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【夏企画】Prisoners in Paradise

熱く焼けた砂がじりじりと素肌を攻め立てる。
安物のビーチサンダルのおぼつかない履き心地に閉口しつつ、愛子は運んできた手荷物をどさりと放り出した。

「あー、重かった! まったくもう、かよわい女の子にこんな重たいものを持たせるなんて―――あら?」

愛子は怪訝そうに、波打つ砂浜に立てかけられたパラソルの影に問いかける。

「何やってるの、ピート君?」

日陰のビーチチェアの上に身を起こし、サングラスを掛けたピートがしきりにその白い肌に何かを塗っていた。

「ああ、愛子さん、ちょうどいいところに。申し訳ないですけど、これを背中に塗ってくれませんか? 自分じゃ手が届かなくて・・・」

同級生の女の子なら歓声をあげて承諾しかねないピートの"お願い"に、愛子はちょっと口を尖らせたまま、差し出されたボトルを手に取った。
たぶんイタリアのものらしい大柄なボトルには、日焼け止めを表す"Solari"の文字と、世界史の教科書などで見る、いやらしい顔をした太陽の絵が大きく描かれている。

「何よ、コレ?」

「ただの日焼け止めローションですよ。僕は肌が弱いですから、こうしてサンオイルの下に塗っとかないと、すぐに赤くなっちゃうんですよ」

「サンターンな吸血鬼ってのはどうかと思うんだけど・・・」

根本的なところで何かが間違っているような気もしたが、愛子はそれ以上追及することはやめた。
ちらりと見れば、ピートのかけているサングラスも、今日のために買ってきたものではなさそうで、妙に使い慣れている感じがした。
今となっては少し古いデザインのレイバン・ウェイファーラーは、たしか"ブルースブラザーズ"でジョン・ベルーシがつけていたものと同じはずだった。

愛子は少し乱暴に容器をシェイクさせ、片手になみなみとローションを絞り出す。
擦り合わせた両の手が、たちまち白くなった。

(・・・まったく、こういうときは私が塗ってもらうほうなんじゃないの?)

クラスの女子の誰よりも綺麗な背中にローションを広げつつ、愛子は口の中で小さく呟く。
予想以上にぬめり気のある感触に、とある想像が思い広がる。

(ねぇ、横島君・・・ おねがい・・・)

(こ、こうか?)

(あん・・・ そんなとこ触っちゃ・・・ダメ・・・)

「あ、愛子さんっ!? そこは自分でやりますからいいですってばっ!」

普段とは様子の違う、らしくもないピートの声に愛子ははたと我に返る。
ピートの背中にローションを塗っていただけのはずなのに、自分の腕はいつしか体を密着させて、ピートの引き締まった胸をまさぐっていたのだった。

「きゃあっ!? な、なにをするのよっ!?」

「なにって、愛子さんが急に・・・」

ぱっ、と飛びのいて上げる愛子の理不尽な悲鳴に戸惑いつつ、微かに諦めにも似た笑みを浮かべた。
今さら胸の感触にときめくほど初心じゃないし、誰かの代わりにすぎないことに気がつかないほど野暮でもなかった。

ピートの口元に気付いた愛子は、顔を真っ赤にしながら、慌ててタオルを掴んで、手と水着を濡らすローションを拭き落とす。
ココナッツミルクの強烈な甘い匂いが、拭っても拭ってもなお、自分の気持ちを囃し立てているようだった。
白い証拠をほぼ消し終えると、俯いたまま慎重に愛子が口を開く。

「―――ねえ、横島君とタイガー君は?」

「え? ああ、あの二人なら荷物を置いてすぐにどっか行っちゃいましたよ。今日こそナンパを成功させるんだ、とか言って」

目撃者の有無を確認する問いに、ピートは入念にオイルを白い肌に塗り直す手を止めず、苦笑いしながら答えた。
それは彼らが見てもいず、ナンパも決して成功しない、と知っている顔だった。

「いったい、ドコにナンパする相手がいるってのよ・・・」

「・・・ですよねぇ」

わずかに安堵した愛子は、あきれたようにため息をつく。
ほんの少しだけ手を止めて、ピートも同意するようにうなずき返した。

外海に面しているのに、遠浅で穏やかな海。
突き抜けるほどに青く澄んだ空と、水平線上に沸き立つ入道雲。
弓なりに弧を描く、ゴミひとつ落ちていない真っ白な砂浜。

まるでCMかポスターのように完璧なロケーションだというのに、あたりには誰一人として人の姿が見えなかった。



















                【夏企画SS   Prisoners in Paradise】

















もともと、一学期が終わるずっと前から話し合っていた。
高校生活最後の夏を満喫すべく、皆でどこかへ行こう、と。

ただ、愛子以外の除霊委員たちはそれぞれに仕事が忙しく、なかなかに休みを揃えることが出来なかった。
神父のところで修行しているピートはそうでもなかったが、他の二人、特に横島には、休みを申し出るのにもタイミングを計らなければならない、という悲しい事情があった。
下手に機嫌を損ねて時給を下げられでもすれば、それこそ遊びに行くどころではなくなってしまう。

やいのやいのと気を揉ませもしたが、ようやくに揃って休みを取ることが出来た。
夏休み直後の繁多な時期を過ぎ、お盆に入るまでのローテーションの谷間に、二泊三日で海に行くことにしたのだった。
場所や宿については全部愛子におまかせの、ちょっとした小旅行だった。



「ごちそうさまでしたー!」

さほど多くない食器を手に、愛子はステンレスの配膳台へと戻す。
四名一室の泊り客にしては意外なまでに少ないが、それにはわけがある。

机妖怪である愛子はもともと食事を必要とはしない。食べるとしても、ほんのおしるし程度で充分だった。
バンパイア・ハーフのピートも、花の生気が吸えればそれで事足りる。
横島やタイガーにしても、新鮮な魚介の盛り合わせや手の込んだ小皿料理よりも、ボリュームがあってカロリーの高い食事が嬉しい年頃だった。
そんなわけで、食事はまかないと一緒でその分安く、というのが愛子一流の交渉術となった。

更には、泊まっている宿の選定にも愛子のツアー・コンダクターとしての手腕、というか趣味が反映されていた。
彼ら除霊委員一行の泊まっている宿は、昭和初期に立てられた木造二階建ての建物で、もともとは学校の校舎として使われていたものを改装したものだった。
開業してからはまだ日も浅く、旅行代理店のパンフレットなどに載ることもないが、折からのレトロブームと相俟って口コミで人気を博していた。
確かに、磨き上げられた板張りの広い廊下や、教室の趣きを生かした大広間などをみれば、愛子ならずとも感嘆の声を上げるに違いない。

二階へと通ずる階段を見上げると、大きな窓の向こうには夏の夜の帳が降り始めている。
初めて訪れたはずの宿、初めて見る風景のはずなのに、いつも見ていた光景のような気がした。
今日もまた一日が終わる、ふとそう思った途端、何故だか急に恐くなって、一足飛びに階段を駆け上がっていった。
突き当たりの部屋の扉を、はしたないと思いながらも慌てて足で開けると、浴衣に着替えて寛いでいたピートが振り向いた。

「ああ、愛子さんですか。お疲れさま」

「あれ? 横島君たちは?」

ほんのわずかに息を切らせ、給食室を改造した厨房から借りてきたやかんを置きながら、狭い部屋を見渡して愛子が聞いた。

「横島さんたちならお風呂に行きましたよ。下で会いませんでしたか?」

「ううん、見なかったわ」

「僕と入れ替わりに行ったばっかりですから、たぶんしばらくは帰ってきませんよ」

ピートはまだ濡れた髪をタオルで無造作に拭きながら、開け放した窓辺で気持ちよさそうに夜風にあたっている。
備え付けのシャンプーの匂いの他に、ごく微かにラベンダーの香りがした。

「もう、あの二人ったらいっつも勝手に動いちゃって! まだ他にもやることはいっぱいあるのに!」

先ほどの気恥ずかしさからか、愛子はほんの少し大げさにむくれてみせる。
愛子謹製の「夏休みのしおり」によれば、まだまだイベントは目白押しだからだ。

「まあまあ、予定はまだあと一日あるんですから、そんなに急がなくても大丈夫ですよ」

「そんなこと言ったって・・・」

ピートに諭されてもまだ愛子は不満そうだったが、肝心の相手がいないのでは愚痴ってみてもしかたがない。
ほう、と息を吐き、ぺたりと座り込むと、カチャカチャと盆に並べたコップを手に取った。

「ピート君も飲む? 麦茶」

「あ、いただきます」

びっしりと細かい汗をかいているやかんを傾け、冷たい麦茶を二つのコップに注ぐ。

「ここ置いとくね」

ピートの分はテーブルの端に寄せて置き、愛子はごくごくと一息に飲み干して、また注ぐ。
心なしか、少しやけになっているようにも見えた。







あくる日。

朝食もそこそこに、除霊委員のメンバーたちはまた海へと繰り出して行った。
とはいえ、今日の目的地はビーチではない。
弓なりの砂浜が途切れる少し先、ごつごつとした岩礁が連なる磯で、魚を釣ろうというのだった。

「ピート君、早く、早く! 横島君たち、もう先に行っちゃったわよ」

宿で借りた釣竿を手に、愛子は待ちきれない様子でピートを急かす。
一方、ピートの方はと言えば、またも例の日焼け止めローションを入念に塗っている最中だった。

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。魚は逃げやしませんって」

「でも、早くしないと良い場所取られちゃうじゃない? 絶対、横島君たちには負けないんだから!」

拳を握り締めて力を入れる愛子の姿を見て、ついおかしくなってピートは笑う。
ついさっき、「釣りバカ忠ちゃんと言われた俺の姿を見せてやる」と高らかに宣言して飛び出して行った横島に対抗しているらしい。

「私、先に行ってるからねー!」

待ちきれずに階段を駆け下りて行く愛子の軽い足音を背に、ピートはもう一度ローションを塗り込めた。



「ごちそうさまでしたー!」

今日は一際数の少ない食器を手にした愛子が、かちゃりと小さな音を立てて戻す。
結局、どちらのチームも魚は一匹も釣れず、双方痛み分けに終わっていた。
「晩のオカズはいらないぜ!」と大見得切って来た手前、今さら頼むのも気が引ける。
はたしてそれを見越していたのか、晩ご飯はそうめんだったのがありがたかった。

日に焼けすぎた首筋が擦れて痛いのか、少し重い足取りで慎重に愛子は階段を昇る。
二階に上がった正面の部屋の扉を開けると、ちょうど部屋から出ようとしていたピートに出くわした。

「きゃっ!?」

「あ、ああ、愛子さん、ごめんなさい。今、呼びに行こうかと思っていたんで・・・」

ぶつかりそうになったピートが、申し訳なさそうに謝ってくる。
真っ赤に日焼けしたその顔をまじまじと見て、思わず愛子は吹き出してしまう。

「ど、どうしたんです?」

「だってねぇ。ピート君の顔を見たら、とてもパンパイアハーフには見えないわよ」

「ああ、これですか。あれだけたっぷりと塗っておいたんですけどねぇ」

炎天下の中、ずっと外に放り出されて無駄に終わった釣りのことを思い出し、ピートは軽く苦笑いをする。
やはり肌が突っ張って痛いのか、少し頬が引きつっているように見えた。

「それでどうしたの? あれ? そういえば横島君たちは?」

ピートの肩越しに見える空っぽの部屋を覗き、ふとした疑問を口に出す。
さっきまでだらけてテレビを見ていたはずなのに、今は誰もいない。

「なんか、これから海のほうで花火大会があるらしいんですよ。それで愛子さんもどうかと思って・・・」

「あの二人はどうしたの?」

「今度こそナンパを成功させるんだ、とか言いながら先に飛び出して行っちゃいましたよ」

「もう!」

またも置いて行かれたと聞き、見る間に愛子はふくれっ面になる。
いつもいつも失敗ばかりしているんだから、こんなときぐらい気を利かせて誘ってくれてもいいじゃないか、そう言いたげな顔だった。

「まあまあ。とりあえず僕らも行ってみましょうよ」

「しょうがないわねぇ」

しぶしぶ愛子が同意すると、タイミングを見計らったように花火のドン、と響く音が聞こえてきた。



それほど遠くへ行くまでもなく、坂を下り砂浜に下りればすぐだった。
沖合いの艀からでも打ち上げているのか、海から上がる花火を遮るものはなにもない。
灯りのない海水浴場は暗く、何も見えないが、大輪の華が咲くごとにぼんやりと人の気配が、まるで幽霊のように浮かび上がる。

「やっぱり日本の花火はきれいですねぇ」

空を見上げたピートが感心した風にため息を漏らす。
ヨーロッパにいたときも何度か目にしてはいるが、やはりどこか風情が違って見える。

「たしかに綺麗だけど、一瞬で夜空に消えてしまう。儚いものよね・・・」

ピートの傍らで少し神妙な顔つきをした愛子が、誰に言うともなく呟いた。
その声に、とある問いが口をついて出た。

「それは、青春も似たようなもの、ということですか?」

「―――少し違うわ」

霞むような愛子の声に、ピートはふと首を傾ける。

「儚いのは、青春そのもの、よ」

そのとき、一際大きく咲いた華をピートは見逃した。
刹那の光に浮かび上がる愛子の目は、心なしか潤んでいるようにも見えた。



「あーあ、もう終わっちゃった」

最後の尺玉が名残の音を響かせると、辺りは急に闇に覆われる。
ちらほらと感じていた気配もすでになく、寄せる波の音だけが聞こえてくる。

「さ、ピート君。もう帰ろ」

「そうですね。横島さんたちももう戻ってくるでしょうからね」

「ほんとにもう、あの二人ったら、せっかく来てるのにどっか行っちゃってばかりで・・・」

「大丈夫ですよ」

むくれる愛子をなだめながら、ピートはほんの一瞬だけ足を止める。

「予定はまだあと一日あるんですから」







あくる日。

連日の疲れが溜まっているのか、今朝は朝食の時間になっても、皆起きてこようとはしない。
男たちよりは先に目が覚めた愛子は、起こさぬようにそっと足を運んで部屋の外に出る。
チェックアウトの時間も過ぎてしまったのか、隣の部屋たちにも泊り客の姿はなく、すっかり片付けられて開け放たれていた。
これでは朝食にありつけるはずもなく、近くのコンビニにでも行って何か買ってくるしかなさそうだった。

宿のサンダルを借り、カラコロと音を立てて真夏の日差しの中へ身を躍らせる。
たしか、この道を少し行った先にいくつか店があったはずだった。

「ふう・・・ 今日も暑いわねぇ」

午前中だというのに強烈な日差しを浴びて、額に浮かぶ汗を拭いながら愛子はぼやく。
履き慣れぬ足元のせいか、ごく僅かな道のりだというのに一向に進まない。

「まったく、か弱い女の子を買いに行かせて、みんな眠りこけちゃって・・・」

別に頼まれたわけでもないのだが、つい愚痴のひとつも出てしまう。

「でもま、予定はまだあと一日あるんだし、今日はのんびり休むのも悪くないわよね」

そう呟きながら、またとぼとぼと歩いていく。



海沿いの道の角を曲がり、角を曲がったところで、ようやくに一軒の店を見つけた。
意外に遠かったのか、愛子はすっかり汗だくになっている。
何はともあれ、ジュースでも買って喉を潤そうと店の中へ駆け込んだ。

「すみませーん! ・・・あら?」

コンビニではない個人商店の店先に足を踏み入れた愛子は、ジュースの冷蔵ケースを探して声を上げた。
愛子の視線の先には、赤く塗られた大型の自販機があり、ペットボトルでない、瓶入りのコーラやジュースが並んでいた。
左側の縦に長い透明なドアを開け、ワインよろしく横倒しになったラックから手前に引き抜く、あの例のやつだ。
しかも、ご丁寧なことに栓抜きまできちんと付いているではないか。
もう相当な年月が経っているはずなのに、よほど大事に使われていたのか、新品同様にぴかぴかだった。

「うわ、懐かしーい! まだこんなのあったんだ!」

愛子は嬉しそうにしながら、ポケットの中の小銭を探す。
懐かしいものを見つけ、無性にあの安っぽいオレンジのジュースが飲みたくなった。
だが、店の奥から出てきた人を見て、さらに驚かされることになる。

「いらっしゃい・・・って、なんだ、愛子クンじゃないか」

「た、高松クンッ!?」

そこにいたのは他でもない、かつて愛子の学校の中で一緒に過ごした高松、その人であった。

「た、た、た、高松クン、ど、ど、どうしてここに・・・」

「ん? ああ、君は知らなかったっけね。ここは僕の家なんだよ」

「ええっ!?」

意外なことを言われて、愛子は殊更に驚きの声を上げた。
そういえば確かに、表のホーロー看板には『高松商店』の文字があったような気もするが、まさかそれが彼の実家だとは思ってもみなかった。
それに、仮にそうだとしても腑に落ちないことがある。

「だ、だけど、どうして高松クン、全然変わっていないの・・・?」

自分があの学校に高松を取り込んだのはもうかなり前、昭和の時代の頃のはずだった。
たしかにあの時、元の時代に送り返したのだから、今はもうすっかり大人になっているはずだ。
なのに目の前にいる高松は、あの時と全然変わってはいない。

「ん? 嫌だなあ、君から解放されてまだ一ヶ月も経っていないじゃないか」

そりゃあ君の中ではずいぶんと長くいたけど年はとっていなかっただろう、と聞き返す高松の言葉が、どこか遠くに聞こえた。
今まで気がつかなかったけど、そういえばこの店は、何から何までレトロなわりに真新しい。まるで、あの頃に新規オープンした店のように見える。
微かに店の奥のラジオからは、ベンチャーズの聞き慣れた新曲が流れていた。

「それにしても、めずらしいこともあるもんだな、愛子クンが学校から出てくるなんてさ。まだウチの学校にいるのかい?」

高松の言葉ひとつひとつが、まるで揺さぶりをかけるように響く。

「え・・・と、あの、が、学校って・・・」

「おいおい、この暑さで参っているんじゃないだろうね? 僕らの学校って言ったら、角を曲がって坂を上がったところに決まっているじゃないか」

その台詞を聞き終える間もなく、愛子はよろめいて足を店の外に踏み外す。
異変に気付いた高松の声も、今となっては耳には入らない。
見上げた空に輝く、眩しい太陽がぎらぎらと照りつけ、愛子の意識を刈り取っていった。







「―――愛子さん、愛子さんってば」

自分を揺さぶる誰かの声に、愛子はぼんやりと目を覚ます。
それが自分を呼ぶ声だと気付き、愛子はがばっ、と身を起こす。

「―――高松クンッ!?」

「わっ! ど、どうしたんですか! 僕ですよ、ピートです」

「え? あ、ああ、ピート君?」

ぱちぱちと瞬かせた目を上げると、そこには見知ったクラスメイトの顔があった。

「どうしたんです? 居眠りなんかしちゃって・・・」

「ご、こめんね、なんかちょっと疲れちゃってて・・・」

「大丈夫ですか?」

「う、うん、大したことないから・・・」

怪訝そうなピートに、愛子は決まり悪そうに笑う。
ここは、あのお店でも旅館でもなく、すっかり見知ったいつもの教室だった。
辺りをぐるりと見回してみるが、何も変わったところはない。
ひょっとして、あれは全部夢だったのだろうか?

「ならいいんですけど。じゃ、横島さんたちが呼んでいるんで、愛子さんも来てくださいよ」

「う、うん、いいけど、何?」

何故か腰が上がらないままに、愛子が問いかける。
横島に呼ばれる用事など、特に思い当たりもしなかった。

「何って、今度の夏休みに行く旅行の話ですよ。愛子さんが幹事なんだから、来てもらわなきゃ話が進まないじゃないですか」

「あ、そ、そうね、ゴメン、すぐ行くわ」

慌てて立ち上がる愛子を急かし、ピートが横をすり抜ける。
通りすがる時に、ふわりとココナッツミルクの匂いがした。
やっと一本書き上げることができました。
去年に続いての夏企画ですが、今回はかなり苦しみました。
ホントは愛子モノということで六条さんのイラストに繋げたかったのですが、どうにも整合性が取れなくて断念した次第です。

今回のタイトルは私の好きなロックバンドのアルバムから取らせて頂きました。
これが私の青春なのねー(笑)

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