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【夏企画】夏のことたま (with六条一馬さん【夏企画】誰かが風の中で) 

 さくさくと、素足に感じる熱さとくすぐったさ。でも

「……うう……やっぱりなんか違うの?……」

 裸足とセーラー服で砂浜を歩く女子高生って、青春よねっ……青春のはず、なのに、絶対的なところで浮いちゃってる気がする。

 にゃあ

 少し前から、わたしの後ろからとことこと付いて来る子猫
 ね、そこだと波に濡れちゃうかもしれないから、もう少し左の方歩いた方がいいと思うな。

 にぃ

 う……現実から目を背けるなと叱られた
 子猫とは言え、野生の厳しさはちゃんと備えているらしい。

「しょうがないじゃない……わたしは本体から離れられないんだから」

 どう飾ったところで机は机だもの。開き直るしかないもん。
 さくさく
 わたしだって、どうせなら、もっとかわいいものの付喪神だったらよかった。
 例えば……簪とか、ティーカップとか……もっと……

 にゃっ

 うん、分かってる。
 これって、本当はすごく危険な考えだ
 下手をしたら、思っただけで自分が揺らぐ
 想いだけで己を支えている、そんな不安定なわたしたちだから……

「でもね……ねぇ、聞いてくれる?……それでも、思っちゃうんだぁ……」

 見渡せば周りには誰もいない。猫ちゃんだけ。
 だから、ちょっとだけ想いを零す。

「……幸せって……すごく、怖いと思う……」

 自分がどんどん貪欲になってく それが分かっちゃうの
 苦痛には耐えられても、幸せには堪えられない
 わたし……ずっと逆だって思ってた

「あのね、みんな笑ってるの」

 嬉しいから 楽しいから
 わたしも一緒に笑う だって楽しいもの
 だけど気がついたら、わたしの笑顔だけ、嘘になってるの
 さっきまでは嬉しかったことが、今は物足りなくなってる

 ぞっとした

「ほんとに怖いんだから……知ってる? 一度幸せになっちゃうと、もう昔の自分には戻れないの」

 砕けた硝子玉みたいに、むき出しになったわたしは、ものすごく弱虫になった。
 離れられない
 離れたらきっと、心から血が吹き出す。
 でもいっしょにいると、もっと欲しくなる
 気がついたら、手を伸ばしてる
 肩に触れそうになってる
 髪を……絡めそうになって……

 ペシッ

「っ?」

 にゃぁっ

 足首をカリッて引っかかれた
 あ、でも、血が出ないように加減してくれたみたい。薄く白い線が残るだけ。

「えっと?」

 怒らせちゃった?……ううん……もしかして、呆れてる?
 翠色の瞳
 やれやれって、肩をすくめるような仕草
 途端に

 ものすごく……恥ずかしくなった……っ

「うあ……ちがっ……わたし……」

 わたし、何言ってるんだろう 慌てて口を手で抑える けど、今更遅いー
 悲観してる振りして、これって

「ごめっ あのっ 聞かなかったことにしてっ」

 うわぁ 真っ白な目線が痛いっ

……にゃ

 はいっ ごめんなさいっ のろけてましたっ!

 怖いって言いながら、わたし笑ってた
 堪えきれなくって
 だって……もっと欲しいって思ったら……すぐにもっと幸せにしてくれるんだもの……
 変なとこで不器用だし、すぐ女の子に飛び掛るし、それに……彼はわたしの恋人じゃない
 なのに、いつだってちゃんとわたしのことを笑わせてくれるの

 さくさくっ

 だから、浮いてるのに、歩くのがいやじゃない
 もうすぐ、この先で待ってる彼に言って欲しいから きっと言ってくれるって分かるから
 馬鹿だから、わたしのこと笑ったりする でも言ってくれる……愛子らしいな……って

「横島君は、知らないと思うなぁ……その一言で、わたしがどれだけ満たされてるか……」

 いつか
 わたしにとって、そう遠くない未来、横島君がいなくなっても
 いっぱい泣いて、でも、わたしは『愛子』でいることを忘れない

「これって、すごいことだよね」

 にぅ

 わたしの笑顔に、猫ちゃんが、よくできましたって褒めてくれた。

「一緒に行く? 変わった人も多いけど、美味しいご飯もあるわよ」

 にぃっ

 走り出す子猫。見えてきた皆のところに向かって

「おーいっ!」

 わたしも声を掛けて、さくさくっ 走り出した。
六条一馬さんの【夏企画】イラスト『誰かが風の中で』を見て書かせていただきました。
恥ずかしいけど、一人になるとこうやって自分に酔っちゃったりするのも青春ですよねっ
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