「うわ〜、涼しいー」
買い物から帰ってきたところなのだろう。
巫女さん姿ではなく、白のワンピースで買い物袋を下げたおキヌは、事務所に入るなりそう言った。
「お疲れ様。やっぱり、今日は外ってそんなに暑い?」
だったらせめて、今日の仕事は夜にしよう。
そんなことを考えながら、ソファーでゴロゴロしていた美神がねぎらう。
「ええ。それに、もーセミがうるさくって」
「ああ、わかるわかる。あれって、なんかよけーに暑く感じるのよねー」
二人がだべっていると、妙に疲れた様子の横島と、顔を輝かせたシロがドアを開けて入ってきた。
「いや〜、気持ち良かったでござるな先生! またお願いするでござる!」
夏の暑さにも負けず、多分雪にだって負けないんだろう、丈夫な体を持ったシロが元気良く言う。
しかし横島は欲望まみれで、けっこう怒っていたりする、いつも愉快に笑われている人だった。
「無茶言うな! お前の体力に付いていけるかー!」
ここまでは普段の光景であった。
次に、シロがこう言い放つまでは。
「しかし、先生。先生は、一時の快楽のためなら後の事には目をつむると言ったではござらんか」
スッ…
そんな音なき音がして、室内の体感温度が3度下がった。
しかしシロと横島は気付けなかった。
「そりゃまー、確かに気持ち良かったが」
「で、ござろう? だからまた明日も…」
「だから体力的に無理だっちゅーの! お前相手じゃ身が持たん!」
先ほどまでは和やかに会話していたはずのおキヌと美神は、一言も発せずによく見聞きして、わかろうとしている。
今現在、正にジャッジメントされていたりするのだが、シロと横島はそんな事には気付きもせず、せっせと審判の材料を提供し続ける。
「え〜? でも先生も、拙者でなければ相手がいないし、そもそも無理でござろう?」
「まーな。おキヌちゃんや、美神さんでも無理だろうし」
「タマモはどーでござるか?」
「タマモでも、お前ほどじゃないだろ」
<有罪>ギルティ<確定>
判決は下った。
自分達じゃ無理で、タマモやシロならOKとはどういう意味だ、と美神とおキヌが動き出す。
「横島クン、ちょっと話しがあるんだけど」
「あ、はい。わかりました」
「はーい、シロちゃんはこっちねー」
「え? あ、あの? 笑顔が何やら怖いでござるよおキヌ殿? おキヌどのー!?」
明らかに事情が飲み込めていないながらも、シバかれるんだろうなあ、いいわけは無理なんだろうなあ、と経験から悟っている横島は穏やかに。まだ経験が足りないシロはわたわたと。
二人はそれぞれに、二人に連れられて部屋を出て行ってしまった。
「ねえ、人工幽霊壱号」
「はい、なんでしょう?」
唯一その場に残った、何も言わずに事態をただ眺めていたタマモは、生きた屋敷に聞いてみた。
「多分さー。サンポで風切って走れば、その時だけは涼しいってだけの話だったと思うんだけど、何でこうなるわけ?」
「そうですね。それは多分……
セミが、うるさかったからではないでしょうか」
いや、でも。私が言いたいのは、いっつもいっつもこんなオチでいいのかとか、そろそろパターン化してるんじゃ、とか、ああいや、そーじゃなくって、えーっと、こんな場所で常識学んでる私は本当に大丈夫なわけ? とか、あーえーっと、その…
「………………そうね、きっとそうよ」
きっと、今が夏で、今日が暑かったから。
何もかもが面倒になったタマモは、なんだか疲れたぶん楽になろうと子狐の姿に戻って、だらしなく床でぐったりと横になった。
「おやすみー」
「はい、おやすみなさいませ」
夏の暑さ、雪にも負けないエアコン万歳。
眠りに落ちる前にそんな事を思って、タマモは静かに笑みを浮かべた。
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