかこれ」
「セーターと冬用コートと襟巻きと腹巻と股引とどてら。あ、貼るホッカイロは肌着の上からね。低温火傷しちゃうから」
「ちゃうわーっ!! この暑さでこんなもん着たら3分で死んでまうっ!!」
色が赤ってのが凶悪だ。見てるだけで体感温度が5度は上がるぞっ
可哀想な美神さん。きっと巨額の金に目が眩んで頭の中が湯だっちまったんだろう。とにかく今の彼女に付き合うのは危険だ。おキヌちゃんには悪いがさっさと退散しよう。
「――なんて考えてないでしょうね」
「と……とんでもないっす……」
振り向いて逃げようとした俺の延髄にごりっと突きつけられた神通棍。うわーい、ばちばち放電してますあちっ あついって、ごめんなさい勘弁してください。
「時間がないって言ったでしょう? まったく、携帯くらい買ったらいいのに」
そんな金があったらメシを食うわい。
『ごめんなさい横島さん、わたし幽霊だから服が着れないんです』
本当に申し訳なさそうに、のろのろと重装備に身を固める俺を手伝ってくれるおキヌちゃん。
「いや、おキヌちゃんが悪いんじゃないよ」
うん。悪い子じゃないんだけど、今の君は鬼に見える。
美神さんは魔王だな。
「着替えたわね。それじゃ逝くわよ!」
コブラの助手席に服ダルマな俺が鎮座してるせいか、対向車のドライバーたちがこぞって目を見張ってる。そうだよな。幻覚とでも思わなきゃやってられないよなぁはははは
「えーと、結局何の仕事なんすか?」
せめて意識を少しでも他所に向けないと。ジュースホルダーには美神さんのアイスコーヒーと俺のホット緑茶……この季節にホットなんて売ってたんだ。いやがらせかコンチクショー
「集合無意識霊の除霊よ」
どっかで聞いた……ああ、『花粉症』とか、『CO2』とかの、アレかな?
「よく覚えてたわね。マスコミがこぞって煽るもんだから、年々凶悪化してるのよねー」
確かに大きな仕事だけど、核がはっきりしてるわけじゃないから、下手な霊団より祓い難いんじゃなかったっけ? 美神さんできれば受けたくないみたいなこと言ってたような気がするが。
『それが、今回は条件がよかったんだそうですよー』
ひょいとおキヌちゃんが割り込んできた。
「まあね。天気図で最高気温日も予想できてたし、あとは横島君がちゃんと来てくれるかどうかがネックだったのよ」
「え? 俺っすか?」
だったら、事前に遅刻しないようにとか言っておきゃよかったのに。
「事前に伝えておくと、逃げ出されそうな気がしたのよね」
あんた妙なところで感が働いたりするから。
ふふんと不敵な笑いを浮かべる美神さんと、手で拝むようにしてごめんなさいと伝えてくるおキヌちゃん。ええと、もしかしてここんとこ俺に優しくしてくれてたのは罪悪感からですか?
答えを聞くと悲しくなりそうだったので話をむりやり変える。
「で、ええと、結局何を祓うんですか?」
「それはね――」
美神さんがドリフトを掛けながらガードレール手前きっかり10センチでコブラを止めた。
「『地球温暖化現象(日本)』よ」
くわしい理屈なんて聞いたって分からんが、要は日本発の集合無意識だけは何とかしようって話が持ち上がって、美神さんがそれを受けたと。
「……で、これって何なんすか……」
炎天下のビルの屋上。風があって涼しい? とんでもない サンルーフの中はサウナだぜー てか、鎖が重い。
「うん、いい感じよ。もう少し暑がってくれるかしら」
美神さんの手の上で見鬼君がくるくる回ってる。口の中がかさかさに乾いて……み、みずをくれ
「いいわよ、同調が始まった! あと少しで横島君が『地球温暖化現象(日本)』の核とシンクロするわ!」
結界の中で神通棍を構える美神さんと、特大御札を掲げるおキヌちゃん。どうでもいいから早くしてくれ
むわり
……なんか……ものすごーくむさくるしいというか、あつくるしくておもたいもんが、俺の周りに集まってきた
く、空気が重っ 深海の底か?ここはっ
待て、霊団の倒し方って……ええとええと……集まるより速く片っ端から吹っ飛ばすか……核を見つけ出して吹き飛ばす……か?……
「いまよっ!!」
だんっとコンクリを砕くほどの勢いで結界から飛び出した美神さんはそのまま空高く舞い上がって、振り翳した神通棍を勢いよく振り下ろす――まっすぐ俺に向かってっ!?!?
ま、待て美神さんっ それはやばいってマジ死にますっ うわ、あと2mねぇっ あうあう目を閉じて……だめだっ怖くて目を瞑ってられない せめてこの一瞬を脳裏に焼き付けなきゃウホッ美神さんのパンティはくr――
「――悪霊たいさーーーんっ!!!!」
ずどごごごごごごーーーーんっ!!!!





ぼんやりと、空を見上げながら。
波の音のBGMがいいなぁ。何か眠くなりそうだ。
ふっと日差しが翳った。顔を向けたら、パーカーを羽織った美神さん。両手にコーラということは、一つは俺にだろうかもしかして。
「もしかしなくても、よ。今回の功労者なんだから、ま、これくらいわね」
「ありがとうっす」
んー 冷たく喉を焼く感覚がたまらん。
「いやでも、本気で死ぬかと思いましたよ」
「そう思ってくれないと無意識霊は祓えないのよ。だから事前説明もなかったわけ」
ちっとも悪いと思っとらんのがこの人らしいと言うか何と言うか。まぁ俺も根に持ってないから、それでいいのかもしれん。
おキヌちゃんも泳げないなりに楽しんでくれてるらしい。明るい笑い声がここまで聞こえてくる。
「泳がないの? 折角の慰安なのに」
「いや、ちょっと休憩っす。さっき不味い焼きそばと粉っぽいカレー食ってきたとこなんすよ」
呆れたように見られるけど、美神さんだって焼きモロコシは嫌いじゃないでしょう。
「まぁね。あれはあれで悪くないわ」
『温暖化』の方も危険域は脱したそうで、気温も平年並みに戻ったとか。
「夜は花火大会を見て、一泊したら朝一で帰るからね」
「了解っす。んじゃ俺もう一泳ぎしてきますんで!」
ここの宿泊もギャラの一部だときいた。しっかり味わっておかなきゃな。
うは 砂浜があちぃっ
俺はおキヌちゃんに声を掛けながら、海に飛び込んだ。
暑いときこそ暑いものを読んですっきりしよう(違
という変なコンセプト第二段です。
皆が嫌がる仕事はギャラも高いと言うことで、美神さんが最後ちょっとやさしかったのはきっとそのせいです。

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