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【夏企画】 おキヌちゃんの研修旅行

「――おキヌちゃん、もう着いたころかしらね」
ぽつりと呟いた美神さんの表情があまりにも悲壮だったので、ちょっと心配になった。
「やだな美神さんそんな顔して。今年の夏季研修そんなにヤバイとこなんすか?」
俺たちというか美神さんにお呼びが掛からなかったから、大したことないと思ってたんだけど、違うのか?
「危ないかどうかって言ったら、危なくはないわ。悪霊が絡むわけじゃない、面倒だけどただの儀式だもの……ただ……」
美神さんの話を聞いて、俺は六道のおばさんは鬼だと思った。










「……うわぁ……」
誰の声だったか。
皆の顔も引きつってる。
それも無理はないと、私も顔を正面に向けるのがちょっときつい。
ここまで鬼道先生の後をぞろぞろと着いて歩きながら、何だか暑いなとは思ってた。
山道で疲れるせいかと思った……思いたかったんだけど。
「それじゃあ、一旦宿坊に荷物を置かせてもらって、巫女服に着替えてから、20分後にまたここに集合や。部屋割りは各ドアに貼ってあるから間違えんようになー」
その声を合図に、できるだけ目の前の惨状から距離を置く迂回ルートで、お寺の本堂そのままの宿坊に逃げ込む私たち。
「な、なんですのあれっ 聞いてませんわよあんなのーっ」
うん、私もそう言いたかった。先に言ってくれてありがとうかおりさん。
「落ち着けよ、まだアレやらされるって決まったわけじゃねえだろ?」
魔理さん声が震えてるよ。ああ、玄関を潜ったら、涼しくなった気がする。見えなくなっただけなのに。うう……外に出たくないなぁ
「馬鹿、そんなわけないでしょう……しょうがありませんわ。皆さん、時間がありません。覚悟を決めましょう」
重力が二倍になった気がする。多分、他の皆もそうなんだろうな。
「おキヌさん、顔色が悪いですわよ」
「……あはは……ありがとうございます」
かおりさんの目が、死なば諸共というか、逃がさないって。痛い、痛いです、手を引っ張らないで。
「あら、私たち同室ですわ」
爪が食い込んでますってばぁっ



「よっしゃ。皆ちゃんと並べや」
時間ぎりぎりまで粘った私たちを奇麗に無視して鬼道先生が……先生どうして平気なんですか? コツがあるなら教えてください今すぐ。
「密行やから場所は知らんかってん、授業では教えたはずや。ちゃんと覚えとるかー、これが那羅延護摩行や」
魔理さんが何だそれ?って顔で首を傾げてるけど、確かに授業で習った覚えがある。
轟々と燃え盛る炎に負けないように声を張り上げる鬼道先生。その向うにはおっきなキャンプファイヤー……みたいな護摩壇。うわぁ、すごい、カゲロウがあんなに揺らめいて。
護摩壇を囲むようにして、10人ほどの山伏さんが読経をしてる。火傷しちゃわないかなって心配になるけど。
「今日から3日間、ボクらもお手伝いさせてもらえることになった。これはもの凄い特例やで。理事長に感謝せいや」
そーですか六道の小母様のせーですか……
あー、なんだか私たちの気持ちが一つになった感じ。
鬼道先生がぱんぱんと手を叩いて私たちを促して、山伏さんたちの後ろに着かせた。
炎までたったの3m……ひぃ……気が遠くなりそう。
全身から、どっと汗が噴き出した。
「ボクらはまだ見習いやから、『さんじかん』。たった『さんじかん』だけや。ほなボクに着いて来てな」
先生と山伏さんの読経に引き摺られて声を出してから、ようやく『さんじかん』が『3時間』だって頭の中で繋がった。
……読経が殆ど悲鳴みたいな金切り声になっちゃったのは仕方ないと思う……










「――とまぁ、多分そんな感じだと思うわ」
「ひでぇ」
俺だけじゃなくて、タマモやシロまで顔青ざめて、しっぽが股の間に折れてる。
「授業でも護摩の真似事はやってるはずだけど、本物はそんななまっちょろいものじゃないからね。現場を知るのが大事ってのは分かってるんだけど」
でも事前に心構えもさせないのは酷だと思う。
保護者に連絡があったのは、おキヌちゃんたちが出発した後だったって言うし……おキヌちゃん、楽しそうだったもんなぁ。知らなかったんだろうなぁ。
そりゃ俺も普段から酷い目にはあってるけどさ、一応馬鹿やった罰なわけだし。六道のおばさんのうっかりに巻き込まれる生徒たちはたまったもんじゃないだろうなぁ。
「心配?」
「そりゃもう」
あたりまえじゃないっすか。
「だったら、あんたちょっと様子見てきてよ」
は? 何言ってるんすか美神さん。おキヌちゃんたちが行ったのはW県の山ん中なんでしょう?
「妙神山よりは近いじゃないの」
「そりゃそうですけど――って、何でそうなるんすかっ!」
大声を張り上げた俺を、美神さんがじろりとねめつけた。
拙い。何か知らんけどセンサーにビリビリ来る。
「ここんとこそんなに大きな仕事もなかったし、あんた文珠に余裕あるんでしょう?」
だ、だからって
「それに――そろそろ使わせとかないと……あんた、文珠で覗きしようとするのが目に見えてるからね」
ぎくぅっ バレてるっ!?
「わ、分かりましたそれじゃちょいとおキヌちゃんの様子見てきますっ!」
三十六計だそれしかないっ 俺は適当に文字を込めた文珠を足元に叩きつけた。





「……どこだここは? 着いたのか?」
見渡せば山の中。
一応おキヌちゃんを思い浮かべながら転移したはずだから、近くにはいると思うんだけど。
半分獣道みたいな細道をてけてけ上ったり下ったり……おーい、ここどこなんだよー。
と、熱気……みたいなのを、向うの方から感じた。
単純な暑さじゃない。これが護摩行の気配なんだろうか。
近付くにつれて、厳粛というか、ちょっとおちょくったりしにくい空気になってく。それにこれ、洒落にならんくらい熱いぞ。
汗を拭いながら、足音をできるだけ抑えて、木の陰からようやく辿りついた広場のような場所を窺った俺は……

真剣な表情で炎に向かい合うおキヌちゃんを見つけた。

周りには、同じく巫女の装束に身を包んだクラスメイトたち。前に並ぶ山伏たちも、凛と背筋を伸ばして経文を唱えている。
……すっげぇ
熱いんだろう。苦しいと思う。
俺はあの儀式にどんな意味があるのかなんて全然知らん。
でもおキヌちゃんたちの本気がここまで伝わってくる。
水を被ったように汗びっしょりになってまで。
夏用なんだろうか。巫女服の生地かなり薄いらしい。よく目を凝らせばうっすらと肌の色が透けて見えるような気がしてくる。
後れ毛が汗で項に貼りついてたりするのも、いつものおキヌちゃんとはまた違った印象を受ける。
俺は気配を殺したまま、何故かポケットに入れたままになってた使い捨てカメラでおキヌちゃん弓ちゃん魔理ちゃん他のバストショットをパシャパシャと取り捲ったああちくしょうこっから先には障害物がないから近づけない息を荒げちゃってるのが妄想を掻き立てるあれ?おキヌちゃんの胸が?そうか巫女服だから下着つけてないのかということは――

ズン

音とは違う『音』が、無意識に身を乗り出してた俺のすぐ後ろから聞こえた。
振り向きたくなかったけど、見ないともっとやばいことになりそうで仕方なく振り向いたそこには拳を大きく振り上げた夜叉丸がやっぱりというかなんでこうなるん――










たった三日離れてただけなのに、懐かしい気がしちゃう。
事務所のドアを開けて。帰ってきたんだなぁって
「ただいまー 今帰りました」
「お帰りおキヌちゃん、研修ご苦労様」
「あっ ありがとうございます。凄かったんですよ聞いてください美神さん」
あそこの山伏さんたち、本当に凄いんです。一年を通して護摩行を続けているんだとか。
気迫がびりびり伝わってきて、私たちまで引き摺られちゃいました。
「きつかったんじゃないの?」
「そりゃ大変でしたけど、それ以上に勉強させてもらったなぁって」
だから感謝してます。
「はあー、やっぱりおキヌちゃんはすごいわ」
えっと、そんな風に感心されると照れちゃうというか、恥ずかしいというか
「そ、そういえば、横島さんは?」
姿が見えません。お仕事でしょうか?
「違うわよ あいつもおキヌちゃんに倣って修行したいって言うから、一週間くらい帰ってこなくていいって言ってあるのよ」
くっくって笑って 修行……ですか? 横島さんが? でもあの、何か似合わないっていうか。
「そうよねー。でも大丈夫よ。みっちり修行つけてくれるそうだから」
「はぁ、そうなんですか」
「おキヌちゃんは疲れてるだろうから、今日はもういいわ。お風呂に入ってゆっくり疲れを取りなさい」
それじゃあ失礼しまぁすって。
ふーん、そっかぁ。横島さんも頑張ってるのかぁ。
頭の中で想像して見るけど、でも真面目に修行って似合わなくって、ごめんなさい、あの護摩壇に吊るされて悲鳴上げてる姿が浮かんじゃいました。



「――熱っ 死ぬっ 本気でやばいって、ぎゃああぁっ」
だけど俺の悲鳴なんて一切聞こえませんって、そりゃないでしょうがっごめん盗撮したのは俺が悪かったから許してっ
鬼道の馬鹿たれがあと一週間ここで煩悩落としいやーとか抜かしやがって美神さんヘルプっす!助けておキヌちゃんあちちちちちちっ!!



ぶるぶると、湯船の中で頭を振る。
「ま、まさか、そんな風じゃない……ですよね」
でも、横島さんだからなぁ。美神さんも何だか笑顔が黒かったし。
ちゃぷんとお湯が揺れる。お湯が揺れて
それに……巫女服、下着つけないで着ちゃったし……
頭に血が昇る。
「わーっ なしなしっ だって横島さんは違うとこで修行してるんだからっ」
あそこで逢わなかったものっ










――三日前
「――ええ、たっぷりとしごいてやってください」
そう言ってかちゃりと受話器を下ろした亜麻色の髪の美女は、とってもイイ笑顔を浮かべてましたとさ。





Fin
夏と言えば我慢大会! オカルトっぽく護摩行にしてみました(笑)
想像シーンと現実が錯綜してるので、ちょことばかし読みにくいかなとも思いますが、一つ宜しくお願いしますー

[mente]

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