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秋、思い出すままに 8(前編)

秋、思い出すままに 8(前編)

皆本はぼんやりと部屋の天井を眺めていた。

あの後、学園のガードマンにこの部屋−生徒の個人的な相談を受けるための個室−に連行、職員らしい男から事情聴取と言った感じてあれこれと問い質された。

 そんな権限が学園にあるのかという反論もあったが、有無を言わさない勢いに押し切られ今に至っている。
ちなみに、聴取に対しては、方法に問題はあったにせよ悪い事をしたとは思っていないので事実を包み隠さずに答える。

 その開き直りを協力的と取ってもらえたようで、聴取もまず紳士的に進む。あえて言えば、昼を鋏んだのにその”手当”がなかったことぐらいか。とりとめもなく、黙秘をすればカツ丼でも出てきたかなと思ったりもした。

 3時間ほどかかった聴取は少し前に終わり、今はなしくずしの休憩というところ。



がちゃ! 
 ドアの開く音に目を向けると、ストーカーを仕留めた女性とやや年輩の女性が入ってくる。校門にあった胸像から年輩の女性はここの理事長だと当たりをつける。

その理事長はオブザーバーという感じで脇の椅子に座り、正面にはかの女性。
 先の一幕で高飛車・大人の女性という印象が強かったが、間近で見ると自分より3・4歳上といった程度の違いしかない。

こちらに向けられた女性の眼差しに何となく顔が上気する。
興味深げに見つめられたこともそうだが、その肩から豊満な胸の上半分までが露出する大胆な服に先のボディライン丸出しの濡れ姿を思い出したからだ。

その動揺を面白がるように微笑む女性。失礼といえば失礼だが、カラっとした笑みにそれほど不愉快さはない。少しだけ表情を真面目なものに改め、
「君の話、裏付けは取れたわ。不利なことを含めて正直に話したことは褒めてあげる」

「それはどうも」好意的な物言いにかえって警戒の皆本。

女性の口元が不本意そうにぴくりと動くも特に拘るでもなく、
「それにしてもけっこう大胆な事をやってくれたわね。こうして見るとあんまりパッとしないけど、うちの丁稚と同じで土壇場とか修羅場になると実力が出るタイプかしら」

 今時、『丁稚』がいるのか? という疑問が浮かぶが、場違いなので訊くのは控える。
「ちゃんと訳を話せば良かったんでしょうけど、時間がない気がしたもので‥‥ あんなやり方になってしまい申しわけありませんでした」

「今さら謝られてもね」と返す女性。ただ、口調はあくまでも柔らかい。

「時間といえば〜 そんなにあわてなくても事情を説明する時間はあったんだけどね〜」
横合いから理事長がのんびりと言葉を挟む。

「えっ、そうなんですか? 由‥‥ 特務エスパーの人があせってたんで、ぎりぎりだったって思ってましたが」
由良の様子から時間を優先した自分の判断が正しいと思っていたが、実情は少し違うようだ。

「そこはテレパスのお嬢さんの勘違い。ストーカーの妄想を現実として受け取っちゃったみたい。超度はあまり高くないから仕方のないことよね〜」

続く説明によると、由良が乗り込んだ時、ストーカーは一休みといった体で、好美に対して何の手も出していなかったそうだ。

「そうですか」と小さく安堵の息を吐く。

何となく訊きづらくそのままにしていたが、自分たちの行動が間に合ったことは嬉しい。もっとも、それまでのストーカー行為や部屋に侵入され麻酔で意識を奪われた女性の気持ちを思うと手放しに喜べるものではないが。

「そういえば〜 好美って娘さん、けっこう図太いっていうかぁ タフっなのよねぇ 目が覚めるとけろっとして見物に出ちゃったくらいだから」

「はあ‥‥ それは良かったですね」意外な話に気の抜けた返事をする。
トラウマ的なものが残っていないことを喜ぶべきだが、ほんのわずかに釈然としない。

「アイドルなんてそういう神経でないとやってけないんでしょうよ」
 目の前の女性も皆本の感性に近いものがあるのか声に微妙な苦さが混じっている。自分自身を納得させるように、
「まっ、何はともあれ、札付きの女の敵を一匹叩きのめしたんだから、それで良しとしなきゃね」

「『札付き』って言いましたが、好美って人の他にも?」

「そうみたいね。詳しくはこれからなんだけど、奴さん、自分の超能力を良いことにこれまでもいろんな女性にずいぶんなことをしてきたみたい。ホント、最初からそれが判っていたら手加減なんかしなかったのにねぇ」

 あの一撃のどこに手加減があったのだろうかと思いつつ、
「やっぱりECMが効きかない−アンチECMって超能力があったというのが繰り返した理由なんでしょうね」

「ふ〜ん、気づいているんだ」と感心の女性。

「建物の周囲にECMが張られていたのに侵入していますからね」
 女性の賛嘆に少し得意げに応じる。
「ECMが効かないのは、光を偏向して自分を見えなくするのと同じ原理でECMの妨害波を偏向させているからでしょう。光もECMの妨害波も同じ電磁波ですから」

「バベルによるとそんな話のようね。でも、そういうところに気づくって、さすが天才は違うってところかしら」

「えっ?! 僕のことを知ってるんですか」
名前や住所等、最低限度のことは答えたがそういうことまで調べているとは思わなかった。

「例のチケットを渡したバカからね」

自分がここにいる切っ掛けを作った人物とこの女性は知り合いのようだ。
 ちなみに、『バカ』の言葉に込められたニュアンスから、かの”旧友”と女性は心安い間柄のようだ。今一緒のはずの少女といいこの女性といい、すいぶんと美人に縁があるんだと漠然と考える。
微妙に羨ましがる気持ちを切り換えようと、
「それにしても、そのストーカー。アンチECMがなければ、もう少し大人しく‥‥ ひょっとしたら、まともな”道”を進んだのかも」

超能力が阻害されないことで調子に乗ったことは想像に難くない。

「どうだかねぇ」女性はひやりと冷たい口調で応じる。
「単純化しちゃえば、超能力だって才能の一つ。それを役に立つように使うか己の首を絞めるのに使うか、どちらにせよ本人の問題よ。超能力のせいにして自分の置かれた状況を変えようとしない奴なんかに同情するつもりはないわ!」

?! 
 軽重はあっても多くのエスパーが悩むであろう問題を正論で突き放す女性に多少面食らう。反エスパー主義者ではなさそうだが、何かエスパーに含むところがあるようだ。

「どうものっけから話が逸れちゃったわね」
 感情的になった自分に気づいたのか女性は自嘲めいた笑みを見せる。
「で、本題なんだけど、君にお願いしたいことがあるの」

「‥‥ 『お願い』ですか?」およそ予想外の言葉に絶句の皆本。

「そうよ、この美人のお姉さんからのオ・ネ・ガ・イ」女性はからかうように繰り返すと、
「実は今回の件、もみ消すって話になったのよ」

「『もみ消す』?!」

「そう、ストーカーが好美さんの控え室まで侵入したって一件は”なかった”ってわけ。あったのは、学舎の一つで誤作動を起こしたスプリンクラーが水を撒いたって些細な事故と好美さんが急な貧血で講演の出演を取りやめたって軽いアクシデントだけってこと」

「なるほど‥‥」とうなずく皆本。

 未遂であってもストーカーが控え室まで侵入したことは事実だ。そこに尾ひれが付くのは避けられず、そのことにより、当人が傷つくことがないとはいえない。
 となれば、いっさいを”封印”するという話が出てもおかしくない。

 もちろん、別な要因として、売り出し中のアイドルとして余計な風評は避けたいとか、守りきれなかった学園、引いてはバベルの責任回避という思惑もあるだろうが。

「で、お願いはそれにつき合ってもらいたいってこと。さっき謝った件いっさいを不問にするって条件で飲んでくれない?」

‥‥ 答えはすぐに定まる。
 しかし”取引”という形の持ちかけられ方が少し気に入らない、無罪放免をちらつかされれば言うことを聞くとでも思っているのか。わざと意地悪く、
「仮に僕が免罪欲しさにその”取引”を受け入れるフリをしたらどうします? そうしておいて、後でホイホイしゃべってしまうかもしれませんよ」

「ふふ‥‥ そんな要りもしない心配はしていないわ」
 そう軽く笑い飛ばした女性はしごく当たり前のように、
「君がそんな二枚舌を使う男じゃないってことは判っているもの。だいたい、目の前のコトに釣られてやるコトを変えるよう軟弱者なら、あんな無茶はしないでしょう」

「そんな風に認めてもらってうれしく思います」と素直に頭を下げる。

「それに、免罪の話は取引じゃなくて嫌な話を飲んでもらうお礼って考えてくれないかしら」

「『お礼』‥‥ですか」

「そうよ。嫌なことをしてもらうのにタダじゃ悪いじゃない。払わせてもらった方がこっちも気を使わずに済んでいいんだけど。どう? こっちを助けると思って」

‥‥ うまい話の持って行き方だと感心する。
ここまで言われて四の五の言うのは野暮というものだろう。

『その沈黙はオッケーね』とウィンクの女性。意地悪分のお返しと、
「ああ、後になって喋りたくなったら喋っても良いわよ。その時は地球の裏側にいたって極楽に逝かせてあげるから」

女性の口癖らしい言い回しに苦笑の皆本。この女性は間違いなく言葉通りのことをやってのけるだろう。
「それにしても今日の件を”なかった”ことなんかに本当にできるんですか? 犯人なんかは黙っているとは思えませんけど」

「私は自分の担当のことしか興味はないわ。まあ、この件の全体は、”あの”バベルが仕切ることになっているから何とかなるんじゃない」

 ”あの”に込められたニュアンスにある都市伝説を思い出す。

それによると、バベルは所属するエスパーを使って自分たちにとって不利な情報を消して回っているとのこと。

「ひょっとして、僕が受け入れなければ‥‥」
 自分の出方次第ではその伝説を目の当たりにするかもしれないことに背筋がむずがゆくなる。

「さあね。そんな仮定の話は良いんじゃない」女性は軽くいなす。
「それで君の返事は? まだ、聞いていなかったって思うけど」

「ああそうでした。もちろん、それでかまいません。この件についていっさい口外しないことを約束します」
とうに相手も判っている答えを口にする。自分を含め周りの思惑はともかく、一人の女性のこれからを考えるとそれが一番なのは間違いない。

「飲んでくれてありがとう」と女性。その後『忘れるところだった』と手を打ち、
「そうそう、それに関連してだけど、特務エスパーのお嬢ちゃんと知り合ったことも”なかった”ことになるからそのつもりでね」

「えっ! 彼女とのこともですか?!」

 『それとこれとは!』と怒る皆本を女性は宥めるように、
「本来、私がどうこう言う問題じゃないんだけど、バベルって特務エスパーについてはけっこう神経質なのよ。最悪、国家機密法の適用だってあり得る話で、そうなったら、あなただけじゃなく一緒にいた特務エスパーの娘(こ)だって迷惑が及ぶわ。ここはぐっとこらえるのが”漢”の対応だって思うんだけど」

「‥‥ 判りました。そっちもそれしかなさそうですね」言う通りかとそれも飲み込む。
何も言葉を交わすこともなく訪れた”別れ”に心残りはあるが、好美と同じで、由良のこれからを思えば仕方のないことだ。

「それからぁ」いったんは聞き役に収まった理事長がのんびりと口を挟む。
「夜のイベントに出番があって秋江さんが控え室の方にいるんだけど、その近くには行かないようにね」

「え?! どうしてですか」唐突に出た話題についていけない。

「実は、その特務エスパーさんは秋江さんの護衛ってことでその近くにいるのよねぇ もし君が近くに行くと会っちゃうかもしれないでしょ そうなると拙いかなぁ って思ってのアドバイスよ」

「それはわざわざ‥‥」
説明を聞いても、いまいち持ち出した理由が良く分からない。そもそも秋江の控え室のある建物周辺は立ち入り禁止で、何も言わなくても近づくことはないはずなのに‥‥ それより、今の話で気になることがあった。
「ストーカーは逮捕されたはずでしょう。それなのにまだ護衛が要るんですか?」

「実はねぇ ストーカーが逮捕されたのに事件・事故の発生確率が下がらないって。それに、ストーカーに共犯がいるらしいことも分かってきたそうよ」

「おば様、そこまで話すのは‥‥ 警備のことを含めて内密にって言われたでしょう」

「まあ、言ってしまったのはしょうがないでしょう〜 それに、この子って物わかりは良さそうだから、ちゃんと説明しておいた方が間違いが起こらないんじゃない〜」
 理事長は渋い顔の女性を気にする風もなく応える。

 二人のやり取りを上の空で聞く皆本。ある種の不安が心で頭をもたげている。
 しかし、これまでのいっさいが”なかった”以上、もはや立ち入れない、あるいは立ち入ってはいけない問題だ。



それからしばらく”口裏合わせの”打ち合わせに時間を費やし、

「‥‥ さて、これでいいわね。長い時間、ご苦労様」女性は話の終了を告げる。

言われるままに立ち上がる皆本。立ち去ろうとするところに、

「とにかく、今回、大きな事に至らずに済んだのは、君の的確な判断を下し、自分のことを省みず行動をしてくれたおかげよ。”なかった”ことになった以上、お礼の金一封も感謝状も出せないけど、好美さんやお母さんの秋江さんに代わって心からの『ありがとう』を送らせてもらうわ」

‥‥ 皆本は思いがけない言葉に目を丸くする。

自分の功績を認めてくれた人が少なくとも一人(いや、理事長も『その通り』と大きくうなずいているので二人か)いることに、これまでのいっさいが報われた感じを受ける。




皆本が立ち去った後、女性は立ち上がって軽く背筋を伸ばす。この件はこれで終わりだが警備は終わったわけではない。

 携帯を取り出すと、後始末やバベルとの交渉で空いた警備の穴を埋めるために無理矢理引き込んだ相手を呼び出す。
「そっちはどう? ‥‥ そう何もないんだったらいいわ ‥‥ 何に? もういいだろうって?! ダメよ! まだ何か起こるかもしれないでしょ ‥‥  何よ、『約束が違う』って ‥‥ それは、私が本部に詰めといた方が良いからだし、あんたたちの力を買ってるってことでしょう、ぐだぐだ文句は言わない! ‥‥ 判ったわよ! 事が済んだら好きなモノを好きなだけ食べさせてやるから ‥‥ そう頼んだわよ」

 携帯を切ると女性は、理事長は女性の面白がっているような視線に気づく。居心地の悪そうな様子で、
「おば様、いったい何なの?」

「別にぃ でも、ずいぶんと優しいなぁ って」

「あら、私はいつも優しいわよ」女性は演技めいた口調で抗議する。
「それに、仕事を頼んで報酬にメシを奢る。別に普通のことで、わざわざ『優しい』なんて話じゃないでしょ」

「そうじゃなくてさっきのこと。口封じなんかバベルに任せておけば、いくらでもうまくやるのに、わざわざバベルとケンカしてまで説得役を買ってでるんだから」

「言ったように、あの子がいてくれなきゃストーカーに出し抜かれてわけじゃない。それを救ってくれたんだからあれくらいのはサービスは当然でしょ」

「ホントにそれだけなの?」

『かなわないなぁ』と苦笑の女性。
「まっ、ウチの丁稚が巻き込んじゃった形でしょう。その巻き込んだ人間が記憶操作をされたって話をどこかで聞いたら気にするじゃない。アイツって、けっこう、自分がどうしようもないことにも負い目を感じちゃうでしょ。これ以上、アイツに負い目を感じさせるわけにはいかないかなぁ って」

「やっぱり優しいじゃないの〜」

「『優しい』言えば、おば様だって、人のことは言えないでしょう?」
これ以上突っ込まれたくないと女性は言葉尻を捉え反撃する。

「どこがぁ?」どこまで本気かしばしきょとんとする理事長。『ああアレ』という感じで、
「言ったようにあの子と特務エスパーの子がニアミスをしちゃうと拙いでしょう。ああ言っておけば、絶対に近づくことはないはずだし」

「どうだか? 私には『ニアミス』を起こしたくて言ったとしか思えないんだけど。あんな話を聞かされたらそなままにしておけない性格だって、ここまでの彼の行動を見て判ってるんじゃない」

「そぉ? おばさん、全然、判んないけど〜」
 理事長はニコニコとポーカーフェイスのまま小首を傾げる。
「でも、それで二人が会えるんだったら、それはそれで良いんじゃない〜 若い二人が言葉を交わせないままに終わるなんてかわいそうだろう〜」

女性は、今後を考えれば、会えれば会えたらで微妙だろうと思わないではない。しかし(丁稚の女友達の口癖を借りて表現すれば)『それも青春だわ!!』ということかもしれないという気もする。
 本来の「8」が長くなったので前後編に分けました。もちろん、前編を「8」、後編を「9」としても問題はないのですか、お読みのようにストーリー的に中途半端な所で終わる形なのでこういう表記になりました。これにより、残りはなお3話:8後編、9、10となります(って、これも”予定”だったりしますが)。少し延びましたが、お読みの方はよろしくおつきあいください。

 アミーゴ様、毎回の賛成&コメント、ありがとうございます。 今回も”そら似”さんがえらく出しゃばってしまいました。

>あと3話かー‥‥
結果的に今回でもあと3回(4回?)となりました。ますます冗長になりましたが、最後までおつきあいのほどを。

aki様、今回もありがとうございます。
>付き人の台詞が‥‥
何とか糸口だけでも見せたかったのですが、御覧の有様です。後編までお待ちいただければ思っています。

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