スイカ割り。
夏の砂浜での定番の一つだ。
「もうちょっと右」
「そのまま前、前――」
目隠ししたシロが金属バットを構えて、周りから聞こえる声を頼りにスイカを目指す。
今日は美神除霊事務所のメンバーが揃って海水浴に来ていた。
お目当てのスイカは、シロの前方十メートルほどに、仲良く二つ並んでいた。
よく見ると片方のスイカには頭髪が生えている。額には赤いバンダナを巻いていた。
もしかしなくとも、それは横島の頭だった。
「左、右、やっぱ左。そこでジャンプして、三回回ってワン」
「ワン」
砂浜に寝そべってスイカになりすました横島は、シロにでたらめな指示を出して遊んでいた。先生の言うことなので、シロは横島の言うとおりに動いていた。
当然、彼はこんな遊びをするために二つ目のスイカとなっているのではない。彼なりの目的があった。
その目的とは、スイカ割りのスイカとなって、女性たちの水着姿をローアングルから満喫することだった。実に彼らしいスケベな考えだ。
このスケベ根性を周りのみんなが気づかないはずはなく、令子は当然、おキヌとタマモもスイカになった横島を見て苦笑していた。
だが、やめさせようとはしなかった。
スイカ割りのスイカなることを普通は思いつかない。当たり前だが、スイカのように頭をかち割られることになるからだ。
そんな誰にでも分かる危険をかえりみない彼が、いっそ微笑ましく思えたのかもしれない。それ以上に呆れていたとも思われるが……。
「シロ、そこで振り下ろせ!」
「でも先生。先生の声は違う所から聞こえるでござるよ」
横島は空振りさせようとしたが、耳のいいシロには通用しなかった。
いつまでもシロの水着姿を見ていてもしょうがない。横島のターゲットは令子やおキヌなのだ。
「しまった! もう俺は声を出さん」
「シロちゃん、左向いて」
横島が失敗に気づいて口を閉じたので、シロにまともな掛け声だけが飛ぶようになった。
シロは声を頼りに、ゆっくりと、でも確実にスイカに近づいていく。
「そこでストップ!」
そしてついに、シロはスイカの前に立ちはだかった。それはすなわち、横島の目の前に立ったということでもある。
止まれの指示で立ち止まったシロがバットのグリップを握り直し、真上にすっと振りかざす。
横島はスイカの視点からその様子を見上げ、青い顔をしていた。自分の頭に振り下ろされたらと思うと、恐怖で血の気が引いた。
だが、彼は逃げ出さなかった。
もうすぐ訪れるであろうパラダイスを手放すわけにはいかなかった。
「先生、いくでござる」
シロは一声掛けると、一気に振り下ろした。
ゴツンと、周囲に鈍い音が響き渡った。
「――やったでござるか」
手応えは確かにあった。砂を叩いた感触とは明らかに違った。
シロは結果を確かめるために目隠しを額にずらした。
「……あ」
どう言ったらいいのか分からなかったシロは、口を開けたまま動けなかった。
眼下には、頭に巨大なコブを作った横島が泡を噴いて倒れていた。手足は小刻みに震えている。
「……あーあ、死んじゃった?」
スイカ割りで死んだバカを見たくてタマモが寄って来た。
令子とおキヌも心配になったのか、横島の様子を見に来た。
「動いてるから大丈夫」
「大丈夫って……、痙攣してるんですよ?」
「こんくらいでどうにかなる横島クンじゃないから」
「でも、バットがこんなに曲がって」
シロが今も持っている金属バットは、横島の頭の形のへこみを作っていた。シロの人間離れした凄まじい力の証でもあり、横島の人間離れしたとてつもなく硬い石頭の証でもある。
タマモは変形したバットを見ると、それをやった狼女を白い目で見た。
「どんな力で叩いてんのよ。こんなんじゃ、スイカに当たっても粉々になって食べる所が残らないじゃない。ほんとにバカね」
「バカとはひどいでござる。拙者、一生懸命やっただけでござるよ」
「まあ、スイカは無事だったからいいけど」
「俺よりスイカの心配かよ!」
早くも意識を取り戻した横島が立ち上がってタマモに猛然と抗議する。すごい回復力だ。
ひとまず安心した一同は、スイカ割りのつづきを始めることにした。
「それじゃあ、次は誰がやる?」
「タマモちゃんでいいんじゃないかな」
目隠しとバットを手渡されたタマモは、「めんどくさー」と言いながらもすぐに目隠しを付けた。本当はやってみたかったのだ。
「横島さん?」
スイカの位置を確かめようとしたおキヌは、スイカが二つのままなことに気づいた。つまり、一つは横島である。
それを見たみんなは呆れてものも言えなかった。
「さっさと来いよ。早く美神さんやおキヌちゃんが見たいんだからさ」
「あいつの頭はどこ?」
「ちょ、なんで俺の場所を聞いてんだ!」
「横島、そこから動かないでね」
この後、なぜかスイカを割ろうとして横島が割られることが続発した。
いつの間にか『スイカ割り』が『ヨコシマ割り』に変わっていたのであった。
終
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