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秋、思い出すままに 8(後編)

秋、思い出すままに 8(後編)

外に出た皆本はゆっくりと校門の方へ、そのまま帰るつもりだ。
 未だ、見ていない所も多い(というか、由良と行動を共にした関係で全体の3割ほどしか見ていない)が今更どうでもいい。

 途中、高校部のエリアで多くの模擬店が閉まっているのを見て祭りが終わりが近いことに気づく。
 もっとも、大学部が主催する夜のイベントは残っており、個人レベルでの祭りの本番はこれからなのかもしれない。

 実際、高校部の生徒たちで終わりの寂しさを漂わせているのは少数派で、多くは浮き浮きと夜を待っているという感じだ。特に、それなりに見かけるカップルはそれぞれに期するところがあるのか、初々しい緊張が期待感とほどよくブレンドされた興味深い表情をしている。付言すれば、より『興味深い』のはそのカップルを見る”独り者”あるいは”独り者”の集団のドス黒いオーラの方かもしれない。



そうした自分にとって別世界を抜け校門が見える辺りにさしかかる。
 そこで一つため息をつくと足を止める。それは、理事長の話で浮かんだ漠然とした不安が大きくなったために他ならない。
 もはや関係はないと考えるが、それで済まない自分であるのは承知している。相変わらずと自分への苦笑を隠さず、不安の正体を見極めるべく手近なベンチに腰を下ろした。



さほど時間を費やさず、何に引っ掛かり不安を感じているのが見えてくる。

『引っ掛かり』の一つは好美を眠らせたストーカーが休息を取っていたこと。
 普通であれば不安を感じ、少しでも早くやりたいこと(それが何であるかなど考えたくもないが)に取りかかっていなければおかしい。
 また、扉に作られていた隙間も気になる。まるで、部屋で起こっていることを覗いてくれといわんばかりだ。

‘ひょっとして‥‥ 休んでいたのは誰か−共犯を待つためで、隙間は、共犯に状況がうまくいっていることを示す合図だったり‥‥’
動き始めた推理はさらに先に進み、
‘‥‥ 仮にその可能性があったとして、その共犯はどうやって現場に? 出入り口はメイドが守っていたし、ECMがある以上超能力でってことも難しい‥‥ まあ、ストーカー並の特殊なエスパーがいる可能性はあるわけだけど‥‥ あっ!!’

さっきの一幕、自分とかの女性以外もう一人いた事を思い出す。

 その人物、見たままとしてカメラマンらしいが、彼こそ自分と由良がいなければあの場、あの時間、控え室の隙間を目にできた唯一の人物になる。
 もし、たまたま通りがかったのでないとすると‥‥

 皆本は頭を二度・三度と振る。
 ここまでの思いつきなど妄想に過ぎない。もっともっともらしく穏当な解釈は幾つもできると自分に向けて言いきかす。



「はぁ」自分を説得できなかった皆本はため息を吐く。
 立ち上がると回れ右で引き返す。自分の考えを由良に伝えておこうと決めたからだ。

二度と接触しないという約束にもかかわらず、『由良に』と判断したことについては多少怯むところはある。

 しかし、証拠もなく個人を疑う内容を迂闊な相手−学園やバベル−に話せない。由良ならそこは判って聞いてくれるはずだ。
その点、あくまでも合理性に基づくやむをえない選択で、決して言葉を交わさないままの別れが心残りということではない‥‥ と思う。



戻る途中、思いついたことがあり店仕舞い寸前の模擬店−家の不要品を持ち寄ったらしいフリーマーケット風の店−に入る。

『早く閉めたい』という顔をする店番を横目に売れ残った服を物色。たいして残っていないが、ちょうど穿いているGパンと似た色合いの(サイズ的にも問題のない)Gジャンを見つける。
 ちなみに、今は本来の着ていた自分の服。学ランが放水で濡れたために入り口のコインロッカーに入れておいた服を回収してもらい着替えたからだ。

 Gジャンを手に取ったついでに傍らにあって何となく目を引く赤いバンダナも。それらを購入すると裏手に回る。

本来の上着に替えGジャン。次にいつも割と意識的に整えている髪を乱し額にバンダナを巻く。仕上げに、眼鏡を外しコメリカで知り合った友人の勧めるままに作ったコンタクトをはめる。

由良と会うことがバレると拙いという判断での変装‥‥ というにはあまりにもお粗末だが、遠目には誤魔化せるかもしれないというかすかな期待はある。




「ああ、やっと来てくれたの。待ちくたびれたわ」
 場所は秋江の控え室のある建物を見通せるところ、退屈気に佇む少女は由良に気づき呼びかけた。

「遅れてこめんなさい」と軽く頭を下げる由良。

 声をかけてきた少女は自分と同じ臨時動員の特務エスパー候補生。超度5のテレパスで歳は一つ上。落ちこぼれ寸前の自分と違って訓練校での成績は良好、特務エスパーに採用されるのも時間の問題と言われている。

まず、エリート候補生ということで、どちらかといえば苦手だが、当人の人当たりの良さ(同輩の遠隔透視能力者に言わせれば要領が良いだけということだが)もあり話は普通にできる。

「”お説教”が長引いちゃって。さっき解放されたのよ」
”お説教”とは状況を確認するための事情聴取のことで、昼過ぎに始まりさっきまで事実上の”缶詰”だった。

「それじゃ仕方ないか。でも、全部で3時間ほどやってない? よくもまあ、相手もあきなかったもんだ」

「これでも任務があるからって”前菜”で切り上げたって形なんだけどね。服務規程違反に情報漏洩、独断専行、果ては判断を誤っての返り討ち。正規の特務エスパーなら一つだけでも懲戒免職もののネタが目白押しでしょ」

 特に最後のそれ−ストーカーの逆襲を喰らった−のは、場合によっては命に関わる任務もある特務エスパーにとっては最低のミスだ。

 あの場面、ストーカーが消えたのを(対ESP仕様の部屋ではその可能性が低いという基本的なことにも思い至らず)テレポートで逃げたと早とちり。その上、テレパスであればそれをテレパシーで確認できるのに怠り油断。そこを襲われ麻酔を嗅がされ悲鳴を出しただけで無力化されてしまうという体たらく。

聴取役を務めた自分の訓練官もこれまでの訓練は何だったんだと怒り心頭だったが、まったくの同意見である。ちなみに訓練官と自分が意見の一致を見たのはこれが初めてかもしれない。

「まあ、終わったことなんだから、あんまり気にしないようにね」
あくまでも他人事という感じだが一応は慰めてくれる。

「もちろん、気になんてしていないわよ」由良は強がりではなくそう応える。

というのも、今回の件で自分に(特務エスパーとしての)適性がないことがはっきりと判り、辞めるについての最後の踏ん切りができたから。戻り次第退校手続きをしようと決めた以上、何を言われても騒音として聞き流せる。

「それで、警備の交代をしろって来たんだけど、引き継ぐことは何かある?」

「大したことは何もないわ。マネージャーさんの話じゃ秋江さんは夜の出番まで控え室で休んでいるそうで、時間までここらでぶらぶらしてればいいみたい」

「そう」と由良。危険度の一番低いところに回されたようだ。
 どうやら、”使える”テレパスをより重要な場所に行かせたいのだろう。要は員数外ということだが、さっきと同じで、あと数時間で辞めるとなれば気楽な役目と思うことにする。



「ああそうだ」場を離れようとした少女は立ち止まる。
「指揮所から言ってきたんだけど、あなた通信機をオフにしているでしょう?」

「まあね。急に呼びかけられたりして集中が途切れるとテレパシーがうまく使えなくなるから。それに切っても問題ないでしょう。緊急の時はバベルの方で回線を開けるんだし」

「こっちから緊急で知らせたいことがあったらどうするの? 一応は第二級警備態勢なのよ。だいたい、そんないい加減なことだから”上”からグチグチ突っ込まれるんじゃない」

「気をつけるわ」といいつつそれを変えようとは思わない。
「それより話はその注意だけ?」

「あと一つ。緊急回線を使うほどじゃないから伝えておけって。増援が着いたそうよ。もしもの場合はコード『KC』で直接援護を要請できるって」

「『KC』? ‥‥ ああ、あの娘(こ)がこっちに」由良はコードから増援が誰か判る。

新人かつ弱冠13歳の少女。しかし純正サイコキノで超度は6。現役に超度7がいないバベルにあっては”力”は最高レベル。加えて僅か1年で全訓練課程を終了したというからその優秀さは半端ではない。まず、心強い助っ人の登場というところだ。



見送ってしばらく後、半ば退屈しのぎに周辺のテレパシースキャンを試みてみる。当然のように手応えはない。まあ、テレパシー自体の超度3。それで結果が出せるようなら苦労はしない。
 合成能力の方も対象を絞り込む材料がない以上、使いようがない。

‘ここで”先輩”がいればアドバイスがもらえるのに‥‥’
ごく自然に浮かんだ思いを頭を振って打ち消す。

 行動を共にしてくれた”先輩”はもういない。それどころか今後においても彼と接触することを禁じられた。

それを一方的に申し渡された時にはさすがに怒りを感じたが、特務エスパーがかかわる任務に部外者を入れることは国家機密防衛法に抵触するかもしれないと言われてしまえば、反論を飲み込まざるを得ない。
ちらりと、受け入れたフリだけをすればどうだろうという考えが過ぎるが、それが無理なのは知っている。

 場合によっては国家機密に関わる事案を扱うバベルは情報管理という点で決して甘い組織ではない。全局で三十課のはずのバベルにあって、そうした点を超法規的に担当する三十一番目の課があると、まことしやかに語られるぐらいだ。



少し鬱になった気分を切り替えるため、今後の自分について思いを馳せる。

退校は既定の事項として、その後は”先輩”に話したように演劇の道に進んでみるつもりだ。どこまで行けるかは未知数だが、今度こそ自分の選んだ道として投げ出すつもりはない。

‘できれば、また秋江さんの下で勉強してみたいな‥‥’との想いが続く。

照れ隠しもあって秋江との接点はないように話したが、事実はいささか異なる。
 テレパスとしての前兆があったのか、大人の指導に勘良く応えられる自分は期待の子役で、それに注目した秋江にはずいぶんと可愛がられた。

半ば以上、候補生として投げ遣りになっていた自分が、今回、それなりに身を入れて任務に参加(ある意味、暴走)したのもその時に示してくれた好意に応えようという気持ちが根底にあったからだ。

‘‥‥ まてよ!’ふと思いついた考えに内心で手を打つ。
それは明らかに命令違反だがさほど気にしない。退校する自分にとっては今更、命令違反が一つ増えたところで同じだ。
 軽く両頬を叩き気を引き締めると建物に向かう。




「手はずは大丈夫?」控え室でお忍びのための変装を終えた秋江は梨花に確認する。

「はい。出番まで静かに休みたいので邪魔はしないようにと学園に伝えていますし、他のスタッフにも同じ旨を言い渡し外に出しました。それと、渡り廊下に続く講堂の裏口までを使えるようにしておきましたから、出入りしても気づかれないと思います」

「色々とありがとう。今回、好美のことも含めて苦労をかけたわね」

「いえ、そんなことは。これも自分のためになることと思っておりますから」
と生真面目に答える梨花。

そこにドアをノックする音が。

「誰?! 誰も来ないはずじゃないの?!」不審で顔をしかめる秋江。

対して梨花は何ら訝しがることもなく扉へ。開けると狽野とカメラマンがずけずけと入ってきた。



突然の来訪に幾つもの疑問が浮かぶ秋江だが言葉にならない。頭の中で危険を感じる本能が最大レベルで警鐘を鳴らし続けるためだ。
それでも長年鍛えた舞台度胸とプライドで毅然と狽野に向き合い、厳しい視線で睨みつける。

それをにやにやと受け止める狽野。その余裕は秋江の危機感を決定的なものにする。

この後、何が起こるにせよ自分に残された残されたチャンスは少なそうだ。しかし『少なさそう』とゼロはイコールではない。何かが起ころうとしていることを外に知らせることができれば何とかなる。

もちろん、ここが防音構造であることに加え自分の小細工で建物自体が無人であるため、絶叫したところで意味はない。しかし、出入り口には警備員が詰めているはず、そこにさえ行けば‥‥

 幸い、狽野とその”腰巾着”はそうした点を考えていないらしく、こちらを追い詰めるように近づく一方で、扉の側で取り残された形になっている梨花に注意を向けていない。彼女が部屋さえ飛び出すことができれば警備員がいる所まで遮るものはない。

二人が気づくようにわざと視線をサイドテーブルの内線電話に視線を動かす。

注意を引けたことを確認するや、梨花が動く隙を作るため電話にめがけ跳躍。同時に「梨花!!」と叫ぶ。勘のいい彼女なら全てを判って行動してくれるはずだ。

 予想ではすぐにも狽野なりカメラマンが飛びかかってくるはずなのに、何も起こらない。混乱のまま受話器を手に‥‥ 
 その寸前、手が見えない力ではじかれ掴み損ねる。

その原因を確認することを意識は拒絶するが目はしっかりと『原因』に。そこにはこちらに掌を向け腕を伸ばす梨花の姿があった。
 「8」の後編をお届けします。前編でも触れたように本来はここまで進むつもりが、やたら”そら似”さんたちが自己主張をして長くなったための分割です。
残り2話(か2話+エピローグ)、今少しおつきあい下さい。

aki様、毎回見捨てることなくおつきあいをいただきありがとうございます。

>そら似」さんとの絡みも‥‥
ここを軽く描ければ前後編にせずに済んだのですが、書き始めてみると引っ張られること引っ張られること、恐るべし”そら似”の人々というところです。
>由良との別れを彩る‥‥
うまく描ければいいのですが、(自分で言うのも変ですが)、筆力のなさという奴で、やや期待に沿えない展開になりそうな‥‥ 自爆

とにかくあと2回、よろしくご贔屓のほどをお願いします。

[mente]

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