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【夏企画】いつか再びあの場所で

「俺達は何もなくさない……そうだろ。なっ」

 涙まみれの声、そう、私はこの声を良く知っている。

「……さんっ、……さんっ、私っ!! 私絶対思い出しますっ!! 二人のこと絶対っ!!」

 私は必死に手を伸ばす。何処までも届かない。目の前なのに、一歩も進めないが故の遙かな距離を必死に。
 そして、私は朝影に見守られてまぶたを開くことになる。





 いつか再びあの場所で





 チュン チュンチュン
 雀の鳴き声が穏やかにメロディを奏でる。
 カーテンの隙間からは、かすかな日差し。
 光に包まれてゆっくりと薄目を開いた。
 寝間着姿の私はベッドの上で寝ぼけ眼をこすりながら、自分の手を見つめる。

 伸ばそうとして届かなかった手が重なって何とも言えない気持が押し寄せてきた。

「今日も……あの夢」

 誰だろう? 夢に現れるあの人は?
 何故私の胸をこれほど締め付けるのだろう。

 日曜の朝、まだ起床するには早い時刻、まどろみの波が押し寄せる中で私は思いをはせる。
 彼は、一体誰なのだろう?
 いつも私は彼に手を伸ばし、涙にまみれた彼と泣き顔をこらえるような女性から引き離されていく。
 何度も何度も。

 同じ夢、いつも。
 手を伸ばそうとして届かない。
 少し歳が上の男の人と、もうちょっと年上の綺麗な女性。
 いつもその人達に手を伸ばそうとして届かない夢。

 うぅん、違う一度だけ違う夢を見たことがあった。

 あれはバンダナを巻いた男の人を私が励ます夢だった。


 私は不思議な思いでその人を見ていた。

 どう言えばいいのだろうか?
 いつも見る夢で感じる力強さはなりを潜め、今にも吹き飛ばされそうな気がした。
 彼はTシャツに下着だけという直視してはいけないような格好だった。
 冷静に考えたら、顔中真っ赤にして逃げ出してしまいそうなのに、そんなことよりももっと私の心を締め付けたのは彼の表情だった。

 ひどく消沈した顔で、半ば自棄になったような半眼でジッと天井を見ている姿を見て私の胸は苦しくなった。

 何とかしなくちゃ……

 脳裏をよぎったのはただそれだけ。
 何ができるか分からない。でも、私はごく自然にその人の傍に降り立っていた。

「どうしたんです?」

 自然に笑顔で語りかけていた。
 私が声をかけると、その人はかすかに反応する。億劫そうなその佇まいに少し胸が締め付けられた。
 その人に元気がなさそうなのは私にとってはとても悲しいことなのだと、直感していた。

「元気出してください」

「あ……おキヌちゃん……っ!? あれっ!?」

 私を見て驚きに目を見開いている。一瞬でも生気の戻った彼の瞳に私は心底ホッとしていた。

「生き返ってもう俺のことは」

 そう言う彼の言葉に私はクスッと笑みがこぼれてしまう。

「心はいつも一緒ですよ。私たち三人……たとえ離ればなれでも」

 きょとんとする彼の表情がとても可愛く思える。

 でも、ほどなくして彼は表情を曇らせていた。

「三人……か。前は良かったよなー。今じゃ俺もしばらくGSを休業でさ」

 力無く呟く彼の表情が切ない。

「どうして?」

 その言葉が私はにわかに信じられなかった。ごく自然に疑念が沸き起こっている。
 何故かははっきり分からないけれど、夢の中の私はそれがごく当然のように思っていた。

「いろいろあって俺は邪魔なんだ。俺がいちゃ……さんを守れないって」

 苦笑する表情は、どこか自嘲的な色を込めて、傷ついていないような口調だけど、私には彼がとても落ち込んでいるのがよく分かっていた。

「何を言ってるですっ! ……さんは……さんが守らなきゃ!」

 思わず叱咤の言葉が口を突いて出ていた。

「いや、しかし、俺の実力じゃ」

 彼はそんなことを言って自分を納得させようとしている。
 それは誰かにとっての正論だったのかも知れない。
 でも、それは違う。私には分かる。
 今、必要なのは彼、あの人に必要なのは誰よりも彼だと言うことを私は知っている。

「実力なんかつければいいんです!」

 私は心の底から、素直な気持ちを叩きつける。

「大切なのは私たち、仲間だって事でしょう!?」

「おキヌちゃん」

 グッと力を込めて言う私の言葉に彼は目を見開く。
 今、自分が言った言葉が何故自然に言えたのか分からない。でも、胸の奥に暖かな何かがわき上がってくるのが分かった。
 大切な、本当に大切な物が心を揺らしたことが分かったから。

 驚いた顔の彼を見て、私は少し安心する。きっと分かってくれたはずだから。

「生きてるって素晴らしいです。どんなことでもきっとできるんですもの! だから、頑張りましょう」

 目一杯の微笑みを浮かべながら私は時間の終わりを感じていた。
 そう、タイムリミットが来たのだ。

「そうすれば、また、私たち一緒に」

「おキヌちゃんっ!!」

 彼が必死に手を伸ばす。あの時の夢と逆、私に手を伸ばす彼の姿を見て、なんだか少し嬉しくなった。

 夢の中のあの人は一体誰なのだろう? 私はいつも疑念を抱えたまままどろみの時間を過ごし、覚醒と共に忘れ去ってしまう。



 カチャ

 ドアを開くと暖かな朝食の香りが鼻孔をくすぐる。
 食卓には焼き魚と空の茶碗がそれぞれ4つ配膳されていた。
 美味しそうなお味噌汁の香りを追ってみればそこは台所である。

「あら? おキヌ、今日も早いわね」

「あ、お母さん。おはよう」

 私は寝間着のままながら台所で炊事に勤しむ母と挨拶を交わし合う。

「何か手伝うこと無いかな?」

「あら、ありがとう。それじゃぁ、お汁をよそってもらおうかしら」

 母の要望に微笑みで応えると、私はスリッパをパタパタとさせ、お玉を手にする。
 たった四杯のお味噌汁。
 それは私たち家族の温かい朝の始まりを彩ってくれる。

「おはよぅ〜」

 完全に寝ぼけた声が廊下から聞こえてくる。
 食卓の入り口にはショートカットがよく似合う義理の姉がいた。
 そのままフラフラ〜と千鳥足で食卓の定位置に付くと、ドテッと机に突っ伏していた。

「あー、朝は怠いべ」

 突っ伏しながらお姉ちゃんはいつも通りに半分寝たままぼやいていた。

「もう、早苗お姉ちゃんったら」

「しょーがねーべ、おら低血圧だから朝弱いだ」

 軽く冷や汗を流しつつも、その風景に妙な郷愁を覚えてしまう。

「……元気かな」

 思わず言葉が滑り出していた。

「ん?」

 お姉ちゃんが疑問符を浮かべてこっちを見ていた。

「え? あ、えと何でもないよ」

 自分でも何故そんな既視感を覚えたのが不思議なのだから問いかけられても答えようがなかった。

「ふーん? あ、そう言えば今日は七夕だべ? 何か願い事さ書くだか?」

「あ、そう言えば」

 外を見ると笹が一本立っている。
 きっとお父さんが用立ててくれたのだろう。
 七月七日、天の川で織姫と彦星……二人の恋人が自分たちが会える日を祝ってくれる人の願いを叶えてくれる。
 だから、ささ竹に願いを込めた短冊を飾っておく。

 会いたいのに会えない。

 それはとても辛いことだと思う。
 私は心から織姫と彦星の逢瀬を祝って上げたかった。
 ただそれだけで自分の願いはとくに気にしてもいなかった。

「んー」

 生きてさえいれば、元気でいられたら、きっとまた会える。

「『みんな元気でいられますように』かな」

 何となく、自然に出た言葉にそこはかとない満足を感じる。

「そうだか……」

 お姉ちゃんは少し意味深な目で私を見る。

「なぁに?」

「うにゃ、何でもねぇだ」

 物言いたげな顔をフイッと向こうに向けてお姉ちゃんは眠りの世界に旅立ちかけていた。





 今日は七夕、年に一度、恋人達が逢瀬を重ねるという日。

 私は浴衣に袖を通して、遠く瞬く星達を見上げる。

 ねぇ、織姫様。

 あの人達と私は出会うことはできますか?
どもです。長岐栄です♪ 夏企画の一投目いってみますw
何というかこう切ない感じが伝われば幸いです(^^

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