「・・・ね、横島、ちょっといい?」
巷では最高気温記録を更新したとかいう、暑さの厳しい夏の昼下がり、めずらしく誰もいない事務所で横島がぽつんと待っていると、タマモの小さな声が聞こえてきた。
暇つぶしに読んでいた雑誌から目を上げて顔を向けると、ドアの影に隠れたタマモが、びくっ、と体を震わせながら顔を覗かせているのが見えた。
「なにやってんだよ、そんなトコで?」
「あ、あの・・・」
「いいから、入ってきなよ」
「・・・う、うん」
いつものように手招きして呼び寄せるが、なかなか近くによってこない。
どうもソファに座ったままなのが気になるみたいなので、読みかけの雑誌を閉じて、丸いテーブルを囲む椅子に座り直す。
それでもまだ少しためらっているみたいだったが、やがて静かに椅子を引いて、ごく浅く座る。
「で、どうしたんだよ、いったい?」
「ご、こめんね、ジャマしちゃって・・・」
「いや、別にヒマだからいいけどさ」
「あ、あのね、ちょっと、は、話したいことがあって・・・」
タマモは白いテーブルクロスを見つめたまま、小さくか細い声で、まるで絞り出すかのように尋ねるが、またも途絶えてしまう。
俯いた顔は、端から見てもわかるほどに赤くなっていた。
普段のタマモとは別人のように、妙に遠慮してもじもじとしている様に首を傾げるが、なんとなく茶化してごまかすのは気が引けた。
「なんか飲むモンでも持ってこようか?」
「い、いいよ! 大丈夫だから・・・」
なんとなく間の悪さを感じた横島が、気分を変えるつもりで席を立とうとするが、タマモはぱっ、と顔を上げて引きとめた。
そうか、と腰をかける横島から視線を外して、タマモはちらり、とドアのほうを見やる。
「あ、あの、みんなは?」
ついさっき来た自分よりも、ずっと家に居たタマモのほうが知っているはずなのに、と横島は思ったが、あえてそうは言わなかった。
「う〜ん、美神さんとシロは俺が来たときから居なかったから、どこ行ったかは知らないなぁ。おキヌちゃんもさっきまで居たんだけど、買い物に行くって出かけちゃったし」
おキヌ、という名前が出たところで、タマモの体がまた小さく動いた。
「たぶん近所の商店街に行ったんだろうから、そんなに時間はかかんないとは思うけど」
そう聞いたタマモは、ほっと安心しているようにも、慌てているようにも見える。
ほんの少しだけ沈黙が卓上を支配するが、横島がじれったそうに促した。
「で、なんだよ、俺に聞いてほしいことって?」
タマモはごくり、とつばを飲み込んで、そろりそろりと、探るように口を開く。
「あ、あのね、ほら、助けてもらったときのお礼をまだ言ってなかったじゃない? そ、その・・・ありがとね」
「何かと思えばそのことか。いいってあのくらい」
横島は、気にするな、と言わんばかりにわざとぶっきらぼうに言うがタマモは聞いていない。
相変わらず視線はテーブルクロスの上に注がれたままだったが、徐々に回り始めた口は次第に早さを増す。
「山の中を大勢の人間たちに追い回されて、怖くて悔しくて、人間なんて大嫌いと思っていたんだけど、かくまってもらって介抱してくれて・・・」
「そんな大したもんじゃねぇって」
「こうして一緒にいると暖かくって優しくて、安心するんだけどドキドキするの。そばにいて目を合わせるだけで赤くなっちゃうくらい・・・」
段々と熱を帯びてまくし立てるタマモの様子に、横島はもしかして、と思った。
もしかして、コイツ、俺のことが好きなんじゃないか、と。
同級生の愛子には、やれ鈍感だの、朴念仁だのと言われるが、さすがにここまで来て気がつかないほど野暮じゃない。
さらにヒートアップするタマモを見て、間違いなく俺に惚れている、そう確信する横島だった。
「そんなことない、と自分に言い聞かせようとしたんだけど、やっぱり私は――」
「ちょっとまて! お前の気持ちは俺もうれしいが――」
「――おキヌちゃんが好きなのっ!!」
「――は?」
「女同士なんて間違ってる、何度もそう思ったんだけど、そ、それでもっ、私はおキヌちゃんが好きなのっ!!」
予想外のタマモの告白に横島がぽかん、と口を開けて呆けていると、突然バタン!、と大きな音を立ててドアが開く。
「ちょっと待ちなさいっ!!」
「みっ、美神さんっ!?」
「いつからそこにっ!?」
突然に現れた美神の姿に、横島もタマモも驚きを隠せない。
一際大きく驚くタマモを睨み、突如現れた美神はつかつかと歩み寄って、びしっと指を指す。
「おキヌちゃんは―――――私のモノよっ!!」
「な、なんですとーーーーーっ!!」
「な、なによ、いきなりっ!!」
「おキヌちゃんは幽霊だった頃から私と一緒にいたのよ! 最近になってのこのこと現れたアンタなんかには渡さないわっ!!」
テーブルを挟んで睨み合う二人の姿を、口をパクパクさせて見つめていた横島の耳に、どたどたと勢いよく階段をかけあがってくる音が聞こえた。
「ちょーーーーーーっと待つでござるっ!!」
「シ、シロ!?」
「おキヌどのは拙者の心に決めた大切な御方。たとえお主たちと言えども、けっして譲れぬでござるっ!!」
「お、お前までっ!? だ、だってお前、俺のことが好きなんじゃ――」
「そこはそれ、拙者は武士でござるからな。二刀流――”ばい・せくしゃる”というヤツでござるよ」
「なんじゃそりゃあーーーーーーっ!!」
果たして、夏の暑さが心狂わせるのか、三者三様の恋心がひしめき、渦巻く中、それぞれの鋭敏な感覚がある気配を察知した。
「ふう、すっかり遅くなっちゃった。みんな待ってるかな―――――ただいまー!」
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