ハゲ眼鏡の英語教師が答案の上でボールペンを動かしている。
そのボールペンの動きを固唾をのんで見守っているできの悪い学生。
校内にも関わらず赤バンダナを巻いた高校生と二人以外に人間は教室にいない。
「よっしゃ。合格。やればできるじゃないか」
答案をつけ終わって補習終了を宣言してそそくさと教室を出て行く。
そりゃ,このクソ暑い教室にはいたくはあるまい。
コイツのおかげで何人の教師がつきあわねばならんかったか。
「終わった――――――!!!」
最後の夏休みの特別課外補習を終わらせた横島が思わず万歳三唱。
「お疲れさま」
声共に机の上から半身を顕した女子高生。
よく冷えたアク○リ○スを2つ、ことん、と置いてくれた。
自分の本体である古色蒼然たる木机に銀色に光るアルミ缶を2つ載せたのは
この高校のヌシとも言える青春机妖怪愛子である。
じわわぁぁぁぁんシャシャシャシャシャシャ
シャシャシャじわわぁャシャじわわぁシャシャシャシャシャシャじわわぁぁぁぁん
シャシャシャじわわぁぁぁぁんシャシャシャシャシャシャ
じわわぁャシャじわわぁシャシャシャシャシャシャじわわぁぁぁぁん
じわわぁぁぁぁんシャシャシャシャシャシャ
シャシャシャじわわぁぁぁぁんシャシャシャシャシャシャ
ャシャシャシャシャじわわぁぁぁぁんじわわぁャシャじわわぁシャシ
校庭では強烈な日差しを跳ね返すかのようにセミ、より具体的に言うならば、
クソうるさいクマゼミとあつっくるしいアブラゼミの競演が真っ盛りである。
その騒音が開け放たれた窓から容赦なく耳に侵入してくる。
頭が痛くなるぐらいによく冷えた缶を一気に飲み干し ふぃーっと汗をぬぐう。
「ったく、クーラーぐらい入れてくれよな」
「できの悪い学生1人じゃ電気代がもったいないんじゃない?」
横島はぼやくも、妖怪の愛子はさほど堪えていないようだ。
自分が少し口をつけた缶を黙って横島に渡す。
それをさんきゅっ、と再び一気のみ。
「横島くんは夏休みはどうするの?」
間接キスにも気づいてなさそうな男に話の接ぎ穂を差し出す。
次に彼が来るのは新学期。それも9月の初日に来るとは限らない。
「聞くまでもねぇよ。バイトバイト。いつもより激しく美神さんにこき使われんの」
「夏は稼ぎ時だもんね。それも青春よねー」
「まァ、お盆過ぎたら一段落で一応社員慰安で海行くんだわ。事務所のメンツでさ」
「いいわねー。学校はお盆頃からは先生もほとんど居ないのよ」
「そうでもないぞ。 美神さんが旅費をケチってな。往復ともコブラだぞ。コブラ!!」
知らぬ人のためにお教えするとシェルビーコブラとは7000CC、500馬力のクラッシックオープンスポーツカー。
座席は2つ、つまりドライバー以外には1人しか座席はなく、トランクに至ってはあるのか?と言いたいほどに狭い。
紹介記事にも“日常の足に使おうという人はおるまい”“フロントエンジン後輪駆動でドリフトの連続”とかかれるような車である。
要するにシロタマはおキヌの膝の上だが、
横島はせっまい後部トランクで異常猛暑の真夏の直射日光で蒸し焼きにされながら、暗闇の中振り回されろ、ということである。
フロントエンジンなので下から蒸されないだけマシだが気休めにもなるまい。
「美神さんやおキヌちゃんの水着姿が拝めなきゃ、絶対行くもんか」
車でクラゲの出るお盆過ぎの海に慰安旅行と、令子の守銭奴っぷりがもろに出ている。
それでも、社員旅行に横島付きで海に行こうというあたり令子の深層心理がわかろうというものである。
横島は口とは裏腹にVカットの美神さんのハイレグ水着は誘ってるとしか思えないだの、
おキヌちゃんはやっぱりワンピース水着がまぶしいだのと、今から極彩色の妄想が渦巻いているらしい。
その内にシロやタマモも近頃発育して、とか口走った後、俺はロリやないんや〜〜〜、と机にがしがし頭を打ち付けだしたのはお約束である。
しばらくそれを聞いていた愛子が遠慮がちに口を挟む。
「私もついていってもいい?」
「は?」
思わぬことを言われて思考停止して、妄想と頭を打ち付けるのを止めた横島に愛子が畳みかける。
「ほら、私なら異空間に全員入れていけるから2シーターでも快適だし、本体の机は後ろのトランクでも無問題だし」
「でも、宿の予約は済んでるぞ。それに、あの美神さんが1人よけいに金出すとは思えないなあ……」
お菓子代程度ならともかく愛子がそんな金は持ってないのは横島も知っている。
「宿の部屋の角に机置いてくれればいいわ。ご飯とか無くても」
「なんでそんなに行きたいんだ?」
ハテナマークを大量に貼り付けたにぶちんに両手を合わせ、目を輝かせて懇願。
「だってクラスメートと海に行って夏の思い出を創るなんて青春じゃない? でも妖怪連れて行ってくれそうな人ってあんまり居なくて。
ね。お願い。美神さんの所って妖怪2人いるんでしょ。1人ぐらい増えたって。横島くんも水着の女の子増えたら嬉しいでしょ?」
「そりゃ、嬉しいけど俺が決めるんじゃないしなー」
これがタイガーやピートなら蹴飛ばしただろうが、誰もいない教室で美人の女の子に目をうるうるされて詰め寄られて断れるような性格はしていない。
とりあえず美神さんに聞いてみると言うと、
「やった!! 男の子と夏の思い出!! 青春一つゲット!!」
「おいおい、決まったわけじゃないんだぞ?」
「だから美神さんにお弁当でも冷えたビールでもいくらでも持ち運べるってアピールしてね!!」
美神除霊事務所。
「……てわけで愛子が一緒に行きたがってるんスが」
「…………ホンットにアンタ人外には好かれるわね」
横島におそるおそる聞かれた令子がこれ以上はない渋面をつくる。
それを見て横島は答えを察した。
「やっぱりダメッスか?」
「そうは言ってないでしょ。ホンットにアンタ人外には好かれるわね。もう1人増えても同じよ」
「もう1人ッスか?」
意外な答えに横島が聞き返す。
「小竜姫とパピリオが是非ってさ。小竜姫じゃ断れないわよ。荷物は増えるし、どうしようかと思ってたところよ」
「え、小竜姫様が! ってことは……」
「OKよ。荷物もち兼人員収容係として採用するわ。これで小竜姫とパピリオを空飛ばさずに済むわ」
この守銭奴は竜神様を同伴するにもかかわらず、2シーターのオープンカーで行くことを止めようとかは思わなかったようだ。
「……マイクロバスをチャーターしようとかは思わないんスか?」
「運転手付きでチャーターしたらいくらすると思ってんの。その金は誰が出すの?」
「もしかして宿も変更・追加無しとか」
令子がしみじみと頷く。
「しなくてよかったわ」
小竜姫様が来るなら報酬は貰ったはずですよね? などということは言わない。
言っても仕方がないからだ。それよりも重要なことがある。
「ってことは、俺の部屋に誰かくるんッスね!!! 責任者が責任とるってことは!! カモーン令子―――――ッ!!」
飛びかかってきた煩悩魔ののど元に、所長机の上にあったボールペンに霊力を込めて突きつける。
「窓の外につるされるってのは考えつかなかった?」
「ハヒ。今のは軽いオチャメ…」
のど元に突きつけたままにこやかに計画を説明。
「小竜姫は角になれるし、パピリオは本性蝶なんだから当ったり前でしょ。愛子も居るんならますます変更する必要ないわよ。アンダスタン?」
「イエス、マドモアゼル。アイム グラド トウ ユア ワンダフル アイデイア」
ホールドアップして、カクカクと本日の補習のかんなりアヤシイ効果を披露。
当日。
「愛子さん、朝早くから済みませんね」
「こっちこそむりいちゃってごめんなさい」
おキヌがせっせと一泊2日分のお弁当、ビール、その他を愛子に手渡している。
なにせ令子が予約したのは民宿一泊素泊まり。
そのため朝、というより真夜中に出発である。
今時貧乏大学生のサークルでもやらないような強行軍だ。
「こっちは涼しいところに、こっちは冷蔵庫にお願いします」
「りょうかーい。手作りのお弁当で貧乏旅行。これも青春よね〜」
「愛子さん学生服なんですね」
「学校妖怪だから学生服しか着れないのよ。アイデンティティってやつね」
「水着はどうするんです?」
「それは学校でもプール授業はあるから」
おキヌが次々ご飯を運び込む合間にも他のメンツも自分の手荷物をどんどん持ってくる。
「これがシロちゃんの荷物、これがタマモちゃんで、これが美神さんと私の…」
「愛子が来てくれて大助かりだわ。横島クン以外は全員女だから荷物が多くって多くって。この枕もお願い」
令子が手放しで感激している。積載量無制限となったので、みな好き放題詰め込んでいる。
「愛子どの。このドッグフードとハムの骨もお願いするでござる」
「机妖怪。この蜂蜜とメープルシロップもいれるでちゅ」
「……厚揚げも腐らないかしら?」
「私の空間は時間概念を無視できるから問題ないわ」
「じゃ、このご飯熱いまま維持できます?」
「OKよ」
「これは猿神様に頂いた猿酒もといアムリタなんですが」
「わかった。結界付きの部屋に入れとくわ」
「スイカ、スイカ! 夏の海と言えばスイカ割りだよな」
「サーフボードなんか入れてだれかできるのか?」
「九尾を舐めないで欲しいわね。テレビで見たからできるわよ。それよりバットなんかどうするのよ」
「横島クンのセクハラよけに決まってるでしょ」
「浮き輪も入れますね」
なんだかんだでみんな好き放題おもちゃやら何やら詰め込んでいる。
浮き輪なんてふくらませてから入れる始末だ。
「ホント、便利ねー。ウチに就職しない?」
真夜中の高速をぶっ飛ばすコブラの助手席に座った愛子に令子がほくほく顔。
「ついたわよ」
「はやっ。途中経過は?」
「アンタのおかげでファミレスやサービスエリアで無駄金落とさずに済んだじゃない。おかげで昼前について大感謝よ」
コブラを民宿の車庫に入れながら令子がのたまう。
「サービスエリアでの買い食いなんかを楽しみにてたのに――――!! こんなの青春じゃない――――」
「アンタねー、人が運転してるときにみんなと大富豪やってたじゃない」
半べそをかいた愛子に令子があきれ顔で突っ込む。
休憩時に令子が中に入って軽食をとった時、振り向きもせずに熱中していたのである。
「あれは青春だったわねー」
「両方できるわけ無いでしょ」
それはそれ、これはこれなのであろう。
器用に手足(脚)を折りたたんでトランクに収まっていた古机が這い出してくる。
「この後すぐにビーチに行くんだから文句ないでしょ?」
「もちろん!! ああっ! 抜けるように青い空に白い入道雲! そして長い砂浜で二人追いかけっこ…」
「そうそう。そのビーチ貸し切りなはずよ。ここなのよ。よろしく」
半分トリップした愛子に令子が示したのは一枚の地図。
「私は机に入ってるからついたらみんなと出して。長距離運転で疲れたちゃったわ」
「仕方ないわね。わかったわ。貸し切りビーチとはフンパツしたわね」
令子を飲み込んで周りを見渡すと……
「美神さん!! 海までは近いけどテトラポットで砂浜なんて無いじゃない!! おまけに後ろは山!!」
思わずわめいた愛子に、机に入り込みながら海の方と地図を指し示してあくびと共に答えを返してくる。
「そうよー。ここの民宿本来は釣り宿でさぁ。安かったのよ。そのテトラの向こうがピーチってか砂浜」
「なんで近くまでコブラで行かないんですか!!」
「あの車高いのよ。だから民宿から出したくないの。潮風も怖いし。じゃ、よろしくね。ついたら起こして。寝るから」
「ぐっ!!!!」
(しゃあないかー。ただでついてきてるんだし……)
あきらめて本体を背負う。
「これも青春よね!」
じりじり夏の日差しが照りつけてくる。
夏のクソ暑い真っ昼間。外に出るヤツは居ない。
ましてや周りに海水浴場もないような漁村では元々人も少ない。
おかげで机を背負う制服女子高生も見とがめられることはなかった。
「ひー、妖怪でも暑いわ」
延々と30分ほど炎天下を歩くとやっとテトラの切れ目が見えて来た。
砂浜の端に近づいてゆくと漁村の家々も遠くなり、海のあたりは護岸はあるものの狭い砂浜とそのすぐ後ろにはなだらかな緑の丘が広がっている。
それはそれでのどかな風景なのだが、午前中とはいえ、斜め上から襲いかかる強光と熱線、それにコンクリートの照り返しはちっとものどかじゃない。
ようやくテトラの端にたどり着いて護岸に腰を下ろす。
「やっとついたか」
机の中からビールを出してぐいっとあおる。学校妖怪が酒を飲むななどというなかれ。
炎天下を歩くと欲しくなるのは水やスポーツドリンクではなく冷えたビールなのだ。
ましてや愛子は17歳ではない。何十年もの齢を重ねた九十九神。
目的地に着いた達成感からセーラー服姿でテトラポットの端に座りビールとスルメで鋭気を回復。
重ねて言う。学校妖怪がビールとスルメを口にしてはいけないという法律はないのだ。
学校妖怪には学校も試験もあるが他にはなんにもない。
「ふう.しかし、なんか青春しないわね」
周りを見渡すと誰もいない.それどころか砂浜は狭いだけでなく、あたりには流木や古タイヤまでが転がっている。
改めて地図を確認するとまだ目的地まではついていない.
「えと、あそこの広いところまで……って、ちょっと! 道が無くなってるじゃない! あのちょっと広いビーチらしい所まで砂浜を歩くの?」
本体の中で問いかけるも答えはちっとも要領を得ない。
「Z…zzzzz…zz、小竜姫、小判はそこにおいといて…むにゃむにゃ」
「しゃあないか!」
かじり残しのスルメを手に、飲み終えたビールは机に戻し砂浜に足を踏み入れる。
ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり。
「アテッ!! 靴の中に砂が入ってくる!」
砂だけではない。学校の指定の革靴の中に容赦なく砂浜に落ちているゴミが入ってくる。
見ればあたりには流木や古タイヤまでが転がっている。
こんな砂浜を革靴で歩けるはずがないのだ。
ニャー、ニャー、ニャー、
ニャー、ニャー、ニャー、
ニャー、ニャー、ニャー、
スルメを嗅ぎつけたのか足下にはネコが、頭の上にはウミネコが寄ってくる。
「アテ、アテテテッ!! あっ、こら!」
大きめの貝殻が入り込んでバランスを足下がふらついたスキをつかれてウミネコにスルメをかっさらわれた。
「うー、歩きにくいなー。靴を脱ぐかあ」
革靴を脱いでパンパンはたいて砂を出し机の脚にかける。
お気に入りだった赤い靴下も本体の足に結びつける。
「なんか横島クンのバンダナみたいね」
さく、さく、さく、
「アチチッ」
午前中とはいえ昼も近い。もはやゴミが入ってごろごろすることはないが、焼けた砂浜。
足裏がアツイ。妖怪でなければ飛び上がっているところだ。
「アチアチ、アテッアテテテッアチ」
かるーく酔ってることもあり、スカートも無視して女子高生らしくないがに股で歩を進める。
その生足の下にはスルメクレー、とまだ猫がまとわりついてくる。
「こんなのちっとも青春じゃないー!」
思わず涙がこぼれるがそのとたんになんか言いようのない多幸感。
「……? でもなんかすごくいいことがあったような気がするわ?」
胸いっぱいに青春ともまた違う幸せ。
おかげでそこからは足取りも軽く進んでいくと目的地に着いた。
結構広いビーチい穏やかな波が寄せては返し寄せては返す。
周りに人はおらず砂浜のすぐそこまで山が迫っている。
穴場と言えば穴場である。
「………確かに貸し切りよね」
貸し切りビーチという言葉から想像される、華麗なリゾート設備などは全く見あたらない。
海の家はおろか自販機すらない。
「どうやって見つけてきたのかしら?」
学校以外には疎い愛子は首を捻るが答えはもちろん無い。
「都会の喧噪から避けるにはいいでしょ。それに美女集団でしょ。男よけもあってね」
出てきた令子はVに切れ上がった、今日のために買ったかのような新品ビキニ。
上も下もほんとに肝心なところしか隠していない(お見せできないのが残念です)。
自慢げにその遠慮のない胸を愛子に突き出す。
「アンタには負けないわよ?」
「?」
令子が愛子に少し突っかかるが愛子に身に覚えはない。
もちろんシロタマ小竜姫にパピリオと次々に出てくる。もちろんもはや皆、水着で海モード。
横島がデスホワイト地にエメラルドグリーンをあしらったワンピース水着を着た小竜姫(お見せできないのが残念です)が恥ずかしげに出てくるなり、
小竜姫様お美しい! ぼかーもう、ぼかーもう、神様との禁断の恋に!!
とか、
令子を見るなり、
みかみさーん!! そのエッチな水着は誘ってるんですね! 誘ってるんですね!!
とかいって撃墜されているのは背景的お約束である。
「愛子さんご苦労様。まーまーみなさん、とにかくお昼にしましょうよ」
そんな中、精一杯ハイレグカットした桜色のワンピース水着のおキヌ(お見せ…以下略)もにこやかに裁いてくれるがなんか雰囲気がおかしい。
「愛子さん、よかったですね」
振り向いて言ったおキヌの額にも井桁が浮かんでいる。
「?」
疑問を持ちつつも疲れた愛子がビーチパラソルの下で休んでいる間にも、
ごっつい除霊用のテントが張られてちょっとした村になって行く。
こういうときに山暮らしだったシロとサバイバルに慣れた横島は頼りになる。
できあがったテントの下におもちゃのたぐいがぶちまけられる。
「海はひろいでござるなー!!」
「その前にメシ、メシ!」
「戦の前には腹ごしらえでござるな!! 肉肉!骨付き肉!」
もちろんおキヌ手製の豪華弁当も広げられそこに群がる欠食児童たち。
「こらうまい! こらうまい!!」
「せんせー、それは拙者が持ってきた肉!」
「早い者勝ちじゃ!!!」
……二人だけでした。
「美神さん、ありがとうございます。パピリオが無理言って済みません」
「いいわよ。それなりのモノ貰ったし」
ビーチパラソルの下でサングラス、仰向けに寝そべったまま竜神様にアムリタのお酌をさせているのはもちろん美神令子。
「…バカ犬」
大人が一杯やり、師弟が肉を巡って争うのを冷ややかに眺めるのはもちろんタマモだ。
その取り皿に載るのは厚揚げ稲荷にがんもに京あげ。
競争相手がいないので悠々と食している。
「偏食してると育たないでちゅよ」
それを見て注意を垂れたのは、こちらは意外にも蜂蜜やメープルシロップだけではなく野菜や肉も口に入れているパピリオ。
妙神山での修業の成果であろう。
「修業が足らないんでちゅ。だからそんなペチャパイなんでちゅ」
「何ですって!! もっぺん言ってごらん!!」
ずずっっとレモネードを吸い上げて次に卵焼きにも手を伸ばしたパピリオに犬歯をむき出したタマモ。
パピリオは平然と次はロールキャベツを口に運ぶ。
「ペチャパイをペチャパイと言って何が悪いでちゅか?」
「その盆地胸であんたが言う?」
明らかに洗濯板。贔屓目に言っても自分といい勝負。
傾国の妖怪と言われた自分が、魔族とはいえ色気のケもない虫の変化にバカにされるいわれはない。
「パピリオの胸には未来があるんでちゅ。今年1年で5cmもおっきくなったんでちゅよ」
「私は都合がいいから子供に化けてるだけよ! 胸なんかいくらでも自由になるのよ!」
言うなり、ぼぅんと煙りがでて現れたのはイメージカラーの黄金色のビキニ。
DかEはある高校生か大学生かというようなナインテールの美少女である。
「これでどう?」
その横で横島が おっ と言う目で思わず食べるのを止めて見ている。
残念なことに肝心なところしか、と言うにはちと布が大きい。
しかし肝心のパピリオは恐れ入るどころかバカにしたような顔で食べるのすら止めない。
変化なんて魔族では珍しくも何ともない。
「そんなまがい物より、生のパピリオの方が100倍立派でちゅ」
「マ、紛い物!? 何ですって!!」
「文句あるでちゅか? なら表へでるでちゅ!!」
二人とも食べるのを止めてテントから出て、仁王立ちになって睨み合う。
そんな二人の争いに我関せず。満足げにシーハーと爪楊枝を使うすごく良い笑顔のシロ。
横島までタマモに見とれていたので、競争相手が消滅し充分に食べたのだろう。
お茶を3杯ほど飲んだ後は 海、うみ〜 海でござる〜〜〜とか、言いながら おもちゃの中から浮き輪をゲット。
「せんせー、そんな子供の喧嘩を見物するのはつまらないでござるよ。一緒に泳ぐでござる!」
「止めろ!! ひきずるな!!」
今からせんせーと遊ぶのだとばかりに波際の遙か前から浮き輪を装着して、翡翠色のネックレスを揺らせながら師匠の後ろ首をつかんで走ってゆく。
もちろん、横島の抗議などは全く聞こえてない。
そんな師弟が睨み合う二人の後ろを通りすぎた。
とたんに、タマモもパピリオも不思議に心が豊かになり、口と手に狐火・霊波砲用に集中しだした霊波を納める。
「…こんなつまらないことで海まで来て喧嘩するのもバカね」
「そうでちゅね。私たちも泳ぐでちゅ」
「テレビでやってた波乗り、とか言うのやってみるわ」
「パピもやってみるでちゅ」
一触即発状態だった二人が、一転仲良くサーフボードを抱えて海に向かう。
「美神さん…私なにかすっごく敗北感というか劣等感を感じたんですけど」
「おキヌちゃん。私もよ。小竜姫様は?」
「私もですね。屈辱というか、不当な扱いというか」
「私は特に感じなかったけど…」
3人がビーチパラソルの下で何か不機嫌になるが、愛子は先ほどの多幸感が続いているのかダメージはなさそうだ。
海辺ではパピリオとタマモがしばらくサーフボードの上に乗ろうとしては落っこちていた。
少し沖合では浮き輪でシロがぷかぷか浮き、横島はなにやらかなり沖の方へ泳いでいっている。
シロが泳ぎがあまりうまくないのを良いことに逃げたといった方が正解なのだろう。
「テレビでは簡単に乗ってたんだけど」
「もっと沖へいって、空を飛びながらちょっとづつのるでちゅかね」
「んーその前にアイス」
腰までの遠浅で直射日光であぶられて体がほてってきたらしい。
パピリオと別れ、浜辺へ帰ってビーチパラソル下でしばらく休んだ後、愛子にアイスキャンデーのアイスボックスを出して貰う。
それを見る令子、おキヌ、小竜姫のジト目も気づかずにアイスボックスを開ける。
タマモが開けたとたんに真っ白な冷気があふれ落ちる。
「わーきんきんに冷えてる」
「でしょー」
タマモの歓声に上機嫌の愛子が自慢。
「どれにしよっかなー」
タマモがを覗いていると狼が遠吠え。
「タマモー拙者にも一本!!」
「自分で取りに来なさいよ!」
「どうせ沖にくるのでござろう?」
普段ならまずとってやらないが、今はさっきの多幸感が続いていた。
「しかたないわね…」
二本持って空を飛び、適当なところで落としてやる。
「ナイスひゃっち」
シロ、それを器用に口で受け取り、自画自賛。
一方タマモは続けてサーフボードを落として自分がその上にそーっと乗る。
「よーし、今度はうまく乗れたかな?」
最初は手を羽にしたまま半ば飛びながらバランスをとっていたが、そのうち波に乗る方法がわかってきたらしい。
しばらくおっかなびっくりで波に乗ったが結構腰を落としてうまく乗り出す。
最初から最後までアイスを咥えたままというのが九尾狐たるゆえんであろう。
「タマモちゃーん、すごーい! こっち向いてぇ〜〜〜〜」
浜からの声に振り向くと愛子がカメラを片手に手を振っている。
その声にカメラ目線でVサインすると、愛子がさらに黄色い声を上げる。
「きゃー!! シロちゃんもすごーいい」
振り向くと、ナント!! シロが浮き輪の上に乗って咥えアイスでサーフィンしてるではないか!
「狐ができることが狼にできないはずはござらん。楽勝でござったよ」
浮き輪の上からにやっとタマモに笑いかける。
「空を飛べると便利でござるな。アイスもおかげでよく冷えてござるよ」
「シロちゃーん、アップでとったからねー」
愛子が手をぶんぶん振りながら自分もスクール水着と浮き輪でビーチボールを持って近寄ってくる。
シロに噛みつこうとしたタマモはそんな愛子を見、またもや言いしれぬ多幸感に満たされていたので矛を収める。
喧嘩を売ったシロも同じであったらしく、
「なんか今、すっごく満たされた気持ちになったでござるな? しかも2回も」
首をかしげて、浮き輪上から海中に戻る。
「お、海中バレーか? 混ぜてくれや」
「パピも混ぜるでちゅ」
と沖にいた横島、それに同じく、こちらはうまくサーフィンできなかったパピリオもビーチボールを見るなりボードを放り出して寄ってくる。
「行くわよ〜〜」
背後に木の机を波打ち際ギリギリまでよせた愛子がビーチボールを放る。
「大丈夫かいな」
「本人がいいならいいんじゃないでちゅか?」
しばらくは首をかしげていた愛子以外もボールが上がり出すや、
「見よ!! タダオスマッシュ!!」
「なにお!! ふぇんりるアッタク!!」
「おあげビーム!!」
「蝶のように舞、蝶のようにあたっくでちゅ!」
浮き輪やサーフボードを砂浜に放り出して、後はぽここぽことビーチボールを追いかけては水しぶきを上げている。
浜では、一緒にあそぶでもなく、焼くでもなく寝っ転がってジト目で海で遊ぶ5人を眺めている、ビーチパラソルの下で残り3人。
「なんか今日は調子でないわね」
「私もです。まぁ、まだ明日がありますよ」
「私と美神さんは保護者ですから・・・・・」
このあと、愛子本体が波をかぶって、慌てて洗って天日干しにしたりとか、5人のお子様達が夜になってもバーベキューだ、夜釣りだ好き勝手に遊んだあげく、果てには周りに人がいないことをいいことにパピリオまで酒を食らって打ち上げ花火どころか霊波砲に狐火、サイキックソーサーまでが飛び交うどんちゃん騒ぎ。
疲れ果てて愛子に入った皆をパピリオがぶら下げて民宿へ。
「はじめからこうすれば良かったんじゃないでちゅか?」
「でも、来る途中も青春だったから問題なし。結果オーライよ」
次の日も朝からかき氷だ、焼きトウモロコシだ、魚突きだ、と元気いっぱいに走り回る。
そろそろ、二日目の昼も過ぎようという頃。
昨日と同じようにサーフィンしてビーチバレー。
カニを追いかけ回してみたり砂に埋まってみたり。
大人3人は今日も1日ビーチパラソルの下でマグロ状態。
「今日も…もうそろそろ終わりですね」
「美神さん……そろそろ帰らないと渋滞に巻き込まれるんじゃないですか?」
「そうねぇ。なんかしまらない海水浴だったわね」
「「「はぁ〜〜〜〜」」」
3人そろってため息をつく。
一方こちらは元気に真夏の日差しの中を走り回る子供達。
そこに令子のけだるそうな声が聞こえてくる。
「あと1時間ほどで引き上げるわよ!」
その声を聞いたとたんに愛子がよく冷えた大きなスイカを取り出す。
「海に来たら最後はスイカ割りよね! 一度してみたかったのよ!」
「おっ! いいね! バット持ってきてたろ」
砂浜にシートを引いてスイカを固定。
「スイカ割ってなんでちゅか? こんなもの簡単に割れまちゅよ?」
パピリオが不思議そうな顔でスイカをつついている。
「じゃ、パピリオからな」
横島がバットを渡す。
「これで目隠しをしてたたき割るんだ」
タオルで目隠しをした後にバットを軸にして10回、回るように言う。
「「「「いっーかい、にーかい、――――」」」」
「ひー、もうふらふらでちゅ〜〜〜〜」
7回目にして立ってられなくなるぐらいにふらふらになって止めようとしたパピリオに横島と愛子それにシロタマもはやし立てる。
戦闘用にチューンされた魔族とはいえ目隠しにおでこつけの姿勢で回らされてはたまらない。
「「「「あと3かーい!!」」」」
「ひえーでちゅぅ。目隠しするとキツイでちゅ!!」
なんとか後3回回り終えたパピリオがバットを取り落としてへたり込む。
「目隠ししたままスイカを叩き割れ!!」
横島がバットを手渡してやって、数歩退いて教えてやる。
「こ、このへんだったでちゅか!!」
言われてバットを持って立ち上がった瞬間に誘導する間もなく斜めにバットを振り回す。
ど〜〜〜ん!! バザ〜〜〜〜っ!
「「「うっひゃ――――――っ!!」」」
パピリオのパワーで見当はずれの所の砂が1m近くえぐれてあたりに砂煙が上がる。
「大はずれだな、他の人に誘導して貰うんだよ。俺が手本を見せてやろう」
スイカをパピリオ穴から遠ざけて固定し、今度は自ら目隠しをして回り出す。
「「「――――、じゅっかい!!」」」
パピリオと違って回り終わった後しばらくめまいが収まるまでじっとしている。
「ふっふっふっ! スイカ割りのタダちゃんの異名は伊達ではないぞ」
すくっと立ち上がり、バットを構える。
「せんせーみぎでござるー」
「まっすぐよー」
「ひだりひだり〜〜〜」
みな好き勝手に誘導しだすも横島は動じない。しばらく耳を澄ましていると波音が聞こえてくる。
「海がこっちか、たしか海にむかって右に三歩ぐらいだったよな。場所を動かさずに回るのが最大のコツなのだよ」
いち、に、さん。
バットをなるべく水平に振り下ろす。
「えいっ!」
ガスッ!!
「かーっ 惜しい!!」
ホンの1センチほどずれた。
「なーるほど! おもしろいでちゅ!!」
「次、私にやらせて」
愛子に手ぬぐいとバットを渡してビーチパラソルの方を見ると、令子、おキヌ、小竜姫がつまらなさそうにこっちを見ている。
見方によってはふてくされているようにも見える。
首をかしげて近寄ると3人ともなぜかすねてしまっている。
「スイカ割りしないんスか? 美神さんもおキヌちゃんも小竜姫様も、ビーチパラソルからほとんど動いてないんじゃないッスか?」
横島がビーチパラソルの下から動こうとしない3人にご機嫌を取ろうといらぬ口をきいてしまう。
これが3人の機嫌をさらに悪化させたらしい。
「パピリオよりずっと昔から、ずっと多く出演してるのにこの扱い。小隆起とか言われててもパピリオよりは胸があるのに」
「どうせカマトトです。私の水着なんて色気ないです。年寄り臭いです。GS界人気No.1ヒロインなんて嘘です」
「GS美神 極楽大作戦!! よ!! 人気投票で3位以下でも、私は主役なんだから!! 横島クン、ましてやシロタマじゃないのよ!」
3人とも訳のわからないことをぶちぶち口にしながら鬱に入っていたが、
横島がさらにのぞき込むと、令子ががなって横島の胸ぐらをつかんで持ち上げる。
「よこしまァッ! なんで、なんでアンタだけが!!」
「ぐ、ぐるじい!! 俺がなにかしたっスか!? 昨日お風呂を覗いたことッスか!? それとも少年らしい好奇心で3人の下着を嗅いだことッスか!?」
「そんなお約束はどうでもいいのよ………」
般若のような令子の顔。小竜姫はおろか、いつもは止めてくれるおキヌも恨みがましい視線を向けて助けてくれない。
「横島のくせに!! 極楽へ行ってこーい!!」
霊力をおもっきりこめた令子の右手で横島がブン投げられる。
「なんでじゃー!!??」
理不尽な扱いに泣いてもわめいても答えてくれる人はおらず、自覚のない人気者は放物線を描いて飛んでゆく。
「チッ! しまった!!」
その着地点を予想して令子が舌打ちをする。
「もっと右よ右」
「わ−うるふのくせにそんな位置もわからないでちゅか?」
「シロちゃんそこ!!」
失敗した愛子に変わってバットを握ったシロ。
タマモパピ愛子の真贋混ざった声援にも惑わされずにシロはまっすぐスイカに向かって歩を進める。
横島よりは遙かに鋭敏な耳でスイカと海の角度を割り出したのだ。
一歩、二歩。
よしっ! ここでござるな。
「ごまかしても拙者の感覚はごまかせないでござる! スイカはここだー!!」
大上段に構えたバットをおもっきり振り下ろす。
ひゅ〜〜〜ん ずさっ。
ボッグウッ!!
異様な手応えに慌てて目隠し布を放り捨てると、
バットがクリティカルヒットしたのはスイカではなく見慣れたバンダナ頭。
「せんせー!! なんで先生がいるでござる〜〜!!」
「ほんと、女の子だけでなくてスイカまで身を挺して守るのね。この男」
シロは冷や汗で立ちすくみ。
タマモは、割れてないわ、丈夫ね〜 とかつぶやきながらのぞき込んでいる。
「な、なんでこんな目に……」
あたまにでっかいたんこぶをこさえてブラックアウト。
「なんか幸せだから良しとするか……」
変な笑顔で砂浜に崩れ落ちた横島をパピリオや愛子ものぞき込む。
「ポチのことだから、たぶんすぐに復活するでちゅ」
「笑ってるから大丈夫なんでござろうが…」
「美神さんにはいつもこのくらいはやられてるじゃない」
「バットへこんでるでちゅよ。スイカ割り続けられまちゅか?」
「金属バットはへこんだくらいなら大丈夫よ」
結局横たわった横島の隣でスイカ割りを続行。とうとうタマモがぶち割った。
「やったぁ!!」
その音とスイカの甘い匂いで復活した横島が真っ先に一番大きい破片をつかんでかぶりつく。
「あ、ずるいわよ!」
「へへーん。スイカ割りは早いもの順だよーん!」
横島は悪びれもせずに口からスイカの果汁を飛び散らせる。
「おぉ、なかなかイケル! こらうまい!!」
そのセリフにっシロタマパピ愛子も殺到。
すぐに4人の口のまわりもべっとべと。
「あまーい!! 海水浴って、楽しい!! また来るでちゅ!!」
「人間ってこういうくだらないことには天才的よね! 今さっきもすっごく幸福を感じたわ!」
「拙者もでござる! 冷えたスイカも美味でござるなー」
「青春したわー!! 今年の夏はすごくよかったわー!」
海を満喫した5人と違い、こちらはいまだパラソルの下でふて寝でブツブツと文句を垂れていた。。
「シロちゃんやタマモちゃんまで……また…なんで…。きっちり昨日と違う水着で」
「原作では私がヒロインなのよっ!!!」
「私はもーあきらめました」
結局、この夏はシロ4回タマモ3回横島2回愛子パピリオ1回。令子おキヌ小竜姫は0回だったそうな。
なにが? とは問う無かれ。
決して行きずりの恋の回数ではない。
おしまい。
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