河川敷は人ごみでごった返していた。
行き来するだけでも難しい程の群衆。
今か今かと花火大会が始まるのを待つ人々の中に、一際目立つ二人組みがいた。
日本人離れした体格に、顔にペイントされた不思議な文様、そして強面な外見とは裏腹な性格。
かねてよりその才能を期待され、今年の試験を主席で合格した新進気鋭のGS見習い。
男の名をタイガー・寅吉という。
そしてその横に立つ薄い藍色の浴衣を着た女性の名は一文字魔理。
うっすらと朱を差した唇に、束ねるほど伸びたその髪は、かつての彼女を知る者にとっては驚きであろう。
「なータイガー、ここから見えるかな?」
「大丈夫ジャ! 見えん時はいつものとおりやりますけー」
それは二人が出会い、数年の月日が経ったある晩のお話。
〜ハナビのヨルに〜
音が空気を切り裂き、ゆるゆると小さな光が天頂を目指し昇っていく。
光は目指すべき場所へたどり着くと、その人生最初で最後の大仕事へと取り掛かる。
光は凝縮し、次の瞬間、膨張する。
鮮やかに、華やかに、そして厳かに生まれる光の花々。
己の晴れ姿を見せつけると、光はゆっくりと柔らかい闇の中へと消えていく。
「やっぱ夏と言えば花火だよなー」
「そうじゃのー。今年も晴れてよかったですジャ」
そう言ってタイガーは去年の花火大会を思い出す。
去年の花火大会もGS試験の後だった。
初歩的なミスで失敗してしまった自分はひどく落ち込んでいたように思う。
きっと魔理はそんな自分を心配してくれたのだろう。
言葉にこそ出しはしなかったが、強引に花火大会に連れ出してくれた。
言葉には出さずとも、伝わってきた優しさ
その優しさに何度自分が救われたことか。
隣に立つ魔理を見て、あらためて彼女への想いに、タイガーは気づかされる。
そして脳裏をかすめるのは去年交わした約束。
――来年こそ、来年こそ合格してみせますけー、そん時こそはわっしと……わっしと……!
――うん。私は待ってるからさ!
タイガーはポケットの中の箱に手をかけた。
「やっぱよく見えないからさ、いつものやってくんない?」
意識を思い出へと巡らせていたタイガーは魔理の声で現実へと戻った。
慌ててポケットの中身から手を離し、花火大会が終わったら、とポケットを服の上からポンと叩く。
「わかりましたけー、よっと!」
軽い掛け声と共に、その右肩に魔理をのせるタイガー。
そこは毎年恒例、魔理専用の特等席である。
「やっぱタイガーの上はよく見えるなー!」
人の壁が眼前から無くなり、無邪気に喜ぶ魔理。
彼女にその姿をより見てほしいのか、更に勢いを増していく花火たち。
花火大会のフィナーレは間近に迫っていた。
小粒な花火が次々と打ち上がる。
観衆も残り少ない光の祭典を見逃さまいと、どこか言葉少なげに見守っている。
楽しいけど寂しい。悲しいけど嬉しい。
花火大会の終わりには、夏まで終わってしまうような雰囲気が漂う。
そんな雰囲気の中、タイガーはこみ上げてくる緊張と必死に戦っていた。
花火が終わったら、勝負の時間ですジャ。
去年交わした約束。
今まで一緒に感じてきたこと。
これから一緒に感じていきたいこと。
想いの全てを魔理さんにぶつけるんジャ!
じゃけー、もうちょっとだけ準備の時間をください!
花火師さーん!
そんなタイガーの葛藤には全く気づかず、何かを決心したかのように魔理が口を開いた。
「なータイガー、来年も肩貸してくれる?」
「は、はい?」
慌てて視線を魔理に向けるが、その目は夜空を見上げたまま。
「私はね……来年も再来年も、その後の花火大会も……ずーっとタイガーの肩の上で花火が見たいんだ……」
「そ、それってまさか?」
魔理は満面の笑みを浮かべ、タイガーを見つめる。
「去年約束したろ? 私の方から言うのはフライングかもしれないけど……私はタイガーとずっと一緒にいたい!」
タイガーは慌ててポケットをまさぐり、箱の中身を取り出した。
「ワ、ワッシから言いたかったですジャー!」
彼女の薬指に、その日最も綺麗な光の輪が広がった。
音が空気を切り裂き、ゆるゆると小さな光が天頂を目指し昇っていく。
鮮やかに、華やかに、そして厳かに生まれる最後の花火。
浮かび上がる影は……一つだけ。
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