それは何時ものことだった。
美神さんが海に行きたいと突然言い出し、おキヌちゃんは手を打って賛成、シロは尻尾を振って喜び、タマモはそっぽを向きながら仕方なさそうに(嬉しそうに)賛同した。
もちろん俺も事務所の粒揃いの女の子たちの水着姿が見れるので反対する理由は無かった。
そこからの話は早かった。すぐさま海に程近い一流ホテルの依頼を受け、報酬代わりに一泊ただで泊めるよう交渉、それが済むと着替えなどの用意を整えすぐさま出発。
何も問題は無いかのように思えたが、たった一つだけ問題が出てしまった。
その問題とは、
「し、仕事の為にやってるんだからね!勘違いしないでよ!」
恥ずかしそうに自ら腕を絡ませてくる、水着姿の所長と関係有ったりする。
「はぁ!浜辺を男女二人きりで歩くときにしか出てこないですって!?」
美神の驚きの声がホテルの事務室に響き渡る。
ホテルに着いた一行は先ずスイートルームに荷物を置くと、ホテルボーイに案内されるまま支配人と対面した。
そして告げられた依頼内容がある一定の時刻に砂浜を歩く男女を襲う悪霊を払ってほしい、という物だったのだから令子の絶叫もうなずける。
「はい、昔は無かったのですが。最近になってお客様からその様な苦情がありまして………」
そんな依頼と知っていれば受けはしなかったのだが、依頼場所だけで決めてしまったのだから仕方が無いし、いまさら依頼を破棄すれば信頼を失うこと間違いなしだ。
「え、ええ分かりました。この依頼わが事務所に任せてください」
だから美神としては多少顔を引きつらせながらでも、こう言う以外の選択肢は無かった。
美神の言葉を聞き、安心して支配人が席を外してしまえば、後に残るのは微妙な雰囲気の女性陣、そして雰囲気に呑み込まれてオドオドしている横島だけが残されることになる。
「さて………」
美神には雰囲気を打ち破る必要がある。いつまでもこのままでは話は進まないし、何よりバカンス目的で来たのだ、こんな依頼はさっさと終わらせたかった。
「はい!はい!はい!拙者が先生と一緒に行くでござるよ!」
開口一番シロが横島と行きたいと口にすれば、
「わ、私も行きたいかなーって、ほら悪霊相手だったら私が適任じゃないですか」
ネクロマンサーの笛を“えい”とばかりに振ってアピールをするおキヌに、
「あら、それなら私がいいんじゃない?私の狐火なら道具も使わないから油断させるならぴったりよ」
三者三様の言い分を持って三人は美神で無く横島に迫って行き、壁際に追い詰める。
最近横島に対してのアプローチが積極的になってきて、こう言う事になることが目に見えて解っていたので美神はため息をつかずにはいられない。
「みんな落ち着きなさい、誰が行くかクジで決めましょう。それなら公平でしょ」
事前に考えていた事を提案することにした。このまま横島を攻めさせたままでいたなら、どういう事態に陥るか分かったものではないし、横島に決めさせるのもそれはそれで問題がある。
「まあそれなら」
と、皆は大人しくなり、納得の意を表した。
「横島君、何でもいいからくじになりそうな物を持ってきて」
「うっす」
皆の猛攻に戸惑っていた横島はこれ幸いと備え付けられていたメモ用紙を美神に手渡した。
「ありがと」
美神はそう言うとメモ用紙を一枚ちぎりとり、四等分に切り分け端っこを握った。
「いい、見えない部分が折ってあるのが一枚あるから、それを引いた人が今回横島君と除霊に行くのよ?」
美神の言葉に、女性陣は真剣に頷いてジャンケンで引く順番を決めだした。
「美神さんはジャンケンに参加しないんすか?」
横島はジャンケンに参加しようとしない美神に声をかけた。
「私がクジを作ったから私は最後よ」
「そんなもんっすか」
美神は忠夫の質問に対してそっけなく答えた。
やがてクジを引く順番が決まり、おキヌ、シロ、タマモとクジを引いていく。
おキヌ、美神の握る四枚のクジをあっちにしようか、こっちにしようか散々迷った結果「えい!」とばかりに目を瞑って引き抜き、恐る恐る目を開けて見ると、“がく”とばかり、見事に落ち込んだ。
シロ、美神の握る三枚のクジに狙いを定めると尻尾をフリフリ「えいやで御座る!」と勢いよく引き抜き、クジを見るとショボンと尻尾を下に垂らした。
タマモ、美神の握る二枚のクジを二分の一の可能性と心で唱え、「これにするわ」と自信満々内心ドキドキで引き抜き、結果を見ると「ふん!」とばかりにまったく気にしてないと言うかの様に、そっぽを向いた。
残るクジはただ一枚、美神の手の中に残る物だけである。それを残る三人は恨めしげにじっと見ている。
「はい!もう結果は出たでしょ!そんな眼で見ない!今回の依頼は私と横島君でやる、いいわね?」
美神の一括に三人は渋々納得し、美神はクジをゴミ箱に捨てた。
そんな訳で今現在横島の右腕に美神さんが手を絡ませているのである。
「ちょっと聞いてるの横島君?」
「き、聞いてますって」
腕に絡みつく柔らかい感触に、横島は理性が飛びそうになるのを堪えて美神に答えた。
「ならいいのよ、いい仕事のためにやってるんだからね、血迷っちゃ駄目よ?」
「わ、解りました」
美神が念押しをするが、そのたびに横島の腕には顔を真っ赤にした美神の柔らかいものがその存在を主張する。
さ、さそっとんのか、誘惑しとんのか、篭絡しようとしとんのかはっきりしてくれ!
横島はイイ感じにてんぱっているようだ。思考の内容が全て同じ意味になっている。
何時もなら緊張に負けて飛び掛っているところだが、美神の何時もと違った様子にそれも出来ないでいた。
無人の砂浜、打ち寄せる波、海から吹く風、静かでありながら賑やかな音楽を世界は奏でていた。
そんなロマンチックなビーチにいい女と二人きり、だが横島はそんな雰囲気だからこそ美神に話しかけることすら出来ず、美神もそんな雰囲気の中薄い笑みを浮かべて横島の腕に腕を絡ませていた。
砂浜を二人で行ったり来たり、何事も無いまま時は過ぎて行き、やがて日が傾き綺麗なオレンジ色に世界は染まる。
「まだあの娘のことが好き?」
何時の間にか足を止め、海に沈む夕日を見ていた横島に美神は問うた。
「ええ今でも好きです。多分これから先もずっと」
横島は美神を見ずに夕日を見たまま答え、美神は僅かな沈黙の後にただ「そう」と答えた。
「美神さん」
「何?」
横島が口を開き、美神が答える。
「何でずるなんてしたんです?」
最初から折ってあるクジなんて存在しなかった。当たりの無いクジを手に、美神は結果の見えたクジを引いた。
「解ってたの?」
「ええ」
美神は横島の答えを聞くと、初めて組んでいた腕を離した。甘い香りが遠のく。
サンダルのまま波に足をさらす。夕日の中波に戯れる美神はどこか儚く………
「美神さん!」
横島は思わず声を大きくする。
「宣戦布告」
「え?」
美神の突然の台詞に横島は疑問の声を上げる。
「まだ彼女のことが好きなんでしょ?」
「え、ええ、俺はルシオラの事が好きです。ほんの僅かな間しか一緒に居られなかったけど、次にあいつと会うときは俺の娘かも知れないけど、俺はルシオラのことを愛してます」
横島の戸惑い交じりの断言に美神は振返って忠夫に言う。
「私がルシオラのママになってあげましょうか?」
「それってどういう!?」
横島の困惑を他所に、美神は横島に近づいて行き肩と腰に手を絡め、顔を見られないように顎を横島の肩に置く。
「言ったでしょう?宣戦布告って」
横島の心臓が高鳴る。美神の柔らかい感触に、何かを告げようとしている美神に、
「一度しか言わないからしっかり聞きなさいよ?」
美神の顎を置いている方の耳に、かすかに息がふきかかる。
「横島君………私、美神令子は」
二人の顔が夕日より真っ赤に染って行くが、互いにそれを確認できない。
「あなたのことが………」
美神の口から何か決定的なことが口にされようとして、
「くさいだぎゃ!くさいだぎゃ!お前らおでの前でそんなラヴなんて見せるんじゃないだぎゃ!」
夏の海やプールでお決まりだ、油ギッシュのにくい奴。コンプレックスが海から泣きながら姿を現した。
「まったく最近の若い奴らときたら海に来てはイチャイチャと!純粋に泳ぐ目的で来る奴は居ないんだぎゃ!?」
突然現れて勝手なことを喚くコンプレックス。どうやら今回の悪霊騒ぎはこいつのせいのようだ。
そんなコンプレックスに対して美神は、
「この腐れ妖怪!さっさと極楽に行きなさい!!!」
「嫉妬ある限りいつかおでは必ず復活してやるだぎゃああああああああああ!!!」
手加減無用の一撃でコンプレックスを打ち滅ぼした。
「まったく」
せっかくいい雰囲気だったのに、それを阻害され美神はかなり不機嫌になっている。
「あの、美神さん」
そんな美神に対して横島はなんとも言えないといった表情で話しかけた。
「お、俺は………」
「ストップ」
横島が途中で途切れた美神の告白にこたえ様とした時、それに対して美神が待ったをかける。
横島は何故と不思議そうな顔をするが、その理由を理解する。
「美神さーん!ずるするなんて卑怯ですよーーーーーー!」
「美神殿!今回の件に関して釈明を聞かせて貰うで御座る!」
「油揚げ100枚なんかじゃ済まさないんだからね!」
砂浜で土煙を上げ、こちらへと走って来るおキヌたち三人の姿があったからだ。
「横島君、ルシオラのママに成りたいのは私だけじゃないみたいね」
美神の言葉に横島はなんと答えるべきかと考え、
「………………うっす」
ただそれだけしか口に出来なかった。
「でもこれだけは言っておくわ」
「………なんでしょう?」
美神は横島を見て、横島は美神を見る。
「好きよ、横島君」
綺麗な笑顔だった。
「美神さん!説明してもらいますからね!」
「美神殿!これはどういう事で御座るか!」
「美神、嘘はなしよ」
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